鬼妖剣・蚩尤の舞!
残されたのは刀剣魔王のみだった。
だが、いつの間に蚩尤はやられたのか?
使えない奴・・・
それは突然の出来事だった。
青妖石を倒したはずの鵬魔王が突如現れた黄妖石の攻撃に不意を突かれ、赤妖石の能力によって硬直させられた。
残るは刀剣魔王ただ一人…
だが、黄妖石は蚩尤と戦っていたはず?
時は少し遡る。
蚩尤は黄妖石と戦っていた。
「この飴のお陰で死ぬ事はないが…うっ?ぐぅわああああ!」
黄妖石の額が光輝くと、その動きが超速化する。
気付いた時には身体に無数の傷が?
そして噴き出す出血。
完全な致命傷だった。
にもかかわらず…
「死なねぇ…ボリボリ…」
蚩尤は口の中の飴玉を噛み砕くと、みるみる傷が塞がっていく。
「この飴玉のお陰で死にはしねぇが、倒せないと意味がないんだよ。どうしたら良いんだよ」
蚩尤は確かに実力はあったが、特別な技も能力もなかった。
「くぅそ…」
出来損ないの一族の恥であり、禁忌の子供。
生きる価値のない存在。
「関係ねぇ!俺は兄者のために生きて傍で戦うまでだぁ!」
が、再び身体が八つ裂きにされる。
その腕が、足が切断され、心臓が貫かれるも、みるみる再生していく。
「プッはぁ~」
息を吹き返した蚩尤は四つん這いになりながらも黄妖石から逃げるように距離を取る。
そして振り返ると黄妖石の姿がなかった。
だが、背後からの大剣が降り下ろされる影に気付き、蚩尤は慌てて前方に飛び跳ねる。
「ウギャ!いつの間に??」
そんな蚩尤の頭の中に声が聞こえる。
《死んだふり!死んだふり!死んだふり!死んだふり!》
それは蚩尤の魂に寄生している魂喰魔王の声だった。
《バカやろ!お前が死んだら俺も死んでしまうだろ?大人しく斬られて死んだ振りをしとけ!バカやろ!》
「馬鹿はお前だ!そんな不様な事が出来るもんかぁ!俺がやらきゃ牛角兄者も玉面さんも助からねぇじゃんか!」
《身の程を知れよ。お前に何が出来るってんだ?》
「俺に…出来る事…?」
なかった。
ただ逃げ回る事しか出来ない情けない自分自身に、ヘドが出そうだった。
だが、蚩尤には策が無い訳でもなかった。
蚩尤には魂喰魔王が所持していた使者の魂を飴玉に変えて瀕死状態からでも再生出来るアイテムを持っていた。
こうなったら斬られながら特攻かけて掴まえた所を、黄妖石の額にある石を破壊するしかない。
だが、黄妖石は素早い動きを得意としている。
もし掴まえられなかったら無駄に終わる。
《まだやる気かよ…クッソ!何で俺はお前みたいな馬鹿な奴の中[魂]にいるんだよ!全く…》
「だったら手伝って貰うぜ?」
《な…何?》
蚩尤は魂喰魔王に作戦を心の中で伝えると、黄妖石に向かって走り出したのだ。
突然の無策に思える蚩尤の特攻に黄妖石は無感情に大剣を降り下ろした。
蚩尤は胸から斬り裂かれ血を噴き出し崩れ落ちる。
「へへっ」
が、蚩尤は崩れながら黄妖石の身体を掴むと、しがみついたのだ。
蚩尤の胸から胴にかけて斬られた身体から、触手が飛び出して来たのだ。
それは魂喰魔王の能力だった。
《蚩尤!俺が手を貸すんだ!だから必ず死ぬなよー?俺のために!》
魂喰魔王は別名触手魔王と呼ばれ、内臓を触手として使い相手を拘束し、しかも相手から妖気を奪う事が出来るのだ。
しかし触手は黄妖石の身体に絡まっていくが、締め付ける前に全て斬り落とされた。
そして、トドメを刺そうと黄妖石の大剣が蚩尤に向けられる。
「やばっ…」
蚩尤は袋の中の手を入れて再生の飴玉を握り口に放り込もうとする。
そこに!
《待てぇ!お前、それはダメだぁああ!》
えっ?
蚩尤が手にした飴玉は他の飴玉と違っていた。
一回り大きい妖気を纏っていたのだ。
それは、かつて眼力魔王との戦場で手に入れた腕力魔王の魂の飴玉。
魂喰魔王が言うには、自らの容量よりも大きい者の魂の飴玉を喰らえば、身体が付いて来れずに崩壊してしまうと言うのだ。
「だが、もう間に合わねぇー!」
蚩尤は構わず腕力魔王の魂が宿った飴玉を口に放り込んだのだ。
同時にみるみる身体が再生していった。
ドクン!
