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第2章 やはりどうしても会わないといけないらしい

 アリンコに名付けして、虫の声を聴けるようになってしまった美音。

 自ら望んだ訳ではない。しかし、きっとワイアットは美音のよかれと思ってしてくれた事で。加え、美音を主人と慕ってくれるあの赤い目を見ると、じゃあ後は頑張って生きてねと放り出すのも後ろめたい。


(これは秋月別邸に定期的に尋ねなければいけないかー)


 と、義務感を感じるのは自然の感情で。

 第三者からみたら、自業自得だと言われるかもしれない。

 とにかく結果として、今後も秋月家と関わっていかなくてはならなくなったとくれば、当然挨拶をしに行くべきだろう。

 ましてや秋月本家の子である航生が、こうなる前から家に招待したい、バッチコイ状態なのだからなおさらか。


(ああ、でもめんどいなー)


 知らずため息をついてしまう美音である。

 今日は金曜日、今は放課後。いつもなら航生が美音のクラスまで迎えに来て、一緒に下校するのが知り合ってからの通例になっていたが、珍しく彼が来ない。


(あー、用事があるのかな)


 別に約束をしている訳ではない。もうしばらく待って来ないようなら、帰ろう。


(久しぶりに一人でゆっくりと散策できるかも)


 転校が多い美音である。一人で行動するほうが、本来は気が楽だ。


(まだ行ってない南の方に行ってみようか)


 鞄に教科書をいそいそと詰めながら、そう浮足立った矢先。

 自分の席にふっと影が落ちた。

 顔を上げると、そこにはアリンコ事件の時に航生を観察していた男が、彼女を見下ろしていた。


「2度目のお目通り失礼致します。(わたくし)伝田(でんだ)と申します」


 ここは学校。全身黒づくめのスーツ男がいたら、目立つ。それにいていい場所でもない。

 さっと、教室を見回すと、美音とこの男以外、誰もいない。

 人払いしたのか。あるいはちょうど人がはけたところだったのか。


(あーでもこのタイミングで現れたのは、偶然じゃないわよねー)


 きっと頃合いを見計らって現れたのだろう。

 美音が秋月に挨拶に行かなければならないと思い始める頃を。


(やだなー。大人って。でもここで意地をはってもしょうがいないしねえ)


 美音は内心で息を大きくつきながら、立ち上がり、男に対面する。


「こちらこそ先日は名乗らず、失礼しました。秋水美音と申します」


 お辞儀をし、改めて男を見つめる。

 中背中肉。顔も可もなく不可もなく。20代のような30代のような。

 しいて上げるなら、特徴がないのが特徴。


(あーわざとそうしてるのかなあ)


 秋月家は知って間もなくても、普通ではないのはわかっている。

 そんな家が雇用主であれば、被雇用人もまたしかりか。


「これはご丁寧にありがとうございます。早速ですが、航生さまの兄君、秋月次期当主であられる凌生さまが、ぜひともお礼をと申しておりまして」

「お礼ですか?」

「ええ。航生さまが過分にお世話になったと、とても感謝しております。本来であれば、自らがお礼に参上したいと申しておりましたが」

「えっ! それはちょっと」


 いやいや、自宅に来られたら家族ともどもびっくりしちゃうから。


「はい。それはしないほうがよろしかろうと、具申致しまして。なんとか気持ちを治めていただきました。ですが、どうしてもお礼を言いたいと申しておりまして。つきましては、これから当家へと同行願えないでしょうか?」


(あーこれはもう断れないパターンだね)


 航生が今日迎えに来ないのも、関係しているだろう。

 なんとまあ。絶好のタイミングで、迎えによこす。

 秋月次期当主は相当の切れ者かもしれない。

 何にせよ。

 もうここは覚悟を決めるしかない。


「はい。私も今回色々お世話になりましたので、ぜひともご挨拶をと考えておりました」

「それでは参りましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


(晩御飯までに帰れるとよいなあ)


 男の後に従いながら、美音は家族に連絡を入れるため、鞄からスマホを取り出した。



 伝田に連れられていった秋月家本家。

 別邸でもその大きさに驚いたが、本家はそれどころではない。

 観音開きの巨大な木製の大きな門を通り抜け、車でどれほど進んだのか。

 現れた屋敷は大名屋敷を思い起こさせる。


(いったいいくつ部屋があるのかなー)


 その大きさと風格に圧倒されつつ、伝田に従い向かった先に航生の兄である秋月凌生がいた。


(絶対一人で玄関に辿りつける自信がないなー)


 いったいいくつ角を曲がって、今いるこの部屋にたどり着いたのか。

 秋月家はさながら迷路のごとき作りになっていた。


 通された部屋は屋敷の規模に比べればこじんまりしていた。

 とはいっても、大きなソファセットが中央にあり、壁には1メートル以上の油絵が数枚余裕で並んでいるくらいの大きさはある。

 

(家の外装はがっつり和式なのに、この部屋は洋式なんだなー)


