Act 2 審判を告げる女神
終末を迎えんとする世界。
最後の瞬間まで抗う鍵の御子。
その決死の心が光を呼ぶ。
そう・・・時空を超越した<輝き>を呼ぶのだ。
愕然となる一瞬。
「「いいえ。諦めてはいけないのよ」」
だが、脳裏に聞こえた声で我へと還る。
「誰ッ?」
声の主を呼んでみるが。
「「諦めては駄目よ・・・オリジナルの私」」
声だけが脳裏を過って行く。
「オリジナル?一体あなたは?」
「「魔法の女神。あなたが生み出した女神」」
声は自らを女神と呼ぶ。
「「あなたが造った世界の末裔。
3度目の世界から次元を越えて現れし審判の女神」」
「え?!」
3度目の世界からと声は知らせた。
3度目・・・つまりは2回も世界は滅んだと言われたのだ。
しかも、声の相手は審判を司る女神・・・改変する予定のプログラム上ではリィンタルト自身とも呼べる存在だった。
「さ、3度目って言った?」
「「ええ。残念ながらそう言ったの。
つまりは3千年未来から次元を越えて現れたのよ」」
どうやって?いつの間に?女神が本当に存在するのかと訝しむのだが。
「「遂に悪魔から本当の世界を奪い返す時が来たのオリジナル。
イシュタルと言う悪魔から解放する為に、我々が現出したのよ」」
「はい?言ってることが・・・理解出来ないんだけど?」
現れた女神の言葉が唐突過ぎて。
「その・・・悪魔イシュタルってのは何処に居るのよ?」
悪魔ならメインコンピューターに宿っていた。
それは既に滅び去った筈だと思っていたから、そう訊いたのだが。
「「足元。
此処から真下へ10キロも離れた地下に居るわ」」
「・・・はぁ?」
どんどん話が錯綜し始めて。
「はッ!そうだった。
今はこんな異世界の話なんてしている場合では・・・」
一刻も猶予の無い自分へと戻り、
「プログラムを改変させないと」
阻まれた状況の打破を考えようとしたのだったが。
「「大丈夫よオリジナル。
あなたの求めた世界は執行されているのだから」」
「だけど?!・・・って、はいぃ?」
女神は確かにこう言った。
3度目の世界から訪れたのだと。
それは悪魔が発動させんとした破滅とは違う。
世界を完全に滅ぼせなかった証・・・だとも言える。
「「もう暫くすれば分かるわ。
あなたのプログラムが発動する事に」」
「それって?破滅は回避出来るってことなのよね?」
直ぐには肯定の声が聴けなかった。
しかし・・・
「「この世界では・・・ね。
破滅は防げても、正しい世界とは言えないから。
イシュタルの干渉を受けた間違った世界には違いないからね」」
女神からの答えには、未だに間違ったとある。
「悪魔は何時から干渉して来ていたの?
それをどうやって修正できるの?」
「「それを解き明かしに来たの。
私達の未来を取り戻せると考えたから」」
干渉された歴史を変えることなんて出来るのか。
タイムマシンが在るのなら・・・そんな夢物語がある筈も無いと思ったが。
「「あら?あなたとこうして話せている私の存在を疑うの?
魔法を造った張本人からの言葉とも思えないんだけど?」」
「・・・そんな馬鹿な?」
女神は初めに言っていた。
<魔法の女神 審判の女神 リーン>・・・と。
造った後の世界に関与するようにプログラムした。
自分が審判を下す者となるように・・・創造したのだと。
人類を創造する者となったリィン。
神にも等しい行いだが、飽く迄人類を元へと戻す為にプログラムした。
そう・・・元へ戻す為に。
「まさか・・・その結果が?」
この女神を生み、世界を混沌から救おうとしている?!
