Act13 軋む想い
神ならざる者には手を出しかねる。
いいや、尤も神が居るのなら。
こんな理不尽な出来事を授けはしないだろう・・・
そう・・・その時、私は神を呪った。
法廷を後にする間。
金髪を振り乱し、彼女は全てを呪う・・・
・・・2097・オクトーバー・・・
・・・ユナイテッド・ステーツ・・・
・・・ニューヨーク市マンハッタン・・・
・・・AM11:00・・・
大都会の喧騒が嘘のような室内。
そこにはフェアリー財閥のオフィスも存在していた。
「あなたが家庭教師になってからというもの、あの子の成績もかなり向上したようね麗美さん」
栗毛の社長が髪を掻き揚げて、向かいに座るボブの女性へ感謝を述べる。
「はい、ミセスフェアリー。恐縮です」
返礼を手で押さえて、フェアリー証券の社長を任されているエリザが。
「リィンタルトの話はフューリーからも伺っているわ。
どうやらあなたへ嫉妬しているみたいだけどね」
「嫉妬・・・ですかミセス?」
なんのことなのか分からないレィが訊き質そうとするのも制して。
「忠告よ麗美さん。
あまりリィンタルトに接し過ぎないことね、身の破滅を危ぶむのなら」
「仰られる意味が図りかねますが」
デスクから立ち上がるエリザへと、もう一度訊いてみるが。
「警告だけはしたわよ・・・レイミ・アオキ」
振り向きもせずに社長室を出て行ってしまう。
「リィンとフューリー・・・何が起きようと言うの?」
後ろ姿を目で追っていたレィには分かる筈も無かった。
これから何が起きようとしているのかなんて。
・・・PM1:00・・・
オフィスを辞したレィは、その足で研究所まで帰ろうとした。
その日は初秋だというのに、やけに熱く感じる異常さだった。
「いったい・・・なにが?」
気になるのはフューリーやリィン達の話。
自分がリィンに接する事で、良からぬ事が起きてしまうのかと。
それが自分自身に起きようとしているのか、リィン達に起きるのかも分からない。
ぼんやりと考え込みつつ、構内を歩いていると。
「あら、レイミ。ふらふら歩いていて大丈夫?」
聞き覚えのあるハスキーボイスが呼び止めて来た。
「ああ、フューリー。少し考え事をね」
金髪で理知的な眼差しを持つフューリーに振り向くと。
「どうかしたのレイミ。浮かない顔をして?」
「フューリーこそ。研究室に用?」
リィンの専任メイドでもあるフューリーが、この構内を歩いていたのには訳があったのだが。
「ええ、勿論。ふらふら歩いている誰かさんと違って私は忙しいのよ」
実際にはターナーの元に来ていたのだったが、何食わぬ顔でレイミに嘘を吐く。
その顔に狂気を忍ばせて・・・
「そうか・・・じゃぁ邪魔をしてはいけないな」
嘘だとは気付いていないのか、レィは軽く手を挙げて別れようとしたのだが。
「あ、そうだ。フューリーは時間の開く時が無いかな。
話したい事があってね、出来ればディナーでも一緒に」
思い出したように切り出した。
「え?!私と・・・なの?」
突然の申し出にびっくりしたのか、フューリーの顔が引き攣る。
「も、勿論。良いわよ、明後日なら・・・どう?」
だが、如何にも自然体を装って返して来る。
「OK!明後日の晩ね。
場所は・・・そうねヒルトンで良いかしら?」
ホテル名を告げたレイミは、何も感じてはいない・・・そう思えた。
「い、いいわそこで」
少しばかりの動揺を押し隠し、フューリーは悟られる前に立ち去って行く。
だが、麗美には・・・
「駄目よフューリー。足が震えてるわよ」
隠しきれない動揺が、足元を不如意に変えていた。
「きっと・・・何か隠しているのねフューリー」
それが何なのか・・・分らないままなのが気になったが。
「あとはリィンに訊くしかなさそうね」
接してはならないと言われたリィンに訊こうと考えた。
「今夜にでも・・・・」
その日は少女人形の調整日だったから、夜には訪れる筈だった。
「だけど・・・この胸騒ぎは何なのだろう?」
リィンを想うと胸の中で何かがざわめくのを感じて戸惑う。
「嫌だな・・・気にし過ぎだろうか」
フューリーの態度が、尚更に不安を掻き立ててしまう。
「今日は・・・私が迎えに行くべきだな」
自宅までの道で何かが起きかねないと考えてしまったレイミ。
研究は明日にでも仕上げれば良いと踏んで。
「迎えに行こうリィンを」
時間までの間にレポートを纏めなければと、足早に研究室へ歩み出した。
・・・PM4:00・・・
