第5章 聖なる戦闘人形<ヴァルキュリア> Act1君の名は?!
銃声が鳴り止んだ時。
人を護り斃れた・・・ロボットの警官リックが。
アーンヘルの街に、しばしの静寂が訪れた。
火を噴いていた機械兵達の銃口から煙が流れ出る。
トムを守る為、リックは身を投げ出した。
少年の命を絶やさぬ為に、機械の警官は職に殉じた。
・・・人を護ろうとして、人の心を宿した機械は身を挺した・・・
友を・・・
自らの身を挺してでも・・・
大切な絆を守ろうとした・・・・
目の前で起きた惨劇。
目にしてしまった絶たれた絆。
・・・そして少年の涙を。
段々と蒼銀髪の色が濃くなる。
徐々に瞳の色も蒼さを増していく。
まるで少年の哀しみを力へと変えていくかのように。
消えた記憶を甦らしたかのように・・・
「赦せない・・・絆を奪う者を」
腰まである髪が、風も無いのに揺らいでいた。
「許さない・・・友を奪った奴等を」
前髪が顔を半ば隠し、口元が怒りを籠めて吊り上がる。
「心の無い機械だろうと、邪悪に染まった人だろうと・・・関係ない」
揺れ動き前髪の隙間から、蒼い瞳が垣間見え。
「私が・・・
この手で・・・
滅びを与える!」
右手の拳を、顔の前に翳す。
ボゥン!
手首に、突如として翠の光が燈った。
炎のように揺らめく翠。
その中に現れるのは・・・
「がぅ?(レィ?)」
緑の光に<0(ゼロ)>の数字が滲む。
「がぅ?(レィなのか?)がうぅ~?(それともミハルなのか?)」
グランには戦闘人形レィだとは断言できなかった。
そもそも、ミハルは気絶しなかった。
気を失った時にだけ、レィとミハルが入れ替われる筈だったのだから。
「がうがう(しかしミハルでは蒼き髪には代えられない筈)」
戦闘人形のレィでも、全力戦闘時にしか変えれないというのに。
「が~ぅがう?!(それともレィが身体を完全に支配したのか?!)」
以前からミハルの中で隠れていて、いずれは完全に入れ替わると言っていたレィだったから。
「がうがーう!(遂に完全体になるのか!)」
グランの記憶にも残されている戦闘人形のレィが、ミハルに取って代わろうとしているのかと思ったのだ。
リックの打ち倒された姿を見て泣いてしまったトム。
呆然と穴だらけにされた金属の物体に、手を伸ばして泣いている。
「リック・・・リィーック?!」
名を呼んでも、返って来る声は無い。
「どうしてだよ?どうして僕を独りにしちゃったの?」
質そうが、返って来るのは自分がすすり泣く音だけ。
「僕達は友達だったじゃないか。僕だけを置いて行かないでよ?!」
友を呼ぶ声は、人に対してと同じ。
心のある少年が呼んだのは、人と同じ心を持つ機械の友達。
「トム君、哀しければ泣いても良いのよ。
でもね、リック君は君に生きて貰いたかった。
これからも生きて・・・強く生きて欲しかったのよ?」
機械兵からトムを隠すように立ち上がり、背を向けるミハルが諭す。
「リックが?僕に願ったの?」
泣くのをやめてトムが訊く。
「ううん、願ったのではなくて。今も願っているの」
「死んではいないって言うの?」
過去の話ではなく、今もリックは願っていると教えて。
「願いには死なんて訪れない。
トム君が大切だと思うのなら、リック君はあなたの中で生き続けているわ」
「僕の中で生きているの?」
少年には死という概念が構築されてはいない。
死は喪うだけの物ではないと、ミハルから言われても分からない。
「トム君が忘れようとしない限りは」
だから、この世の理不尽だろうと、絆は奪えないのだと。
「君の記憶にリック君が居る限り。
君が強く生きていくのを見守ってくれているから」
死しても尚、絆は続くのだと教えた。
「リック君の願い・・・伝わった?」
「うん・・・ここに」
背を向けているミハルへ、胸に手を添えたトムが答える。
「そう・・・良い子ね」
振り返りもしないのに、トムが胸へと手を添えるのが判ったのか。
「だったら・・・今度は私が二人の絆を守る番。
二人を引き裂こうとする悪魔から、君達の想いを繋ぎ止めるわ」
右手を翳し、
「だって私は・・・悪魔と闘う力を授かっているから!」
いつの間にか蒼へと変わった髪を靡かせるのだった。
「がう?!がががぅッ?(レィか?!それともミハルのままなのか?)」
困惑したグランが唸る。
自分に触れて正体を明かせと。
しかし、手は伸びては来ずに。
「グラン!トム君をお願い」
自分が闘うから、トムを守ってくれと頼んで来る。
「がう?(ミハルか?)」
自分の事をグランドとは呼ばない処からみて、
「がぅががう?(戦闘人形でもないお前がか?)」
レィではなくミハルだと分かったのだが。
「心配しないでグラン。
今の私はね、闘う術を知っているから」
「がぅ~う?(ミハルが闘える訳がないだろう?)」
戦闘人形のレィならば、いざ知らず。
ドジっ子で怖がりのミハルが、闘えるとは思えずに訊いたのだが。
「私の中にあった霧が晴れていくのが分かるの。
霞んで見えなかった希望の光が見えて来ているから」
「がう?(なんだって?)」
その体の中に宿った記憶は、本来がレィのものなのだが。
戦闘人形のレィだったのを、ミハルが覚えているとは思えないが。
「私の名前は・・・御美。
その名は神が与えてくだされた光の名。
だけど、人間として産まれた私に付けられたのは・・・」
「がうが~ぅ?(レィなんだろう?本当の名は)」
グランは茶髪の御主人様が呼んでいた名を引き出す。
「私は・・・レィと呼ばれていた。
だけど、本当は・・・麗美。
人として産まれ、機械に封じられるまでは麗美だったの」
「が~ぅう?(レィは人間だったのか?)」
グランドだろうが、その事実は知り得なかった。
御主人様からも聞いていなかったし、当人であるレィも言わなかった。
人として生を受け、後に機械の身体を手にしたのだと。
今になって教えられたグランドは・・・
「がう?!ががう?(レィはどうなったんだ?!ミハルを支配する筈では無かったのか?)」
蒼髪になったミハルに隠れた戦闘人形レィが、未だに現れないのを危惧したのだ。
「グラン・・・頼んだわよ」
自分に触れないから、声が変換されていない。
人の言葉へと換える機能も果たせていない。
「がうがう?!(待てよレィ、いや、ミハル?!)」
トムを守るように頼んで来たのは、ミハルなのかレィだったのか。
飛ぶような速さでダッシュを駆ける蒼髪の乙女を観て。
「がぅ~う!(なんてスピードなんだ!)」
今迄観たことも無い速さだと驚嘆するのだった・・・
戦闘人形レィなのか?
それとも、ルシフォルに目覚めさせられたミハルなのか?
彼女は自分を<麗美>と言ったが?
その事実は、果たして??
次回 Act 2 闘う姿
その身体は戦闘に耐えられるのか?君は一体誰なのだ?!




