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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

DV

作者: 谷口恭平

 その日は疲れていた。太郎は家に帰ると、すぐにソファに腰かけた。


 「ただいま」と一応一声はかけたけれど、妻の花子からの返事はなかった。妻は太郎に愛想を尽かしている。大手企業の社員であること以外に取り柄がひとつもないと己で感じている太郎は、その事実を当たり前の様に受け入れた。


 太郎は立場が弱く、いわゆるDVを妻から受けていた。「もっと稼げ、家事も全部やれ、私の奴隷になれ、他の女と仕事でも喋るな」、と一通り毎日言葉攻めされ、ちょっとでも妻に気に入らない返事をしようものなら体が壊れるまで殴られた。


 今日も家でただ寝るだけの生活をした妻は、ゴミ捨てもせず、洗濯機をかけてすらいなかった。結婚するとき、「仕事は夫、家事は妻」と決めたのが嘘のようだ。太郎には1歳になる息子がいるが、その世話すらしていなかった。おしめがうんちとおしっこでめちゃくちゃな形相をしていた。しょうがないから変えてやった。


 妻が家事をしていないのを咎めると必ず、「私は子育てが大変なの」と言う。太郎は妻が息子を放置して遊びに出かけているのを知っているし、なにより妻がおしめを変えていないのは毎回のことなので、それを言い訳に反論すると、「じゃあお前がやれ。私に迷惑をかけるな」と殴られた。


 今日は、妻を殴ろうと思う。と言っても1発だけだ。職場の上司からDVの直し方として、やり返すということを教えてやれとアドバイスされたためである。一度好きになった女を傷つけたくないし、なにより殴るのは悪いことじゃないか。だから、太郎はその拳を以て妻の非行を止めようとした。太郎のこの行いは正義だ。妻は痛い思いをするだろうが、正義の鉄拳で妻に巣食う悪魔を倒し、優しい女にするのだ、と太郎は思った。


 妻は案の定、帰宅後すぐに料理を作りに行かない太郎を殴った。「早く作れ」と怒鳴った。よし、仕返しのチャンスだ。


「おい、花子。あまり人を殴るな。今日はもう一度殴ったらやり返すからな」と太郎は言い放った。妻は何も考えず「黙れ、奴隷が」ともう1発腹を殴った。殴られたから、太郎は妻に1発パンチを叩き込んだ。妻はちょっとだけ、キョトンとしていた。


「馬鹿タレ。これに懲りたら、もう殴る真似はやめろ」と太郎は言った。だが、妻はすぐに持ち直し、怒りの目を太郎に向けた。


「なぜ奴隷が逆らう?お前は私に従っていればいい。お前が殴ったのだから、これからは遠慮なくお互い様だ」と今度は金的をかましてきた。その時、太郎は太郎ではなくなった。


「その言葉、取り消さなくていいんだな?」と最後の理性を振り絞って太郎は聞いた。妻は「いいに決まってる。お前を殴れる理由ができて私は嬉しい」と答えた。もう容赦は要らない。太郎は「わかった。じゃあ今から飯作るから」と包丁とまな板を取り出し、台所に置いた。そのうち包丁だけをもう一度手に握った。


「さて、お互い様だったな。じゃあな」と言って妻の腹を思いっきり突き刺した。「ごめんなさい…やめてください…」と妻のか細い声が聞こえたが、太郎にはもう届かなかった。


「そう言っていた俺に対する暴力をやめなかったのは、どこのどいつだったっけな」怒りに任せてあらゆる場所を滅多刺しにした。気付いたら妻は死んでいた。ざまあみろ。ただただ嬉しく、今からこの死体を全国放送したい気分だった。敵が死んだ。悪が死んだ。俺は正義の味方だ。


 その日の料理は血生臭くて食べられたもんじゃなかった。息子には離乳食をちゃんと買ってきて食わせてやった。「おいしいか?」と息子に聞くと、「あうー」と訳の分からない返事をした。「お前はいい子に育つんだぞ。父ちゃんはお前が大好きだ」と言って、息子を撫でた。可愛いほっぺたに食材の血がついてしまったので、拭いてやった。


 数日後、太郎は逮捕された。容疑は殺人。当たり前だ、人を殺したのだから。太郎は「僕がやりました」と1発で認めた。実刑20年だった。その刑期もしっかり勤め上げ、今日は待ちに待った退所の日。


「もう2度とくるんじゃないぞ」と言われて、太郎は刑務所を去った。世の中にもうスマートフォンなんてないらしい。太郎はいろんな人に話しかけ、男の人に次世代の端末を貸してもらった。


 インターネットで自分のことを調べてみると、残虐な殺人事件としてその昔に大々的に取り上げられていたらしい。「この太郎という男、有名なんですか?」と彼に聞いたら、「あー、あったなあ。超有名人。どうして最愛の妻を滅多刺しにできるかなあ…。あんなの大悪党。この世にいらないですよ」と答えられた。


「ありがとう」と言ってその人に端末を返した。そのまま刃物屋で包丁を買って、ムショで稼いだお金で富士の樹海まで電車で行った。そうか、ここにいるのは大悪党だ。悪は滅さなければなるまい。なんせ俺は正義の味方だからな。


 太郎は自分を滅多刺しにした。妻と同じ形相になるまで自分を刺しまくった。もちろんすぐ死んだ。でも、これでよかった。なんせ俺は正義の味方だからな。悪を滅さねばなるまい。そうだろ?


Double Violence

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