第5章 鬼さんと初対面
「航生、じゃあお願いした事の復唱ぉ」
「おう! まずは鬼になるべく話しかけて、情報を引き出す。話が通じなくても、相手が攻撃をしてきたとしても殺さない」
「はい。よくできました。じゃあやろうか。私は邪魔になるから、後ろに下がってるね」
「ああ」
今二人がいるのは、通い慣れてしまった鬼篭山。それも今回は皆が下山し終える、夕刻である。
闇を好む妖にとって、好む時間の少し手前と言ったところか。
本来ならば夜も更けてからの方が、鬼の出現率はよい。が、航生が強硬に反対したため、妥協点としてこの時間になった。鬼の危険性を美音よりはるかに知っている航生の言葉と、高いアイテムを使用するので失敗するのを避けたい美音との話し合いの結果である。
(話し合いといえば)
美音は妖に対して全く素人。対して、航生は専門家と言っていいだろう。
なのに航生は美音の作戦ともいえないお願いに対し、文句一つ言わない。
航生は美音の言う事に頷くだけで、全く反論しないのである。
それがどうしても気になる。
「航生」
「なんだ?」
「今回の件、私が勝手に仕切っちゃってるけど、航生からの要望はないの?」
「美音が考えて、俺が動く。これで間違いないと思う」
「ありがとう?」
きっぱり。言い切り。ブレなし。なんと単純明快な答え。
しかしこれはまずいのではないか。
伝田からの話ししかり、凌生からの話からも航生は頭で考えるより感覚で動くタイプと確信した。
それが美音が手伝うことで、更に拍車がかかって、自分で考えないようになってしまうのではないか。
それはまずい、非常にまずい。
(ますます、馬、いや、考えるのが苦手になってしまうかもしれない)
うむ。次回からはなるべく、航生から意見を言わせるようにしようと心に誓う。
ともあれ、今は鬼を誘き出しに専念だ。
ここは山の中腹。人があまり通らないかつ、少し開けた場所だ。
戦闘力が底辺の美音は航生のかなり後方にさがり、かつ木の傍に隠れる。
航生はそれを見届けると、地面に鬼好香を置いて、それに火をつけた。
鬼好香は直系2センチほどの正方形で、深い緑色をしていた。
煙が立ち上るのを確認できたが、全く匂いがしてこない。
人間にはわからない香りなのだろうか。
そして待つこと10分。
前方からふらふらと人影が現れた。
がっちりした体格。かなり背の高い。元はもう何色だったかもわからない泥や血に汚れたシャツとズボン。髪も肌も目もすべてが青い。そして何よりも頭上にある二本の透明な角。口からはみ出している牙。
鬼。
(っ。こわっ)
鬼を見た途端、足が笑い、膝が落ちそうになる。
鬼に会うのだと頭で理解していても、実際に見るのとは大違いである。
それはそうだ。航生と出会う前は、多少小さいモノの声はきいても、妖と名のつくものを視た事がなかったのだから。
しかし、これでは逃げることもままならない。
(お、落ち着いてー)
震える息を整えようと躍起になりながらも、鬼から目が離せない。
これでは見つかってしまう。
それでも張り付いたように放せない。
そう思った瞬間、鬼の目がぎょろりと美音を見た。
「ひ!」
息が一瞬止まる。がくんと膝がおち、美音は尻餅をついた。
思わず目を瞑る。
だめだ。こわいこわい。
逃げ出したい。
そう思った時、航生の声が響いた。
「おっと。そっちじゃなく、俺に注目してくれよ。俺はわざわざお前に会いに来たんだからな」
全くいつもの声。いつもの口調。
いや、むしろ面白がっているようにも聞こえる。
「よし! こっち向いたな! 単刀直入に聞く! 何でお前、人間を襲うようになった?」
それに対し、鬼は唸り声を上げる。
「俺の言葉わかるか? お前、ちょっと前までは、大人しかったんだろう? 何きっかけだよ。なんか人間がお前にやらかしたのか? おっと」
鬼は答えず、航生に突進した。
航生はそれをひらりとかわす。
「言いたくないのか?」
躱されたのが気に入らないのか、今度は丸太のような腕を航生に振り落とす。
それを後方に下がってよける航生。
「おい。俺の言葉わかるか? っておい聞けよ!」
またも向かってきた鬼をジャンプでよけ、そのまま回し蹴り。
十分に体重ののった航生のけりを喰らい、鬼は横へと吹っ飛ぶ。
どうやら、この鬼あまり闘いに慣れていないようである。
それでも立ち上がった鬼は、航生めがけて再度突進。
美音の指示通り鬼から話を聞き出そうとするが、全く埒が明かない。
「だあ! こいつだめだ! 全く聞かねえ! 落とす!」
そう航生は宣言するや、鬼の顎を蹴り上げた。
「ご!」
その後。すかさず側頭部を回し蹴り。
鬼はあっけなく、意識を失った。
結局鬼が発した言葉は一文字。それも意味不明。
「航生? そっち行ってもいい?」
「おう。多分大丈夫だ。にしても、弱っちいな、こいつ」
「航生が強いんじゃないの」
「いや、こいつが弱いだけ」
「そうなの」
「ああ。それに動きが単調で、ゾンビみてえだった」
「そう」
美音は恐る恐る近づいて、鬼の顔を覗き込んだ。
なるほど、目が1つ。
倒れている鬼は、眼帯をしていた。立っている時には長い髪に隠れて見えなかった。周りが暗かったのもある。
(それにしても服はかなり擦り切れているのに、眼帯は新しい?)
