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探偵は球場で高笑う

外伝回です。探偵やってないです。

早森琴音は困っていた。


「あの、わたし、うんどうは、とくいじゃ」

「分かってるって!でも、どうしても人が足りないんだよ!」

女子野球部からの勧誘。


この学校は進学校だが、部活も盛んだ。

女子野球部も部として存続できるぐらいには人がいる。


だが、今は困っていた。

怪我人が続出し、今は6人しかいない。

なんとか2人は他の部活から借りることができたが、残り1人。


部活に入っていない生徒を探したが誰もいない。

そして「もう、あなたしか残っていないの」

そう。全員に断られた。


野球は激しいスポーツだ。

素人が参加しても怪我してしまうかもしれない。

だから皆断った。


琴音への声かけは、部のメンバーから批判されて躊躇(ためら)っていたが、もう選択肢がない。 



「お願い!なんとしても試合に出たいの!」

土下座する勢いの部長。


琴音は基本的に冷淡で残酷だが、ここまで人に頼られる経験がなく、戸惑ってしまっていた。


お宝が絡んでいれば対応は変わるのだろうが、これはお宝の話ではない。


「あなたの噂は知っているわ!でもね、ここで活躍したら、みんな驚くと思うの!」

「…おどろく?」


「そうよ!あなたが運動で頑張ったらね!みんなあなたを見直すわ!」

部長は真面目な人間だ。

真剣に話をしている。


「…呆然として、唖然としますかね?」

「…?そうね、そうかもしれないわ」

「わかりました」

「ほ、本当に!」

「はい。たまにはそういうのも面白いかもです」



その放課後

「へえ。早森って意外とやるじゃん」

野球部員が驚く。

守備の練習を早速するが、意外にボールに追いついて、捕球できるのだ。


「外野なら全然いけるよ。動き悪くないし」

「うんうん」

琴音の評価は部員内であがっていた。

そして

「毎日練習は出れません。あと金曜日だけで良いですか?試合は日曜日ですよね?」

「ええ。こちらは、無理を言ってるから、全然いいのよ。それに守備が上手くて驚いたわ」 


バッティングの練習はしていないが、最低限守備がマトモにこなせる一点で、女子野球部は感謝していた。



水曜日、琴音は図書室にいたが、木曜日には何故か琴音は相手校にいた。


ぼーっと、相手校の練習を見ている。そして

「なるほど、わかりました」

独り言を言って帰った。



金曜日、琴音はひたすらバットを振っていた。

「振りは悪くないけど」

「当たらないね」

「そらそうだよ。早森は火曜日に来たばっかりだし。守備がマトモなだけで有り難いし」


野球部員達が琴音を見る目は変わっていた。

バッティングはダメなのは仕方ない。でも充分手伝いにはなる。

そんな感想だった。




日曜日。

学校は休みだが、観客で試合に来ると単位が貰える。

そのためか、かなりの人数の生徒が観客にいた。


「あれ?誰あいつ?」

「野球部にあんなのいたってけ?というか、学校にいたっけ?」

ざわめきが大きくなる。


背番号8を背負った少女。

既にヘルメットを付けてやる気満々だ。

「は、早森。まだヘルメット早い」

「いいです。被りっぱなしで」

にこにこしている。


いつもと雰囲気が違うので、野球部員達は驚くが

「試合の時は興奮するからな」

で納得するようになった。


観客はスターティングメンバーの『早森』の名前にざわめきが大きくなる。

前髪を束ね、顔を出すと美人なのだ。

男達は色々な話で盛り上がる。



そして「メンバー、随分入れ替わってるのね?」

相手校のエースが驚く。

「怪我人続出でね。応援で来てもらってるの」

「そう。大変ね」


相手は強豪校だ。

初戦の相手としては最悪。

だが、少なくとも棄権は避けられた。

それだけでキャプテンは安心していた。


初回、痛烈なライナー。

しかし

