ACT 5 零の慟哭
最期の瞬間。
それは人への回帰。
冒してしまった自分の罪を背負えるのなら。
せめて最期くらいは人として迎えたかったから・・・
ガラス越しに見えるのは、凍てついた二人の少女。
「やっと逢いに来れた・・・遅くなったけど」
眠りに就く2人へ、最初に言えたのは謝罪。
「ごめん・・・もっと早くに来なければいけなかった」
冷凍睡眠状態の二人へと、差し出す手が震える。
凍り付いた肌を観せられて、いたたまれない想いに囚われてしまう。
「でも。
約束を果しに来たんだ。
もう一度逢うって・・・誓っただろ」
ガラスに手を添えて、瞼を閉じたリィンへと語り掛ける。
「あの人とは果たせなかったけど。
タナトス教授とは果たせずに終わったけど。
リィンには逢いに来れたから・・・」
記憶を蘇らせてくれた人とは再会出来ず終いだった。
最期の瞬間にも立ち会えなかった。
だけど、その代わりにリィンタルトが看取ってくれた筈だと思っている。
「本当のタナトス教授らしい最期だったのかい?
私の憧れであった男らしく、立派な最期だっただろう?」
死を以ってでも、自らの間違いを正しに来た筈だから。
「観ていたのなら。知ってるのなら。
私に彼の最期を教えてくれないか、リィン」
ガラスを通して語り掛けるのは、辛い運命を背負わされた御子としてではなく。
同じ宿命を背負わされ、世界の命運を担わされた友へと。
「これからは、ずっと傍に居るから」
制御室に居る人形の鍵の御子ではなく、人のリィンに誓う。
「なぁリィン。
どんな世界を描きたいんだ。
次の世界では、幸せになれるのかな?」
もう直ぐ発動される終末の時。
改変の閃光に因って齎される世界では、人類は不幸を払拭できるだろうかと。
「私達で、新たな世界を見守ってやろうじゃないか」
そして、眠りに就くリィンの伴をすると告げるのだった。
「独りで背負うには、世界は大きいからな。
私も一緒に居てあげるから・・・いつまでも」
リィンタルトが眠るガラスケースから手を離すと、もう一つのケースへと寄り。
「フューリー、すまなかったな。
分かってあげれなくて。呪いを解いてあげれなくて」
ランプの明滅する睡眠装置へ手を伸ばす。
「もう直ぐ、世界はリィンに因って変えられるんだそうだ。
そうなったら、フューリーに頼んでおかなきゃならないんだ」
伸ばした手の先に在るのは・・・
「人として友を導いて貰いたい。
生まれ変わったとしても覚えておいて欲しいんだ」
冷凍保存の解除ボタン。
カチリ・・・ピ・・・ピピ
数刻の後には生命維持装置が働き、冷凍状態から蘇れる。
それは、つまり。
「君は人として、生まれ変わって貰いたい。
残酷な世界を身を以て知っているからこそ頼んでおきたいんだ。
フューリーだからこそ、世界を救う事の出来る神子になって欲しいんだよ」
改変の光を受け、変わる世界で生まれ変われと。
「世界に光があるように、影もまた存在すると覚えていて。
邪悪に染まる者が居る様に、また光の子も存在するんだよ。
世界が闇に染められようとする時には、必ず光が現れる。
どれ程理不尽だとしても、諦めなかったら希望の光が現れるんだってね」
今居る自分が、光を受けれたから。
希望を宿し、この場に臨めたから言える言葉。
「いつの日にか・・・また。
フューリーには逢えると思うんだ。
巡る時の彼方で・・・月夜に照らされた静寂の中で」
プシュ・・・シュゥウン
解除された冷凍睡眠、解除される肉体の束縛。
その時、停止していなかったフューリーの意識が奇跡を呼ぶ。
魔女でも死神でもない選ばれた子<フューリー>に因って。
カシュ・・・・
いくら解除ボタンを押したからと言って、即座に冷凍状態から解放される筈は無い。
凍てついた身体が動ける筈もない。血液でさえ凍り付いた状態なのだから。
