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探偵は屋根裏部屋で高笑う

殺人コーディネーターを名乗る風村の仕事は、表向きはトラブル解消なんでも屋だった。

遺産相続にまつわるトラブルに特に強いと評判の探偵事務所。


本来は遺産相続に探偵などいらない。

風村は通常の遺産相続ではなく

「自分の取り分を増やしたい。例えなにをしてでも。そう殺人に手を染めても」

という時に力を発揮する。


今日も風村は依頼人の所に出向いていた。



今回の依頼は極めてありがちな内容だ。

遺産相続目当てで、肉親が死ぬのを待っているが、なかなか死なない。

今、莫大な借金がある。

今、その肉親が死ねば自分は助かる。

そんな利己的な願い。


風村はそんな依頼人ばかりと会っているので、全くそのあたりは気にしないのだが、今回の依頼人は



「は、はは、を、ころ、さな、ければ、け、けれども…お、おえええええ!!!!」

嘔吐。


依頼人としては、母殺しをすれば、その遺産で助かる配分なのだ。


たが、彼は演技ではなく、心から葛藤していた。

そんなことをしていいのかと。

だから風村への依頼でも、嘔吐してのた打ちまわる。


正直ここまで抵抗のある依頼人というのも、あまり風村は見たことがない。


腹さえ括れば、人間はいくらでも冷酷になれる。例えそれが肉親であろうとも。


だが、目の前の依頼人にはそれが無理そうだった。


「羽川さん、正直な話をします。貴方には無理だ。殺しをしたとたん、罪悪感で警察に駆け込みかねない」

「し、しかし!」


「まあ、落ち着いてください。このままでは貴方の身は破滅だ。それは分かります。しかしですね、貴方には殺しは無理ですよ。誰かに頼んだって無理」


ため息をつく依頼人。

そうだ。自分でもそれはよくわかっている。というように、力無く頷く。


「まあね、寝たきりで意識も殆どない状況で3年だ。安らかに寝てもらうようなもの。そんな状況でも、貴方にはそれが出来ない」


そう、依頼人の母親は既に危篤と言われながらも何年も生きながらえている。

脳波は正常だが、殆ど意識はない。


父は既に亡くなっている。

父の遺産の半分を受け取った母だが、その殆どは使う前に寝たきり生活となっている。


意識もないし、そんなに葛藤するものかね?と風村は思うのだが、クライアントがそうならば仕方ない。


「代わりの案を言います。バレない金を調達すればいい」

「ば、バレない金?」

「銀行に預けている金や有価証券、土地家屋は無理だ。目に見える形での売却はバレます。表に出せない金はありませんか?」

「そ、そんなことを言われても…」


「現金である必要もない。理想は骨董品ですな。裏のルートを紹介できます。ま、最悪有価証券も裏のルートで現金化は可能ですが、お勧めはしません」


「…骨董品…」

なにかを思い出すような依頼人。

「心当たりが?」


「いえ。雲を掴むような話です。以前亡くなった祖父が、時価総額一億円を超える骨董品を集めていたと言っていたのですが、それはどこからも見つかりませんでした。偽物だったという意味ではありません。骨董品自体見つからなかったのです」


「ふむ。興味深い話だ。当然当時、皆さんで探された訳ですよね」

「もちろんです。ですが、出てきませんでした…」


満面の笑みを浮かべる風村。

「クライアント、私はお役にたてませんでしたが、代わりの者を推薦します。奴は宝探し専門のプロフェッショナル。今までで探せなかった宝はありません。彼女ならば、その骨董品を見つけだしましょう」


「し、しかし。もう30年以上前の話ですよ?」

「それでもです。現存するのであれば、彼女は確実に見つけ出します」

=====================



二週間後、琴音は依頼人の自宅を訪れた。


「クライアント、お待たせしました。早森琴音ですわ。今回はあなたを救うお宝を探し当てます」

正装で微笑む琴音。


「ありがとうございます。しかし、想像よりもお若いですね」

「ご安心ください。依頼はこなします。では行きましょう」


「早森さん。この少年は助手さんですか?」

琴音はその少年を紹介をしていなかった。


「ああ。紹介の時間も惜しいので省略しました。ボディーガードです。このナリですので、舐めてかかるクライアントは皆無ではありません。気を悪くされないでください。あなたは信頼しておりますわ。習性だと理解頂ければ」