「は、早森!!!!」

真っ正面だった。

「運がいいな」

「すげえな。たまたまとは言え、真っ正面だから取れたんだな。あれ普通抜けてるぞ」

観客が騒ぐ。


二回の表。

今度はライト前ヒット。

これを難なく琴音はさばき、ランナーを一塁に止めた。


このあたりで、キャプテンと相手校が気付く

「早森の守備位置がおかしい」


観客や他のメンバーは気付かない。


そして三回表、誰もがわかる形で琴音はファインプレーをした。

痛烈な打球。ホームランコース。

しかし

「な!なんで!」

打ったバッターが呻く。


琴音は早々にスタンドギリギリに移動しており、そのままスタンドに登り、グローブを出す。

そこに


『うおおおおおおお!!!!!』

ボールが吸い込まれた。

観客が大騒ぎ。プロ並みのプレーに、皆興奮していた。


「早森すごい!」

「プロかよ!あんなの見たこと無い!」

メンバーははしゃぐが、キャプテンは怯え始めていた。

「おかしい。なんなの、こいつ」



そして、琴音はバッターボックスに初めてたった。

ここまで味方はノーヒット。

練習でも、ボールにかすりもしなかった琴音は9番。


2アウトランナー無し。


「なんか、君守備スゴいね。警戒しないと」

相手のエースが笑う。


しかし突然

「あはははははは!!!園部葵さん!!!あなたは今から、野球始めて5日の私にひれ伏すんです!期待して待ってくださいね!!!」

高笑い。そしてそのポーズは


「よ、予告ホームラン!?」

「は、早森!?あいつ大丈夫!?」

「キャラ違いすぎでしょ!?」


大騒ぎするベンチ。

しかしキャプテンは

「おかしい、あいつ、絶対におかしい」

震えていた。


「始めて5日?それは凄い。でもね」

ニコリと園部は笑い

「バッティングは難しいわよ!」

そう言って全力投球。


しかし

カキーン

「え!!!!???」

渾身のストレート


完全にそこ以外にないという決め打ちでバットを振り抜き


「う、うそ」

キャプテンは呆然と見ていた。


ホームラン


「あはははははは!!!まぐれだと思われますか!?園部さん!!!安心してください!このあと回る、残り二打席でも絶望を与えて差し上げますわ!!!!」

琴音は高笑いしながら、ベースを回っていた。



「完全な決め打ち」

園部はベンチで呻く

「サインか癖を読まれていると」

「ただ不可解なのは、他のメンバーには全く伝わっていない。この接戦で、早森以外はノーヒットノーランだからね」


今は六回表、3-1で園部達がリードしていた。


「どうします?」

「他に打たれる様子はない。次も勝負しましょう。弱気は全体に影響を与える。ただ、ランナー出したら敬遠も考えるわ」

「ええ」



そして、琴音のベンチ。

「早森、園部のサインか、癖が分かっているの?」

あれは決め打ちだ。


「サインは読めません。癖ですね」

「おしえて!こんな良い試合できてるの!万が一があるのよ!」

まさかの接戦にキャプテンは高揚していた。


早森は不気味だが、癖を読めるとなると納得もする。

あの極端な守備位置移動も、癖を読んで変えたのだろうと納得していた。


しかし

「無理だと思いますね」

「え?なんで?複雑な癖なの?でも…」

教えてくれれば、と言おうとして、絶句した。


琴音の残酷な目。それが全てを語っていた。


「お前らみたいな馬鹿に伝えても理解できないだろ」



第二打席

また高笑いしながら早森が出てきた。

「サインを読まれたというのは考えない。多分癖だ。癖を読まれてる」

園部は確信していた。

サイン読みは伝えやすいが、癖の伝達は意外と難しい。


分かりやすい癖なら簡単だが、多分自分の癖は極めて分かりにくいものなのだろう。

だから共有できないのだ。


園部はそう確信した。


そして、ワインドアップを止め、ノーワインドアップ

「この試合でノーワインドアップはみせていない!」

その初球。


カキーン!!!!

