表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Horror story…♰

病室の老人

作者: よた


1 病室の老人



 夜が明け、病室に朝日が差し込む、病室には老人が一人、ベッドに横になっていた。真夏ということもあり、日が昇るのが早いなと老人は思うのであった。老人はテレビに電源を入れた。早朝にやっているテレビ番組はひどく退屈なものばかりであった。三周ほどチャンネルを変え続けると天気予報がはじまったので、老人はリモコンを机の上に置いた。天気予報士は若い女性だった。まだ撮られることに慣れておらず、緊張した様子だったが、精一杯頑張る姿は見ていて応援してあげたくなった。若々しさ、純粋な心、明るい未来、そのすべてが羨ましく、思わず「若いなぁ……」と口に出した。


 看護師が来るまで、老人は毎日ベッドに横になっていた。老人は認知症を患っており、たまにトイレの仕方をわすれてしまうため、そういう時は看護師を呼んで済ませる。ボタンを押すことも忘れてしまうのではないかと老人は自分のことを心配しているが、今のところそういったことは起きていない。


 机の上には手紙が置いてあった。手紙は老人が書いたもので、息子に宛てたものである。忙しいかもしれないが、入院しているから見舞いに来てほしいという旨が手紙には綴られており、筆は途中で止まっていた。老人はそれを見て思いだしたかのようにペンを持ち、途中から手紙を書き始め、完成させた。手紙を綺麗に折り畳んだ後、テレビの下にある棚の引き出しから買っておいた封筒を取り出し、便せんを中にしまった。


「さて、後は手紙をポストに入れるだけなんだが、今看護師さんを呼んだら遂に頭のネジが取れちまったと思われちまう、仕方ない、朝食まで待つか……」

 老人は壁に掛かっている時計を見て時間を確認した。時刻はもうすぐ午前5時になろうとしていた。朝食は午前8時からなのであと3時間は何かをして時間をつぶさなければならない。老人は目を閉じて趣味の山歩きで行った場所を思い出しながら目を閉じると、目の前に一匹の鹿が映った。毛並みは美しく、力強い角が目を引いた。

「立派な鹿だ」

 老人はそのままもう一度眠ってしまうのであった。



2 音



 老人が目を覚ますと、日はもう沈んでいた。体を起こして机の上を見ると今朝書いた手紙が無くなっていた。代わりに看護師の女性が書いた置手紙があり、そこには《お手紙は、代わりに投函とうかんしておきます》と丸みを帯びた女性らしい字体で書かれていた。


 棚に置いてあった本に手を伸ばし、途中から読み始めようとしたとき、隣の病室から、何人かが話し合っているような音が聞こえてきた。老人は耳が悪い人が大きな音でテレビでも鳴らしているのだろうと思い、耳栓を取り出してやり過ごそうとしたが、時間が経つにつれて音量が上がってきた。さすがに我慢できなくなった老人は、隣人に注意しようと考えたのだが、隣人のことをよく知らない上に、患者同士で波風をたてるのはよくないと考えた。そこで、老人は壁にかかっている時計で、まだ人がいる時間であることを確認してからナースコールのボタンを押した。


 しかし、ボタンを押した瞬間にあのうるさい話声は消えて静かになった。しばらくすると看護師の女性が老人の部屋に入ってきた。

「どうされましたか?」

「いや、隣の人のテレビの音が気になって、注意してもらおうとおもったんだが」

「テレビの音?」

「あぁ、そうだよ、確かに音がして、本が読んでいられないほどだった」

「そうですか……」

「すまないね、急につまらないことで呼んでしまって、今はおさまっているみたいだから、もう大丈夫だよ、来てくれてありがとうね」

「いいえ、大丈夫ですよ、また何かあったら呼んでください、あと、そうだ! お小水は……」

「今のところは平気だよ」

「分かりました」


 看護師の女が去ったあと、老人が本をまた読み始めると、誰かが隣の部屋で話しているような音が聞こえてきた。

《気味が悪いな……》と思った老人であったが、布団を被り、我慢して眠ることにした。



3 息子



 次の日、目を覚ますと、部屋に誰かがいるようだった。久しく見ていなかったので、始めは誰だか分からなかったが、どうやら息子がお見舞いに来てくれたようだ。息子のことを見ていると、目が合ったので、老人は声をかけた。