 これだけの規模の家だ。いろいろな趣の部屋があってもおかしくはない。

 この部屋もかなり豪華だが、他の部屋も推して知るべしだ。


「美音!」


 部屋には航生がいた。

 美音が入って行くと嬉しそうに顔を輝かせている。

 そして向かい側のソファにはおそらく航生の兄であろう人物が座っていた。

 20代前半だろうか。航生に似た面差しは文句なく美形である。王子さま然とした風貌でにこりと微笑まれた日にはきっと今日日の女子であれば、ぽうっとなってしまう事間違いなしである。ただ美音の感想は違った。


(うわあ。こわいなあ)


 である。切れ長のその瞳が、じっくりと美音を観察している。そう見ているではなく、まさしく観察しているといった目。

 第一印象として、まずお友達になりたくないタイプである。


(きっとこういう隙がない人でないと、秋月のリーダーになれないんだろうなあ)


 その点からいうと航生はまず落第である。

 美音は勧められるままに航生の隣の一人掛けの椅子に座った。

 美音が座ったと同時に、お茶が出され、部屋には少しの静けさが訪れる。

 それを破ったのは、ここに美音を招待した当人だ。


「ようこそ。秋月家へ。今回航生が大変世話になりました。本来であれば、親である、当主自ら挨拶をしなければならないところですが、あいにく当主は今海外に行っていて留守にしています。その為代わりに私がお礼を申し上げるよう言い付かっています。無礼で申し訳ない」

「いえ。恐縮です。一学生である私にそこまで気を使っていただき、ありがとうございます」


 海外に行っている、それが本当かどうか。また当主の外出予定がなくとも、最初からこの面談は目の前にいるこの男がすると決まっていたに違いない。

 そうだとしても美音に怒りはない。納得である。

 いくら(あやかし)関連で、美音が危険にさらされてしまったのをお礼と称して詫びを入れたいにしても、どこの馬の骨ともわらかないちっぽけな輩に当主自ら会う必要もないのである。

 長兄が出て来ただけで、誠意を示しているとわかる。

 なので、美音は殊勝に頭を下げた。


「そういってもらえるとありがたい。さて、改めて自己紹介から。私はそこにいる航生の兄、秋月凌生(あきづきりょうせい)といいます。この度は、弟の審議に巻き込んでしまって申し訳ない」

「いえ。こちらこそ。その、審議ですか? に首を突っ込んでしまってすいませんでした。幸い伝田さんから、妨げになっていなかったとのお話を承っておりましたので、安堵致しました」

「ええ。妨げどころか、貴方は航生をよい方向へと導いてくださいました。お礼を申し上げます。どうか今後とも航生を導いてやってください」


 そして凌生は目礼程度であったが、美音に頭を下げた。


(やめてー)


 美音は心の中で悲鳴をあげた。


(次期当主がはるかに年下の小娘に頭を下げる。だめですって。ほら、ソファの後ろに控えている二人のおつきの人も、驚きで息を飲んでるからー)


 美音の口角が引きつる。


「凌にい」


 そのつぶやきに釣られて隣をみれば、航生も目を見開き、言葉がつなげない様子だ。

 その様をみてますます美音は顔を強張らせた。


(やめてー。これ以上、やめてー)


 美音の背中に大量の汗が湧き出す。

 うつろな目になっているであろう美音を見て、凌生が一瞬面白そうに瞳を光らせた。


(あー。やだなー)


 この凌生と言う男、自分が頭を下げるという意味を分かっていてやっている。

 たちが悪い。


(退路は断たれたかあ)


 これだけの広大な屋敷に住み。市内にいくつかの不動産もある。

 となれば、町の自治にも顔がきくに違いない。

 ここで美音が断れば、もうこの町、この市内では暮らしていけないのではないだろうか。

 そこまでではないにしろ、住みづらくなるのは、間違いない。

 秋月の次期当主は、100%美音を逃すつもりがない。


(あーあ。まあ、ある程度覚悟はしてきたけどー)


 美音は平穏な生活に心の中でさよならをして、口を開いた。

 ほんの少し口角をあげた凌生が憎らしい。


「はい。この町にいる間、及ばすながら、航生くんの力になりたいと思います」

「美音!」


 ちらりと隣を見ると、ない筈のしっぽをブンブン振られているような錯覚を起こさせるほど、航生が満面の笑みを浮かべている。


(あー、はいはい)


