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第3章 鬼を探しに山へGO

<そうなんだよー。急に変わっちまってさあ。前は俺らが目の前飛んでも、別になんもしなかったのに、叩き落とそうとするし。もう怖いのなんのって>

「そうなんだー。それは大変だね」

<こう雰囲気もぜんっぜんちげーの!顔もこわくなった!>

「こわくなったってどういう風に?」


 今美音と航生は、四深市の北部にある鬼篭山(おにこやま)に来ていた。

 この山は、妖が住みやすい土地らしく、色々な(あやかし)が住んでいるそうで。

 山の名の由来となった、鬼しかり。その他にも小物の妖が多々。


 けれど、ちょっと人を転ばしたり、食べ物を盗み食いしたりと、小さいいたずらはすれど、人間を本格的に害する行為をする妖がいなかったため、秋月では問題にしていなかったそうだ。

 普通の人間には、この山はちょうどいい高さで、よくハイキングに訪れるらしい。

 山の中腹まではロープウェイもあり、山頂、中腹、裾野に程よく土産店や食事処もある。登山初心者でも、自然が楽しめるところが魅力で、ほどほど人気の山である。

 しかしここ数週間、鬼に襲われたという人間が相次いだ。

 今のところ、けが人は出ていないが、それも時間の問題で、最悪の場合、人死にも出てしまうとの懸念から、秋月家が調査に乗り出す事にしたらしい。

 そしてその調査に白羽の矢が立ったのは、今美音の横にいる航生である。

 鬼というとかなり力のある妖であるため、もし穏便に解決できなかった場合、ある程度力がなければ、やられてしまう。そのため、本家の人間が対処するように決まったらしい。

 あいにく航生以外、本家の人間はほかの案件を抱えているために、今手の空いている航生が担当になったとの事。

 そのため、航生をサポートするよう仰せつかった美音は、まずは現場をみようと、こうして航生と2人、鬼篭山へとやって来たのである。


 時間は午前5時。ご来光を見たい人間は山頂へ行ってしまっているため、美音たちがいる中腹には、まだそれほど人気はない。


<うーん。こーどあーっとした感じ?前は始終シュンシュンした感じだったのによー>

「そうなんだー」


 美音は地面で自慢の角を振りながら、力説しているカブトムシに神妙に頷く。


(あー。だめだー。このカブトムシくんは、航生と同じ感覚派だー)


 本人?は美音にわかるようにと一生懸命話してくれているのが、不幸にもわからない。

 そのカブトムシと同類にされた航生は、美音の横で、コクコクと首を動かしている。

 感覚派同士、通じるものがあるのかもしれない。

 といって、航生に問うたところで、カブトムシと同じような説明しか望めないような気がする。


(あー、確かにこれだと誰かサポートつけたい気持ちわかるわー、お兄さん)


 以前からこういった感じたままに行動していたならば、それをフォローしていた凌生の苦労も想像してあまりある。


(ワイアットに雷落とした時、すごかったなー。まあ死なないように加減はしていたんだろうけど)


 なまじ力があるだけに、放ってもおけないだろう。

 美音は数日前の凌生との話し合いを思い起こす。

 凌生は鬼の件を話し終えると、今までの油断ならない雰囲気を引っ込め、兄の顔をのぞがせた。

 前回のアリンコの案件。これが実質航生のラストチャンスだったとか。

 この案件をうまく処理できなかった場合、本家からは見放されて、分家に養子に出されて末端部隊でこき使われる運命だったらしい。

 美音が仲裁に入り、解決したことで、ギリギリ航生は本家の他のメンバーに認められるに至ったらしい。


(アリンコを、ワイアットをただ殺していただけなら、落第。殺さず、ワイアットを有効活用する方法を見つけたなら及第点。なんとか本家の子として立場を維持できるって、どんだけ厳しいの。無理でしょ、航生には)


 美音の視線に気づいたのか、航生が嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見ながら、先日の凌生との話し合いに再び思考が戻る。

 凌生に本家から出される可能性があった話を聞いても、航生は動じなかった。

 自分のことなのにどこ吹く風で、まるで聞こえていないようであった。

 ただ、本家に美音が来てくれて嬉しそうにしているだけ。


(最初に会った時に、家に認められたいと言っていたのに)


 美音が思わずと航生に尋ねると、彼はぽりぽりと頬をかき、考え込んだ。しばらくして答えたのは、わからない、だった。

 美音に褒められて、頭が一瞬真っ白になった。それから本家に認められるとか、どうでもよくなった。美音が認めてくれれば、俺はそれだけでいいって感じただけだし、それは、間違いないって思った。そう言い切って、おかしいかと首を傾げた航生に、眩暈がしたのは仕方がないだろう。


