探偵は仏間で高笑う
山本美香は幸せだった。
「あー!もう!こんなことを仕事に出来るなんて!」
複数のディスプレイに映るネットの情報を眺めながら、せわしなく手が動いていた。
彼女はインターネットのまとめニュースサイトの管理人だった。
まとめサイトと言っても、様々なものがある。
掲示板のコメントをまとめたものが有名だが、彼女の場合はそちらではない。
あるニュースに注目し、それに纏わるありとあらゆる情報を集約し、まとめるサイト。
結論など出さず
「こんな噂がいっぱいありますよ」
としている。
正直人気はなかった。
人はセンセーショナルで、間違っていたとしても断定して、結論が分かりやすい記事が好きなのだ。
それでも彼女はこういう作業が好きなので、アクセス数関係無くサイトを更新し続けていた。
独身、実家暮らしのアルバイト生活な彼女には時間がいっぱいあったからだ。
ところがある時、メールで連絡があった。
「あなたの能力を貸してほしい」と
そのメールの主と何度かやり取りをしたあと
「会いませんか?」
と誘われ会うことになった。
人形かよ。
第一印象はそれだった。
燃えるような赤いドレス。
爛々と輝く瞳。
顔は整っており、身体つきも悪くない。
美香とは真逆の存在。
ところが
「わあ、普段のわたしみたいです」
彼女はそう言うと、延々と普段の身嗜みの面倒さを語り、この格好は仕事用で全部人にやってもらっている。などを語った。
そのあたりで彼女には好感があったのだが
「わたしのために、情報を拾って欲しいのです」
早森琴音。
彼女からの依頼は、ネット上に多く転がる様々な情報から
「誰かが、なにか大切な物を探している。という情報を探して欲しいのです」
それが琴音の依頼だった。
「新聞や雑誌は私が探せます。でもインターネットは苦手なのです」
「なんで?」
まだ15ぐらいに見える。彼女はデジタルネイティヴの筈だ。
「馬鹿が多すぎるからです」
あっさりと答える
「マスメディアも馬鹿です。それでも複数人が監修している。ネットはバカが、バカに気付かないまま、バカを垂れ流している。そのバカの山から宝を見つける作業は本当に時間の無駄です」
バカバカ言いまくる琴音。
「ですが!あなたのサイトは感銘を受けました!あのバカの山を綺麗に整頓された!もちろんデマも混ざる、バカも混ざる。けれども、あのように一覧にされれば、それが分かりやすい!」
つかみかかるように話す琴音
「それを私の為にやってほしいのです。誰かが、宝を必死に探している。そんな情報をネットから探してください」
「うん。分かった」
それはそれで面白そうだ。そう思った直後。
「お金は風村探偵事務所経由でお支払いします。立場上事務所所属で構いませんか?お給料はこれぐらいで」
渡されたものは雇用契約書
年1000万。成功報酬有り。
「は!?はあ!?こんなに!?」
愕然とした。
しかし
「はい。それぐらい、その情報は私にとって尊いのです」
それ以降、美香は琴音専属のネット情報収集担当として仕事をしていた。
既に何件か琴音に送った中から依頼に繋がったものもある。
そして
「おお、この件はマジっぽいな」
目を付けていたブログ。
愚痴のような内容。
しかし、そのブログの過去の記載から分かる住んでいる町、その職業、また、様々なネットの情報を集めると、あることを示唆している。
「琴音ちゃんにメールっと、『遺書を探しているやつがいる。もうすぐ遺産分割協議で焦ってますよ』」
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琴音は電話が好きではない。
大抵はメールだ。
不必要に喋るのが嫌いなのだ。
自分が喋る時はお宝探しの時だけで十分。
なぜならば
「絶対良い声してるって!だからな!頼む!放送部に入ってくれよ」
女子野球部の手伝い以降、学校での評価はかなり変わりつつあった。
当の女子野球部はキャプテンからの
「本人が嫌がっているんだから」
と言って勧誘を止めさせたので平和になったのだが、他から相次ぐようになった。
特にこの放送部。
元々声が綺麗なのは評判だったのだが、それに加えて、格好さえちゃんとすれば容姿も良い。
なによりもその声の通り方。
野球部の応援に来ていた部長は、グランドで相手のエースに予告ホームランをした口上を聞いて驚愕したのだ。
「こんなに通る声で喋るのか!?」と
声は才能だ。
他に得難い。
だからこそ、この執拗な勧誘なのだが
「はいりません。わたし、いそがしいんです」
そう言って琴音は逃げた。
執拗な勧誘に辟易としていると、メールに気付く
