表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

M区の怪物 未完

 葦原府M区地下下水道。

 どぶ川のような異臭が立ち込める、今はもう使われていない太い水道の奥の、少し広まった部屋。

 そこに、グルルルルと猛獣のような唸り声を挙げる巨大な影と、それに近づく一つの人影があった。


「……」


 しかし、その人影が見知ったものであると判断するなり、その巨大な影は唸ることをやめて、急に大人しくなってしまった。


「ふむ、そろそろ次の段階に移るべきだな」


 男は顎を指で触りながら、その巨大な影を観察する。


 巨人を思わせる巨大な人型のシルエット。

 頭は獅か彪のような造形であり、人魔大戦時に最も人類を恐怖させたメデューサを思わせる、無数の蛇が頭から生えていて、腰からは巨大なクロコダイルを思わせるワニの尾が生えていた。


 まさしく、それは魔王討伐によって絶滅した魔物の姿であった。


「さあ、まずは手始めに、平和ボケした蓬莱人を蹴散らしてくるのだ!」


「グルルオアアアアッ!!」


 男の雄叫びに呼応するように、その怪物もまた雄叫びを挙げたのだった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 極東の島国蓬莱の首都、葦原府の高層ビルが密集する建造物の屋上を、人外の速さで駆け抜ける人影があった。

 














⚪⚫○●⚪⚫○●


 首都葦原府M区。

 そこは今現在、阿鼻叫喚と化していた。


「グルルオアアアアッ!!」


 M区のとあるスクランブル交差点。

 多くの人が行き交う昼下がり、それは突然現れた。

 突如アスファルトの黒い地面に亀裂が入ったかと思った刹那、それは徐々に広がり落盤を引き起こし、巨大な空洞が露になったのだ。


 それはまるで、地下からこじ開けられたかのような落盤の仕方で、それによってその時その場所を歩いていた多くの民間人が巻き込まれて死亡、及び重軽傷を負っているものと思われた。


「撃てぇ!撃て撃て撃て撃てぇ!

 ドール部隊が来るまで弾絶やすんじゃねぇぞ!」


 獣のような唸り声を響かせる獣型の改造ドールと思われるモノに、警察の特殊舞台による拳銃の弾幕が浴びせられる。

 その銃弾は確実にそのドールへ届いている筈なのだが、その装甲に食い込んだ弾丸は、まったくと言って良いほどに相手にダメージを与えている様には見えなかった。

 弾力のある装甲は最早蜂の巣と言っていいほど穴だらけだというのに、怪物の動きは止まらない。


 まるで、そんな攻撃は無駄だとでも言うかの様に、発砲してくる警察部隊に突進しては、盾代わりのパトカーごと敵を蹴散らしている。

 近接戦闘に長けた部隊ですら、その突進を受け止めきることなく空高くに弾き飛ばされ、腕の一振りで胴体を上下に分断される有り様である。


 普通、ドールを使用している間は、使用中のプレイヤーの意識はハッキリとしていて、自分の意思でたいした技術も必要なく、思うままに操作することができる。

 しかし、今回の場合はどうやらそうではないらしく、通報にあった内容などから推測しても、どう考えたってドールの動きではない。


 ドールを着用したプレイヤーの動きが異常なのは当たり前たが、ここまで暴れていて、尚且つ人の言葉を一言も話さないというのは、この部隊を指揮する彼から見ても異常であるということは理解できた。


 だから、今はなんとしてでもアレのヘイトを稼ぎ、ドール部隊が到着するまで時間を稼がなければならなかった。


「これは酷いですねぇ。

 まさに阿鼻叫喚って感じです」


 と、苦虫を噛み潰しながら、今か今かと増援の到着を待っていると、不意に銃声と悲鳴以外の声が彼の耳元に届いた。

 反射的に、彼の銃を撃つ手が止まり、声のした方へと視線が向かう。

 するとそこには、赤い長髪を靡かせる、背の高い美女が立っていた。


「お、応援に来てくれたドール部隊か?」


「はい。

 対ドール対策課第7班アントール、助太刀に参りました」


 その報告を聞いた指揮官は、しかし喜ぶ様子ではなく、代わりにギョッとした表情を見せた。


(第……7班のアントールって……まさかあのアントールか?)