「よく来たな、待ってたよ」

「久しぶり、調子はどう? ……って、病人に聞くのはおかしいかな」

「説得力はないかもしれないが、悪くはないな……それにしても、変わっておらんな」

「ふふふっ、元気そうだね、良かったよ」

「今日はお前一人か?」

「あぁ、そうだよ」

「母さんは最近どうだい?」

「どうって、普通だよ、元気」

「それならいい」

「何? 離婚してからだいぶ経って会いたくなった?」

「馬鹿、そんな訳あるか!」


 老人はしばらく息子との会話を楽しんだ。時間はあっと言う間に過ぎていった。


「父さん、じゃあ、またね」

「あぁ、またな」


 息子が去っていく足音を名残惜しむように老人は聞いていた。


 10分ぐらい経つと、老人の病室に看護師の女性が配膳車を引きながら部屋に入ってきた。

「お邪魔します。夕飯ですよ」

「おや、もうそんな時間か」

「はい、そんな時間ですよ、あれ、なんだか今日はご機嫌ですね」

「息子がきてくれてね」

「そうですか、それは良かったですね」



4 少女



 夕飯の後、老人のところに可愛らしいお客さんが来た。そのお客さんとは、5才ぐらいの少女だった。

「どうしたんだい、お嬢さん」

「こっちにね、お友達が来たの」

「お友達? 君のかい? 名前は?」

「えーとねー、名前はまだ教えてもらってないの、さっき友達になったから」

「そうなのかい、でも、こっちには来てないよ」

「本当に? だって、こっちに来たんだよ!」

「えぇ? 本当だよ、こっちには誰も来てないよ」

「ふーん……」

「わかった、もしこっちにきたらおじいちゃんが直ぐに教えてあげるからね」

「うん、お願いね」


少女は首を傾げたあと、去っていった。


すると、部屋の外で、

「あっ、みーつけた! どこ行ってたの?」

と言う声が聞こえた。少女はそのまま隣の部屋に入っていったようだった。

しばらくすると、少女と老婆が会話しているような声がきこえてきた。

《なるほど、昨晩大きな音がしていたのは耳の遠い婆さんが原因か……》

と老人はため息をついた。きっと部屋を見間違えたのだろうと老人は思うのであった。


……しばらくすると、また少女が現れた。

「ねぇねぇ、またここに誰か来た?」

「いいや、ここにはだれも来てないよ」

「おかしいな……、確かに来たんだよ?」


《別に、いつも暇だから良いがね……》と、老人はベッドの手すりに手をかけ、脚を下におろした。

「なぁ、おじいちゃんと一緒にあそぶかい?」

「うん! 遊ぼ遊ぼ! あのね、私、かくれんぼしたい!」

「かくれんぼか! いいぞ」

「じゃあ、おじいちゃん、鬼!」

「あぁ、分かったよ、数を数えるんだな、あぁ、それと、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」

「うん! 大丈夫だよ、この病院だけだから」


 少女はどこかへ行ってしまった。足音からして、階段を下りたようだ。老人はエレベータがあるところへ歩いて行き、下の階へのボタン押した。しかし、いつまで経ってもエレベータは来なかった。ふと目線を上げると、『故障中』の張り紙があることに気がついた。

《やれやれ、じじいに階段を使わせるとはな》


 老人は階段がある場所へ行き、下の階へ向かうことにした。しかし、困ったことに、老人はその階段がある場所にある扉を自分の力で開けることができなかった。扉は重たい鉄でできており、老人がいくら顔を真っ赤にしても微動だにしなかったのだ。仕方なく、老人は看護師がいる部屋に向かった。


 部屋に到着すると、看護師の女性が一人、椅子に座っていた。

「どうかされましたか?」と看護師の女性が言って、視線を老人に向けた。

「いや、ちょっと一階に降りたくて、手伝ってもらえないかな?」

「構いませんよ」看護師の女性は快く答えてくれた。


 老人はふと、看護師の女性が座っていた椅子の辺りを見た。すると、見覚えのある封筒が落ちているのが見えた。

《間違いない、あれは私が書いた手紙の封筒……》



 階段を下りている間、老人は封筒のことを看護師の女性に聞いた。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだが……」

