Act 5 蘇った記憶
ヴァルボアとの再会が齎したのは・・・
ルシフォルの置き土産。
何かを教授へと託していったようなのだが?
アーンヘルの郊外。
街へと続く街道に在るガソリンスタンドに、その車は停められていた。
「ねぇミハル姉さん。
キャンピングカーと呼ぶよりはバスみたいだね?」
ボソボソとトムが、目の前に停まっている車両の感想を呟く。
車輛のタンクへガソリンホースを直結させて、停められている大型のキャンピングカー。
エンジンを動かし続け、電力を供給し続けているようだが?
トムの呟きを耳にしていたミハルだが、車体のことよりも気になっているのは。
「まるで・・・研究室その物って処ですか?」
車輛の後部には窓が着けられておらず、内部は伺い知れないのだが。
「戦闘人形を修復でもされる気だったのですか?」
エンジンから供給される電力の所在を確かめたのだ。
車体の右側、中央付近に在る乗降口に手をかけていたヴァルボア教授が振り返ると。
「似たり寄ったりじゃ。
尤も、君に出会えるとは思わなかったんじゃがのぅ」
ミハルの中に在る記憶に応えた。
「此処にも君という過去が居るんじゃよ」
そう言うと、足早に車内へと入って行き、
「早ぅ、中へ」
手招きして迎え入れる。
「どうするの?ミハル姉さん」
躊躇するトムが訊ねるよりも早く、ミハルは意を決したように車内へと向かう。
「分ったよ・・・」
「がぅ」
無言で進むミハルの後を追い、トムとグランが後に続く。
車内に入ると、そこはミハルの想像していた通り機械に囲まれていた。
その中には、一人の少女人形が基礎台に固定されている。
黒髪を蓄えた戦闘人形のコスチュームを纏う少女の姿。
「あ・・・」
それはルシフォルに目覚めさせて貰った場所で朽ちていた人形の在りし姿。
「戦闘人形レィ・・・」
本当の自分を取り戻したミハルにとっては仮初めの姿の一つでもあるが。
「がうがうがぅ~(レィ、レィレィ~)!」
グランドにとっては大切な友の姿にしか映らないようだ。
思わず戦闘人形に因り付いて鳴きながら尻尾を振って再会を喜んでいるみたい。
「どうじゃ?
こっちの姿に戻る気はないかね?」
人形の前で立ち竦むミハルへ勧めるヴァルボアが。
「その方が、そこの犬型ロボットも喜ぶと思うのじゃが」
外観を戦闘人形のレィへと換えてはどうかと言ったのだが。
「グランには悪いけど・・・私は今のままで居たいのです」
首を振って断った。
「リィンタルトにも・・・悪いんだけど」
少しだけ俯き加減で、麗美としての心苦しさを滲ませると。
「この姿の方が、敵には分からないと思うから」
何故、今の姿の方が良いのかを教えるのだった。
在りし姿へ戻れば、戦闘人形として復活を果たしたのを機械達へ教える事になるのが分っていたからだ。
「ふむ・・・それもそうじゃのぅ」
周り中の敵に、戦闘人形のレィが健在なのを教えてしまうのを懼れたのかと、ヴァルボアも納得はしたのだが。
「じゃが。
お前さんの身体では、過酷な戦闘には不向きじゃろうに?」
ミハエルを模した身体では、戦闘人形としての性能は発揮されないと言って。
「ルシフォルの求めた聖なる戦闘人形には成れぬぞ?」
基礎台上に固定されている戦闘人形へと視線を向けるのだった。
固縛された戦闘人形のレィ。
黒髪を称え、目を閉じてままの少女の姿。
「ヴァルボア教授は先程、レィの過去とか仰られましたね。
持っておられたのですよね、私が零だった頃の記憶のコピーを?」
今はミハルと名乗る自分の過去でもある戦闘人形の記憶。
そのファイルを複製し、残していたのを思い出した。
「いかにも・・・じゃが」
頷いたヴァルボアが、懐から記憶装置を取り出して。
「此処にも、君の過去が収められているのじゃよ」
それはタナトスから強制的に取り出された記憶という名の魂の痕跡。
人形へと無理やりに転移させられた時に造り出された記憶。
「そう・・・それは造られた記憶でもあるのです。
今の自分になら分かるのですが、それは不完全な記憶でもあるのですよ」
ミハエルの身体に納められ、喪われていた筈の過去が蘇ったとでも言うのか?
