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対ドール対策課

 昔、遠い昔のことだ。

 時は人魔大戦初期、この世界に一人の少年が異世界から召喚された。

 彼は非常にめんどくさがり屋で、常に高効率な戦略を練り、仲間たちと共に魔王を滅ぼした。


 結果、魔王が産み出した魔物は絶滅し、世界は一時の平和を手に入れた。

 しかし、その平和も長くは続かない。


 ──“魔王こそが我々人類の救世主である。”


 中世の宮廷魔導師、デュデテ・ヘーテカレテの言葉だ。

 これは、魔王が死して平和が訪れても尚、我欲のために他国への侵略の手を止めない人類の国々の愚行を嘆いて呟いた言葉として、今も世界史の授業に登場する有名な言葉である。


 勇者タローがもたらした、効率的な魔導工学技術や高度な錬金術の知識は、魔王が崩御した後、それらは人と人との争いのために使われる事となり、第一次世界大戦及び第二次世界大戦が勃発する原因となったのだ。


 ……尤も、そんな物騒な戦争からは身を引いていた極東のこの国の一般市民にとっては、そんなものはどこか遠い国の話と同じものなのだが。


(ま、平和ボケしてんのは、飽くまで一般市民だけなんやけどな)


 満月の明かりが僅かに差し込む路地裏。

 コンクリートのビル群建ち並ぶ都会では珍しくもない場所に、三人の人影があった。


「クソッ、挟み撃ちかよ!」


 一人はやや細身の男性。

 もう片方は、なにやら図体が大きいマントを被った男性である。

 その彼はといえば、目の前に立ちはだかる高い壁の上に立つ、もう一人の人影を見上げながら悪態を吐いていた。


 男はなんとか現状から脱却せんと、壁を交互に蹴って背後の青年の頭上を飛び越えようと画策するが、しかし次の瞬間、ソレに掛けられた不可思議な引力に膝をつくことになってしまった。


「ホンマに、めっちゃ手のかかるゴリラやったなぁ、アンタ」


 細身の男性は、袋小路に追い込んだデカブツに片手を翳しながら、相手に聞こえるように呟いた。

 マントを被ったデカブツを中心に、アスファルトの地面に同心円状の亀裂が走る。


「でも捕まえた。

 これで追っかけたくもない男のケツを追わんくてすむわ」


 極東の島国、その西方の訛りを持つ言葉で話しかける細身の男性。

 その声には、どこか気だるげな印象に混じって、嬉しそうな達成感のある雰囲気が感じ取られた。


 捕まっている方からすれば、とんでもなく不愉快な調子に聞こえただろう。


 デカブツはその感情を隠そうともせずに、苛立った調子で背後の男性に吠えた。


「毒を以て毒を制す……。

 なーるほど、これが対ドール用に組織された政府の犬かチクショウ。

 そんなもんで正義気取ってるたぁ片腹痛ぇわ」


「痛いんは片腹やのうて、アンタの頭ん中とちゃうか?

 ったく、ドール持ち出してまで銀行強盗やんのって、頭狂っとるんとちゃいますかね?

 しかも強奪対象がATMて……。

 なんや、お前ヒモの彼女でもおんのかいな」


 青年はデカブツにそう吐き捨てると、翳していた手を、人差し指と中指だけを立てて、残りはグーに折り曲げる形にすると、くるりと円を描くように手首を回してコマンドを入力した。

 すると、次の瞬間。

 デカブツの腹の下に何やら魔法陣らしきものが出現したかと思えば、バチリと青白い電光が走った。


「ふぅ、これでやっと帰れるわぁ」


 青年はデカブツに近づくと、横っ腹を爪先でつついて、うつ伏せの体を仰向けにさせた。

 するとそこには、肉でできた人の体ではなく、人肌に偽装されていた、溶けた合成樹脂を纏う黒い金属──魔工化ジュラルミン製の筐体を持つ機械の体があった。


「お疲れ様です、班長」


 その機械の機能がきちんと停止していることを確認していると、いつの間にか隣に降りてきていた人影が、青年に短い労いの言葉をかけた。


「ん、お疲れ~。

 じゃあいつも通り、後処理は頼んだでユヅル君」


 それに対して、青年もいつも通りの指示を飛ばすと、くるりと背を向けてその場をあとにするのだった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 現代魔導工学技術の一つである『ウェアラブルドール』は、人魔大戦当時最先端の魔導工学技術であったゴーレムを、勇者タローが鎧の形へと応用したことによって始まった。