だが・・・奇跡は起きた。
カリ・・・カリ・・・カリカリ
微動だに出来ない筈の指先が、僅かだが動いた。
奇跡を信じない者が観れば、凍てついていた身体が僅かに温度が上がり伸縮しているだけに思えただろう。
しかし、彼女の意識は奇跡を起こすだけの強さを秘めていたのだ。
微かに動く爪先に描かれていくのは・・・
<<ありがとう麗美。約束するわ・・・忘れたりしないと>>
凍り付かされた肉体が滅んだとしても、決して忘れたりしないと誓う。
<<どんなに姿が変わろうとも、あなたやリィンに逢いに来るって>>
感謝と誓い。
死神人形ファーストが潰え、人としての絆を取り戻せたフューリー。
悪魔タナトスに因り歪められた記憶が糺された今、人として一時の滅びを受け入れられた。
そうする事で粛罪を果せると言うのなら、肉体が滅びようとも構わないと。
<<だから、麗美。あなたにリィンタルトを託すわね。
私が逢いに戻るまでの間、護り抜いて貰いたいの>>
死別が永遠の別れでは無い。
肉体が滅びようとも、それは絆の消失ではないのを教えて貰ったから。
<<人形に宿っても消えやしなかった。
どんなに離れても、再び逢えると教えて貰ったのよ、麗美から>>
本当の奇跡は麗美が成し遂げた。
今動かせている指先なんて、それに比べればさしたることも無いと。
<<ありがとうレィ。きっと再び逢えたなら声にして言うわ。
あなたこそが本当の神の御遣い。あなたこそが人類の守護者。
そして我等が聖なる者・・・蒼く麗しき女神>>
微かに動く爪先では、語りつくす事は出来ない。
でも、フューリーの魂は別れに際して知らせておきたかったのだろう。
感謝しているのと同時に、誓いを起てたのを。
喩えそれが麗美へと届かなくても。
「もう直ぐ時間だよリィン。
もう間も無くお別れの時が来るんだフューリー」
破滅機械と揶揄されたケラウノスが動き始めている。
頭上から響く振動を感じ、既に鍵が開かれたのを知った。
閃光が放たれる時、人類は一旦歴史を閉じる事になる。
今まで培ってきた時代の幕を閉じ、新たなる歴史を紐解くのだ。
その新たなる世界で、人類は全く違う道のりを辿る。
「でもなフューリー。
私やリィンは覚えてるから。
人の絆の尊さを・・・絆という永遠の理があることを」
永き時を、これから巡ろうとするレィとリィン。
二人に因り、人類は変えられるのだろうか。
否、彼女達の願いが人類に届くのだろうか。
「図らずも次の世界が闇に染まるのなら。
躊躇いもなく審判が下される。
平和を取り戻せなければ・・・
審判の女神リィンは再びケラウノスの鍵を開くだろう」
冷凍睡眠を解除したレィが、意識を保つフューリーへと啓示を与える。
「もし、人が変わることなく戦争を続けるのであれば。
その次の世界も、また次も・・・果たせるまで永遠に破滅を齎す」
審判の女神となるリィンに因り、人類は何度でも滅びの日を迎えてしまうのだと。
「千年に一度。人の世界は審判を受ける。
千年目を迎える時、必ず御子が産まれる。
姿形は変われど、審判の女神は現れ・・・そして」
レィはリィンタルトが産む世界の理を言う。
「真実に目覚め、絆を契る者が現れる。
その者が新たなる世界に歯止めを齎すだろう。
光と影を持つ者、闇の中でも光を放てる者。
その者こそが繰り返される破滅から救い出してくれるんだ」
光と影を纏える者・・・それは?
「パンドラの箱の故事のように。
禍が箱から溢れた後、輝きを放つ者。
邪を祓い、魔を討つ者。
その名は・・・希望。
その者は人として産まれ、やがては人の光となる」
世界に蔓延る邪を絶やしてくれるとでも言うのか。
「もう一度言っておくぞフューリー。
その者は人の中に産まれ、人として生き抜き。
そして光を纏えるようになれる・・・女神だと」
その者とは誰を指す?