「「そう。あなたに拠り造られた後の世界から来た。
何度も審判の時を迎えるよりも、元を正す方が賢明だって分かったから」」
千年毎に途絶える文明。
千年毎に起きる破滅から逃れるには。
「「あなた自身に逢って知らせたかったのよ。
審判なんて人が下すべきではないと。
それがどれほど理不尽な世界だとしたって・・・ね」」
「じゃぁ?!亡くなった人々を救う手は無いと?」
新しく造る世界に生まれ変わらせるつもりだったリィンが、亡失を容認しなければいけないのかと訊くと。
「「亡くなった者を蘇らせるのは法に触れる。
奪われた命と言えども、生き返らせるのは倫理に反するわ」」
「救えない?」
「「亡者を甦らせれば、生者と死者の区別がなくなる。
それは人が行う範疇を越えた行為」」
拒否されたリィンが失意を描くと。
「「だから・・・失う前に防げばいいのよ」」
亡失を防ぐのが解決策だと答えられて。
「どうやって?過去へと戻らない限りは・・・」
答えたリィンが気が付く。
「あ?!女神リーンは、この為に?」
「「やっと気づいたようね、オリジナル」」
3千年の過去から現れた女神リーンは、最初から言っていた。
<<悪魔から世界を取り戻しに来た>>・・・と。
「「そうよリィンタルト。
イシュタルからこの星を取り返してやれば解決するの。
奴等が牛耳る世界を正常へと戻せれば、不幸な時代は元へ戻せるのよ」」
はっきりと明言する3千年女神リーン。
審判を司る女神にして、諸悪の根絶を目標とする聖なる者。
「「それこそが、本当の審判。
人々に邪悪を振り撒く者を糺すのが、本当の審判なのよ」」
「本当の審判・・・」
鍵の御子であるリィンは教えられた。
自分が行うつもりだった人への審判がエゴでしかないと。
人が誤っているのは、他の者が関与しているとは思いもしなかったから。
「だとしたら!このプログラムを放棄しなければ?!」
改変を目指して打ち込んだプログラムも削除しなければいけないと慌てた。
「「いいえ。その必要はない。
あなたのプログラムは間違いではないとだけ答えておきましょう。
何故ならば、私がこうして此処へ来れてるのだから」」
「あ?!そうだったの」
でも、女神はプログラムによって生み出される事になったリィンの生まれ変わりでもあるのだ。
だから、初めにオリジナルだとリィンを呼んでいた。
「だとすれば?今受けている妨害は?」
「「直ぐに解除される・・・あの子達に因ってね」」
妨害は成功しない。
女神は断言し、リィンを安堵させる。
でも。あの子達とは誰を指すのか?
「「知っているでしょう?
ミハル達が居るのを」」
「レィちゃんに宿った女神?」
自分の名をミハルだと告げた聖戦闘人形レィ。
彼女には女神が宿り、そして自分にも審判の女神が宿っていた。
「「そう。
あなた達が機械の身体を持つようになったから。
光と闇の魔法で宿れたのよ・・・不幸な話だけどね」」
(作者注・この辺りの事情は<魔鋼騎戦記フェアリア>にも描写しております)
「私が・・・いいえ、あたしが。
人形へと宿るようになったから・・・ですか?」
「「生身の身体には宿れない。
造られたモノへしか宿れないの。余程の魔力を有する者以外はね」」
造形物には魂など存在しない。
そこに憑依することは出来ても、魂を元から持つ者へは制限がある。
女神でも憑代を選ばざるを得ないのは、神と言えども全能ではない証でもあるのだが。
「そう言えば、女神ミハルの他にも存在している口ぶりでしたが。
お仲間が他にも渡来しているんですか?
来ているのなら誰に?」
リィンが気に掛かった事を訊ねてみると。
「「あら?分からなかったのかしら。
アルミーアやバスクッチ。それに・・・あなたの横で伏せてるグランよ?」」
「ええッ?!グランドまでが神様だったの?」
飛び上がる程驚いた・・・が。
「あれ?!身体が・・・動けない」
やっと微動だにしていない事に気付かされる。
それに周りの景色にも変化が起きない。
「「高速会話中だからね。瞬きも出来ない程の時間の中に居るのよ」」
「ってことは?こんなに話してても1秒にも満たないとか?」
「「そう。これが魔法って話」」
驚愕するリィンへ女神のリーンが教える。
「「ミハル以外は皆、使徒扱いなんだけど。
仲間である事には替わりは無いから。
世界を救って皆を取り戻そうって・・・あなたと同じよね」」
「それで・・・助けに来てくれたの?」
救援の目的は、不幸な世界を糺す為。
決して自分個人の為では無いと分かってはいるが。
「「勿論、リィンタルトの為でもあるけど。
悪魔イシュタルを訴追して、奴等を楽園から追放する為でもあるの」」
女神から聞かされたフレーズ。
昔、幸せだった頃にレィにも良く言っていた言葉・・・楽園。
不幸を撒き散らす悪魔イシュタルを殲滅し、邪悪から地球を守ると言う女神。
「「でもねオリジナル。
奴等を完全に滅ぼせるのは、まだ少し先になるかもしれない。
この地に居るイシュタルはアルミーア達に滅ぼされるだろうけど。
星のどこかに潜伏する奴が残るかもしれないのよ」」
不本意ながら、完全殲滅は果たせないかもしれないと。
「「撲滅出来ないのなら。
あなたには耐えて貰わねばならない・・・永い時の間」」
「そっか・・・その為にプログラムを発動させろと言うんですね」
失望ではないが、少しだけ不安が過った。
時の狭間に取り込まれてしまうような錯覚が襲って来たのだ。
「「イシュタルがどこかに潜伏しているのは間違いないの。
この世界に来て漸く解ったことだけど、複数の悪魔が存在している。
そいつらの在処を全て掴むまでの間・・・待って欲しい」」
「そう・・・なんですね」
リィンは喉から出そうになる<いつまで待てば良いの>を飲み込んで。
「待てば、エイジにも逢う事が出来るの?」
本当の願いを口にしてみた。
「「それは理のミハルに訊いてみたら?