 それは、人魔大戦後期に、一般兵の戦力不足を補うために開発され、魔法の使えない一般兵でもある程度の身体能力強化、及び自動防壁、自動治癒の魔法を使いこなせるようにさせ、人類同盟軍の戦力を一気に底上げさせた技術である。


 やがてそれは巨大化して、第一次世界大戦初期には某ロボットアニメを彷彿とさせる着脱型の戦闘用ロボットスーツになり、人工()知霊(I)の発達によってオートマタの開発にまで至った。


 そしてその技術は現代にまで成長し続け、やがて意識を一時的に移植させることで、位相の異なる亜空間から操作によって自由自在に動かすことのできる相隔操作型人形ウェアラブルドール──通称ドールが完成した。


 元々ドールは、生身の人間では調査が難しい(つまり調査中に命を落とすなどの危険がある)現場に、より正確な指示を受けて働かせるなどといった目的で開発された。


 そしてそれは後に、ある種のスポーツやレジャーでも活躍するようになり、更にはその特性に目をつけた各国は、テロ対策や警察組織のデフォルト装備として取り入れるようになった。


「くぅ~ッ!

 この一杯の為に生きてるぅ!」


「班長、はしたないですよ」


 この世界──ミズガルズにある、別名「極東の島国」と呼ばれる国、蓬莱ほうらい

 その首都葦原あしはら府某所のアパートに、一組の男女の声が響いていた。


「仕事終わったんやしええやん♪

 ユヅル君も一杯やろうやぁ」


「ダメです。

 ていうかそもそも、仕事終わったからって気を抜きすぎなんじゃないですか?

 またいつ出動命令がかかるかわからないんですよ?」


 ユヅルと呼ばれた少年は、居間で銀色の缶をグビグビと呷っている、どうしても外見は大人に見えないほど若々しい女性に諫言を呈する。

 しかし、彼の言葉を聞いているのかいないのか、班長と呼ばれた彼女は赤く火照った顔でこちらを振り向きながら──しかし体を支えられないほど反射が鈍ったのか、そのまま畳の上にうつ伏せに倒れ、応答した。


「ホンマ、ゆじゅる君はマジメやなぁ。

 気ぃ抜けぅときゃ徹底して抜かんな疲ぇて死んで?

 ほら、かろーしってやつ」


 トロンと黒い瞳を蕩けさせながら、はしたない笑みを浮かべて返す幼女班長。

 そんな彼女を見てユヅルはといえば、(あ、ダメだ。この人もう酔ってる……)と額に手を当てて首を振った。


「班長、ハーフドヴェルグなのにお酒弱すぎません?

 それ度数いくつなんですか」


 なので、彼女を叱るのは無意味だと判断した少年は、食器洗いを一時中断して班長ことハーフドヴェルグの少女──カヅキから缶ビールを取り上げる方向へと作戦を変更した。

 ……試しに拾い上げた、まだ未開封の缶を確認してみると、そこには「ドヴェルグ御用達!アルコール度数驚異の98.2%!」と表記されていた。


「うわっ、これ先生のじゃないですか!?

