新世界へ ACT 3 繰り返された悲劇
始まりの時から千年後。
生まれ変わった筈の人類だったが。
過ちを繰り返すだけの存在に堕ちていた・・・
人類全てから記憶を奪ってしまった。
鍵の御子として託されたのは、人を存続させることではなかったのか?
自分は神に成った?
それとも・・・
青紫の光が世界を覆った時。
自分が怖ろしくなった。
嘗てリィンタルトと名乗っていた人間では無くなっていくのが怖かった。
「神様・・・助けて。
お母様・・・許して」
祖父ロッゾアに託された鍵。
体の中に埋め込まれた機械へのアクセスを司る鍵の存在。
「お爺ちゃん・・・これで良かったの?」
自分を信じて託して来た祖父に訊ねる。
「あたしは悪魔に堕ちちゃったのかな?」
地上を見下ろして嘆く。
死に絶えたように動かない人々、光が消えた機械達を観て。
「神でも悪魔でもない。
私は人であり続けたかったのよ」
人であるのなら命の尊さを感じられる。
人であればこそ、生きる意味を知っていられる。
「神になんか成りたくなかった。
審判を下すなんて、やりたくないよ」
新しい世界を見続け、千年後には審判を下さねばならない。
「死んでしまえば、この辛さから逃れられるのかな?」
人類を変えても、何も変わらないかもしれない。
歴史は繰り返され、人々に不幸が押し寄せるかも知れない。
もしも、千年後。
再び破滅の日が訪れるのなら。
「でも・・・そうだとしたって。
あたしは。
あたしは・・・諦めてはいけないの」
破滅を齎した自分の罪。
それを拭えるのは唯一つだけ。
「皆を元へ戻すの。
亡くなった人々を、元へと戻す。
それしかあたしの罪は拭う事は出来ないのよ」
奪った魂を返還する。
理不尽にも奪われた命を取り戻す。
そうならねば救いなどは無いと。
「そうよねレィちゃん。
そうだよね、ミカエルお母様」
思い描くのは手に出来ない笑顔。
産まれてから逢えず終いだった母の面影を描き、月へと送り出した人を想う。
「そして・・・エイジ」
麗美を託した人も。
「生きていたかった。
女神になんて成りたくなかったのよ、ホントに」
愛を誓ってくれた人への想いが募る。
「もう一度で良いから聞きたかった。
君の声で、リィンを好きだって・・・言って欲しかったよ」
人類を破滅させてしまった罪の意識が苛む。
「こんな穢れたあたしには、聞く事だって罪。
人々から魂を奪った悪魔にも等しい者に、愛を語る権利はないわ」
罪の意識が、女神を貶めようとする。
人を滅ぼした悪魔へと。
だが・・・
指輪から光が零れる。
エイジから貰った翠の指輪が語ったのだ。
「リィン・・・諦めないで。
ボクは必ず帰って来るよ」
蒼き輝を放ち、愛の呪文を与えて。
「愛する人の元へと。きっと」
その呪文が女神へと戻す。
愛の呟きだけが、女神リィンの礎となる。
「ああ・・・嬉しい。
待ってもいいのよね・・・あなたを。
あたしも愛してるの。
何年経とうが、どれだけ穢れようが・・・」
女神は泣く。
犯した罪と、残された絆で・・・・
新しい世界
新たなる歴史を歩み始めた人類。
造られた世界で、人々はどんな暮らしを送り始めたのか。
電気も無い・・・燃料たる化石燃料も石炭くらいしか手に出来ていなかった。
それは我々の歴史で言えば各国が領土を確立し始めた千年前に似ていた。
軍馬が列をなして進み往く。
甲冑を纏う兵が槍を手に横陣を作っている。
目の前に聳え立つ城を攻め落とそうと攻略を開始する。
攻められる城から弓矢が跳び、攻略軍の兵に突き立つ。
何名かの兵が斃れても、攻撃の手は止まない。
攻城は難航し、屍が累々と晒される。
攻める側も、守る側にも。
戦争の愚かしさを疑う者は現れそうにも無かった。
それが人の本性だと言わんばかりに、唯、闘う事を辞めようとはしなかった。
折角女神に因って変えられた世界だったのに。
歴史は何も変わらなかったのだろうか?