「真実を見極め、真理を告げる女神。
人の理を知り、人へと理を告げる者。
理の女神・・・理の女神。
まるで遍く人へと与える暖かな春の光の様な・・・
美しき春の名の如き存在」
自らに宿っていた女神を知らしめる。
「美しき春の名に相応しい聖名は・・・」
女神の名は?
「やがて・・・その名は審判の女神により世界に広められる。
希望を諦めないのであれば、いつの日にか分かるだろう」
レィの啓示は確かにフューリーへと届いた。
二人との絆を固く信じるようになった魂に刻み込まれるのだ。
<<人より産まれし女神。その者に因って世界は救われる>>
それこそが世界が変わろうとも縋るべき希望なのだと。
<<神の啓示として伝えなければ>>
世界が何度滅びようと、この事だけは伝承しなければならない。
心に秘めたフューリーは、魂へと刻み込む。
語り終えたレィは、静かにリィンの眠る機械へと寄りかかる。
「じゃあな、フューリー。
また逢える日を待ってるから・・・な」
最期の言葉に別れなど含まず。
「汝、人であり続ける者に光あれ」
機械の身体に宿る者として、願いを託したのだ。
光と共に生きるのだと。
どれほど生きるのが辛くても、最期まで諦めずに生きていくのだと。
人形レィの声がフューリーへと届いたのかは分からない。
なぜなら・・・
シュゥウウウウウウウウウウウンッ!
ケラウノスの光が。
世界を終わらせる閃光が。
シュウゥゥゥゥゥ・・・
空間に渦巻く霞の様な、青紫の光が。
シュルルル・・・・
世界に渦巻く闇を終わらせるように。
「闇から抜け出た者よ、人の楽園を取り戻す輝になれ!」
聖戦闘人形レィの言霊が、人の子であるフューリーへと手向けられた。
闇から抜け出した者・・・そして光を求める者。
それは人としての始り。
胎児が産まれ出る様を表しているのだ。
人として生きることは、光を求めることなのだと。
ケラウノスの光が世界へと広がって往く
生きとし生ける者の上に。
青紫色の光が覆い被さる。
その光を受けた者達は、魂を揺さぶられ。
破滅を回避する聖なる光に拠り、自らの記憶を失う事となる。
どれだけ邪なる心の持ち主だったとしても。
どんなに優しき魂の持ち主だったとしても。
ビシャッ!
光は何もかもを一瞬で終えさせた。
老いも若いも・・・男も女も。
地上に居る、人類全てを終わらせる。
そして仮初めの肉体へ、新しい記憶を宿らせた。
それは嘗て悪魔タナトスでさえも不可能と言わしめた神の所業。
機械へではなく、肉体へと宿らせる神の秘法。
機械との戦争で生き残った命に与えられた改変。
人の業を超越した光に拠って、終わりを迎えた人類に新たなる息吹が始る。
書き換えられた歴史と文明。
始まるのは審判の時を千年後に控えた新世紀。
・・・それは新たなる試練への幕開けでもあった。
世界から騒音が途絶える時が来た。
女神となるリィンに因り世界が終わりを迎える。
これが始り。
この閃光が幕開けを意味していた。
神の雷・・・ケラウノス
千年後の未来で、再び放たれるのかは・・・それこそ神のみぞが知る。
千年の未来は、果たして人にとっての楽園であるのかも。
これが始り。これが人類最初の慟哭。
・・・零の慟哭・・・
後の世で<ファースト・ブレイク>と呼ばれる事になった経緯。
鍵の御子リィンタルトに因り始められた新たなる千年紀。
しかし、本当にこれで良かったのかは・・・未だに分からない。
なぜなら・・・彼女達がまだ存在していたからだ。
悪魔と女神。
双方が・・・
機械の体を持つレィの記憶は選んだ。
神と成るリィンを守護し続けると。
何年過ぎようとも。何百、何千年迎えようと。
それが約束だから。
互いの絆を守る為に・・・彼女は眠りに就く。
一方、女神に宿られた鍵の御子は?
真実は審判と共に!
次回 ACT 6 巨大損な女神って?
永遠の二十歳って?誰の事なんだろう??