 それを治めるべく、ポンポンと彼の手を軽く叩く。

 それを凌生が面白そうに見つめている。


「この町にいる間、というのは、またどこかに行かれる予定があるのですか?」

「いえ。まだこの町にきたばかりですし。ただ、父の仕事は転勤が多いものですから、ここが終の住処になるとは思えないので」

「美音! どっか行っちまうのか?!」


 ショック!と堂々と顔に書いているかのように、航生が追及してくる。


「今すぐじゃないよ。ただその可能性が高いといってるの」

「ずっとここにいればいいだろ。うちに住めばいい!」

「あのね。私はまだ学生。それも高校生なの。未成年なのよ。親が海外に行くでもないのに、友達の家に居候なんてありえないでしょ」

「でもよ!」

「航生、おちつきなさい。何もすぐに、秋水さんがいなくなるとは言ってないだろう。彼女はまだこの町に来たばかりじゃないか。当分はここにいるから、安心しなさい」

「けど、いつかはいなくなるんだろ! そんなんだめだ!」

「はは。すごいな。ここまで手懐けるとは。秋水さん、どうやったんですか。参考までに教えてください」


 凌生はあきれたような眼差しを航生に向けた。


「はあ。それは私も教えて欲しいくらいです。なぜ、ここまで航生くんが、私にその、心を砕いてくれてるのか」


 それは本当の気持ちである。特別何もしてないのだから。


「な、なんだよ。迷惑なのか?」

「ううん。迷惑なんてないよ。ただ不思議に思っただけ」


 その答えに安堵したように、航生は表情を和らげる。


(うわあ。お付きの人たち。あんなに表情を変えていいんだろうか)


 2人は顎を落とさんばかりに、航生を見つめている。


(きっと、こういった態度の航生もめずらしいんだろうなあ)


 自分以外の学校での態度をみれば、想像に難くない。

 きっといつもはもっとツンツンしているのだろう。

 凌生といい、航生といい、今日はいつもはしない表情のオンパレードなのだろう。

 お付きの人の顔の崩壊が凄い。

 当事者の一人でなければ、にやりと笑いたいところだ。


(あーもう帰りたいなー)


 と、美音が逃げ出したくなっているところに更に凌生が追い打ちをかけてきた。


「それともう一つお礼を。審査に付随して金天咖を秋月家へもたらしてくれて、重ねてお礼を申し上げます」

「金天咖?」

「ええ。あの金色のアリです。身体に金がある妖は、富をもたらす妖です。それが、別邸とはいえ、この秋月を住処として選んでいただけたのは素晴らしきことです」


(あーやっぱり。座敷童系の妖だったんだ)


 これは美音の予想通りだったから驚きはない。

 だから、寺に話を通したうえで、お引越しをしてもらったんだろう。

 でなければ、これほどスムーズにアリたちの引っ越し先が決まる筈がない。

 そしてアリの価値を果たしてお寺に告げたかどうか。


(航生のお兄さんは、本当腹黒だなー)


 そんな気持ちを隠しつつ、美音は頭を下げる。


「いえ。こちらこそ、許可も得ずに、話を進めてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、結果的にこちら側がすべてうまくいったのだから、全く問題はないよ」

「ありがとうございます」


(いやー、茶番感が半端ないわー)


 マジで一刻も早くこの場を去りたい美音である。

 それなのに、航生兄は、まだ美音を持ち上げる手を緩めない。


「それにしても、航生だけでなく、金天咖まで、手懐けてしまうなんて、本当に貴女はすごいですね」


(あー。やっぱり、報告に上がってるんだー。やだなー)


 もう顔面中痙攣しそうである。


「いえ。それもアリンコが平穏に暮らせる場所を提供してくださった秋月家あればこそです」

「そう言ってもらえるとありがたいね」

「もちろんです」

「ところで金天咖に名前をつけたとか。教えてもらえるかな」

「はい。本人が望んだもので。ワイアットと名づけしました」

「小さい戦士か。きっと君を大いに守ってくれるだろうね」

「いえ、私は危険な目に合う予定はありませんから。ワイアットたちが平和に暮らしてもらえれば、私はそれでもう十分です」

「そうか。そうであればいいね」

「ええ。もちろん。そうに決まってます。ふふ」


(あー、いつまでこんな会話続くのかな。すっごい疲れるんですけどお)


 もういい加減終わりにしてほしい。

 話が途切れてたところで、美音は紅茶を一口飲んだ。

 さわやかな香りが鼻をくすぐり、ささくれた心を癒してくれる。

 その一瞬の気のゆるみを待っていたかのように、凌生が切り出した。


「ところで美音さん、今とても困っていることがあるんだよ。それに航生の力がどうしても必要でね」

「はあ。そうですか」

「でも、航生一人では少し荷が勝ちすぎる案件でね、そこでぜひ、美音さんの力を借りたい」

「え」

「だめかい?」


 ここでだめっていえば、引き下がってくれるのか。いや、引き下がるまい。これは問いにかこつけた命令だろう。


(あー。なんでこうなったかなあ)


 できるなら、蛍を観ようと思った時の自分を殴りたい。

 しかしできない。そして断れない。


「いえ、とてもお世話になりましたし、先ほど力になるとお約束しましたから」


 だからってすぐに振るか?


(あー。分かった。これはテストだー)


 一回だけならまぐれの可能性あり。次にうまく対処出来たら信用するって感じか。

 何で私がとも思わないでもない。

 しかし。

 隣にいる航生の期待した目を裏切れない。


(ああ。私って犬派だったんだなあ)


 航生の腕を軽く叩きつつ、己の自己分析を飲み込む。

 こうなってはやるしかない。


「できる限り、力を尽くしましょう」


 美音はせめてもの報いとばかりに、凌生にわかるように大きく息をついた。



長めです。

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