大丈夫?かと思った瞬間、身体に異変が起きた。
血流が上がり、血管が浮き出て来て妖気が膨れ上がる。
「うぎゃああ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
それは魂の中の魂喰魔王も同じだった。
《馬鹿馬鹿!だっから~言った…のにぃいいい!うぎゃああああ!この馬鹿!》
蚩尤は妖気の籠った腕で地面に向かって殴り付ける。
それは大地を陥没させ地面を揺らした。
体勢を崩す黄妖石に向かって、蚩尤は腕を伸ばした。
「…その石を握り潰してやる!」
が、黄妖石の眼前で蚩尤の伸ばした腕が溢れ出す妖気に耐えられずに木端微塵に消し飛んだ。
「えっ?」
直後、黄妖石の大剣が蚩尤の心臓を貫いた。
血が溢れるように足下を染め上げ、蚩尤はその上に倒れ散ったのだ。
「一匹終えた、次は奴か」
そして黄妖石は上空で戦っていた鵬魔王を次の標的にすると、青妖石を倒した鵬魔王の隙をついて斬り、助けに入ろうとした刀剣魔王の道を塞ぐ。
合わせたかのように赤妖石が鵬魔王の身体を能力で硬直させた。
残るは刀剣魔王のみ…
「我、のみか…」
赤妖石と黄妖石を同時に相手にする刀剣魔王は覚悟をしていた。
一体だけなら倒せた…かもしれなかったのだが、二体も相手にするのは分が悪すぎた。
だが、黄妖石も赤妖石も容赦なく襲い掛かって来る。
『操千剣』
千本の剣が飛び散り、刀剣魔王は自在に操りながら赤妖石と黄妖石に向かって飛ばす。
「時間稼ぎにしかならぬか?策を考えねば時間の問題…」
その通りだった。
刀剣魔王の操る千本の剣は黄妖石の超速の動きにより次々と落とされていく。
万事休す…
少しずつ近寄る黄妖石が刀剣魔王に向かって突っ込んで来たのだ。
その速度に刀剣魔王は反応が間に合わない…
「殺気!?」
その時、背後から気配を感じた。
だが、刀剣魔王の先には赤妖石も黄妖石もいる?
なら背後の殺気は?
背後の殺気は刀剣魔王を飛び越えて、向かって来た黄妖石を殴り付けたのだ。
それは膨張する腕を抑えながら痛みに苦しむ蚩尤の姿だった。
「お主、生きておったか?」
「あ…たりまえだ」
「その腕はどうした?」
「気にするな…だが、今ので倒せた…」
が、黄妖石は立ち上がって来た。
「しぶとい野郎だ!」
「お主もな?」
蚩尤は心臓を貫かれたかに思えたが、寸前の所で魂喰魔王が体内から心臓の位置をずらせたお陰で致命傷を免れたのだ。
《ギリギリだったぜ…》
「助かったぜ?魂喰魔王。良い仕事出来るじゃね~か!」
身体は再生の飴玉のお陰で動けるようになったが、腕だけは痺れた状態で自由にならなかった。
その時、黄妖石の様子がおかしい事に気付く。
僅かだが感情が見えたのだ。
「黄妖石…心を棄てよ?我等は意思のない石である。役目を果たすために存在するのみの傀儡」
「お…俺は…石…じゃない…生きている…」
黄妖石は殴られた時に何かが壊れた。
無感情な表情に、怒りの表情が露になったのだ。
この赤妖石、青妖石、黄妖石は金剛魔王の配下だった錬体魔王によって感情を消され、戦うための傀儡として使われていたのだ。
三妖石達は錬体魔王が選抜した人間達を素材に造り上げた戦闘傀儡。
額には賢者の魔石を埋め込まれ、特殊な能力を得たのだ。
しかも、力に連動する魔剣をも与えられ、その力は妖怪の魔王に匹敵する程であった。
「俺は…奴等を殺して、俺を…こんな傀儡にした妖怪共も…始末する!そのために先ずは目先の連中を始末する!」
黄妖石の額が光輝くと、その姿が消えた。
超速により目にも留まらない動きで移動しているのだ。
「先ずは死に損ないから…」
標的は蚩尤だった。
「!!」
一瞬だった。
蚩尤は意味も解らずに身体から血を噴き出す。
「蚩尤!!」
刀剣魔王は血を噴き出して倒れる蚩尤に気付く。
「死んではなさそうだが?」
刀剣魔王は今の一瞬、蚩尤が致命傷を微かに避けて攻撃を受けた事に気付いていた。
「それにしても蚩尤は奴の初手を躱せたのだ?」
黄妖石に襲われた時に、その超速の動きに反応出来たのが刀剣魔王と蚩尤だった。
蚩尤は無意識に身体が動き、その超速の剣を弾いたのだ。
だが、それはまぐれだったのか?
