地獄の救世主?
討伐隊から逃亡中の遮那
しかし、天界はまだ平和だった。
遮那が悲しみと絶望の中に陥っていた時…
天界上層界ではまだ遮那の問題は大きく取り扱われてはいなかった。
それは何者かによる情報操作とも思えるくらいに…
場所は変わる事、
ここは須弥山と呼ばれる天界の上層世界。
そこには今、揚善が出向いていた。
神具開発の特別研究の第一人者であった揚善は、武神や仙人が使う武器である新たな宝貝を開発していたのである。
「う~ん…また面白い宝貝を発明してしまいましたよ~」
揚善が手にした宝貝に神気を籠めると、その形状が変わっていく。
『宝貝・空裸』
宝貝・空裸が光り輝き発動されると、部屋の中が涼しく快適な温度になる。
「う~ん!涼しくて快適ですね~!暑い日も寒い日も真っ裸で生活しても全然大丈夫~なんてね?」
確かに風邪はひかない発明らしいが、それでは裸族か変態である。
次に揚善が新たな宝貝を手にして発動させた。
『宝貝・辞典写』
今度は輪具が目の前で回転し光が照らすと、
必要な知識が映写機のように部屋全体に映し出された。
「やはり!!」
揚善が観ていたのは天界でも才色兼備たる天女や美形男神達の姿を写した映像であった。
揚善は映像を観ながら思った。
『やはり自分が一番美しい』と……
揚善は一通り目視した後、映像を止めて新たな宝貝を手にする。
「さてと、冗談はさておき…」
…冗談だったのか?
揚善が手にしたのは新たに造り上げた神具兵器であった。
「蛟魔王さんとの戦いの最中は未完成でしたからね~ようやく完成しましたよ!やはり僕は才色兼備の天才ですね~」
揚善は新たに発明し完成させた宝貝を手に、急ぎ足で出掛ける用意をする。
揚善は天界上層界におられる『天』に、この新たな宝貝を献上するように命じられていたのだ。
更に場所は須弥山から離れた世界へと変わる。
その世界は『極楽浄土』と呼ばれる神の地であるが、そこには最も尊き神が住まう。
その神を『釈迦如来』と呼んだ。
釈迦如来の住まう極楽浄土の中央にある神殿には、もう一人。
釈迦如来の弟子である金蝉子が大木の枝の上で寝転がり果物を食べていた。
「チッ!釈迦の野郎…俺をいたぶりやがって!いつかシメてやる!」
金蝉子は思い出していた。
つい先程まで釈迦と実戦修行をしていたのだ。
金蝉子の打ち放つ無数の神気弾を軽々と躱す釈迦は、
その掌に集めた神気で金蝉子を弾き飛ばした。
金蝉子も吹き飛ばされ何とか堪えて体勢を整えるが、既に目の前にまで接近を許してしまった釈迦によって弾き飛ばされ、そのまま気を失ってしまった。
「胸糞悪い!それにしても今日はやけに珍しく客が来る日だ…」
つい今朝方も観世音菩薩が現れ釈迦如来と話をしていたが、
観世音菩薩は慌てて出て行ったのだ。
そして今も新たな来客が?
「また客が来たようだが、誰だ?知らぬ気配だぞ?」
金蝉子は探るために己の霊体を釈迦如来の部屋の入り口前に飛ばしたのだ。
(これ以上部屋に近付くとバレちまうからな…)
そして中から聞こえる話し声に耳を傾ける。
つまり盗み聞きである。
部屋の中には釈迦と…
もう一人の声?
《どうしても断ると言うのですか?》
《何度も言わせるな!俺の生き方は俺が決める!》
釈迦に対して敬意を示さない荒い口調?