「ああ、美香さん、新しい獲物を見つけてくれたのかな?」
メールに目を通す。
そして添付には多くのファイル。
「ふむ。パソコンでちゃんと読もう」
琴音はそのまま学校を出た。
風村探偵事務所。
琴音はパソコンを見るときにはよくここにいく。
家は寝る場所だ。
学校、図書館、事務所、家。
それぞれに役割を限定していた。
その事務所
「ふむ。面白そうだ」
それなりに裕福な家で、当主が亡くなった。
事件性はなにもない。
裕福と言っても田舎の地主程度だ。
ローカルな地方紙に亡くなった事実が載っただけ。
琴音の調べ物では引っかからない案件。
その遺産の分配。
これが揉めた。
当主には隠し子がいたのだ。
その隠し子へ譲ると遺言し、遺言書もある。とその娘が言った。
まず、その娘が隠し子という事に家族が驚愕した。
そんな話聞いていないのだ。
その娘は、半分寝たきり状態になった当主の看護として付きっきりで世話をしていた。
家族は施設への移動を進言したが、それに怒り、どこからか、この女性を呼び寄せ、自分の介護と看護をさせたのだ。
頑固で、身体が思うように動かなくなった後は癇癪を起こす当主に、家族も手を焼き、あまり近寄らなかった。
それをこの女性はひとりで看病した。
家族は心から感謝しており
「親父からいくらもらっているか分からないが、こちらも御礼は用意する」
としたが、元来無口で、頷きもしなかった。
変わり者同士うまくいくんだろうな。
そんなことを思っているうちに当主は亡くなった。
そして、亡くなったその日
「わたしは、あの人の娘です」
と言い出したのだ。
家族はとにかく慌てた。
最初は冗談なのか、と思ったが、二年間介護に付き添った家族は知っていた。
そんな冗談をつく性格ではない。
そして、その母親の名前を聞いて長男は納得してしまった。
その母親は不動産の営業で、何度か家に来ていたのだ。
当主は女好きだった。
普通にありえる。
この段階では、同情的だった遺族は
「遺産を分け合うのはやむを得ないのでは」
となった。
取り分は減るが、当主をあれだけ介護してくれたのである。
お礼だと思えばいい。
そんな流れになり、本人にそう伝えたら、更なる爆弾が投じられた。
「当主は遺言書を書いていました。そこには遺産全てをわたしに譲ると」
遺言書。
法的にはなによりも重いもの。
本当にそんなものがあれば、譲らざるを得ない。
しかし
「出てこないのです」
困惑したように、その女性は言った。
書いていたのはこの目で見た。
しかし、その遺言書は当主の指示で、引き出しにいれていたのだが、確認したらなかった、と。
一応遺言書が無くとも遺言にはなる。
だが証人は本人しかいない。
揉めに揉めた。
下手にその遺言書が見つかれば終わりである。
遺言書の通りに、土地家屋から追い出される。
長男は
「彼女が嘘をついているとはとても思えない。恐らく本当に彼女は親父の娘だし、遺言もされた。遺言書もあると思う」
残る長女と次男に伝えた。
「じゃ、じゃあ!遺言書が見つかったら、終わりってことか!?」
次男が叫ぶが、沈痛な顔で
「そうなるな」
そこであのブログ。
あれはこの次男の息子が書いていた。
下手をすると家から追い出される。
じじい、なにしでかしてるんだ、と。
どうにかして、遺言書を先に見つけ出して無かったことには出来ないか。
その愚痴だったのだ。
そう、琴音は、隠し子の娘ではなく、それを破棄すべく探す家族の方に出向いたのだ。
アプローチは簡単だった。
ネットに慣れている美香が、それとなく、そのブログから、そういうプロがいるも仄めかす。
琴音の名はそれなりに通っている。
検索をすると
「物探し専門の探偵がいる。この探偵は依頼を必ずこなす」
と口コミで引っかかるのだ。
次男の息子は、美香の誘導に乗り、風村探偵事務所に電話をした。
そして
「あ、あなたが探偵…?」
「はい。幼いと言われますが気にしないでください。わたしは必ず宝を探し当てますから。そこに容姿や年齢など関係ありません」
唖然とする家族を横目に
「それではお宝を見つけましょうか」
「ま、待ってください!お話とかは…?」
「あの依頼でもう場所は分かっています」
驚愕する家族。
「簡単な話ですよ。みなさん、騙されているんです」
「…?だ、騙されてる?」
「半分寝たきりの老人がどうやって隠すんですか?部屋は隅々までお調べになられたでしょ?そこに無ければ他だ。他って?誰が、どこに?皆さんの誰も知らない。隠し子の娘さんも知らないという。ならばそもそも無いと考えるべきです」