立体画像のユーリィ姉を見詰めて。
「本気で言ったの・・・ユーリィお姉ちゃん?」
リィンは耳を疑って訊き直した。
「「ええ、私も今朝になって気が付いたのよリィンタルト。
彼女はアークナイトの機密をオークに売っていた疑いが濃厚よ」」
信頼していた。
何時も傍で見守ってくれている人だと思っていた。
真摯にフェアリー家に務めてくれていると考えていたのに。
・・・それなのに。
「嘘よ!濡れ衣よ!」
大会出場前の最終調整を終えた所にかかって来た一本のテレフォンで、リィンは顔面を硬直させていた。
3Dフォログラムで映し出されているユーリィの顔は、決してデマや嘘ではない事を指しているのだが。
「フューリーちゃんは、私が小さな時からずっと尽くしてくれていたわ」
専任のメイドに任命されてから・・・今朝まで。
冷たそうな印象を他人へ見せる瞳だって、リィンには優しく和らいで見せていた。
麗美が現れるまでは・・・少なくとも友達に近い存在で、たった一人の味方だった。
「フューリーちゃんがお父様達に背くなんて有得ない!」
父が経営する財閥の中で、とりわけ力を注いでいるアークナイト社の機密を漏らすなんて、リィンには信じ難い話に思えるのだが。
「「その中にはあなたがとても大事にしている人形の情報だって含まれているわよ」」
「零の?!嘘・・・嘘よ」
対抗する相手会社に、知られている筈のない秘密が漏れていた?!
あまりの衝撃に、リィンは立っていられなくなる。
「リィンタルト嬢・・・」
ヴァルボア教授は心神喪失状態になるリィンを椅子に座らせて。
「それでユーリィ嬢様。
件のメイドは如何にされたのですかな?」
「「逃亡中よ・・・捕まってはいない」」
明らかに自分が逮捕されるのを分かっているとしか思えない。
既に追手が放たれたのを知っているとユーリィは教えたのだ。
「「それだからリィン。あなたの元へ来るかもしれないわ」」
だとしたら・・・どうしろと言うのか。
「「もしもフューリーが現れたのなら・・・危険だから近付かないで」」
どうして?
「「あの娘は・・・遺書を残して行ったのよ。
最悪の場合は。
巻き込んで心中するかもしれないわ・・・リィンと」」
3Dのユーリィがちらりとフューリーの残して行った紙片を見せる。
ちらりと見せただけでしまい込んでしまったのだが。
呆然となっていたリィンの眼に、紙片にかかれたフューリーの文字が見えた。
そこには<リィンタルト嬢は私のものだ>>・・・の一言が。
「ヴァルボア教授・・・」
座り込んでいるリィンが何かを頼むと、すぐさま頷く。
「「良い事リィンタルト。あなたは護衛と一緒に帰りなさい。分かりましたね」」
フォンを切る姉からの忠告も耳に入らず、リィンは教授に頼んだモノを観ようとした。
それは・・・
「リィンタルト嬢・・・これは?」
ヴァルボアが通信を巻き戻して映し出したのは。
「フューリーちゃん・・・の、馬鹿」
ユーリィが彼女の遺書だと示した紙片。
それには切々とした思いの丈が綴られていた。
幼き時からの好意。初めて屋敷へ上がった時に出逢ったリィンの事。
そして今迄どれ程の想いを募らせ続けて来たのか。
それが奪われようとしていると感じて・・・焦り、苦渋し、その後で。
「彼女はリィンタルト様へ異常なまでの執着心を抱いていたようですな」
何行にも渡って書かれた<欲しい>の一言。
唯ひたすらにリィンを欲し、無我夢中で手に入れようと藻掻いた心中。
表した言葉は・・・呪いとなるのに。
「フューリーちゃんは・・・思い違いをしてるだけよ」
リィンは涙を湛えた瞳で読み切った。
「どうして・・・私なんかを?
なぜレィちゃんまで怨んでしまうの?
馬鹿・・・馬鹿よフューリーちゃんは」
彼女は妬みの末に闇へと堕ちてしまった。
自分が為せないからといって、麗美までも呪ってしまった。
奪い去れるのなら友である麗美までも殺めても構わないと断じていたのだ。
「止めさせなきゃ・・・私が」
リィンは大切なものを壊される恐怖からそう考えてしまう。
「きっと・・・フューリーちゃんも助けを求めている筈だから」
だが、偏愛者の持つ闇の深さを知りはしなかった。
そして・・・この世の悪魔が現れようとしていた。
遂に牙を剥く悪魔。
彼女に忍び寄った闇は、破滅を齎そうとしている・・・
悲劇と破滅
今、語られるのは運命の破局。
その時、彼女が見た者とは?!
次回 Act14 望みはあなた
君の前に現れるのは・・・<死神>