戦争は何時になれば無くなると言うのだろう。
平等を謳う民が現れても、王侯氏族は君臨し続けた。
一つの王朝が倒れても、新たな王が取って代わった。
強大な王国は、やがて帝国主義に染まる。
未開の民族を撃ち従え、支配領地を拡大し。
世界を我が物とするかのように欲望を剥き出しにした。
暴君は民を恐怖で支配し、民は畏れ君主に従わざるを得なかった。
強大な国家は、他国に干戈を交えて攻め滅ぼす。
戦争・・また戦争。
人類の歴史は闘いに明け暮れるだけにも思えた。
しかし、強大なる国家でも終焉が来る。
暴君はやがて死を与えられ、次の王は崩壊する帝国を維持できなくなる。
そして・・・
内紛が起き、強大な帝国は瓦解してしまう。
そこにもやはり戦争が起き、名も無い民達が犠牲となった。
人々は神に縋る事も無く、暗黒の世界を呪うだけだった。
苦しみ・・・哀しみ・・・別離・・・そして。
戦争の先に在るのは<無>のみだった。
それでも人類は辛うじて歴史を紡いでいった。
何度も戦争が起き、その度に<不幸>が撒き散らされた。
親しき人、愛する人々・・・戦争に拠り絆は絶たれていった。
それでも・・・人の世界では戦争という災禍が無くならなかった。
ファースト・ブレイクから千年が経とうとしていた・・・
「こちら、ブルーリーダー。目標を肉眼で確認」
超音速戦闘機が目標である物体を捉えていた。
「落下中の隕石を捕捉!これより攻撃に移る」
戦闘機のパイロットが射撃システムを作動させた。
「「了解した、ブルーリーダー。
残ったのは君の機体だけだ、頼むぞリン中尉」」
通信相手がリン中尉と呼んだパイロットが応える。
「この勇騎 凜に任せておきな!
私はそう簡単にはクタバラないから」
目標の隕石に向けて破砕ミサイルを撃ち込もうとする。
「「レーダーには君の機体を追う敵邪神機械がいるぞ。
避けきって、必ず目標を破壊してくれ」」
「了解!」
上昇を続け、もう成層圏までもが後方遠くにある。
リン中尉の操る戦闘機は、亜宇宙空間に登り詰めていた。
その先に在るのは。
「あの質量のまま地上へ堕ちたら。
北アメリカ大陸の殆どが蒸発してしまうな」
巨大な岩塊。
直径数十キロにも及ぶ月の欠片だった。
「邪神機械達も分ってる筈だ。
あんな隕石をぶつけられたら、地上は氷河期になってしまうってのが」
それを防ぐには、この機体に備えられた武器だけなのだと。
「ケラウノスを隕石へと放ってくれたら。
まだ・・・救いはあったかもしれないのに」
邪神が操る殲滅兵器。
リン中尉は、その存在を知っているようだ。
「既に稼働態勢になっている筈だ。
私が失敗すれば・・・地球は隕石で壊滅してしまうんだぞ!」
ケラウノスを以って隕石を防げと叫ぶ。
「それなのに・・・仲間達を射ち落とすなんて!
人を見守るべき神のする事なのか?!」
今は唯の1機だけとなってしまったリン中尉。
隕石の迎撃に赴いた仲間達がいたというのに?
