最終話 もういらないから!
二日後、航生に呼ばれ向かったのは、秋月家別邸。玄関。
「お待ちしておりました、美音様。この度は、こんな素晴らしい寝床をご用意してくださり、誠にありがとうございます。ああ、私はなんという幸せ者でしょう!」
仰々しい物言いで目の前に立つのは、20代後半と思われる男。長い腰までの栗色の髪。色白の細面の顔で、三つ揃いのスーツを着こなす姿は、大変、様になっている。
「誰?」
全く心当たりがない。行儀悪くも指差して尋ねてしまった。
「ああ、私がおわかりならない? なんということだ! しかしそれも致し方がないと申せましょう! この前お会いした時には、大変お見苦しいお姿を晒しておりましたから!」
目の前の御仁は、片手を額に当てて、大きく首を振っている。
「喜劇役者?」
「違います! 私は貴方に命を救っていただいた青鬼でございます!」
「え」
どうした。姿形はもちろん。あの陰鬱とした雰囲気が一変も見当たらない。どころかチャラい。
隣にいる航生を無言で見上げ、説明を求める。
「あー。間違いない。こいつはあの青鬼だ。人間に変化できるアイテムを渡したら、元の姿になったらしい」
「え」
「そうなのです! 航生さまの兄上さまからいただいた、この指輪で、私は人間の姿をとることができるようになったのです! これもすべては美音さまおかげございます! ああ! 私はなんと幸せ者でしょう!」
スチャッと自分の左手の中指にはまった指輪を示した後、すかさず、美音の左手をとり、そこに唇を落とす。
「調子にのんな!」
航生が勢いよく鬼の手を叩き落とした。
「おお。申し訳ございません。つい感謝の気持ちが溢れてしまいまして」
溢れ過ぎだろう。
ついていけない。眩暈がしてきた。
「あの、青鬼さんは、元はそういったオーバーアクションを取る人だったんですか?」
「オーバーアクション? 私は素直に表現しているだけなのですが。ああでも、人間の時についていた職業のせいかもしれません」
「どういった職業につかれていたんですか?」
聞きたくないが、流れ的には聞かねばならないだろう。
「ふふふ。未成年の方には少し刺激が強すぎる職業とだけ言っておきましょう。今は私のご主人様は、美音さまだけでございます」
「え。違うでしょう。あなたは秋月家に引き取られたんだから、主人は秋月家、航生が主人になる筈でしょう?」
「もちろん、航生さまにも感謝しております。が、私仕えるのは、女性限定でして」
「あーそー」
今まで関わり合った事がない人種だ。
どう対応していいか考える以前に、非常に疲れを感じる。
「航生、どうすればいいかな」
「いいんじゃねえ? 本人の望むようにしてやれば。俺も気持ちはわかるからよ」
「え、航生も女性限定?」
「ちげえよ! 美音に従いたいっつうほうだ!」
「ええー何それ。下僕希望?」
「下僕! なんという心地よい響き! ええ、私は身も心もすべて美音さまのものです!」
もはや頭ままで痛くなって来た。
「てめえは少し黙ってろ! 違う! そのなんだ、上手くいえねえけど、美音と一緒に居たいって言ってんだろ! こいつは! 俺もそう!」
「え? ええ?!」
いくら他意はない発言だとわかっていても、流石の美音でも胸を突かれる。
美音だって女の子だ。
(うわあ。やめてー)
本人の意思とは関係なく、顔に熱が集まって行くのを止められない。
美音の真っ赤になった顔を見て、航生の顔も染まっていく。
「ああ。よろしゅうございますね。青春ですな」
「うるせえ!」
照れ隠しからか、航生が吠える。
「ですが、航生さま、私、美音さまを思うお気持ちは負けませんよ! 私、一生、美音さまについて行きますから」
待て。青鬼は不死の筈。それは私が死ぬまでってことか。
今度は一気に血が重力に従い下がる。
愕然とした美音に置き去りに二人の会話は進む。
「なにを! 俺だってずっと美音といる!」
「もちろんです。二人で美音さまをお守りしましょう」
「おう!」
「ちょっ」
「ではご挨拶はこれくらいにして、これからの事をお話しましょう。どうぞ中へ。駅前のソフィアで買ってきた限定の桜のケーキをご用意しております」
「おお。気が利くな」
すっかり丸め込まれた感の航生は、靴を脱ぐと、さっさと中へと入って行く。
「さあ、美音さまも、どうぞ」
にっこりと笑って促す青鬼と、うきうきと進む航生の背中。
一匹、増えた。
(これ以上、これ以上、犬はいらないからあああ!)
美音はそう内心で叫ぶと、がっくり肩を落とした。
屋敷の屋根にとまったカラスが仲間を呼ぶように一声鳴いた。
続きを待っていてくださった方々(いるのか?)、遅くなり申し訳ありませんでした。
ひとまずこれにて完結です。
少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです(^^)
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