 こんなもの飲んだら死にますよ班長!?」


 ドヴェルグはもともと鉱山にすむ種族であったためか、全体的に毒物に対する耐性が高い。

 そのため肝機能も尋常ではないほど高く、純血のドヴェルグはエタノールそのものを樽一杯飲んだとしても酔い潰れないのだとか。


 ……だが、それは飽くまで純血のドヴェルグならの話である。

 カヅキの様に、ヒュームなどと交わって生まれるハーフドヴェルグは、通常の種よりは肝機能が高く設定されているものの、純血のドヴェルグには遠く及ばない。

 こんな缶の中身が殆どエタノールで埋め尽くされた、もはや消毒液と言っても殆ど差し支えないものをグビグビと飲めば、それは一瞬で潰れてしまうに決まっている。


 こんなものをウチで飲めるのは、裁縫師の先生だけだ。


「死なへん死なへんってぇ!

 ゆじゅる君はボクを一体誰やよ思ってんねん」


 ビシッ!と指を突きつけながら、真っ赤な顔で睨み付けるカヅキ。

 その反応はまるでたちの悪い酔っぱらいの絡みのそれで、端から見れば可愛いと見えるところなのだが、実際に絡まれている本人からすれば面倒なだけである。


(あ、駄目だ。

 この人もう舌が回ってない)


 ユヅルは、そんな状態の彼女に呆れてため息をつくと、ビール缶を回収しながらさらりと返答した。


「そうですね。

 仕事の時は心強いですけど、帰ってくると本当に手がかかる子供と大差ないと思ってますよ」


「だえが子供ら!

 ボクは立派な大人らぞ!?」


「はいはい、そうですか。

 だったら、夕食前に食中酒を呑むのは遠慮してほしいんですけどね」


 酔っぱらって突っかかってくる、見た目完全に幼女ともはや絵面が倫理的にアウトすぎる班長を片手で押さえながら、ユヅルはやれやと首を振って、腰の後ろに差していた短い杖を引っ張りだした。


Outn(オートゥン) txicha(ティッカ)(酒よ抜けろ)」


 音声入力されたコマンドにしたがって、ユヅルの体から杖が魔力を吸い上げ、自動的に術式を構築する。

 構築された魔法は、杖を伝ってその延長線上にいたカヅキへと作用し、淡い青色の光を放って彼女の体内に残ったアルコールを完全に除去した。


 一方で、酔い醒ましの魔法を掛けられたカヅキはといえば、だんだんとその赤い顔が元の色合いに落ち着いていき、今までふわふわしていた気分が強制的にもとに戻っていく不快感に眉をしかめていた。


「あー、もう!

 せっかくええ気分やったのに何すんねん!」


「食事前にお酒なんか飲むからですよ、自業自得です」


「だからって魔法使わんでもええやんか!」


「急に仕事入ったらどうするんですか。

 て言うか、対ドール対策課の規定にも書いてあったでしょう?

 今一応勤務時間中なんですからね」


「ちっ、政府の犬(・・・・)め」


「それはあなたもでしょう?」


 昨晩逮捕した銀行強盗犯のセリフで皮肉るカヅキ。

 まったく本当に、どうしてこの人はお酒が絡むとこうも意地悪になれるのか不思議だと、そんな彼女を見てユヅルはため息をついた。


 スポーツやレジャー用としてドールが発売されてから約10年。

 蓬莱国を含め、世界各国では、昨夜の事件のようにドールを不法に改造して法を犯す犯罪者が増加する傾向にあった。

 そういった問題に対抗するため、正に昨日の犯罪者の言っていた通り、毒を以て毒を制す方法で、政府は改造ドールに対抗する部隊を編成した。


 ──それが、対ドール対策課だ。


 最近は特にドールによる犯罪件数が増えてきている。

 ドールを操る人形師の数が足りていない現状、いつ出動命令が出るかもわからない状況だっていうのに。


 だというのに、カヅキにはその自覚が足りないのだろうか。


 ユヅルは、まだ懲りずに独り宴会を再開しようと、まだ彼の手に捕まっていない未開封の缶ビールへと手を伸ばすカヅキに拘束の魔法を使うと、せっせと拾って冷蔵庫の中へと押し込んだ。


「ユヅル君のドけち!」


「あんまり言うと、夕飯のハンバーグにデスソースかけますよ?」


「ひどっ!?