「邪悪に染められたタナトス教授は、作為的に私の記憶を封じ込めていたのです。
私・・・本当の蒼騎麗美の過去の記憶から、あの人との係わりを消す為に」
「うぬ?なんじゃ、その係わりとは?」
ヴァルボアはミハルへ質す。
一体、過去に何があったのかと。
「私は・・・タナトス教授に憧れて
・・・少しでもお力添えが出来るようにと願っていました。
教授から招聘されて、同じ研究室へ入れた時の感激を忘れてはいません。
尤も、その時には既に・・・邪悪に染められてしまっておられたのですけど」
遠い過去を思い出すかのように、ミハルは目を伏せて話す。
「あれほど利発だった教授が、日を追うごとに暗く沈んで行かれ。
日が経つにつれ、悪魔に魅入られたかのように悪意を溢し。
人を救う研究が、人を貶める計画へと変り・・・いつしか悪魔へと堕ちてしまわれた」
「・・・ふむ」
ヴァルボアはミハルが吐露する語りに、黙って頷く。
「あの子にも・・・話していませんでしたけど。
リィンタルトにだって打ち明けてはいませんでしたが。
私、麗美は・・・そうであったとしてもタナトス教授を見捨てたりできませんでした。
心のどこかで・・・ずっと憧れて来た人への愛が育まれていたから」
「そうじゃったのか・・・」
リィンタルトから時折聞かされていたのを、思い出したヴァルボア。
犬猿の仲だとも言えるのに、何故かレィはタナトスを擁護している雰囲気があったと。
大学側から研究の撤回を求められても、助教授の麗美が反発していたと聞き及んでいたから。
「元に戻ると・・・信じておったのじゃな?」
「はい・・・きっといつの日にかは・・・」
哀し気に応えるミハルが、微かな希望を抱いていたのを肯定して。
「でも・・・その日を観ることはできませんでした」
最早、叶わぬ希望になったと言い直した。
「そうじゃな。
じゃから自ら正そうとしておるのじゃろぅ、もう一人のタナトスが。
君に弟を名乗り、弟の造った身体に宿ってまでも」
基礎台に固縛された戦闘人形を観たヴァルボアが、深い溜息を吐くと。
「君達が来る少し前に、ルシフォルが頼んで行きおった。
君を戦闘人形へと造り替えて欲しいのだと。
時間がかかろうと、君を本当の聖戦闘人形へと換えて貰いたいとな」
「私を?ルシフォルさんがどうして?」
薄々は分かっていたが、敢えて訊いてみる。
「分かっておる筈じゃがのぅ。
君が本来の麗美に戻ったのを、ルシフォルは察知しておったのじゃぞ。
戦闘人形レィではない、人間レィの身体では闘い抜けんじゃろぅに?」
「それは・・・そうですが。
私の中には戦闘人形だったレィの記憶が残されても居るのです」
答えるミハルが、犬型ロボットのグランを観てから。
「戦闘に特化し、恨みを抱くレィの記憶は、封印してしまいましたけど」
死神人形を恨むレィの記憶を封じ込めたのだと話して、
「もしも戦闘人形レィが、私を支配してしまえば。
タナトスやフューリーを赦しはしないでしょう。
そうなれば、ルシフォルさんの願いを遂げてあげられなくもなるのですから」
恨みにより闇に堕ちかけていたレィの記憶には、身体を明け渡さなかったと言う。
「恨みや妬みが持つ闇の力。
それを欲していたのは悪魔タナトスだと思い出したのです。
私が人であった頃、闇に堕ちたタナトスがしきりに呟いていたのを思い出したからです」
「ほぅ?それでは麗美君としてはどうしたいと言うのかね」
自らの闇を封じたという人形の娘を、人間であった頃の名で呼んだヴァルボアだが。
「その体のままでは、ルシフォルの後を追う事もままならんぞ?」
戦闘経験も無い人形のままでは、過酷な戦いの場には向かえないと告げ。
「そうなればルシフォルが託した願いも遂げられないのではないのかのぅ?」
鍵の御子の元へと辿り着き、悪意のタナトスを滅ぼす事も叶わないのだと教える。
「ええ、勿論分っています。
それにルシフォルさんが独りで向われた理由も」
顎を引いて頷いたミハルが、一旦口を閉じてから訊ねるのは。
「どれ位の時間が必要なのでしょう?