微笑む琴音。


そして

「ここです」

屋敷の屋根裏部屋。


「ここ、ですか?」

キョトンとする依頼人。

「はい。ここです。不思議そうですね。なにしろ、ここは改修されているはずですから」


「そうです。雨漏りが激しく、ここは改修しています」

「この家の作りで不思議な場所があります。改修のさい言われませんでした?」


「……?ああ、柱ですか?大黒柱が多いと誉められました」

「そうです。改築の際にも必ず残すのが大黒柱。ここの大黒柱はあまりにも多くて特にこれが太い」


琴音はそう言うと

「ここが中身空洞でも構造上は問題ありません」

鞄からノコギリを取り出し柱を切り始めた。

「え!?なにを!」

「お宝は、この中にあるのです」

慎重に琴音は一部分を切り落とすと


「な!なんと!」

中が空洞で、骨董品らしきものが見えた。


「慎重に壊してくださいね。骨董品を傷つけるリスクが高いです。真贋は保証しませんが、微かな傷は価値を大きく下げます」


「な、なるほど!ありがとう!後はこちらでやる!」


「お宝が見つかってなによりですわ。それではこれで依頼完了。失礼させて頂きます」



ここで突然、依頼人が豹変した。


「待て!これで金を取るのか!?」

「はい。風村が話した通りです」

「この家にある物の場所を、たまたま言い当てただけではないか!」


「30年皆様が探せなかったものを見つけ出しました。たまたまではありませんわ」

「改築工事を繰り返せば、そのうち見つかった!現にその予定はあった!」


「まあ、その時は柱倒した時に、粉々になった骨董品の破片が見つかるだけですね」


淡々と反論する琴音。

そして

「見苦しいな。全部取るわけでもない。ここにきて依頼料を渋るとはどういう了見だ?」

琴音のボディーガードをしている少年がたまりかねて言う。


「この骨董品は我が家のものだ。ひいては母の物だ」

「マザコン、うるせえな」

琴音が呆れたように言った後


「殺すおつもりですか?」

「返事次第だ」

「だって、准一」


「琴音、本当にバカは救いがないな」



外から響くサイレン

「今の言葉は殺人教唆(さつじんきょうさ)です。警察に転送しておりましたわ。クライアント」

唖然とする依頼人を見ながら



「あはははははははは!!!!!すべて、すべて、想定通りですわ!クライアント!」

「ま、待て!悪かった!冗談だ!許してくれ!金は払う!」

「警察にそう仰ればよろしいかと」


「捕まるわけにはいかんのだ!母が!母の意識が戻ったら!」


警察が上がってくる。


「ご安心を。二年前から脳死されていますから」



=====================

一週間前。

風村の依頼を確認し、様々な情報を集約した琴音は、風村に陰鬱(いんうつ)な声で言った。

「血生臭さい」


その言葉に風村は驚く。

「これは驚いた。依頼人は母殺しに躊躇い、嘔吐(おうと)をしてまで抵抗したのだが。演技に騙されたかな?」


「風村を騙す演技など不可能。恐らく本当

にクライアントは母殺しに躊躇っている。けれども、それは人殺しへの躊躇(ためら)いとイコールではない」

琴音はジッと風村を見る。


「貴方は降りるべき。命の保証が出来ない」

苦笑いする風村。

「君は?」

「私は快楽の為ならばなんでもする。准一にガードをお願いする」

「それはそれは」


手を万歳にする風村。


「正直、俺は准一や琴音に比べれば才覚が無い自覚はある。だが、この家業で何年も食ってきた。正直、そこまで外しているとは思えないのだが」


「私は宝探し以外になんの興味もない。だが風村、あなたが望むならば語ろう」



「まず、母は死んでいる」

あっさりと琴音は言う。

眉を釣り上げる風村。


「そこから騙されていたのか?俺は」

「もう一度言う。風村。貴方を騙すなんて不可能だ。クライアントは心底生きていると確信しているし、戸籍上も生きているのだ。脳波判定を誤魔化しているんだ。実際は脳死している」


