Act 9 決着
振り上げられた剣。
死神人形は勝利を確信した・・・
・・・だが?!
死神人形の破壊剣が煌めいた。
頭上に高く振り被り、トドメの一撃を聖戦闘人形へ撃ち込もうと・・・
「さよならを言うのは・・・ファーストの方だ」
身動きしなかった聖戦闘人形レィの声が死神人形ファーストの耳に届く。
「?!」
と、同時に蒼い髪が靡いた。
腰を屈めて剣先を避けるかのように姿勢を低く執るレィに驚く。
「なッ?」
今の今迄、動きを停めていたレィだったのに。
「ん・・・だとぉッ?!」
突然の動きに対処が遅れた。
振り上げていた腕を降ろすのさえ間に合わなかった。
・・・油断していた死神人形ファーストの眼に、紅い光が写り込む。
意識が回復したレィの眼に、ファーストの剣が映った。
ガキン!
手にした剣を射ち落とされる。
ガラランッ
堕とされた剣の音で状況がはっきりした。
今、自分の前に居る死神人形は、余裕を見せて油断しているのだと。
動かない自分へ剣を突き立てる前に、得物を奪い去るだけに留めてしまったようだ。
それが余裕なのか、それとも慎重に過ぎた行為なのかは不問にして。
ー あなたは覚えていなかったの?
戦闘人形<ゼロ>である私には、まだ闘う武器があることを・・・
奪い去られた剣は床に転がっている。
それを拾い上げるなら、死神人形の剣が刺し貫くだろう。
ー だけど・・・私の右腕には・・・
右腕の中で準備が為されたモノ。
人形ミハエルには有り得ない装備が、機械博士ヴァルボアに因って秘められていた。
戦闘人形ゼロには装備されていた、近接戦闘用の得物。
・・・それは。
「さよならを言うのは・・・ファーストの方だ」
最期の瞬間、剣を翳す死神人形ファーストへ告げた。
ブゥンッ!
右腕の中から一振りの剣が手の平を突き破って伸び出る。
短剣とも呼べる刃の柄を握り、セーフティロックを解除させる。
既にエネルギーの充填を終えていた高熱を放つ刃が、
ヒュウウゥンッ!
鋼をも貫ける紅い光の剣と化す。
そして。
眼前で破壊剣を振り翳す死神人形ファーストの左胸へと飛び込んだ。
ド
レィとファーストの身体がぶつかる。
破壊剣を振りかざしたままのファースト。
紅い輝を手にしたレィ。
紅と蒼の髪が交わる。
二人の間に数秒の時が過ぎた。
シュンッ
紅い輝が消えた。
使用制限時間が過ぎたから。
衣服が焦げる。焦げた匂いが漂う。
丸い穴の周りから。
高熱で溶かされた鋼の骨格。
高温に曝されて焼け爛れた左の胸。
中に秘められていた人形である証も、覗き見れてしまう。
胸の内部装甲を焼き切られ、穴の内部が観透けれる。
シュゥウウゥ~
張り巡らされたコードが途切れ、何か所かがスパークを放っている様も。
しかし、それも一瞬で途切れ、穴の中が真っ暗に変わった。
断線したコードからスパークが放たれなくなる・・・それはつまり。
「この・・・私が。死ぬ?」
身体に行き渡っていた動力が途絶え、身体が動けなくなった。
仇敵に最期の一撃を振り下ろさんとしていた剣が、手の中から零れ落ちる。
カラランッ
フロアに、遂に振り下ろされることの無かった破壊剣の転がる音が響く。
「レィを斃さずに・・・私が斃れる?」
記憶として宿った戦闘人形の身体は、最早動かすことすら出来なかった。
「動力源を絶たれた・・・間も無くメイン集積回路にも届かなくなる?」
待っているのは・・・人形の死。
機械の身体であろうと、不死身では無いのは承知している。
今迄は、相手がその運命を辿って来たのも。
「死神と揶揄される私が・・・斃れるのか?」
認められなかった。認めるなんて出来なかった。
消え去るなんて・・・
「そう・・・あなたは死を賜るの。
多くの人を殺めた罪を一身に背負って」
胸元から仇敵が話して来た。
「死神人形ファーストは、戦女神の贖罪を受けるの」
「誰が・・・聖戦闘人形レィの粛罪を受けるものか」
闇の心は未だに抗う。
途絶えようとする記憶は、戦いに敗れたことも認めようとはしなかった。
だが。
「言った筈だ、死神人形ファースト。
あなたは死ぬ。悪しき記憶の存在として」
「死ぬ、だと?機械の身体に死など存在しないッ!」
動力源を絶たれた今、目前に控えるのは<死にも等しき消去>だと分っていても。
「そう言うお前はどうなのだレィ!
何度も死に直面しても蘇り続けたではないか」
胸元から離れたレィを睨み、蘇り続けた戦闘人形を蔑む。
「私が死神なら、お前こそが悪魔だろうに!」
死んだと思われていても、復活を果たす。
斃した筈なのに蘇り、自分の前に立ち塞がる。
何度も、何度だって・・・憑りついた悪魔のように。
「分かってくれないのねファースト。
本当の悪魔は別に存在していると言う事に」
悪魔と呼んだレィから教えられる。
「私達を人形へと閉じ込めた奴が居る。
そいつこそが本当の悪魔。ファーストを復讐鬼と化した悪魔」
「タナトスのことか?