《おぃ!兄弟!蚩尤!馬鹿!また倒れちまいやがった!起きろ?起きろ!起きなきゃ…》
黄妖石が何度と蘇る奇怪な蚩尤を始末しようと首を斬り落としに近付いて来る。
刀剣魔王もまた赤妖石に塞がれ助けに入れなかった。
《冗談キツイぜ?だから死んだ真似をしてれば良かったんだ!馬鹿!馬鹿!起きろ馬鹿!お前が死んだら俺も死んじまうだろう?お願いだから起きてぇ~》
だが、蚩尤は目覚めずに夢を見ていた。
夢の中には二人の少年が?
それは幼少期の自分と牛角魔王だった。
「はぁ…はぁ…」
蚩尤は牛角魔王に剣術を教わっていた。
蚩尤の降り下ろす剣は牛角魔王に全て弾かれ、痺れ手を離した隙に首元に剣先を突き付け寸止めされた。
「あっ…あ…」
蚩尤はため息を付くと、
「流石、兄者だ…全然敵わないわ…」
「………」
「兄者?」
「蚩尤!どうしてお前は力にのみ頼ろうとする?」
「力に?力に頼っていけないのか?兄者?」
すると蚩尤は立ち上がると落とした剣を手に取り、目の前にあった石像を斬り裂いたのだ。
「俺の力は兄者には到底届かないが、他の連中で俺に敵う奴はいねぇぜ?」
「そうではない」
すると牛角魔王は蚩尤と同じく石像に剣を振り払うが、それは静かな抜きだった。
「!!」
石像は切断された場所から滑るように落下した。その断面は見事に美しく、自分が力任せに斬って砕けたような石像の断面と見比べると違いが解った。
「今、力を入れていたようにも見えなかった…軽く抜いただけに見えたが?何故だ?」
「力で斬るのはなく魂で斬るのだ!そのためには心を静め、魂から身体に伝わる動きに身を任せるのだ!」
「魂で?無理だ…兄者?兄者は剣才があるから出来るのであって、凡才な俺に出来るはずない!」
牛角魔王は蚩尤の肩に手を置き、言った。
「蚩尤…お前は俺の実弟だ!俺に出来てお前に出来ないはずはない!それに…」
「それに?」
「俺はお前にこの剣を学んだのだからな?お前は俺より剣術の才はあるのだぞ?あははははは!」
意味が解らなかった。
(俺がが牛角兄者に教えた?そんな馬鹿な?そんな覚えないし、牛角兄者は俺に頑張るように励ましているのだ…この情けない俺を…)
蚩尤はまだ目覚めないでいた。
そこに黄妖石が大剣を振り上げる。
「しゆーう!」
刀剣魔王は赤妖石の剣を受け止めながら蚩尤の名を叫んだが、蚩尤は眠ったまま。
このままだと不死身の蚩尤とて首を落とされてしまえば復活出来ない。
しかし黄妖石の降り下ろした大剣は弾かれていた。
「!?」
弾いたのは、蚩尤の剣だった。
「!?」
驚いたのは黄妖石だけでなく刀剣魔王も同じだった。
だが、蚩尤は目覚めた訳ではなかった。
蚩尤は意識のない状態で立ち上がったのだ。
「………」
だが、意識のない蚩尤に黄妖石が再び迫る。
「まぐれ当たりか!さっきは驚かされたが死に損ないにはもう何も出来ないだろ?その首を斬り落として終わりだ!」
黄妖石が蚩尤の首に大剣を振るった。
が、黄妖石の光速の剣がまた弾かれたのだ。
「ギリギリで目覚めたのか?それより何故俺の剣が当たらない?」
否!
蚩尤は立ったまま意識がないようだった。
再び黄妖石が大剣を振るうが、その全てを弾かれる。
「馬鹿な?こんなはずは?だったら全力で殺すまで!」
黄妖石の額の石が光輝いた時、黄妖石の姿が消えた。
その超速の移動に凄まじい斬激が蚩尤を襲った。
にもかかわらず、蚩尤はその全ての攻撃を弾いたのだ。
蚩尤を中心に制空権が出来、黄妖石は近付く事も出来なかった。
「何て剣術だ…全く隙がない…あれが蚩尤の潜在能力なのか?」
刀剣魔王は嫉妬した…
剣術の頂点であり、魔王である筈が、己を上回る剣術を目の当たりにしたから。
「クゥソー!」
黄妖石がむやみに攻め混んだその時!
「鬼妖剣・蚩尤の舞!」
蚩尤を中心に白い気が渦を巻いて制空権を作り出し、その中に足を踏み込んだ黄妖石に対して蚩尤は剣を静かに振り払うと、黄妖石の大剣と額の石を同時に斬った。
額の石を斬られた黄妖石は魂が抜けたように動かなかった。
次回予告
相手を硬直させる能力を持つ赤妖石に、一人残された刀剣魔王が挑む!
そして刀剣魔王の過去が?