「…なるほど」少し納得する風村。

「では誰がそんなことを?答えは病院だ。病院が生きていると言うことにしている。何故か?それが問題」

「入院費目当てか?」


依頼人は、もう既に一億を優に超える金を病院に払っていた。諸々を含めれば、病院に入る金は莫大である。


「あまりにも高額な入院費に驚いて調べた。無論風村も調べたでしょう。その時は、クライアントが騙されただけだと判断したらしいが」

「実際は違うと」


「風村、この件はかなり面倒な話だ。一度に語るには疲れる」

憂鬱そうに言う琴音。


「済まない、琴音。喋らせすぎた。休憩しよう。コーヒーを持ってくる」

「結論だけ先に述べよう。このままだと依頼を解決した途端に、依頼人は私とあなたを殺す」



「ヤバい山に足を突っ込んだな。勘が鈍ったか?」

「あなたがこの依頼を受ける際葛藤したのを憶えている。勘は働いていた」

淡々と語る琴音。


「確かに。気乗りのしない仕事だった。暇でなければ受けていないな」


「母殺しが出来ない時点で引き上げるというのが正答だったんでしょうが、そんな判断はしにくい」琴音はコーヒーを飲みながら


「話の続き。病院側はなんでそんな賭みたいなことをしているのか。莫大とはいえ、たかが一億程度。そんなものがバレたら潰れかねない」

「うむ。その通りだな」

「でもここまで言えば、その答えは風村はたどり着いているでしょう?」


「ああ。クライアントのせいか」

「その通り」

「ふむ。母を殺したら、お前らを殺すと」


「そんな患者の肉親はいくらでもいる。ですが、クライアントはあまりにも常軌を逸していた。泣き叫び、血反吐を吐き、看護士につかみかかった。幸い脳死状態です。脳波判定だけ誤魔化せば問題がなくなる」


「ああ、全てが繋がった。高額な入院費は」

「そう。最高級の個室に、最高の治療。全てクライアントが望んだ通りにしたらそうなった。あとは迷惑料的なものも入ってるんでしょうね」


「…で、クライアントの金が無くなって借金しているのは」

「その治療費のせい」

「バカだろ」

「バカですね。でも恐ろしい。本気で殺しますよ」


「琴音。俺達が相手にしている連中は人殺しが多い。今更恐れる相手でもないと思うが」


「母の遺産を横取りする不届き者を殺すのになんの躊躇いもせず、即断して殺すでしょう」

「依頼料だぞ?」

「払う算段になったらそう思うかと」

万歳する風村。


「で、そこまで予想して君は行くのか」


「ええ。馬鹿の間抜け面見るためには、命くらい賭けますわ」

=====================



「お礼にセッ○スしてくれない?」

「馬鹿なの?空気エアーとセッ○スしてろよ」

准一に端的に事件の概要を説明し、警察のガードをお願いしたら、これである。


「いいじゃん、減るものじゃないし。琴音も貞操に拘るタイプじゃないでしょ?」

「死ね。それとこれとは話は別だ。脳ピンク」


そして結局、前の借りと合わせてデート2日となった。

=====================



事件後、依頼人はもちろん病院も問題となり新聞沙汰となった。


「厄介な客相手は辛いですね」

「脳波判定の誤魔化しはダメだろう」苦笑いする准一。


約束通りのデート。

だが、琴音は頑なに図書館から離れない。

そして、准一が大声を出しそうになる度にはたいていた。


「病院が死亡判定していたら、あの依頼人は看護士を二桁単位で殺していましたよ」

「…あれが最良だったと言うのか?琴音は」

不思議そうに言う准一。


珍しく、准一に微笑みながら


「いいえ。バカと関わらないのが最良です。関わった段階で、最悪か、それなりに悪いの二択しか選べなくなりますから」

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