ACT 1 タナトスの慟哭
第1部 零の慟哭 戦闘人形編 魔弾のヴァルキュリア
最終章 新世界へ<Hajimari no Babelu>
終わりを迎えた世界で。
運命を知る女神達が憂う・・・人類は再生可能なのかと。
雲の切れ間から月光が零れ落ちる。
静寂の中、月を見上げる者が独り・・・
「地上の楽園を取り戻せる日が訪れることを・・・」
人類に訪れた、始まりの終焉。
ケラウノスの光に拠り、最初の終末を与えられた人の世界。
「御子に因って造り上げられた世界が、如何なる歴史を辿るのか」
後に呼ばれる事となる最初の終焉の日。
人類を変え、世界を変えた青紫の閃光。
その光は、邪なる光ではなかった。
人類の過ちを糺し、再興を目指した神が求めたもの。
破滅の雷ではなく、破邪の御光だった。
行き過ぎた機械文明から産まれた諍いと欲が、人々の中に慢心を生んだ。
悪魔に拠り悪意に染まった人々が、種の撲滅に手を出した。
人間は自らの行為により、滅びの日を迎えんとしていたのだ。
それを回避出来たのは、人を見守る神々の加護の賜物。
悪しき者から人の世界を守らんとした神のおかげ。
もし、本物の神が居るとしたら。
悪魔を放置はしない。
邪悪に染まろうとする人を見捨てたりはしない。
世界を救わんとする者を導いてくれる。
時空を越える異能を授けてくれたのだから・・・
「彼女は再興の日を願っている」
蒼き髪の女神は月を見上げる。
「もしも邪悪が勝利を収めるのなら。
彼女に因って地上も、あの月でさえも消し去られる」
3千年の未来からタイムスリップして来た女神が憂う。
「あの娘に与えられた神託のように。
女神は己を魔女と化して滅びを与えるでしょうね」
蒼き瞳で宙を仰ぎ、どこかから見下ろしているであろう女神を思った。
「黄金の女神ティスは、星に審判を下す。
邪悪が蔓延るようならば、遍く滅びを与える。
その瞳のように、翡翠の魔女と化して」
黄金の髪、翡翠色の瞳。
もう一人のミハルから伝えられたティスの姿を思い起こして。
「願わくば、その瞳が蒼さを湛えていますように。
澱まず、清浄なる色のままでいますように」
3千年未来世界で、もう一人のミハルが遭遇した女神、金色の女神ティス。
彼女に拠り異種魔女の存在が伝えられ、神託が与えられた。
人類を見守っているのは、造られた女神だけではないのだと。
この宇宙には絶対神が居るのだと。
その異能に依り、星の運命を終わらせる事になるかもしれないのだと。
銀河系には銀河を監視する意志体が存在する。
地球は銀河に在り、監視対象になっているのだとも。
銀河を繋ぐ運命体・・・銀河連邦。
悪意を放つ魔女イシュタルにより破滅の危機に瀕するのを防ぐ組織があるのも。
女神ティスにより知らされた。
「あの娘を救った女神ならば、人類を容易く滅ぼさないでしょうけど」
人の理を司る女神は、宇宙を見上げて想う。
「私達の手を使わなくったって。
絶対神なら、地上の楽園を取り戻せるのではないの?
どうして見守るだけに留めるの、ティス?」
同じ女神。
遍く人を愛する者ならば。
「あなたは私達に何を求めているの?
事に干渉せず、唯、傍観を決め込むだけ?」
魔女イシュタルは異星から来た意識体。
女神ティスも・・・
なのにどうして?手を下そうとはしないのか。
唯、魔女の情報をリークし、哀しい運命の少女を救っただけ。
「ねぇティス?あなたは何が欲しいと言うの?」
来訪した筈の女神へと訊ねた。
あなたは何が目的なのかと。
地上で喘ぐ人を見詰めるだけなのかと。
理の女神は始まりの日の夜、月を見上げて想うのだった・・・
月と地球が重なり合って見える。
伸ばした手の先に、黄金の光が揺蕩っていた。
「何が欲しいのって?
