ACT 2 騙っていた男
塔に辿り着いていた鍵の御子リィン。
今、夢の中で思い出されるのは・・・
彼の言葉・・・それと。
もうどれ位時が過ぎたのだろう。
悪魔の巣食う塔へと辿り着いて後。
キィボードを弾く指が停まっていた・・・微睡んでいたから。
酷使された身体から力が抜けていた。
「すぅ・・・」
深く・・・静かに。
<あたし>は一刻目を閉じて・・・
夢現の中、あたしは彼の言葉を思い返していた。
「「諦めない限り、望みは絶たれやしない」」
彼・・・そう、ルシフォルと偽りの名を騙った男が言ったのだ。
決して逢えるのが叶わないと思っていた人の名を告げられて。
それはマック達解放軍から旅立った、暫く後のある日の話。
パスクッチ隊長率いる魔女殺しが、偵察衛星からの探知を懼れて廃墟の中に隠れた時の事。
彼・・・ルシフォルが話しかけて来た。
護衛の4人に知られないように、声を忍ばせて。
「リィンタルト・・・それが君の名前なんだね?」
「そう・・・そうだけど。それが何か?」
何度も名乗ったのに、今更聞き確かめて来るのが何となく意味深に思えて。
「君はあの日、彼女と別れた。
業火に捲かれた彼女に手を指し伸ばして・・・違うかい?」
「・・・言ってる意味が・・・え?!」
思わずルシフォルと言う男を睨みつけてしまう。
触れられたくない過去を、どうして知っているのかと。
「少なくとも、ボクは機械達の仲間ではないよ。
知っているのは彼女を護った犬型ロボットの眼を通して観た物だけ。
決して紅い瞳の少女型人形の仲間では無いから」
「紅い瞳・・・死神人形・・・だったら?
だったら、何故?どこまで知っているのよ?!」
思い出すのも苦痛になる。
あの日、あたしは地獄の業火に捲かれる人の姿を観てしまった。
「レィちゃんを・・・知っているって言うの?!」
一体、何を知っていてあたしに問うのか。
心の傷をどうして蒸し返そうと言うのか。
友と信じていた犬型ロボットに、無惨にも噛み千切られていく彼女の姿。
機械兵達に囲まれ、火炎放射を浴びて諸共に燃えていく残酷な光景。
あたしが観た・・・それが彼女の最期。
「・・・って?!今、あなたは犬型ロボットが護ったって言った?」
このルシフォルと言う男が告げたのは、諸共に火に捲かれた筈のグランドを指した?
「ああ、そう言ったんだが。
彼は・・・君の言うグランドって犬型ロボットは希望の灯を絶やさなかったよ」
「え?!そ、それって・・・レィちゃんを?」
あたしは耳を疑った。
ルシフォルは・・・生還したと言ったのか。それとも?
「永遠の別れでは無かったってことさ。
君の言うレィって娘はね、今もどこかで闘っている筈だよ」
「え?え?!レィちゃんが・・・生きている・・・の?
業火に捲かれても・・・生き残れたの?」
信じ難い話だったが、嘘を言っている素振りではない。
第一、あたしにそんな嘘を吐いてなんの得がある。
「それって本当の話だという証拠があるの?
それに・・・何故あなたがレィちゃんを知っているのよ?」
確かめたかった。嘘ではないと。
だから・・・
「あたしは覚えているわ、レィちゃんが燃えてしまったのを。
あれ程の損傷を受けて無事に済む筈が無い・・・だったら何故。
あなたは今も尚、レィちゃんが闘い続けられていると言うの?」
微かな期待・・・そして、唯一つの可能性を求めて。
「誰かに修復して貰えた?どうやって?レィちゃんは最高水準の人形だったのに?」
「ああ、確かに戦闘人形としては最強の部類だった。
でも、人には到底敵わない部分も多かった・・・特に感性はね」
・・・ああ、やっぱり。
ルシフォルは戦闘人形レィに・・・触れたんだ。
「言ってなかったかい?僕も機械博士だったって。
尤も、この躰になる前の話だけど・・・」
「まさか・・・あなたが?レィちゃんを直したと?」
微かな期待・・・レィちゃんが修復されること。
でも、あたしの期待にルシフォルは応えてくれなかった。
「いいや、戦闘人形ゼロは完全に破壊されていたよ。
あの状態から直そうとするのなら、新造した方が早いだろうね」
一瞬にしてあたしは奈落に墜とされる。
「それに、彼女の記憶は恐怖と怒りで闇に堕ちていたんだ。
君が言う死神人形と同じ様に、復讐だけに身を焦がそうとしていたよ」
「そ、そんな・・・じゃぁ、レィちゃんは?」
生きているのか生きていないのか、一体どっちなのかと問いかける。
「言ったじゃないか。彼女は健在だってね。
堕ちかけた記憶を清浄なる記憶へと置き換えて。
誰かの手に因って穢された人形の魂ではなく、人であった彼女を取り戻してあげたんだ」
「え?意味が分からない」
人形に宿らされたレィちゃんが、初めから穢されていたと言う。
「彼女を人形へと宿らせたのは?
