Act14 聖なるかな
リィンは旅立ち。
聖なる戦闘人形に替わろうとしていた娘は?
そして・・・その時が来る!
鍵の御子リィンがニューヨークへと旅立った頃・・・
主戦場から離れている場所では、機械兵達の独断場だった。
一方的に人間を圧迫し、住み慣れた土地から追い出し続けていたのだ。
人類に残された時間は少ない。
・・・人類消滅まで、残り100日を切っていた・・・
荒野を渡って来る者が居る。
機械兵部隊が生存者を探し回っていた。
一人も残さず葬り去ろうとするかのように。
アーンヘルの郊外。
そこに居座っていた大型キャンピングカーが移動していた。
身に迫る脅威から逃れるかのように。
不整地を突っ走るキャンピングカー。
ガクン ガタン ゴトン!
元々がバスにも等しい大型車両が、不整地を走れば揺れるのは当然。
車体を激しく揺れ動かせても、走破しなければならない訳とは?
「ヴァルボアのオジサン!壊れちゃうよッ?!」
助手席からトム君が叫ぶ。
「分かっとるわい!黙っとらんと舌を噛むぞ」
左の運転席でヴァルボア教授が応えたが。
「車じゃなくてッ!調整途中の機械がだよッ!」
後ろの車内へと振り返り、作動中の機械を気にかけて。
「まだ最終工程が終わっていないんでしょ?!」
激しく揺れ動く中で、機械が壊れてしまわないか不安になっていた。
精密作業を行っているのだから、振動によって調整が失敗しないかと心配したのだ。
「じゃから分かっておると言うたんじゃ。
本来なら、後2時間も在れば完遂出来たというに。
奴等が現れるなど考えもせんかったわぃ!」
「そりゃぁボクだって。
見張りのグラン君が見つけてくれなかったら大変な事になってたよね」
ヴァルボアの嘆きに頷いたトム君が、基礎台を見上げて動かない犬型ロボットを観て。
「先に人の言葉を喋れるようにしておいたのは正解じゃったろう」
「うん、そうだよね。数日前だったらガウガウ言うだけだったし・・・」
ガクンガクンと揺れ動く車体にも如何せず、頑なに基礎台を見上げ続けるグランを観て。
「それに・・・グランだって戦闘人形に変わったんだもんね」
牧羊犬タイプのボディーから、精悍な狩猟犬に設えられていたグラン。
「うむ。彼が望んだからのぅ。それが元々の身体じゃと言うたからじゃ」
「喋れるようになったから、希望を叶えてあげれたんだよね」
主人の目覚めを待つ忠犬のように、グランは基礎台から離れない。
ジッと見詰め、ひたすらに待ち続ける姿に。
「それがグランドと名を着けてくれたレィ君への想いじゃろうて」
「今迄の事を話してもくれたから・・・だよね」
基礎台で眼を閉じたままのレィとグランドとの仲。
その因縁を人の言葉が話せるようになった、今はグランと呼ばれるロボットが教えてくれた。
「ミハル姉さんはどうして自分をレィとは言わないのだろう?
その辺りの事だけが謎のままなんだけどなぁ」
不思議がるトムにも、基礎台を見上げるグランにだって分かっていない。
「ふむ。それは彼女にしか分からぬ事情があるんじゃろうて」
車内後部を観ているトムへ、口をへの字に曲げたヴァルボアが言った。
「なぜミハルなのか。どうしてレィとは言わないのか。
その答えは、いずれ彼女の口から聞いてみれば良いんじゃ」
今は彼女を安全に目覚めさせるのが肝要だと教えるのだった。
「そうだよね」
言葉の意味を悟ったトムが、頷いてコンソールへと向き直る。
その視線の先にあった物は・・・金属探知電探。
半径7キロまでを探知できる電探画面には、数キロまで迫って来る物体を捉えていた。
「ミハル姉さんが目覚めれたのならね」
急速に接近して来る目標を捉え続ける画面を見て、トムは直に何が起きるのかを悟った。
爆走するキャンピングカーの巻き上げる砂ぼこりが、追跡者のレンズに捉えられた。
高速で追従を図れたのは、目標からの電探波を捉え続けていたからだ。
逆探知・・・電波を発する電探の所在を暴露する装置に因って、追跡者は難なく目標を追いかけれたのだったが、相手は考えもしないのだろう。
尤も、今更電波を出さなくしたって同じ。
既に目視できる距離まで追い詰めれたのだから。
「「目標は大型車両1台。人間が乗り込んだバスと考えられる」」
先行する車両から、捉えた画像が送られて。
「「了解した。こちらは目標の側面へと回り込む」」
仲間から包囲行動を執ると返って来た。
二両のホバークラフトが袂を分かち、速力を上げて作戦行動に入っていく。
不整地だろうが意に介さないホバー車ならではの速度で、目標へと追い縋る。
