ACT11 果たされる約束
鍵の御子が靴音に気付く。
辿り着いた・・・約束を果たす為に。
再び逢うと・・・願いを叶える為に。
絆を信じた二人が居た。
霞む姿を目の当たりにして・・・
数か所を映し出していたモニターから画像が途絶えていた。
最期に映っているのは自分が居る、この中央制御室だけ。
「レィ・・・レィちゃんなんだよね?」
モニターに映し出されていた戦闘人形の姿を顧みて。
「私の知っている姿形じゃないけど・・・そうなんだよね?」
鍵の御子は自分の思い描いた姿と重ねる。
「黒髪でも、黒い瞳でもないけど。
戦いを嫌っていたけど・・・平和を求めているのは変わらないよね?」
一心にキィボードを打ち込みながら、再び逢える瞬間を望む。
「来てくれるんだね・・・約束を果たす為に」
涙なんて零れる筈もないのに、目元を擦ってしまいそうになった。
「だとすれば・・・私の願いを聴き遂げて貰いたいんだよ」
身体は当に限界を超えている。
それでもやり遂げなければいけなかった。
ひたすらにキィを叩き、最期の瞬間まで諦めずにいた。
「それで最後になるから・・・私ではなくアタシの」
制御盤に繋がれたキィボードに目を落として願うのは。
「本当のアタシは・・・願ってるから」
サイドモニターに映る禁断の文字列。
そこに表示される物が意味するのは・・・
微かに揺れを感じた後しばらくして。
戦闘人形操手だった頃に訊き馴染んだ靴音が、制御室内へと流れて来た。
カツゥーンッ・・・カツゥーンッ
ゆっくりと歩んで来る者の靴音。
同じ戦闘人形であっても、死神人形と揶揄された者とはまるで違う。
室内灯の光を浴びた人の姿が白く霞んで見えた。
モニター群の前に居る私を観て、歩んでいた足が停まる。
・・・と。
「君は・・・」
その人の声・・・覚えている戦闘人形レィの声ではない。
「鍵の御子・・・リィンタルトだよね?」
そう・・・私は。
私は鍵の御子。私は世界を変え得る鍵でしかない。
「そう・・・鍵の御子だよ?」
否定する訳でもなく、肯定しただけの話。
でも、あたしとは答えていない。
「そっか・・・」
光に霞む人影が揺らぐ。
「どうやら私達の知ってるリィンではなくなってるが・・・」
その人の声が誰かに話しているみたい。
「いいや、間違いなく御主人様だぞ。俺には分かるんだ」
もう一人の声。男の人みたいだけど・・・
「だから・・・俺に駆け寄らせて。
再会の瞬間なのに無様な姿をお見せしたくはないんだ」
私の事を・・・御主人様と呼んだ?それって・・・誰?
「分ったよ・・・グランド」
振り返っているであろう人影から、もう一つの影が降ろされた。
それは人ではない形を採っている。
それなのに人の言葉を話す?
「グランド?今・・・アタシが知っている犬型ロボットの名前を言ったの?」
あの日。
あの悲劇の中で観た形ではないけど、その名は今もはっきりと刻み込まれたまま。
「そう・・・この子は私を救ってくれたんだよ」
霞む人影が再び歩み寄り始めた。
「グランドが居なければ、あの日が私の命日だったかもな」
あの日・・・あたしの前から光が奪われた日を知ってるのなら。
「フロリダからニューヨークがこんなに遠いなんて知らなかったぞリィン」
ああ?!
「御主人様ぁ~。戻って参りました」
嘘?!本当に?
「私達の絆は絶たれた訳では無いだろ?」
光の影が薄れ、蒼髪を湛えた人の姿が現れた。
傍に寄り添う犬型人形と共に。
「レィ・・・レィちゃん?レィちゃんなんだよね?」
「そう呼ぶのは・・・リィンタルトの他には居ないな」
私はキィボードを叩く手を休めて指し伸ばした。
二度と取り戻す事が叶わないと思われた人へと。
「グランド?!あなたはフロリダの工場でお友達になった子よね」
「ああ・・・御主人様。友とお呼びくださいますか!」
感激の再会・・・そう呼べるかは分からないけど。
ずっと思い描いた願いが叶った・・・それだけは言える。
ずるずると右後ろ脚を引き摺るグランドが傍まで来た。
「お会いしとうございました御主人様。
お会いしてお詫びしなければと・・・最期の瞬間までに」
それだけ告げると傍に臥した。
「どうしたのよグランド?お詫びって?」
「レィを守る事も出来ず。御主人様を敵の手に渡してしまいましたから」
この忠犬は、あの日のことを未だに後悔しているようだ。
「ううん、聞いていたよフューリーから。
君は最期の瞬間までレィちゃんを守ったんだって・・・知らされていたよ」
だから教えてあげた。
「偽物のフューリーが失敗だったと悔やんでいたもの。
八つ裂きにしても飽き足らない下僕だなんて言っていたから。
それほどの手柄なのに、どうして謝るのよ?」
感謝してこそ、怒ってなんかいないからと。