声からして男であろう。
《私はお前に後を継いで貰いたいのです…お前なら託せる…未来を!》
《そんなのは帝釈天やシヴァの野郎に任せれば良いじゃねぇか?俺は面倒事はまっぴら御免だぜ!》
《そんな事を言いながらお前は…一人、あの地に向かおうとしているではありませんか?》
《………フン!》
《冥界と地獄は今、この天界以上に荒れています。地獄の魔王達と冥王ハーデス…それに復活した魔王サタンに、更には天使ミカエル率いる天使達が介入した今まで以上にない戦獄時代の真っ只中…それを知ってもなおお前は向かおうと言うのですか?》
《お前には関係ない話だ!》
釈迦……………
《貴方は未来に訪れる闇からの救済よりも、今目に入る絶望的不幸を先に救済しようと言うのですね?それが出来ずに未来は変えられないと…》
釈迦は男の決意が変わらないと判断し…
《お前ならと信じていたのだがな…私の代わりに未来を救済する…『神を導きし救世主の後継者になりうる者は…』》
《俺は俺の心が導く道を行く!それだけだ!》
そう言い残し、男は釈迦の部屋から出て行ったのだ。
霊体である金蝉子は…
《神を導きし救世主とは何だ?未来?後継者?釈迦は何を託そうとしていたのだ?》
と、そこに…
『あんまり覗き見されるのは趣味じゃねぇな!』
《気付かれただと!?》
直後、男から放たれた神気により金蝉子の霊体は消されて、
元の肉体へと押し戻されたのだ。
「あの野郎!ふざけた真似を!」
だが、金蝉子はその者の姿を一瞬だが見て取れた。
「あいつは確か…」
それは、須弥山を守護する天と呼ばれる十二神が一人。
南方を守護し、神でありながら天界と地獄界を行き来する事を許された存在。
血のような真っ赤な模様の入った漆黒の鎧を纏い、その眼力は金蝉子を怯ませるほどであった。
その名を…
『閻魔天』と呼んだ。
しかし、この極楽浄土には如来や菩薩が住まう特別な地であり、『特別』な者でなければ入る事が出来なかった。この金蝉子もまた釈迦より『特別』な扱いを受けていた。
「…やはり噂は本当だったのか?」
そもそも菩薩や如来は神の頂点に位置していたのだが、次第に天界での権力を須弥山を守護する『天』と呼ばれる神々に奪われつつあった。
それも菩薩や如来達が直接世界に関与しない事に対して、『天』と呼ばれる神々は武神軍を組織し、己もまた戦場に降り立つ事から下級神や人間達からも信頼を得ているから。
『天』
その中でも十二天と呼ばれる最高神達が今の世を統治していると言っても過言ではなかった。
話は少々変わるが、この天界と呼ばれる須弥山は今、かつて起きた神々の大戦により真っ二つに割れているのである。
その大戦がどのようなものであったのかは過去の書物にも記されていないがため不明であるが、表世界と裏世界に分かれた須弥山には、その十二の天達が分かれて統治し始めた。
裏世界を支配するのは天の中でも最も力を持つ伊舎那天【破壊神シヴァ】と梵天【想像神ブラフマー】、更には十二天ではないが同等の力を持つ昆紐天【調和神ビシュヌ】が統治していた。
表の須弥山には十二天一のカリスマを持つ帝釈天と、同じく十二天の一人である毘沙門天【塔托利天王】が、新たに天の称号を与えた三神を含めた四天王で統治し始めたのである。
残りの天は表裏を行き来する権利を持ちつつも権力には無欲に我が道を進み、そのほとんどが裏の須弥山に住まう事を選んだのだ。
だが、そこで噂されたのが十二天の南方を司る閻魔天の存在である。
彼は十二天でありながら、『菩薩』としての名をも持っていると言うのだ。
その名を…
『地蔵菩薩』
「とにかく謎が多い奴なのは確かだな…」
この日の金蝉子と閻魔天の僅かな邂逅が後に何を意味するのかまでは、まだ誰も知らない。
「それにしても俺以外で釈迦にタメ口きく奴を初めて見たわ!アハハ」
そこに釈迦が現れる。
『金蝉子!修行の続きです!』
金蝉子は仕方なく大木から釈迦の元に降りて来ると、
「はぁ~?まだやんのかよ?さっき終わったんじゃねぇのか?」
すると釈迦は言った。
『直に世界が…時が動き出します。誰にも止められない時の渦が…私達の運命を巻き込んで。そして貴方もまた、その日までに力を持たねばならないのだから』
「?」
この釈迦の言葉がいずれ金蝉子自体の運命も変える程の時の渦だとは、
今の金蝉子は知るよしもなかった。
そして場所は変わる。
下へ…下へ…
遥かなる闇の世界へと降りて行く者有り。
そこは今、戦獄時代!
地獄と呼ばれるこの死者の地にて、地獄の魔王達が戦争を起こしたのだ。
その筆頭のサタン
更に冥界の王ハーデスが加わり、まさに地獄絵図の状況下に現れたのは?
その眼光は鋭く!
その意志は強固にて激しい気性!
たが、それと裏腹に…
その心は何者よりも慈愛に満ちていた。
『さぁ~て!刃向かう奴は一人残らず俺がぶん殴る!俺の道は俺が切り開く!』
あれ?慈愛じゃなくて自愛か?
後に地獄世界に一つの救世主伝説が伝わる事になるのだが…
この話はいずれ…
物語は再び天へと移り変わる。
そこには、一人の少年が行き場を無くし…
その心は今にも壊れかけていた。
次回予告
今回登場した閻魔!
彼は第二部の神を導きし救世主をお読みになられた方には何か引っかかるものがあると思います。そして全ての物語はいずれ一つとなるのです。
だが、今はまだ語らなければならない。
あの孤独の中、一人で苦しみもがく少年の話を・・・