「あはははははは!!!小細工なんて無駄ですよ!!!」

二打席連続ホームラン。


「そ、そんな」園部は呆然と、ボールの行き先を見つめていた。


3-2


接戦に観客席は大盛り上がりだった。

なによりも

「早森すごくね!?」

と大騒ぎ。

まぐれだろうとも2打席連続ホームラン。


「とにかく、最終回まで守り抜く!」

キャプテンは、早森の対応にショックを受けたが、元々変人で有名だったのだ。


すぐに気分を切り替えた。


そしてなにより

「最終回まで三点を守り抜けば!早森に回る!」


完全に早森は園部を打ち崩している。

九回は先頭打者で出るのだ。

ホームランでなくとも、ヒットや四球なら、バントとスクイズで点が取れる。


キャプテンは死力を絞り、九回まで3点を守り抜いた。

そして、九回

「敬遠しましょう」

キャッチャーの水上

「でも」

園部は反論するが

「早森は異常です。あんなドンピシャな決め打ち、不気味すぎます」

「たしかに…」

園部も早森を見て背筋が凍る。


バッティングもそうだし、守備もおかしい。

上手いとか下手とかではないのだ。


ボールの行き先が全てわかるというような動き。


そこに「園部先輩、ピッチャー代わりません?」

ショートを守っていた深澤(ふかざわ)がマウンドにくる。

「交代?」

「あいつヤバいですよ。敬遠球(けいえんきゅう)も打ちかねない」

「…たしかに」

その恐ろしさがあるのだ


「バットの振りはそうでもない。癖を読むバッターなら投手交代が一番です」

「…分かったわ、頼むわ深澤」



そして

『投手、園部に変わって、ショート深澤。背番号6。代わった園部は、ショートに入ります』

このアナウンスに球場がどよめいた

「園部降ろすの!?」

「早森、完全に合ってるからな…」


そして、バッターボックスの琴音もキョトンとしていた。

「あれ?なんで違う人が?」

「交代よ。早森さん」キャッチャーの水上が声をかける。


「あら、それは残念です」


ベンチではキャプテンが頭を抱えていた。


「嘘でしょ…エース代えるの?」

敬遠は覚悟していたが、早森ならその敬遠すら打ちかねない希望があった。


しかし、癖を見破って決め打ちする早森に、新しい投手ではどうしようもない。


一昨日の練習では、打たせようとした緩い球すらかすりもしなかったのだから。



投球練習をじっと見つめる琴音。


そして

「プレイボール!」

深澤の第一球。

「ストライク!」

「どこみてんのー!?」

全く見当違いの場所を振っていた。


「やっぱりだ。癖が見えないと、早森はまだ始めて5日だよ」

素人の割にはバットの振りは早い。

だがそれだけだ。


とても練習を積み重ねた選手には敵わない。


「ストライク!ツー!」

またバットは見当違いの方に振られた。

ノーボール、ツーストライク。

あっさりと追い込まれる。


余裕の表情の深澤と、少し安堵の表情を浮かべる園部。


そして第三球。

外角低めのボールになる変化球。

しかし


カキーーーーン!!!


「な!?」

驚く深澤。

絶望的な顔でボールの行方を見守る園部。


そのボールは

スタンドに入った。



同点ホームランに観客席は大騒ぎとなった。

そのざわめきに負けないぐらいの高笑い


「あはははははは!!!わたしに!!!そんなに球を投げれば!!!癖なんて分かりますわ!!!あはははははは!!!」

琴音は高笑いしながら、ベースを一周した。


マウンドにいく園部。

「すみません、先輩」うなだれる深澤

「ボール頂戴」園部

「はい、交代ですね」ショートに戻ろうとする深澤。

「そうじゃなくてボール」

「え?」


深澤からボールをもらった園部は二塁ベースを踏み

「ランナー、ベースの踏み忘れ!」

塁審にアピール。そして

「ランナー!アウト!!!」




3-2で敗れた。

あの後反撃する余力は残っていなかった。


琴音は「変なルールですね」と怒ることも、申し訳がることもなく、キョトンとしていた。


チームは「早森のおかげで接戦に持ち込めた」と感謝しており誰も責めず、キャプテンも

「そもそも私達、早森に細かいルール説明してない」

で話が終わった。



「思ったより楽しかったですけれども、スポーツはやっぱりダメですね。せっかく絶望した園部さんも、最後笑顔でしたし」


園部は最後の挨拶で

「良い勉強になったわ。癖の対策も頑張る。また会いましょう」

と琴音と笑顔で別れたのだ。



「わたしはやっぱり探偵がいいです」

そう言って球場を出た。

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そのあと、最後の片付けに参加もせず、ユニフォームとヘルメットのまま帰った琴音が、キャプテンに怒られたり、他の部員から執拗に勧誘されたりして、琴音はしばらく苦労していた。

琴音のやったことは正確には癖読みではないです。

もっと複雑なことをやっています。

だからこそ「お前らに伝えてもわからねーだろ」という態度でした

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