「あああッ?!勿体ないッ」
平伏すグランドの頭に手を置いて慰めてあげた。
「どうせなら、勲章でもくださいって威張ったら?」
今の私にはあげることも出来ないけど。
こんな体に為っちゃったから・・・
振れたからなのか。手に体温が無いことを悟ったからなのか。
「?!ご、御主人様?!」
不意に垂れていた頭を上げたグランドが。
「一体何が?!なぜ・・・機械の身体に?」
私の正体を見破った・・・
「やはり・・・そうだったんだな鍵の御子」
レィちゃんの声が胸に突き刺さる。
「その顔形。それに機械の声を聞かされれば・・・分かったんだ。
リィンも私と同じなんだって・・・」
そうよレィちゃん。同じなんだよ私達は。
「タナトスに・・・創造主になろうとする悪魔に宿らされたんだな?」
同じ・・・自分以外の者に機械の身体に宿らされた。
哀しさと後悔。
いろんな想いが入り混じって・・・
「ううん、違うのそれだけは。
彼は悪魔なんかじゃなかったの。
本当のタナトス教授は・・・死んでも尚、守ろうとしたから」
奪われた躰。
奪われても尚、鍵の御子である私に託したんだから。
「だから・・・このプログラムを打ち込んでいるんだよ」
最期の瞬間まで諦めない・・・諦められないから。
「残された時間は殆どないけど。
どうしてもやり遂げなければいけない。
人の身体では無理でも、機械の身体だったら・・・」
そう・・・これは本当。
一緒に突入してくれたタナトスさんとの約束でもあるから。
「力及ばず捕らえられて・・・無理やりに鍵を奪い去られた。
大切なモノを人質に取られ、どうする事も出来ずに・・・」
そして。
その時からアタシは私となった。
その時・・・タナトス教授の記憶が殺された。
「じゃぁ・・・教授は?タナトス教授は?!」
掠れる声で新しいレィちゃんが宿る戦闘人形が訊いて来た。
「ごめんなさい・・・ロスト・・・されたの」
「そんな・・・あの人が?!何故!」
元々が不治の疵を受けていたから。
もう命の灯が尽きる前だった・・・でからあたしを守ろうとして。
「偽のタナトスに敢然と立ち向かわれて。
悪魔へ魂を奪われた機械を滅ぼそうとされたの。
でも・・・」
「でも・・・敵わなかった?」
そう・・・あたしと彼女を救う為に。
アタシの記憶を貶めようと目論んだ機械に干渉し、眠らされたままの彼女を護ろうとして。
「いいえ。教授は託して逝かれた。
最期まで残された希望の灯を絶やさずに。
創造主たる者へと未来を託して。
本当の御子に世界を造り変える様にって」
「そうか・・・あの人は最期まで諦めなかったんだ」
私が話す迄引き攣っていた顔を緩めて、
「やっぱり・・・私には叶わない望みだったのかもしれない」
フッと寂し気に笑っている。
「あの人は・・・タナトス・ターナーという人には釣り合っていなかったんだろうな」
寂し気に想いを話すレィちゃん。
失っていた記憶を呼び起こしでもしたのだろうか。
憧れであった教授への想いが、そう話させたのだろうか。
「リィンは教授の願いを叶えてあげたくて闘い続けているんだろ?
だったら私にも手伝わせてくれないか?」
差し出して来る手。
タナトス教授の置き土産を完遂する手伝いをしたいのだと言う。
「そうすれば・・・教授の心に近付ける気がするんだ」
「レィちゃん・・・本当はタナトス教授の事を?」
少しだけ。
ほんの少しだけ、ルシフォルと名乗っていたタナトス教授から聞いた。
蒼騎 麗美という女の子との馴れ初めを。
まだ幼い俊英なジャパンの研究者が、自分に対して想いを寄せていたのを。
あたしに出逢う前、麗美助教授が妻帯者の彼に告白したんだって。
<<憧れています。あなたに>>
それは愛の告白よりも尊い。
だって、憧れは永遠だから。想いは追憶に消えたりしないから。
「うん?言わなかったっけ?」
「うん。直接には聴いていないけど?」
手を取り合って笑えた。
温もりを感じる事は出来なくなった手だけど、想いは伝わって来るから。
「だったら!手伝って」
世界を悪魔から救う為にも。
「分かった鍵の御子リィン!」
不幸を撒き散らす破滅を防ぐ為にも!
「残り30分。全てのプログラムを入力するから!」
「サポートすれば良いんだな?何を打ち込めばいい?」
キィを叩くのは人工頭脳に仕組まれた私の仕事。
レィちゃんにはもっと大切なことをやり遂げて貰いたい。
「お願いレィちゃん。
彼女を。フューリーちゃんを・・・」
そう。フューリーは未だに助けられていなかったから。
「そう・・・だったな。
それがミハルの宿命って奴らしいから」
「ミハル?あの月に行った?」
その名前には覚えがある。
フロリダのロケット発射場で出会った子?それとも?!