あいつは私の復讐を手助けしたに過ぎない」
理不尽な世界から解放してくれた存在・・・タナトス。
自分から望んで人形へと宿った・・・刑務所で一生を終える位なら。
復讐を願う自分へ、希望を与える存在だった。
創造主になろうと目論む男に因って生まれ変わり、復讐は半ばまで成し遂げれた。
「父や母を奪った奴等に復讐を果せたのは、奴が人形へ宿らせてくれたからよ!
タナトスが悪魔だと言うのなら、機械兵を造った奴等こそが真の悪魔よ!」
これだけは言わねば気が済まなかった。
自分がどうして人形に宿る気になったかを。
しかし、聖戦闘人形レィは首を振った。
「いいえ。
そう思えるのはファーストという存在を造った奴の所為。
あなたという記憶を捏造した奴の仕業・・・」
「私が・・・捏造された存在だと?」
耳を疑った。
聖戦闘人形レィが何を言わんとしているのかが分からず。
「分からないのなら教えてあげる。
私だってそうだったのだから・・・」
「な・・・んだと?」
捏造された存在。
それを認めるレィに、混乱するファースト。
「宿らされた記憶は、本当の蒼騎麗美を封じ込めていたの。
本当の記憶を歪められ、悪魔の言いなりになるように仕込まれていた。
憎しみを与えられれば、それを増幅して相手に向ける。
まるで人間が戦争を欲するかのように・・・」
「憎しみの連鎖・・・だとでも?」
そこまで一切肯定して来なかったレィが頷く。
「そう。負の連鎖とでも言った方が良い。
機械へと宿らせる時、悪魔は記憶を捏造した。
終わることの無い闘いへと導くように。
終えられない復讐の連鎖へ、貶める為に」
自身が身を以て知った事実を、未だに闇に身を染めるファーストへと知らせる。
「それが捏造された宿命だなんて考えも及ばなかった。
私だって新しい身体に宿るまで知らなかった。
本当の自分がもう一人居ただなんて・・・」
「もう一人の自分?」
聞かされた現実。
思い当たる事実。
「もう一人・・・フューリーなのか?」
レィを襲う時、必ず記憶の底辺から現れるもう一人の存在。
彼女が自分の中に居るのは知っていた。
復讐を果さんとするファーストが忌み嫌うだけの存在だとばかり考えていたのだが。
「忘れていたようね。
あなたは<フューリー>であるべき存在なのを」
「私は・・・フューリーではなくなっていたのか?」
フューリーとして宿った筈だった。
だが、気が付けば死神人形ファーストでしか無かったのだ。
自分がフューリーであるのを忘れ去り、悪魔に魅入られた死神に為り切っていたと。
「あなたを責める気にはなれない。
だって、私も同じだったから。
殺そうとしたあなたを恨み、呪おうとしていたのだから」
「同じ・・・か」
恨みや憎しみが持つ、負の感情が消え去ったのかと。
「どうやって記憶を取り戻せた?
新しい身体に宿れたから?」
「それも・・・ある。
でも本当は、もう一人の自分に気付かせて貰えたから」
フッと微笑むレィが教える。
「教えなかったけど、今の私の名は<ミハル>と呼ぶんだ。
3千年女神から教えて貰った本当の名前らしいんだけどね」
「ミ・・・ミハルだって?」
女神と同じ名前。
異世界から来た3千年女神がそう言っていた。
「その女神が言ったんだ。
フューリーを救えって。
闇に堕ちた友を助けるのが、私<ミハル>の宿命だって・・・な」
「ファーストではなく・・・フューリーを?」
レィの言葉を考えて、死神人形の記憶が訊いた。
「そうか・・・本当の<私>を?」
ファーストの人工頭脳にガラスで覆われた缶が過る。
死神人形ファーストではない、冷凍睡眠中のフューリーの姿が思い描かれた。
「そう。
戦闘人形ではない、本物のフューリーを救わねばいけない」
目の前に居る聖戦闘人形レィの顔から微笑みが消える。
「だから・・・私を消すのか?