決まってるじゃない・・・全てよ」
黄金の髪を靡かせるのは<翡翠の魔女>ティス。
蒼さの中に翳りを滲ませた瞳の色で。
「あなた達が邪悪を滅ぼさないのなら。
代わりに私が消しても良いのよ・・・星の命全てをね」
悪魔のような一言。
女神とも取れない宣告。
悪魔を斃せないのなら、自分が代わりに滅ぼすのだと。
魔女イシュタルを放擲する為には、星諸共に滅ぼすと言うのだ。
「地上も含めて全て。
あなた達の絆が・・・欲しいの。
人が持つ温もり、人が放てる理。
その全てを見せて貰いたいだけ・・・」
最初の滅びを迎えた人へ。
滅んでしまった世界を目の当たりにした女神ティスが求める。
「もしも魔女が勝利を手にするのなら。
私はあなた方に完全なる破滅を齎す。
そうならないように・・・願っているわ」
手を降ろす<翡翠の魔女>が、女神に戻って行く。
澱んでいた瞳が、蒼さを取り戻し。
「だって。
またあの娘の煎れてくれたお茶が飲みたいもの」
手に表していた強大な異能の光を打ち消して。
「魔砲少女ミハルと言う、宿命の娘なら。
この星を破滅から救える筈だから・・・」
輝く翡翠の瞳で、微笑を浮かべていた。
防げなかった最初の終わり。
未来から時空を越えて現れた女神達だろうとも、変える事が出来なかった。
・・・そうだろうか?
金色の光を纏う女神が呟いた。
「帰ろう」
傍らに控えるもう一柱の女神へ。
「帰れば、また来れるのだから」
頷く傍らの女神も。
「そうだねリーン。帰って糺さなければいけないよね」
周りで傅く者達を顧みて。
「私達の時代へ。
3千年の未来で待っている筈だから」
同じ思いで集う仲間達を観て。
「あの娘達も。
幸せになって貰わないといけないから」
金髪を靡かせる女神リーンへ求めた。
「そうね。特にあの娘達には。
私達の意志を受け継いだ娘達を、邪悪から守ってあげないと」
「そうだよリーン。
美春も、美晴も。
月光女神も・・・皆を魔の手から守ってあげたいからね」
3千年の未来で、女神達が求めるのは?
「帰ろう。そして導くのよミハル。
あの子達には幸せこそが相応しいのだから」
「ええ、御主人様。
その為の女神ですもの。
それ故の、理を司る者ですから」
二柱の女神を囲む者達も傅く。
救世の為に集った古からの仲間達が、女神と共に消え往く。
「帰るわよ皆。
もう一つの世界へ、神変されただろう世界へと」
神に拠り変えられた筈の世界へ。
不幸なだけの終末を迎えた世界にではなく。
ヒュゥ・・・・・
終わった世界に風が吹いた。
一頻り捲き起きた風が、静けさの中掻き消えて行った。
そこには、女神の意識でさえも残っていなかった。
3千年女神達が終わる世界を変えたという。
鍵の御子リィンが始めた改変の世界。
元々の改編では起きよう筈も無かった変化が、未来へと齎すのは?
元々の世界では、リィンやレィが辿る道は違ったのだろうか?
女神達は言っていた。
人の肉体へは宿る事が出来なかったと。
レィやリィンが人形へと宿ったから現れることが出来たと。
記憶という仮初めの魂を持てたから、二人の前に現れたのだとも。
それなら、仮に人形へと宿る事が無かったのなら?
魔女の企みが潰えたのは、偏に魔女自らが犯した過ち故。
魔女に拠り悪意に染められたタナトスが、人形へと麗美の記憶を宿らせたのが始りだった。
ならば何故?魔女はそのような失態を犯したのか?