「ああ。私の名乗るべき女神の名だそうだ」
「あ?!ミコト小母様が仰られていた?」
麗美と記名せずに御美と書かれてあったのを。
「いいや違う。その名は理を指すんだ。
今の私には理を司る女神が宿っている。
真理を告げ、理を語る・・・女神。
理の女神ミハル・・・だから今はミハルを名乗るよ」
「そっか!レィちゃんはあたしの女神様だったもんね」
出逢った時から感じられたんだ。
この麗美と呼ぶ娘から、神秘な雰囲気を。
堅苦しい家の中で頑な心で閉じ籠っていたアタシを救ってくれた人だから。
「女神様が来てくれたんだから・・・アタシも最期の瞬間まで諦めない」
「ああ!そう言うリィンも。未来では女神を生むんだからな」
変な無茶ぶりだけど、昔っから変わないねレィちゃんは。
私の未来を観て来たみたいに話すんだから。
「二人揃って女神だなんて、洒落てるよね」
「そうか?本当の話だそうだぜ」
そう答えるレィちゃんは真面目な顔で。
「リィンは審判の女神。私は理を告げる神へとなるんだそうだ」
「へぇ~。レィちゃんもお伽話が上手になったね」
そう答えた瞬間。
繋いでいた手に温もりが感じられた。
不思議な感覚を伴って。
「「お伽話なら・・・良かったのかもねリーン」」
知らない声が頭に過った・・・気がしたの。
「さぁ!始めようリィン」
「ふぇ?!あ、うん」
レィちゃんの声で我に返った。
何だったんだろう・・・今のは?
「それでリィン。フューリーは何処に居る?」
「・・・冷凍睡眠装置の中に。
気密部屋の中に置かれてあるの」
私はモニターを切り替えて部屋の場所を示す。
この制御室から出てすぐ脇の部屋を。
「ふむ・・・トラップとかが仕掛けられてあるのか?」
「分からない・・・でもそこには」
本当のアタシも眠らされている筈だから。
「リィンも・・・一緒なんだな?」
「多分」
答える私に頷くレィちゃんが。
「なら・・・何が何でも取り戻さなけりゃ」
拳を握り締めて言ってくれた。
「あたしは良いから。フューリーちゃんを」
そこで気が付いた。
レィちゃんは死神人形と本物のフューリーちゃんが別だと知っているんだって。
何度も憑け狙われ、殺されかけたのに・・・許している。
それなのに助け出すのも断らないってことは知ってるの?
「いつ?どうして?
人形の記憶が造り変えられたものだと?」
「言わなかったか?私だって捏造されていたんだからな」
?!そうだったんだ。
「リィンとエイジが知らなかったのはしょうがない。
始まりの日に宿らされた私は、過去を半ばまで奪われていたんだ。
そうする事で悪魔の仲間に引き込もうとしていたらしい」
そうだったんだ・・・だから、闘う事にも躊躇しなかったのか。
「今は・・・タナトス教授に救われたから。
この躰を与えてくれた際に、封じられていた記憶を呼び覚ましてくれたから」
「それで・・・思い出せたんだね。過去の想いを」
頷くレィちゃんが頼もしく思えた。
「尤も、もう一人宿った女神のおかげでもあるらしいけど」
そう言ったレィちゃんが優しく笑う。
そんなレィちゃんの事を誇らしく思えるし、力強く感じる。
きっとそれは、女神の名前を名乗ったからでもあるんだ。
「うん、それじゃぁ女神様にお任せするから。
あたしとフューリーちゃんを助け出して来て!」
「任せろ鍵の御子。フューリーを助けるのは女神からの宿題だからな」
笑うレィちゃん・・・嘗ての戦闘人形では無くなってるけど。
あたしが大人になれたら、こんなに優しく笑えるだろうか。
「じゃぁ・・・グランドに護衛を任せるから」
独りで救出へと向かうレィちゃんが、伏せる犬型ロボットに託す。
「死んでも御守りするぞ、ミハル」
気丈に答えるグランドを観たレィちゃんだけど。
「死ぬな・・・善いな?」」
瞬間。
私の眼に飛び込んで来たのは寂し気な笑顔の・・・
「「ミハルの命だから。死んじゃぁ駄目だからね」」
さっき頭の中で聞こえた声が別の誰かを知らせていた。
そう・・・それが女神だとは思いもしなかったけど。
「行って来る」
部屋を出るレィちゃんの声が聴こえた。
「気を付けてね」
答えた私に寄り添うのはグランドだけ。
死守すると誓った忠犬と、救出に向かう聖戦闘人形が別れる。
そう・・・まだ平穏ではない制御室で。
互いの姿が変わろうと。
絆を信じあった二人は通じ合う。
そして、互いに宿る女神を信じ。
互いの宿命を果たさんが為。
運命を自ら切り開く為にも・・・
第6章終幕です。
いよいよ人類に破滅が訪れるのか?!
次章で、あなたは人類へと放たれる爆光を見る!
次回 第1部 零の慟哭 戦闘人形編 魔弾のヴァルキュリア
第7章 楽園喪失<Paradise Lost>
ACT1ケラウノス起動!
遂に人類改変の幕が開く!その時、二人は?!