それを妨害した邪神機械達の狙いは何処に在るのだろう。
「目標を破壊するにはもっと近寄らねば。
中心核に破壊ミサイルを撃ち込まないと・・・」
もう少し・・・あと僅か。
リン中尉は愛機を操りながら隕石を睨んでいた。
地上で発せられた赤紫色の光に気付かずに。
「「もうこれまで・・・諦めましょう」」
ケラウノスへ審判を下す声が。
「「この世界でも・・・無理だったの。
何人かの聖なる者でも果たせなかった・・・無くせなかった」」
女神の嘆きが・・・
「「次の世界では・・・空は飛べなくなるのよリン」」
最期の瞬間まで闘い続けるリン中尉へ。
「「だから・・・あなただけは跳んで。
次なる世界で・・・挑んでみて?
次の千年紀で・・・御子に委ねて」」
審判の女神リィンは。
「「だから!
この不幸な世界を・・・終わらせるの!」」
その瞬間だった。
再び世界に終焉が訪れたのは。
紫の光が世界を覆う。
その波動に拠りリンの意識は悠久の彼方へと飛ばされる。
波動は空に電磁階層を湧出し、堕ちて来る隕石を破壊した。
砕けた隕石が世界中にばら撒かれ、悲惨極まりない破壊を齎した。
だが・・・その時。
既に人々の記憶はケラウノスに拠り管理されていた。
造り替えられる新しい世界の礎として。
「「もぅ・・・あたし。
神でも悪魔でもなくなってしまったのかな?」」
審判の女神は泣き続ける。
自らの判断と行為に。
阿鼻叫喚の地上を目の当たりにして。
またも戦争を捨てられなかった人類に涙する。
「「泣かないでリィン。
私はいつでも傍に居るよ」」
モニターに映される嘆きの女神。
その画像を見詰めるのは・・・
「「レィ・・・あなたも。
なぜ人々に死を?なぜ邪神機械を造らせたの?」」
漆黒に染まる戦闘人形に、審判の女神は訊ねた。
「「いつも言ってるじゃないか。
私は女神を守る為なら何でもするって」」
「「ケラウノスに攻撃をかけようとしたから?
滅びを未然に食い止めようとしただけじゃない。
昔のあたし達みたいに・・・」」
嘆きの女神が新たな悲しみに涙する。
「「そう。確かに昔は審判を回避しようとした・・・かもしれない。
だけど、今は下す側なんだ。
女神の裁可を邪魔する奴等を排除して何が悪いんだ。
リィンも見て来ただろ、人の愚かしさを。
戦争を辞めれない人の業を」」
闇に染まったような戦闘人形から告げられてしまう。
創造した人間は、女神の善意を踏み躙ったのだと。
「「審判の女神に歯向かう者達には滅びこそ相応しい。
この千年間、誰一人として神の存在を信じて来なかった。
悪魔の存在を信じるのに、人に寄り添う女神を信じなかった。
そんな奴等に情けなどは必要ないんだ」」
漆黒に染められたレィが言い除ける。
この世界は失敗に終わったのだと。
セカンド・ブレィクは正当だったのだ・・・と。
「「レィ・・・いつの間に?
あなたまでもが闇に染まってしまったの?」」
魔女イシュタル同然の悪意に満ちた言葉を吐くのかと。
寄り添うべき守護者は、魔に魅入られてしまった?