 彼は、アントールの名前を噂ではあるものの耳にしていた。

 曰く対ドール対策課第7班、別名アントールは、成果こそ早く出せるものの、そのやり方が乱暴すぎることで有名である──と。


 と、次の瞬間だった。

 指揮官がそこまで思い出したのとほぼ同時、キィィィンという耳なりにも似た高い音と同時に、怪物を囲むようにして巨大な結界が交差点に展開され、警察部隊の弾幕がすべて、その境界で運動を停止した。


「な、何が起こった!?」


 唐突に訪れた静寂に、指揮官が動揺の色を顔に浮かべ、その答えを求めるように、隣で交差点の中央を見つめる女性型のドールを見上げる指揮官。


 その視線の先をたどると、そこには先程まであの怪物一体だけだったはずの交差点には、もう一つ小さな人影が増えていた。


「あれは、子供か!?

 なぜこんなところに子供が居るんだ!?

 おい、早く助けないとアイツ殺されるぞ、いいのか!?」


 あり得ない光景を目の当たりにした指揮官は、焦ったように捲し立てる。

 しかし、その顔はどこか楽しそうな、見た目相応の笑みが貼り付けられているだけで彼の問いに答える素振りはない。


「バカか!?

 確かにあんな危険なバケモノを閉じ込めることに成功しているとはいえ、もう一度結界を解けば再び犠牲者が増えるとはいえ、目の前の小さな命を見捨てるどころか笑っているだと!?

 ふざけるなッ!」


 こいつ、頭狂ってるんじゃないのか?


 怒りのあまり、増援に来たドール部隊に罵りの声を挙げるが、一方でかの美女は柳に風と受け流している。

 やり方があまりにも乱暴だと聞いてはいたが、まさかここまで冷徹だとは思わなかった。


 ここでコイツが動かないなら、今俺が騒いだところで意味がない……か。


「クソッ」


 胸くそ悪い展開に悪態をついて、叶うはずもない無事を祈りながら、指揮官は再び怪物の方へと視線を戻した。


「……は?」


 するとそこには、既に全身から煙をあげて血だらけで倒れている怪物の姿と、その怪物を踏みつけている細身の青年の姿しかなく、どこにも始めに見かけた幼女の姿は見当たらなかった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 キィィィン、といううるさい音と共に、カヅキと目の前の怪物を囲うようにして結界が構築される中、明らかに今までと毛色の違う敵を目の前に、怪物は警戒していた。


「グルルルル……」


 小さな子ども。

 筋力的にも、体格的にも自分より劣るはずのそれは、しかし本能的に明らかに自分より強い存在に感じていた。


「うっわ、厳つい顔やなぁお前」


 一方で、カヅキの方も怪物のことを観察していた。

 体に穿たれた穴からは血が滴り落ちてはおらず、どうやら単に凹んでいるだけの様だ。


 ……それはまるで、全身でスリングショットでも待機させているかのような印象を覚える。


(さっきまでものすごい弾幕やったからなぁ。

 要注意かもしれん。……けど)


「やってみんことには倒せんし、ちゃっちゃと片付けますかね」


 彼女はそう言うと、徐にその右手に嵌めたブレスレットに魔力を流し込み、起動コマンドを入力した。


Exchange(イクスカンジ)(変身)」


 凛と鈴のような声が、起動コマンドを呟く。

 すると、彼女を上下に挟み込むようにして二つの魔法陣が展開された。


 対ドール対策課の使用するウェアラブルドールは、その仕事の特性上いつでもどこでも出撃できるように、中世では使える人がほとんどいないとまで言われた高度な魔法の一つである空間魔法を組み込むことで、常に亜空間倉庫にドールを収納した状態で、コンパクトに持ち運ぶことができるようになっていた。