魔女であろうとも完璧ではない謂れ。
闇に貶めた筈のタナトスの記憶には、まだ光が残されていたのだ。
レィやルシフォルのように、清らかな記憶が残されていたから。
自らの闇に屈さんとした時、微かな光が現れたのだろう。
その僅かなる希望により、女神達が現界したのだろう。
タナトスの救いを求める叫びが、女神達を引き寄せたのかもしれない。
邪悪に染められる人の中にも、僅かながらも光があるのを教える様に。
それ故に、人は完全な悪では無いとも言える。
人は光も闇をも抱く者。
もし、彼の行為が無ければ。
破滅は地上を覆い、人類全ては闇へと堕ちたでろう。
悪魔タナトスは・・・悪魔では無かった。
その証拠は、ルシフォルを名乗る人形に拠り滅び去ったのをリィンが見届けたことでも分かる。
巨悪だけの存在だとすれば、一体の人形に拠り滅ぶとは考え難い。
魔女が地下深くから逃れたように、意識体であるタナトスが完全に滅ぶなどとは思えない。
もしも、完全な悪であれば・・・の、話だ。
変えられた世界へと話を戻そう。
麗美とリィンタルトが出逢う前から異変は始まっていた。
それはミハエルと言う女性が悲劇に見舞われた時から起きていたのだ。
悲運に嘆くタナトスを見かねた弟、機械博士であるルシフォルが開発中の人型へと命を吹き込んだ事により始まった。
人工生命体とも呼べる命の灯を、彼女へと与えたことにより始められたのだ。
旧約聖書にもある大魔王と神との諍い。
その闘いの中で、神であったルシファーが闇へと身を堕とした故事。
人に寄り添うルシファーを、神々は忌み嫌い悪魔へと貶めた。
彼は人を愛し、人であることを欲した。
まさにそれは全能の神ユピテルを愚弄し、人を造る行為にも等しかったのだ。
故に、彼は身を滅ぼした。
神でも悪魔でもない、狭間の者へと。
人工生命体に容を与える行為は、それに等しかった。
世界に新たなる命を生み出し、人とも呼べるだけの容姿をも与えた。
神ならん人でしかない者が、神をも超える存在へと手を出した。
その時、神の怒りに触れてしまった。
伝説のルシファーのように。
神が人へと与えたパンドラの憂鬱と同じ様に。
その瞬間、世界へ闇が放たれてしまった。
闇は瞬く間に世界へと広がり、人々の心へ染み込んで行った。
愚者たる者へ、欲望という名の悪魔が入り込んだのだ。
機械文明の栄華を極める人の心に闇が蔓延った。
慢心した人間達は、機械を支配しているまやかしを信じ、享楽に明け暮れた。
欲は他者の命をも弄び、やがては自らをも貶める。
いつの間にか機械に支配され始めているのも分からず、ひたすらに快楽を貪る。
その姿は、嘗ての悪魔にも等しく神には映ったのだろうか。
人類最初の命を造ったルシフォルだったが、それも続かなかった。
凶弾に倒れたミハエルと、時を移さずに彼も後を追う事となる。
事件の発覚を懼れた悪しき者の手に罹って。
最愛の女性と弟を奪われた男は、復讐を誓った。
奪われた者は、奪った者へと。
否、それだけに留まらず。
この腐った世界そのものを憎んだのだ。
タナトス・・・彼は悪意に染まり、そして。
堕ちた。
悪意の総意に身を委ねてしまった。
現状の世界を終わらせ、新たなる世界で神に成ろうと。
神と成り、喪った者を取り戻さんと欲して。
だが、彼の想いは遂げられる術も無かった。
それは彼自身の善意が教えてもいたのだ。
人を蘇らせる術はないことを、彼自身が分ってもいたのだ。
だが、彼は既に堕ちてしまった。
自らの意志とは違う、どす黒い者に支配されていたのだ。
気が付いた時には後戻りは出来なくなった。
自身の意識まで、何者かに拠り支配を受け。