「だ、だが、そんな嘘をつく意味は」
「ありますよ。その嘘で皆さんは遺産配分のうち1/2は持って行かれても仕方がない。というところまで追い込まれているじゃないですか」
なんでそれを?と驚く家族だが、琴音は気にせず語る。
「最初に遺言書があるならそう言えばいいんです。遺言があると。それをあなた方の反応を見ながら、少しずつ釣り上げている。みなさん、人が良すぎです」
そして
「なので、その架空の遺言書は見つかりません。けれども、本来の遺言書があります」
「な!?本来の遺言書!?」
「あ、一応言っておきますが、その本来の遺言書になにが書いてあるかは知りませんよ?私はそっちの専門家ではないので。遺言書は勝手に開封も出来ない。弁護士立ち会いのもと家庭裁判所に持ち込まないといけませんから、賭にはなりますね」
「ま、まさか、娘というのも嘘か?」
「さあ?それはなんとも。血液検査やってるんでしたっけ?どちらにせよ、私はそっち方面の専門家ではなく。宝探しが専門ですから」
そして
「ここにありますね」
仏壇
「これは…祖父の仏壇だが」
「無くさないように仏壇に入れるのはありふれた保管方法かと」
「待ってくれ!もちろん探したぞ!遺言書を見つけるときに!」
「そこです。探し方です。慌ててましたね?突然訳の分からない人間が、自分達の遺産を持って行ってしまうかもしれない。だからどうしても雑になってしまう。お父様の意図に気付かない」
「意図?」長男が呟くと
「ここです」
「ま!まて!位牌に勝手に触るな!せめて手袋…」
もう琴音は触っていた。
そして
「位牌の裏側に遺書があると。地方によっては正式な仕舞い場所らしいですよ。これもちゃんと収容できるスペースがある」
呆然とする家族。
「あはははは!!!位牌に触れるな!と怒られつづけたんでしょうね。その反応は。位牌には大事なものがあるから怒っていたんです」
「ああ、勝手に開けると無効ですよ、それ。どうします?」
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遺族は遺言書を裁判所に持って行き、弁護士立ち会いのもと開封した。
そこには
「結局変わらなかったんですよねー」
「全員が納得したんだ、良いじゃないか。謝礼も出たんだろ」
隠し子に対する懺悔が書かれており、彼女に土地家屋を除いた、有価証券、現金などの半分の遺産を分けて欲しいと記載されていた。
長男が妥協案で出そうとしたものとほぼ一緒。
だが、この遺言書で速やかに手続きは進んだ。
「多分、隠し子さんは本来の遺言書の場所知ってましたね。その上でカマかけてたんだと思います」
「ふむ。だろうな」
当主から遺言書の内容と場所を聞いていた。それでも彼女はそれを明らかにしなかった。
想像よりも家族が同情的だったからだ。
「わたし、あの介護部屋見て呆れましたよ。あれ全然普通に遊んでたでしょ」
その部屋にはネット回線がひかれており、高スペックなパソコンやテレビ、ありとあらゆる余興が存在していた。
介護は本来は大変だ。だが、当主は半分寝たきりなだけで、実際は殆ど眠っていた。
偏屈で怒りっぽくはあったが、隠し子でありながら、自分の介護をしてくれている彼女には最後まで優しかった。
だから、その部屋では彼女はかなり快適に、自由に過ごしていたのだ。
元々引き籠もり体質だったのも相性が良かったのだろう。
献身的な介護ではあったのだが、彼女にとってはストレスではなかった。
「まあ、こういうこともありますか」琴音は少し釈然としない顔で呟いた。
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それから一月後、その隠し子が自殺したと記事が載った。
「殺されたか?」風村
「自殺じゃないですか?風村の仕事にはならないかと」興味なさそうに琴音。
「なぜ自殺を?遺産は十分な筈だ」
「私の予想では、あの介護部屋が快適すぎて、他に行きたくなかったんだと思いますよ。だから全部譲るという、架空の遺言書を持ち出して抵抗した」
「金は貰えたんだ、他で同じ環境を作ればいいのに」
呆れたように言う風村。
「同じことを美香に言いました。金あるんだから、一人暮らしすれば?と。そうしたらなんて言ったと思います?」
「怖い、か?」
「正解です」
微笑む琴音。
「怖いんですよ。環境を変えるのは。そのためならどんな事でもする人がいる。彼女はたった二年。でもその二年は、とてもとても大事で、他に行きたくなくなる空間だったんでしょうね」
「離れる時には死を選ぶぐらいの。濃密な空間だったんですよ。きっと」