「「千年間も人を観ていれば、こうもなる。
過ちを糺さない人間に、反吐が出てしまう。
嘗ては希望を抱いていたのが馬鹿らしく思えて来るんだ」」
「「・・・レィ。
あなたまでもが・・・ユピテルになってしまう気なの?」」
ケラウノスを操る全能神システム。
審判の女神リィンが呼んだのは、嘗てはタナトスと呼ばれた悪魔が造り上げていた殲滅機能。
歯向かう者達に対峙し、攻撃を受ければ即座に反撃する。
若しくは、塔に無断で近寄る者があれば、直ちに行動を開始するように設計されていた機械の頭脳。
「「それはどうかな。
リィンの身に危険が迫るのなら。
必要だと判断すれば取り仕切るだろうけど」」
必要に応じて神にも悪魔にでもなると答えて。
「「私の役目は唯一つだけだよ。
審判の女神を守り、間違いなく執行を取り仕切るだけ。
誰が来ようとも、ケラウノスとリィンは渡さない。
それが本当の女神だろうとも・・・」」
千年の永きに亘り守護し続けて来た。
戦闘人形として、守護者として。
何度もメンテナンスを受け、幾度となく進化を遂げ。
だが。
機械の身体は。
機械任せの進化は。
「「レィ・・・あなたは。
間違いを犯し始めているわ」」
漆黒に染まるレィの姿を見る女神が悟った。
「「機械も過ちを冒す・・・
そんな事でさえ忘れてしまったの?」」
メンテナンスを繰り返した挙句、レィの頭脳は差誤を犯し始めた。
僅かな歪が、守護者を殺戮者へと換えようとしている。
「「もぅ・・・誰も近寄れない場所で眠るしか残されてはいないの?
地下深く・・・嘗て魔女が潜伏していた迷宮に行くしかないの?」」
バベルの塔を永遠の物にした地下発電所。
地中10キロにある地下迷宮の果て。
「「そこで眠るのなら・・・誰も近寄れない。
喩えエイジが帰って来てくれたとしたって・・・」」
審判の女神となったリィンは悲しみに暮れて決断する。
もう、地上へ戻る事は出来なくなると。
そうであったとしても、防がねばならないと考えたのだ。
「「レィを悪魔に堕とすくらいなら。
人に仇名す悪魔にしてしまうくらいなら。
あたしと一緒に・・・眠らせてしまいたい」」
未だに冷凍睡眠中の身体では、レィをどうする事も出来ない。
未だに守護者であると信じ、傍に居るのが役目だと言い張る人形を停めるには。
「「堕ちよう・・・地底深くに。
それしか禍を振り撒く悪魔を封じる方法は無いから」」
審判の女神は嘆きの末に堕ちるのを選んだ。
次の千年紀の末までの間、地下で眠り続ける。
共に在るというレィを道連れにして。
「「千年後。
それまでの間は・・・あなたに任せるわ。
人々が希望を見つけられるように。
御子が現れ、光を手に出来るように・・・守ってあげて憑神」」
尖塔の形が変わっていく。
最上部にあった審判を下す制御室が地下へと降り、替わってそこに置かれたのは。
<<人類再生計画に基き、これより全能神ユピテル・システムを作動させます>>
巨大な制御機械。
自らを全能神と呼ぶ、機械の頭脳。
ケラウノスを紫の珠に設え、全人類の動向を監視する。
間違いなく作動し続けるのなら・・・
セカンド・ブレィクは再び人類を変えた。
その世界には、今迄存在すらしなかった可能性を与えられる事となった。
人の世界が変えられるのを願って。
選ばれた人の中に、それは眠り続けた。
受け継がれる血脈の中で、発現の時を待った。
空には電磁階層が人類を守る盾となった。
戦争が起きても災禍が拡がらないように。
飛行機械が発展しないように。宇宙からの攻撃を防ぐ意味も兼ねて。
その世界で。
人類に与えられたのは・・・
人を邪にも聖にも変える・・・
魔 法 の 異能だった・・・
魔鋼騎戦記フェアリアに登場するキーマン、リンが登場。
以前に居た世界から飛ばされてきたリンの姿が描かれています。
セカンド・ブレークが起きた事も、北米大陸が焼失したのも。
全てが悪魔となりつつあるレィに拠って。
永き時を隔て、徐々に狂い始めるレィ・・・そして殲滅機械と化すケラウノス。
審判の女神リィンは、次の世界に願いを託した。
そこで生み出されたのは・・・人知を超えた力。
人に与えられるのは、魔の異能。
人はそれを魔法と呼ぶ・・・・
次回 新世界へ ACT 4 バベルの光
魔法は人を換えられる存在なのか?
あの国の伝説が再び蘇る?!フェアリア王国の伝説が再び!