いいや、それだからこそ消えねばならないのか?」
「造られた者はオリジナルが目覚める妨げとなる。
魂はあるべき処へ還らねばならない」
微笑が消えた聖戦闘人形に哀しみが表れた。
「いつの日にか、私も。
ファーストと同じ様に・・・還らねばならない」
天を振り仰ぐ聖戦闘人形。
その視線の先にある場所は・・・
「エイジに因って連れて来て貰えたのなら。
私はその時にこそ消えなければならない。
帰還を果した暁には、オリジナルこそが蒼騎麗美なのだから」
「そうか・・・その時こそ<ミハル>ではなくなると言うのだな」
死神人形ファーストが笑った。
それに応える聖戦闘人形<ミハル>も。
「ああ。
だから・・・あなたと同じだと言ったんだ」
今、消えようとしているファーストに。
「私と言う者も、いつの日にか。
この記憶と共に・・・消える宿命なんだよ。
だから・・・敗者なんて存在しないんだ」
共に消え去る運命なのだと教え、闘い抜いた二人には勝者も敗者も無いのだと告げて。
「もし。
この世界にも神様がいるのなら、二人揃って召されよう。
不幸な運命を拭い去ってくださる神の御許へと」
「ああ・・・そこに救いがあるのならば」
闘い抜いた者同士。
最早そこには恨みなど存在しないと。
悪魔に造られた記憶を拭い去れる場所へと旅立つ為に。
「教えてくれて感謝するぞ・・・神の名を持つ友よ。
だが、私の行き着く先は地獄だろう。
死した後に再会できるとは思えないがな」
幾十もの命を手に掛けた自分が、赦される筈も無いと答えた時。
目の前に居る聖戦闘人形の眼が蒼く染まった。
「「いいえ。
あなたは今こそ赦される。
自らの行いを悔いたのなら、あなたには粛罪を遂げれる筈だから。
この女神ミハルが・・・許します」」
レィとは違う声が。
聖戦闘人形ではない、本物の女神の声が。
「「死神人形ではなくなったフューリーちゃんの記憶を。
復讐者ではなく、天の鐘として迎えます。
3千年先の未来に。蘇った平和な世界へと」」
「私は・・・赦されるのか?
人殺しの罪を拭えるというのか?」
本来ならば地獄こそが行き場だと思ったのだが。
「「地獄に堕ちる者は、罪を償う気の無い輩。
あなたはこうして罪を償おうとしたではありませんか。
罪を償うのならば、生きて行わねばなりません。
その世界でどれだけ真摯に生き抜くかで償えるのですから」」
「それが・・・贖罪だと?」
死ぬ事で罪が消え、蘇った世界で生き抜く。
女神の教える、転生こそが贖罪なのだと。
「死んだとしても魂は消えないということか。
転生した先で生き抜くこと事こそが・・・罪滅ぼしになるのか」
「「だとしたら・・・往きなさい。
穢された魂を浄化する為にも、共に生きる人々の中へ」」
蒼き髪を靡かせ、清浄なる蒼い瞳で諭す女神。
「ああ。レィの言葉は真実だった。
<ミハル>と呼ばれし女神は実在したか」
不浄なる世界から抜け出し、新たなる世界へと導く存在。
「それが・・・真理。
それこそが理の女神が為せる業なのか・・・」
聖戦闘人形だったレィの姿が、神の如く光に溢れた。
その光に導かれ、穢された記憶は消えて逝く。
「ありがとう・・・ミハル。
救ってくれてありがとう・・・レィ」
人智を超えた神の力に導かれ、時の回廊へと・・・
「ありがとう・・・ミハル。
感謝します理の女神ミハル」
「先に行って待っててくれ。必ず後から往く」
戦闘人形01ファーストは目を閉じた。
その顔には意外なほどに安らかな表情が浮かんでいる。
「・・・ああ」
微かな声だったが、確かに聴こえた。
一言を残して逝ってしまった友。
そこにはもう、仇敵であったファーストは存在しない。
スゥ・・・
最期の瞬間まで瞬いていたメインコンピューターの光が消えた。
死神人形ファーストの電源が落ちたのだ。
「見送らせてくれて・・・ありがとう」
フッ・・・と、微笑んだ。
乗っ取っていた女神の意識から解き放たれ、レィが感謝を告げる。
「ファーストを導いてやってください」
死神人形の罪を赦してくれ、転生を導いて欲しいと願う。
「これで・・・宿命の半ばまでは成し遂げられたのかな?」
女神が教えてくれた絆の尊さ。
女神により示された宿命の重さ。
死神人形ファーストは自ら罪を悟り、贖罪を果たすだろう。
そう・・・レィだった頃には想いもしなかった光と陰の関係を知って。
光があれば陰も生まれる・・・それが理なのだから・・・
「そして・・・次は本物のフューリーを救い出す番だ」
邪悪に染められた人形は立ったままの姿で動作を停めた。
勝負を決めたヒート剣を右腕に仕舞い込み、最期を迎えた死神と決別する。
「私の約束を果し、友を救ってみせる!」
自らの宿命を果す為、願いを遂げる為に。
「そして・・・偽のタナトスを破ってみせる!」
死神人形の呪いを解いたように。
自らの呪いをも解く為にも。
聖戦闘人形は最期の決戦へと駆ける!
悪しき記憶は女神により贖罪を受け入れた。
自らがフューリーとは別の存在だと認め、生まれ変わる事を望んだ。
理を司る女神は、彼女を導くだろう。
憎悪の無い正常なる時の彼方へ・・・
さらば、あれ。
さらば・・・死神人形よ。
聖戦闘人形レィは中空階から脱出を図る。
再会を約束した人の元へ辿り着くために。
しかし、塔の防衛システムは決断する。
敵を殲滅せんと・・・すなわちソレは?
次回 ACT10 宿命の絆
暴虐が吹き荒れる!一切を灰燼に帰す一撃は彼女達の絆を途切れさせるのか?!