自らの身体では抜け出す事もままならなくなり。
彼は弟の残した偉業に望みを託す事となる。
人の世界を滅ぼす悪魔ではなく、希望を求める人であり続ける為に。
弟の名を借り、自らの容を人型に映し。
その日が来るのならば、自らを滅ぼさんとして。
フロリダへ。
彼の地へと飛ぶ宙船へと乗り込み。
自らを月の裏側へと埋没させる為・・・そして。
出逢った女神に全てを委ねられて。
人形へと記憶を託した折、光に出逢った。
光はタナトスへと赦しを与え、密かに改変の力を授けた。
ニューヨークに潜む、彼の悪意を糺す為に。
巨悪の総意である魔女の存在を知らせて。
タナトスは希望を齎すであろう彼女を知っていた。
何通かの便りで彼女という存在が居るのを。
神の御使い・・・そう光に呼ばれる麗美を。
彼女に託せるのならば、変えられるかもしれない。
不幸にして人類が破滅の日を迎えてしまう事になっても。
自分が滅しても、後の世界は闇に閉ざされないと。
後事を託せるのは彼女を於いて他には居ないと。
研究者であった自分の求めで、招聘出来た。
渡来したばかりの彼女は、まだ闇が居るのを知ってはいなかった。
自分のように機械の身体を持ってはいなかったから。
だから、自らの闇を見せ続けた。
気付いて欲しくて、分かって欲しかったから。
しかし・・・邪なる意識は、先に手を下した。
もう一人の運命に弄ばれる子を使って。
闇の意志により麗美が死を賜りそうになった時。
光は再び現れた。
女神を名乗る光に拠り、彼女は一命を取り留められた。
本当ならば死に絶えた筈の命を、女神が救いの手を差し出したのだ。
そして・・・善意のタナトスの欲した通り。
彼女へ女神が宿る事になる。
希望の意識体が、レィと・・・鍵の御子リィンへと。
機械の身体に宿る事は、つまりは他の記憶をも宿せること。
光から知らされた事実に、タナトスは微かな期待を寄せた。
もしかすると、人類は再興出来るかも知れないと。
過ちの歴史を正し、全てを変えれるかもしれないと。
そうなるのなら、月へと赴いた自分も粛罪できる。
間違いを犯さずに済めたのなら、月から帰る事も出来ると。
極寒の世界で眠り続ける肉体へと戻れるかもしれないと。
微かな祈りは実現へと近付いた。
希望の光に拠り、世界は変えられた。
鍵の御子リィンの紡ぎ出す世界では、人が残れた・・・
少なくとも、破滅からは逃れられたのだ。
本当なら魔女によって<無>へと染まる筈だった世界を。
ケラウノスが発動し、全ての命が消し去られる筈の世界から、命の灯が残されたのだ。
現れた光に拠り、歴史は僅かながらも変わったと感じた。
なぜ?
どうして魔女が滅んだのにケラウノスは閃光を発したのか?
その答えははっきりしている。
闇が完全には滅んではいないからだ。
魔女は未だに存在しているから。
魔女が存在している限り、ケラウノスは改変の光を発し続けるだろう。
鍵の御子リィンタルトが求める限り、殲滅の光を放ち続ける。
何度でも。
何千年が過ぎようとも。
審判を下す女神が求めるのなら・・・
タナトスは消え去ってはいなかった。
殲滅機械に宿り、その時を待った。
人類が再興を許される日を夢見て。
希望の光で満ちる未来の到来を待ち続けて、眠りに堕ちた。
地上には魔女が存在してはいない筈だから・・・
改変されたプログラムの元。
新たなる世界が始まった。
始まりを招いたタナトスの想い。
終焉の日、彼の真意を知る者は誰一人として居なかった・・・
人類を再生させるべくリィンタルトが描いたのは。
戦争の惨禍が襲わない平和な世界。
それは未来をも変える偉業なのだが・・・
次回 新世界へ ACT 2 零<はじまり>の嘆き