その車体上には、機械兵が戦闘準備を整え終わっていた。
「「こちら1号車。
敵は2週間前に我が1個小隊を殲滅した相手と思われる。
油断なきよう、細心の注意を為せ」」
「「二号車了解。これより攻撃動作に入る」」
キャンピングカーの後ろに着いたホバー車が、戦闘態勢を執りつつ急激に速度を上げた。
「ヴァルボアのオジサン!水陸両用車が!」
バックモニターに映し出された車両を観て、トムが必死の叫びをあげる。
もう手の届きそうな距離にまで近寄られ、直ぐにでも攻撃されそうに感じて。
「残りは・・・何分じゃ?!」
時間を稼いできた逃避行も、今はもうこれまでと悟ったヴァルボアが。
「後何分で完遂出来るのじゃ?!」
トムへではなく、基礎台の前から動かない犬型ロボットへ質したのだ。
「グラン?!どうなんだよ?」
直ぐに答えて来ないグランに対し、トムも被せるように訊いたのだが。
運転に必死なヴァルボア。
その傍らでバックモニターや側方の観測に必死なトムだったが。
何も答えて来ないグランに業を似て・・・
「え?!」
堪らず振り返った車内後部を観たトムだったが。
「どういうことなの?!」
眼を見開いてしまうだけだった。
「どうしたんじゃ?!何があったんじゃ?」
声を詰まらせたトムへと叱責するヴァルボアだったが、トムの前に在るバックモニターを垣間見て。
「なんじゃ?!」
それが始ったのを目撃してしまった。
逃げる車両の真後に着けたホバー車。
敵だと思われるのだが、これだけ近寄っても迎撃はおろか回避行動も見せない。
「「まさか、我々機械の仲間なのか?」」
単に暴走する自動運転車ではないのかと疑った二号車のコンピューターが。
「「もう少し近寄って内部をスキャンしなくては」」
人間の反応があるのかないのかを調べようとした。
車輛のエンジンにより、熱源反応にはエコーが返って来ない。
ならば、と。
金属反応をスキャンしてみれば。
「「なんと?!室内に人形の反応が認められるが?」」
人の形を採るモノと、獣の形が映し出されたのだ。
「「これはシタリ。極秘作戦中の仲間であったのか?」」
ここら辺りに戦闘人形が配備されるとは聞いてはいないが、スキャンされた容は間違いなく機械の仲間。このような辺境で、一体何の極秘作戦と言うのだろうか。それにしてもこちらが追従して来るのをレーダーで観測していたのは如何なる訳か。
「「1号車へ、こちら2号車。
目標に人形を確認したが、何か連絡を受けてはいないか?」」
作戦を一時中断した2号車から、観測情報を元に問い掛けが送られる。
「「こちら1号車。本部からも何も知らされてはいない。
命じられたのはアーンヘルでの反乱を鎮圧せよとの一事のみ」」
「「それでは目前の人形が先に鎮圧したのではないのか?」」
街の鎮圧に、件の人形が出撃したのではないのかと。
極秘に処理を終えたのではないのかと疑ったのだ。
「「今一度、本部へと問い合わせる。一時攻撃を取り止める」」
目の前の車両が極秘任務を任されてあるのなら、こちらへ応答して来ないのも頷ける。
もしも先制攻撃でもかけようものなら、後に大きな差誤を生む恐れもあったから。
攻撃を控えた2両のホバー車は、手を拱いて攻撃のチャンスを逃してしまった。
それが彼等の命取りとなるとは思いもせずに。
大型車両のルーフが開いた。
真後ろに着けた車両からも、それが見て取れた。
「「どうやら、無線機が不調だったようだな」」
こちらへの応答が無かったのは、通信設備が壊れていたからだと判断した。
「「人形を確認した。あれは戦闘人形に間違いない」」
ルーフから姿を見せた者を観測し、スキャンした情報を得て。
「「なんと?!ナンバー付きクラスだと?」」
強力な戦闘力を誇る、ナンバーを有した機体だと分かって驚愕する。
蒼銀髪を靡かせ、蒼い瞳でこちらを見ている姿に。
「「一体何を?」」
それ程の者がどうしてこんな辺鄙な場所に・・・とは言わず。
「「何をする気なのだ?!」」
モニターに捉えた人形の行動を、固唾を呑んで見守った。
側方へと回り込み終えた1号車は、大型車両から2号車目掛けて何かが跳んだのを観測した。
2両の距離は、近寄ったとはいえ50メートル程開いている。
それだけの距離を何かが跳びきるなんて考えられなかった・・・が。
「「こちら1号車。なにが起きているのだ二号車?」」
理解不能な出来事に、1号車は事実確認を二号車へ求めたが・・・
太陽を背にした人形が跳んで来た。
一瞬、陽の光で人形をモニタリング出来なくなったが・・・
ダンッ!