「なんですか?」

「手紙は郵便ポストに入れてくれたんだよね?」

「えぇ……っと」

「別に、怒ったりしないよ、正直に言ってほしいだけだよ」

「はい、その……手紙はまだ出していないんです……」

「え……本当に?」

「はい……」


老人は考えた。

《それじゃ、今朝のは一体……》



5 来訪者



 老人と看護師の女性は一階にある病院のエントランスを歩いていた。その際、ある少女とかくれんぼをしていることを話した。すると、看護師の女性は少し考えて、言った。

「それなら、大丈夫だと思いますよ」

「それはどうして?」

「それはですね、私もその子と遊んだことがあるからです」

「ほう……それは頼もしい」

「そうだ、階段を下りたついでに、近くの郵便ポストに手紙を投函しにいきませんか?」

「え? だって今はかくれんぼの最中なんだが……」

「大丈夫ですよ、あの子、いつも決まって同じところにいるんです、おばあちゃんの部屋に」

「なるほどな、それなら安心だ」


 二人は病院を出て、近所の郵便ポストがあるところに向かおうとした。病院の門を出て、左に曲がろうとしたところで、看護師の女性が老人の手を強く握った。

「ちょっと待ってくださいますか、こっちには私、行きたくなくて……」

「こっちの方が近いはずだが……あぁ、確か集合墓地があったっけな、まだ昼間だが、お前さん、さては怖がりだな、全く可愛いのう」

「はい……そうなんです、私、怖くて」

「そうかそうか、わかった、じゃあ、遠回りしていくかね」

「ありがとうございます」


 郵便ポストの前に到着し、手紙を投函したあと、病院に戻った頃には日が落ちていた。辺りは真っ暗で、彼女の案内なしには病院の門からエントランスまでたどり着くことができないと思えるほどであった。


 病院の電気は消えていた。真っ暗なエントランスに着くと看護師の女性が言った。

「あれ、おかしいですね、ダレカイラッシャッテイルノデショウカ……」

「うん? なんだ? うまく聞き取れなかったぞ?」

「いいえ、なんでもありません」

「そうだ、女の子ですよね、こちらです」


 看護師の女性は老人を病室に案内した。しかし、そこは老人の病室の前であった。

「あれ? ここは私の病室じゃないのか?」

「えぇ、そうですよ、それで女の子はですね、こっちの病室にいつも隠れているんです」と、看護師の女性は昨日、音が聞こえた隣の部屋を指さした。

「あぁ、そうだったのか……」


 看護師の女性はその部屋の扉に手を掛けたが、一瞬固まった。

「どうしたんだね? なにかあったかい?」

「いいえ、その……」と看護師の女性はバツが悪そうに目線を避けた。


 老人は「いいから」と言って看護師の女性を後ろに下がらせ、扉を開けた。すると、そこには老婆、見知らぬ髭を生やした男性、カメラを持った若い男性、それと少女が椅子に座っていた。老婆は僧侶のような法衣を着ていた。


「あ、おじいちゃんだ……ヤットミツケテクレタノネ……」


髭を生やした男性が老婆に囁いた。

「今、もう一人要るんですね、幽霊が……」


老人は髭を生やした男性が言ったことに驚いた。

「な、なにをいっているんだ」


老人は怖くなり、その場を離れようと駆けだした。すると、看護師の女性が言った。

「待ってください!」


老婆は二人の男性に、看護師の女性が廊下に立っていることを教える。


髭を生やした男性が興奮気味で言う。

「おや、また幽霊がいたみたいです。今度は女性みたいです」


 老人は階段の扉に体当たりして、何とか扉を開けた。階段を転げ落ちながら降りて、病院のエントランスを通り、外に出た。老人は恐怖に襲われ、倒れ込み、泣き叫んだ。


看護師の女性が老人のところへ来て言った。

「大丈夫ですから、彼らはそのうち居なくなります、だから落ち着いてください」

「だって、あんたも幽霊なんだろ! どうして?」

「勤めを果たしたかったんです、ただそれだけです」

「そんなことがあるかい、だって……」


その時、一匹の鹿が二人の前に現れ、老人は思わず見入った。

「立派な鹿だ……どうしてこんなところに?」

「鹿が見えるのですか? お迎えでしょうか……」





 数日後、配達できなかった手紙を返すために配達員が病院を訪れた。しかし、その病院に勤める看護師の女性の話では、差出人は一年前に亡くなっているとのことだった。


 日付印を眺め、配達員は首をかしげるのであった。










――そのあと看護師の女性は――



「院長、今日もいいお天気ですね」

「……」

「またお手紙ですよ。ここにおいておきますね……」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