記憶をそのまま宿らせてのではなくて。
意のままに動かせる傀儡を創ろうとしたのではないのか。
戦闘人形に宿らせたのは、仕組んだ者の狙いではなかったんじゃないのかい?」
仕組んだ者・・・タナトス教授。
今は創造主にならんとする悪魔。
レィちゃんばかりではなく、フューリーをも宿らせた・・・戦闘人形へと。
そして、悪魔の下僕となったフューリーちゃんは・・・死神人形に墜ちた。
「君に寄り添っていたゼロも、いつかは堕ちたかもしれない。
人に仇名す悪魔の化身に墜ちてしまったかもしれないんだ。
あの記憶だって、昔のことは思い出せずにいたのだから」
「昔の事?それってどれくらい前の話なの?
あたしには感じられなかった、レィちゃんの過去っていうのが」
ゼロの身体に宿った後、確かに違和感を覚えたことはあったけど。
「君も知らないくらい前。
彼女がジャパンに居た頃の話。
憧れと愛を抱いて過ごしていた頃のことさ」
「そう言えば・・・何も話してくれていなかった」
フェアリーの屋敷で初めて逢う前。
どんな経緯があったのかなんて訊いた事も無かったし、聞かされなかった。
繰り上げ卒業した俊英なことと、平和を希求する研究を行っているとだけ知らされた。
どうしてタナトス教授の研究室へ入る事になったのか、
なぜ忌み嫌う素振りを見せてもタナトスから離れようとしなかったのか。
「何も・・・知らなかった」
思わず口から零れてしまった。
いつも一緒だったのに、レィちゃんを知らな過ぎた自分に気が付いて。
「知らされなかったのは当然だよリィンタルト。
彼女は心の底では諦めきれずにいただけだから。
ずっと憧れて来た男が、闇から解放されるのを・・・ね」
「タナトスを?憧れていた?」
微かに覚えていた。
レィちゃんがタナトス教授の研究室へ招聘されて来たのを。
大学側からの計らい、そしてレィちゃんの希望により実現したって。
何より、タナトス教授も応諾したから入室出来たんだって。
じゃぁ、レィちゃんは元よりタナトス教授も認知していた?
悪魔に身を堕とす前のタナトスは、蒼騎麗美を知っていた?
「人形みたいな可愛い娘だった。
それでいてしっかりとした信念を抱く、若き研究者。
自分の理想を形にするべく、何度も資料を送って来たんだ」
「そう・・・だったんだ」
あたしの知らない過去を、ルシフォルから聞かされる。
「資料として送り付けて来た書面の中に、幾度となく対面したいと。
逢ってお話ししたいと、ラブコールが寄せられていたものだよ」
「そうだったんだ・・・レィちゃんは一途だったっけ・・・」
一途に憧れの男へと想いを寄せて。
・・・って?!
「ちょっと!どうして弟のあなたがそんな話振りをするのよ?
その言い方じゃぁ、まるであなたがタナトスみたいに聴こえるじゃないッ!」
気が付いた、ルシフォルがあたしを通して御子へと語っているのに。
「あなたはタナトスの弟で、ルシフォルの記憶を宿したサイボーグじゃないの?」
そう聞いていた。
だから、深く追求もせずに同道を許した。
「あなたがタナトス自身の様な話振りじゃない?
まるで・・・悪魔に身を堕とす前のタナトスだと言っているみたい・・・」
「死神人形と、元々の人が違うみたいに・・・かい?」
?!・・・はッ?どうしてそれを?!
もしもルシフォルと名乗っているのが嘘だと言うのなら、この男は?
「・・・あなたの。
あなたの本当の名を・・・教えなさいよ」
推定が間違っていないのなら、目の前に居るルシフォルは?
目にした時に感じた通り・・・やはり?
咄嗟にジャケットの懐へ手を忍ばせる。
そこに在る護身用の双発拳銃を掴む為に。
「そう・・・勘の良い娘だと思ったよ、初めて逢った時に。
君が感じていた通り、本当の名は・・・タナトス。
悪魔に身を奪われる前の・・・記憶さ」
あたしの前に仇敵が居た。
あれ程忌み嫌った紅き瞳のタナトスが。
自らの正体を明かしたタナトス。
紅い瞳のサイボーグから知らされるのは?
その時。
鍵の御子リィンは真実を知る・・・
次回 ACT 3 宿命の絆
彼女は言う「愛が真理だと言うのなら、あたしは理を求めて抗うの」・・・と。