何かがホバー車へと降り立った。
と、次の瞬間。
ドゴンッ!
「「ビ・・・ビュ・・・」」
操縦を司っていたコンピューターが破壊された。
途端に操縦が出来なくなった2号車が暴れ出して、便乗していた2個分隊6機の兵が振り落とされてしまう。
「「二号車?!返事をしろ二号車?!」」
一部始終を目撃した1号車からの呼びかけは虚しく消える。
既に破壊された2号車からの返答を待つなど無駄に過ぎないのだから。
機械兵達を振り落とした2号車は、暴走した挙句にひっくり返ると・・・
ドガァンッ!
爆発炎上して果てた。
「「理解不能!人形により仲間が撃破された?!」」
全てを観ていた1号車のコンピューターからの悲鳴が、通信回線を介して本部へと繋がる。
「「ホバー隊へ。人形と言ったのは如何なる形式の物か?」」
介入して来た本部からの命令に、1号車からの答えは。
「「形式は確認出来ない。されど姿は確認済なり」」
瞬時に起きたアクシデントに、1号車のコンピューターでさえ応じきれないと。
「「ならばこちらで確認する。画像を送れ」」
「「了解した」」
命令に答えた1号車が、モニタリングを再開した時。
「「件の人形がこちらを観た!応戦して良いか否か?」」
一号車の金切り声が本部へと届く前に。
大型車両のルーフから、獣の様な物体が飛び出して来た。
「「あれは?!」」
真一文字に件の人形の元へと走るや否や、
「「人形を載せたぞ?!いや、人形が乗った?」」
走る獣の背に飛び乗り、こちら目掛けて突っ込んで来る?!
「「応戦!機械兵分隊を発動する」」
もう、本部からの命令を待つまでも無い。
2号車の結末から考えて、攻撃されるのは目に見えている。
便乗させていた6機の機械兵を作動させ、邀撃態勢の確保を目論む。
「「は・・・速いッ?!」」
だが、獣のスピードは想像を遥かに超えていた。
彼我の距離は200メートルもあったのだが、僅か数秒で手の届く距離にまで迫られては。
「「多寡が1体の人形に6機の機械兵が劣るものか。
直ちに破壊してしまえ。応戦を許可する」」
本部からの命令が届いた時には。
ガコンッ!
獣に乗っていた人形からの一撃を浴びていた。
「「ザ・・・残念だが・・・命令を遂行できない・・・我が方は・・・」」
本部への答えは拒否を表していた。
「「我がホバー隊は・・・もぅ・・・」」
応答の途中で、画像が送られなくなる。
それはつまり。
ガキンッ!ドゴッ!バキャッ!
激しい乱打音だけが本部へと送られて。
ブツンッ!
数秒もしない間に、通信自体が切れてしまった。
ブシュゥーーーーッ
6機の機械兵諸共、1号車のコンピューターは完全に破壊された。
そこに残されていたのは、鉄屑と化した残骸だけ。
2両のホバークラフトと計12機の機械兵達は、為す術もなく潰え去った。
たった一人の少女型人形に因って。
襲い掛かった機械達を、一瞬で鉄屑へと変えたのは・・・
黒の戦闘人形服を身に纏い。
薄蒼き髪を靡かせている少女。
「これが・・・戦闘人形の威力か?」
傍らに控える犬型ロボットのグランが訊く。
燃え続ける金属の塊を眺めていた少女が振り向き、その蒼い瞳で答えるのは。
「いいえ、グランド。
今の私は・・・聖戦闘人形なんだよ」
戦闘人形を超越した新たなる身体。
それこそが、正しき者へと贈られた異能なのだと。
「だから・・・行かなければならないの」
異能を宿した瞳で、誓いの空を見上げたのだった・・・
二人の絆は?
リィンタルトは鍵の御子。
レィは聖なる人形へ・・・だが、ミハルを名乗ったままなのだろうか?
一体、その訳とは?
次回から
第1部 零の慟哭 戦闘人形編 魔弾のヴァルキュリア
第6章 宿命の絆 が、始まります。
人類に仇為す機械達との戦いは・・・やがて混沌たる世界へと。
次回 Act 1 戦線崩壊
潰えていく機械。崩壊する戦線。それは奴をも動かす事になった?!