そして立派だ。黒地に赤い糸で何か刺繍してある。
(確かカブトムシくんは、前は目は二つあったと言ってたよね)
怪我してつけたのか。しかし眼帯をつけるという行為をするなら、もう少し服装にも気を付けそうだ。
(それにこの刺繍、模様ではなく文字だ。全く知らない文字だけど)
「航生、眼帯とってくれる?」
「ああ。ちょっと待ってな」
航生は小声で何か呟くと、慎重に鬼の左目から眼帯を外した。
鬼の左目には特に目立った外傷はない。
だとしたら、怪我で眼帯を付けたのではない。
とすると、この眼帯がますます怪しい。
航生もそう思ったのか、裏表ひっくり返して、眼帯を見ている。
「何かわかる?」
「あー呪?」
「呪?」
「あーうん」
航生は、眼帯をぶらぶらしながら、美音に説明をする。
「あー。こいつが人を襲い出したの、これのせいだな。なるほど、だから動きがゾンビみたいだったのか」
「航生、わかるの?」
「まあ、一応。教わってるからな。でないと、妖と対峙できないだろ」
「そうかあ。知識は武器だものね。えらいえらい」
「おう! にしても、眼帯の内側に書かれた呪、すげえな。びっちりだ。色々組み込まれてるみてえ。よくこんな小さいもんにこんだけ入れたな。くそ! 俺じゃ全部読めねえ。家に持って帰って。あ!」
「あー!」
そう言っている間に眼帯に火が付き、燃えて灰になってしまった。
「あー。よくある証拠隠滅かあ」
「くそ!」
「まあしょうがないね。でも、わかった事が一つ。この鬼は何者かに操られていたってことだね。だからいきなり人を襲いだしたんだね」
「ああ」
「だとしたら、その原因となった眼帯を取り除いたから、この鬼さん正気に戻って大人しくなるかな」
「そうだな。この呪に厄介な残り呪がなければ」
「残り呪?」
「この呪が破られた時に、自分の正体がばれないように、眼帯を取られた場合、鬼が死ぬようになってるとか」
「ええ?!」
美音は慌てて、鬼の口に手を当ててみる。呼吸は正常のようだ。
「あるいは、正気を失うようにしてあるとか」
「物騒すぎる」
「だが、その可能性は低いかもな」
「そう?」
「ああ。あれだけ精巧な呪を施せるやつだ。正体をばれたくないなら、こんなわかりやすい眼帯なんて使わないだろう?」
「あーそうだね」
「こいつを作ったやつは、わざと自分の存在があるように、仕掛けたってことだ。鬼が不穏な動きをすれば、秋月が出てくるって知ってるやつだ。つまりは秋月に喧嘩をふっかけたかったてことだな」
航生は好戦的ににやりと笑った。
(うん。。航生単純だけど、馬鹿じゃないんだね。ごめんね、航生。見方を改めるよー)
それもそうである。聞く限り仲間が少ないなら、今まで自分で考えて行動してきた航生が馬鹿である筈がなかった。
「な、なんだよ」
「いや、航生って考えてるなあっと思って」
「う、もっと褒めてもいいぞ!」
こうして頭を突き出さなければ、もっといい。
残念に思いながら、彼の望むままに頭を撫でてあげた。
遅くなりました(汗)すいません(汗汗)