(本当、私こそ頭が真っ白になったわー)


 安定の感覚派。全く訳がわからない。

 けれど、彼にとっては美音との出会いは、とても有意義であったのは伝わってくる。それは否定はしないが、命令待ちされた本人としては、対応に困る。

 同級生にどうしろというのか。

 助けを求めるように、凌生に向き直った美音はぎくりと身体をこわばらせた。

 凌生の全開の笑顔。その迫力が怖い。


「秋水さん、いえ、美音さんと呼ばせていただきましょうか。これから長い付き合いになりそうですし」

「はあ」

「美音さんには感謝しているですよ。美音さんと会って航生は変わった。とてもよい方向にね。以前のこれは、私の言いつけは辛うじて聞いていましたが、それ以外の者には、やたら牙をむきまして、全く困っていたんですよ。毛を逆立てた猛犬でした。それが今はがらりと変わりました」

「凌生さん以外の人の言う事も聞くようになったんですか?」

「いえ、そこまでは。ただ必要以上に突っかかったり、無視したりしなくなりました」

「え、それは普通なのでは」

「そう、その普通ができるようになったんです。褒めてあげてください」

「えー‥‥」


 しかし期待の視線が横からバシバシささる。

 美音はそれに負けて、航生の右腕をポンポンと叩く。


「ムー」


 少し不満な様子だが、勘弁してもらいたい。

 きっとお付きの人もそう思っている筈だ。

 もう取り繕うこともしていないお付きの人の顔。

 彼らの中で、今日、航生の位置づけが間違いなく変わっただろう。

 猛犬から番犬へとシフトしたか。

 間違っても美音ではなく、秋月家の番犬になったと思ってもらいたい。


(でも、あれだけあの人たちが驚くのは、秋月家で航生がこれまでこういった表情をしなかったんだろうな)


 少し子供っぽい表情だが、この年代であれば、それほどおかしくない。


(なのに、航生はそれができなかったんだな)


 事情は知らない。けれど、凌生がいうように確かに自分との出会いは彼によい影響を与えたのだろう。


(すこしくすぐったいかな)


 それを誤魔化すように、美音は再度航生の腕を軽く叩いた。


「納得していただけたようですね。よかった」


 そこで終わってくれればいいのに、そういって笑った凌生から、更に圧力がかかった。


「次期当主としてではなく、航生の兄として言います。どうか航生をよろしくお願いします」


 その言葉の裏には。

 ここまで、うちの末弟をしつけた責任はしっかりとってもらいたい。

 それがはっきりと見えて、美音は気が遠くなったのは記憶に新しい。


(まあ、がんばりますよう)


 と思い、ここまでやって来たのであるが。


(うむ。全く暴れる鬼の人物像が見えない)


 諦めてこのカブトムシ以外に聞いてみるしかないのか。

 この数分前、ある特定の虫にではなく、この辺の不特定多数の虫に向かって、鬼の事を尋ねてみたら、何十もの虫たちが、飛んで、這って、走ってやってきた恐怖は、今でも全身鳥肌が立つ。

 美音も虫全般が苦手ではないが、流石に多数で来られると、背中に冷や汗が流れた。

 思考がそれたその時、カブトムシが前足を振り、美音に訴えた。


<あーもしかしたら、痛くて暴れてんのかなあ。そうかもしんねー>

「痛くて? 怪我してるの?」

<んー。わかんねえけど、顔が前と違う>

「どう違うの?」

<目が1つしかねえ>

「前は違ったの?」

<んー。前は二つあった。けど、一つしか見えない? 怪我したんかな? 落とした? 痛いから、あばれてんかなあ。まあそういう俺も前足を怪我した時は痛かったから気持ちはわかる>


 見てくれとばかりに右足を上げたカブトムシだったが、あいにく小さすぎて傷跡はわらかない。


「そう。カブトムシさんも大変だったね。怪我には気をつけてね。そしてありがとう。参考になったよ。これお礼」


 美音が差し出したのは、少し大きなスイカのかけら。


<おお! 甘い匂い!>


 カブトムシはすぐにスイカに飛び乗った。


「はは。喜んでもらえてよかった。航生、ここじゃ危ないから、あっちの木の下にカブトムシさんを送ってあげて」

「おう!」


 航生は美音からスイカを受け取ると、木の下へと向かった。


「さて、もう少し聞き取り調査しますか」


 美音は、山頂へ向けて、歩き出した。



少しでも面白いなあと思ったら、評価、ブクマなどしていただけると、とってもとっても嬉しいです(^^)/

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