 職権濫用で訴えるで!?」


「因みに俺は辛いの得意なんで、もしかしたら間違うかもしれませんよ?」


「ユヅル君の鬼ッ!」


 主に家事全般をパートナーであるユヅルに任せている身からすれば、常に生活環境を人質(?)にとられているようなものだ。

 これ以上逆らえば、もしかすると本当にやられかねないと感じたカヅキは、渋々という風に目尻に涙を浮かべて、ユヅルの後ろ姿を睨み付けるのだった。


「なんじゃ、またカヅキが儂のビールに口をつけたのか?」


「あ、じいちゃんお帰りー」


「お帰りなさい、クドー先生」


 ──と、そんなときだった。

 不意に、ワンルームのアパートの玄関から、真っ白な髭を蓄えたドラゴニュートの老爺が、膨らんだビニール袋を提げて帰ってきた。


 彼の名前はクドー・カゲミツ。

 カヅキら対ドール対策課第7班小隊アントールの裁縫師で、この部屋の家主でもある。

 ちなみに裁縫師とは、簡単に言えば班で使う対改造ドール用のドール(軍用ドール)を整備したり調整したりするための技術者のことだ。


「おう、たでぇま。

 ……まったく、カヅキは酒に関しては本当節操なしじゃのう。

 一応まだ勤務時間中じゃぞ?」


 帰ってくるなり、どうやら自分の酒に手を出したらしいカヅキに小言を言うクドー。


「分かっとるわ、そんなんいちいち言われんでも。

 でもやなぁじぃじ、じぃや、おじいちゃん、おじいや~ん。

 なっがいなっがい仕事からよーぅやく解放されたらさぁあ?

 誰だって飲みたくなるやん?宴会開きたくなるやん?」


「阿呆。

 それはただ勤務中に飲みたいがための言い訳じゃろうが。

 今日はまだ仕事は終わっとらんし、つぅか今さっき念話入って新しいの頼まれたばっかじゃよ。

 ……あと、おじいやんは止めろ」


 ため息をつきながら肩をすくめるドラゴニュートに、え!?と眼を丸くして彼から逃げるように後退るカヅキ。


「に、二件目……!?」


「珍しいですね……。

 日に二件だなんて」


 驚くのも無理はない。

 今まで、一応一日一件が基本的な仕事量だった。翌日に持ち越しても、その持ち越した日は大抵休日になるのがこれまでだったのだ。


 クドーから受け取ったビニール袋の中身を冷蔵庫の中に仕舞いながら、驚きの言葉を口にする。


「なんでアントール(ウチ)がそんな仕事しやんなあかんの?

 他に空いてる班とか無かったん?」


 対して、不満の声を漏らしながら、どうにか仕事を逃れられないかと交渉してみるカヅキ。

 しかし、こういった場合の願いと言うのは、大抵聞き入れてはもらえない。


 彼は首を横に振りながら『残念じゃったな。今はどこも出払っとる』と、つまり交渉の余地なしとカヅキをあしらった。


「んだよ、じいちゃんのケチ」


「それは儂じゃのぅて本部の方に言ってくれ」


「いやや、そんなん怖くてできるわけないやん」


 対ドール対策課本部班パペット。

 改造ドール退治のエキスパートで、戦闘や追跡などあらゆる面に関して他の班より秀でている、蓬莱最強のパーティ。

 もしそんなところに直接抗議なんてすれば、どうなってしまうのかまったく想像できない。


(……そんな怖いところ行くくらいやったら、まだ仕事の方がマシやわ)


 カヅキはうだつが上がらない気持ちをぐっと飲み込むと、恨めしそうに冷蔵庫の方を一瞥して『……しゃぁないか』と呟いた。


「じゃあ文句は無いな、班長?」


「はぁい……」


 こうして、対ドール対策課第7班アントールの連勤が決まるのだった。

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