この躰に、戦闘人形<零>の戦闘力を移すには?」
「・・・なるほど。そうきたか」
ヴァルボアが勧めたのは、ミハルを零に移す事。
それに対して、ミハルを名乗る麗美が頼んだのは正反対。
ルシフォルが作り上げた人形の身体へ、ゼロの能力を移し替えて欲しいと頼んで来たのだ。
「この形状記憶合金製の肉体へ、戦闘人形の能力値を移し替えて欲しいのです。
それにはどれ位の日数が必要なのでしょう?」
機械教授ルシフォルが手掛けた、ミハエルを模した容の人形へ。
同じく機械教授であるヴァルボアが造り上げた戦闘人形レィを移せと。
「フフフ・・・あははは!
似た者同士とはこの事じゃのぅ。
タナトスの記憶も、同じ事を頼みおったんじゃ。
その体のままで戦闘人形へと換えることは可能かと・・・な」
と、突然ヴァルボアが笑い出して教えて来た。
「プロトタイプの戦闘人形へではなく。
人に近い存在である、半サイボーグな今の君の姿を維持したままで。
より強力な戦闘人形へと換えられるのか・・・と、訊きおったのじゃよ」
「ルシフォルさんも・・・願われたのですね?」
自分の考えと同じだったのかと、ミハルは心強く想って。
「どれ位の時間が?
いいえ、その前に。出来るのでしょうか?」
「この儂を誰だと思っておるのじゃ?
ルシフォルにも言ってやったが、やってやれんことはないのじゃよ」
大きく頷いたヴァルボアが、出来ると言い切った。
「但しじゃ。
どれだけの時間が必要かは、やってみなければ分かりはしないがのぅ。
少なく見積もっても、1週間は楽に必要だろうがの」
「それをルシフォルさんに答えられたのですね?」
大雑把な計算でも1週間は係ると言われ、その間にルシフォルの身体が潰えることも有り得るから。
「だから・・・お一人で向われたのですよね?」
後事をヴァルボアへ託して。
「うむ。
儂としてはゼロに移って貰う方が容易かったのじゃがな。
二人して拒否するとは・・・やはりお前さん方はお似合いと言った処かのぅ」
「はい。タナトス教授は憧れの方ですから」
少し頬を紅く染めたミハルが答える。
「ふむ・・・ルシフォルではなく、タナトスだと認めたようじゃの。
それはその体の持ち主であるミハエルとかいう娘の影響ではないようじゃな?」
「ふぇ?!あ、あの・・・そうでしょうか」
ヴァルボアから言い詰められて、どぎまぎするミハルだったが。
「それではヴァルボア教授。私を戦闘人形の性能に代えてください!
なるべく急いで。できるだけ早くに終えて、あの人を追いかけさせて!」
一刻も早く、ルシフォルの元へと向かいたいのだと頼んだのだ。
「分かっておるわい!
それには準備も必要じゃし、装備品の改良も手掛けねばならんのじゃぞ。
今直ぐ取り掛かるにしろ、そう簡単には終わる筈がないじゃろうが」
1週間は必要だと認識しているヴァルボアが、急かす相手へ釘を刺すと。
「まぁ、儂に全てを任せておけば良いんじゃ。
必ず現状で最良の人形へと、昇華させてみせようではないか!」
任せておけば良いのだと、自信たっぷりに答え。
「ところで麗美君。
少し気になったんじゃが?」
「はい。なんでしょうか?」
ミハルを上から下まで眺め降ろしてヴァルボアが訊ねる。
「その体に拘ったのは、ボン・キュッ・ボンが原因では無かろうのぅ?」
「・・・・」
人妻ミハエルのボディが立派だからと、言いたかったようだが。
「・・・教授。セクハラです」
不必要な一言が、その場を凍り付かせる・・・とは、ヴァルボアには分からないのだろうか?
こうしてミハルを名乗る麗美は、
ヴァルボアによって戦闘人形の性能を移管される事となったのです。
ミハエルの姿のまま、レィの戦闘力を保持するために。
嘗ての性能よりも、更に高められて。
それが後に、<聖なる戦闘人形>と呼ばれることにもなるのですが・・・
ここで一旦ミハルのお話は途切れます。
改造される日々を送るミハルから、鍵の御子である娘へと視線を替えましょう。
機械兵軍団との大会戦を終えたリィン達は、敵の本拠目掛けて北上を続けていた・・・
次回 Act 6 忍び寄る影
翠の指輪を取り返したいリィンへ迫る妖しげな影?!