 しかし、ドールは使用者の意識を一時的に移植するため、普通はドールの捜査中は、本体である自分の肉体が野ざらしになり、戦闘行為中に被爆して死ぬ危険があった。

 そこで、そのような危険に陥らないよう改良された結果、本体である肉体を、ドールを収納していた亜空間に納めることで、結果として戦闘中に自分の肉体が間違いで死んでしまうという事態を避けられるようになった。


 まあ、その結果としてこの入れ換え作業中が最も無防備になるのは避けられなかったのだが。


「グルアア!」


 例にも漏れず、この怪物もどうやらその事実に気がついたらしい。

 身長三メートルもあろうかという巨躯を持ったそれは、攻めるなら今しかないと判断したのか、縮めていた体を解放して、最初にカヅキが予想した通り全身に受けた銃弾を、まるで散弾のように彼女の方へと向かっていった。


「甘いな」


 ──同時に、多くの相手がその瞬間に隙を見せるのも、百戦錬磨な彼女にとって常識とも呼べた。


「グラッ!?」


 いつの間にか懐に潜り込まれていた、既に入れ換えを終えていたカヅキを見て、怪物が狼狽える。

 この怪物にもし、人間的な思考能力があるのなら、きっとその驚いたような鳴き声は、『あの散弾をどうやって潜り抜けたんだ!?』という疑問というよりは驚愕に近い反応に当たるのかもしれない。


 しかし、そんなことは今の彼女にとってはどうでもいいことである。


 白髪赤瞳に、細身の男性の体をもつ機械の体。

 本体とは全く逆の出で立ちをしたそのドールは、問答無用とばかりに拳から前腕を覆う形の黒いガントレットで、その怪物の腹を殴り付けた。


「クハッ!?」


 普通、レジャー用に作られた規格品のドールは、間違って人を殺めたりしないように、多重なブロックやセキュリティが施されている。

 しかし、対ドール対策課の駆る特殊なウェアラブルドールは、その仕事の特性上、そういったセキュリティやブロックを外して改造された規格外品を相手にするため、相応の身体能力強化ステータスグローがかけられている。


 簡単に言えば、カヅキ達対ドール対策課が使うドールは、一回のジャンプで五階まで飛べる跳躍力や、軽いジャブでコンクリレンガを破砕する腕力を有しているのだ。


 ──そんな威力をもったストレートだ。

 いくら銃弾を弾く弾力を持とうが、徹甲弾並みの威力を有する衝撃までは、吸収しきれるはずがなかった。


Bahll(バール)(雷撃よ)」


 完全に貫通した手を矛の形に変え、手首をくるりと回してコマンドを入力する。

 すると次の瞬間には、怪物の腹に刺さったドールの腕を起点として、膨大な量の電気が怪物の体内を駆け巡り、その生命活動を停止させた。


「なんや、見かけ倒しやったな」


 カヅキは息絶えてこちらにのし掛かってくる怪物の死骸から腕を引き抜くと、地面に転がした。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 葦原府M区、某交差点のビルの屋上。

 警察組織への一方的な蹂躙と、そこからの対ドール対策課からの一方的な制圧の始終を興味深そうに眺める影があった。


「……やはり、生まれたてのオートマタでは、経験を積んだ熟練の人形師を相手にするには足りなかったみたいだな」


 今のオートマタでは、熟練の人形師相手には、どうあがいても十秒も持たずに蹴散らされる。

 今回の戦闘データを元にすれば、もっとマシなオートマタが開発できるだろう。


 そうすれば、かつて中世の宮廷魔導師デュデテ・ヘーテカレテが夢見た、魔王による人類平和のための秩序ある戦争時代が、人魔対戦時代が再来するだろう。


(……今はそのためにも、ドールと十分に戦えるオートマタを開発せねばなるまい)


 男は心のなかでポツリと呟くと、その場を後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