愛を司る損な娘だったら、答えてくれるかもよ」」
「?損・・・なのですか?女神が」
答えられたが、いまいち信用しようにもはぐらかされた気がする。
「「まぁね。あの娘は生来の損さ加減だから。
自分の事より仲間達の危急に駆けつける馬鹿だから」」
「損に・・・馬鹿?救いようがないのでは?」
あまりの謂れ様にリィンも理の女神に同情してしまう。
「「そうね、救いようのない娘だけど。
あれはあれで真っ当に全力全開路線を突き進んでいるわ」」
「はぁ?」
呆れたようにため息交じりで応えて。
「女神を信じます。
3千年の未来から来援しに来てくれたのですから」
どれ程待てば良いのかは分からないが、決して不幸な結末にはならないだろうと感じ。
「だから・・・プログラムの発動を!
悪魔から世界を救える希望に変えてください」
遮断された回線を接続し、プログラムの起動を願った。
「「良いでしょうオリジナル。
あなたのプログラムで世界を変えなさい」」
悪魔からの妨害を復旧するには、宿った女神には不可能。
だから、彼に命じる。
「グラン!そこのモニターへ攻撃せよ」
急に身体が動いたと思えば、伏せているグランドへ命じてしまった。
傷付き傍で伏せていただけの犬型ロボットのグランドが、その声に反応する。
「我が女神の命なれば」
人間の男性の声ではあったが、先程聞こえた声とはまるで違う。
どこか重厚な紳士のようで、なんだか姫に傅く騎士のようで。
ダンッ!
伏せていたグランドが飛び起き様に飛び掛かる。
ガシャッ!
強靭な牙が、カメラを喰いちぎった。
「「それでよし。もう邪魔する者は居なくなったわね」」
女神の声が再び過ったかと思えば。
「グラン!ケラウノスから邪心を取り除くわよ」
身体を支配されてしまった。
「御意!リーン様」
それはどうやらグランドも同じようで。
声は女神リーンの使徒らしいが、身体全体は支配されてはいないようで。
ふり・・・ふり・・・
尻尾だけが情けなさそうに振られている。
「「あはは・・・困ったよねグランド?」」
女神達に憑依された鍵の御子リィンは、どうする事も出来ずに成り行きを見守ることにした。
制御室で鍵の御子と別れた聖戦闘人形レィだったが。
隣の隔壁を打ち破るのに苦戦を強いられた。
核兵器の直撃にも耐えられるように設えられた装甲は、破壊剣のレーザーを使えなくなったレィには強敵でしかなかったのだ。
「糞っ!なんだってこんなに分厚く造ったんだよ」
憎まれ口を吐きながら、それでも何とか中への道を切り開くと。
ズアアアアアァッ
黒ずんだ煙が部屋から漏れ出る。
破った隙間から漏れ出て来るのは冷気!
それとも冷凍睡眠の機械から漏れ出る・・・瘴気なのか?
審判を司る女神、その名は<リーン>
理の女神と共に、降臨した気高き女神。
彼女に依り知らされた未来。
御子によって変えられるとする世界。
未来には人の幸福が待つのだろうか?
未来では魔法により平和が齎されたのだろうか?
否。
審判の女神が告げたように、間違った世界は糾されなかった。
千年周期に訪れる破滅の日。
それは女神でも回避できないのだろう。
だから。
彼女達がやって来た。
審判を司る女神リーンと、理の女神ミハル達が。
審判の女神が鍵の御子に宿るのならば、聖戦闘人形には?
窮地に陥る人の下へと必ず現れるのは?
次回 Act 3 女神降臨
魔砲の女神は悪を憎む。理を以って闇を照らす・・・その名は?




