探偵はカラオケボックスで高笑う(後編)
「宝探しは被害者の依頼だった。その宝とは聖杯」
風村
「聖杯ってなんのゲーム?」准一
「あるんじゃないか?とされています。所在は不明。クライアントは仮想通貨でボロ儲けしていた。最近は不調でも取引での手数料ビジネスは莫大な利益を生んでいた。クライアントはですね、とあるアルトコインの暴落の引き金を引いてしまい、その詫びが必要となった。それが聖杯」
「……いや、その金でアルトコイン買えばいいだけじゃん……」准一が突っ込むと
「ふふふ、そうなんだよ、みんなそう思うわな」風村は笑う
「それをするわけにはいかなかったんですよ。いや、それをしても意味はないというほうが良いかも知れない」
琴音は笑う
「実態のないアルトコイン。投資先としてしか見ていない顧客。儲からなければ見捨てるけれども、儲かっても売りさばく。一部を除いて、アルトコインの下落傾向は止めようがない。それを止めるためには、なんかしらの旗頭が必要になった」
「それで聖杯?ごめん、意味わかんなーい」
万歳する准一。
「カトリック信徒の熱狂を得たかったんですよ。今のような、投資としての価値だけでは先が見えている。それをなんとか出来るものを詫び代わりに捜しましょうとした。ところが」
「ふざけんな、と殺された」
「ただ殺された訳ではない。それは儀式」
「ロジックは分かりましたよ、でも非常にナンセンスだ」
准一達はまた、例のカラオケボックスにいる。
ここは、店長が容疑者になったため、警察により封鎖された。
今回は風村も一緒。
「ナンセンス。そうですね、准一。わたしもそう思います。でも相場は復活した」
「あれは要は、あのアルトコインの癌である取引所の取締役が残酷に殺された。天罰を受けた。そして、その取引所は方針を変え、大量の買い戻しを行い相場を戻したという話でしょう?」
「罪と罰という話ですね。だから儀式殺人をする必要があった訳です。キリストになぞったね」
「ぼくは信仰心皆無だから分からないけれど、そう言うのってむしろ信仰的にはだめなんじゃないの?」
「そうだよ。准一君。こんな失礼な話はない。これは信仰心が無く、キリスト文化に理解のない日本人の発想だ」
風村が頷く。
「まあ、容疑者二人は信徒じゃないですもんね」
「聖杯探しもデモンストレーション。適当なものをでっち上げるつもりだったんじゃないかな?いや、今回の人達は、みな信仰心が薄すぎて面白いもんだ」
「こんなので、なんで相場が上がったのか?いや、話は簡単でして。もうこんなアルトコイン、誰もまともな判断で買ってないんですよ。下がったと見ればみんな売るし、上がったと見れば、買うだけ。取締役を失った取引所が、該当のアルトコイン買い増しをしたから、それに釣られて上がっただけです」
「……では、あの儀式殺人はなんだったの?」
「キリスト教に対する理解が皆無で、キリスト教徒でもない日本人が、なんかそれっぽくキリスト教徒が喜びそうな事をしたのがこの事件」
「バカでしょ?」
「バカですね。でもこのバカ共は終わってない」
「だねぇ。放っておくと、まだやりそうだ」
「金が絡んでるからね。金の為ならなんでもやる人間なんてありふれている」
苦笑いする風村。
「儀式殺人をする意義があんまりわかんなーい」
「ナンセンスですが、やっているうちに本当にそんな気がしてきたのではないでしょうか?」
琴音は微笑みながら言う。
「そんな気?」
「殺人とは強烈に精神への影響を与える。儀式殺人は、金儲けのための演技にしても、そんな事をしでかしているうちに、本当に自分達は神の指令を受け、神の敵に罰を与える使者であると」
「怖いなー。でも分かるよ。殺人者は精神に深い傷を負うんだ。正気ではいられなくなる」
「なにかに縋らなければ正気を保てない。わたしが、あの容疑者二人と会ったときも薄ら寒い感情をおぼえました。ある意味、先にクライアント殺してくれて、あまり接点がないままだったのは幸いです」
琴音は瑞希の頭を撫でながら
「最近、わたしもなにかを信じる人の気持ちが分かって来た気がします。瑞希の無事を祈るために、なにかにすがるのも悪くはないですね」
「本当に瑞希君を気に入っているんだね」
「はい、准一。この子は私の宝です。きっとこの子はすぐ私と同じ位置に来ます。それまで大事に育てます」
「うん!僕もおねーちゃんだーいすき!」
二人は幸せそうに抱き合っていた。
「まあ、取りあえず、他の連中逮捕してきますよ。風村さん、わざわざ済みませんでした」
「いやいや、今度は真っ向から戦いたいね。その時を楽しみにしているよ」
准一はカラオケボックスを出て携帯で電話をしていた。
「署長、これから帰るよ。とりあえず連続殺人事件を事前に止めるんだから、なんかご褒美欲しいなぁ。女の子孕ませても怒られないチケットとかない?」
電話先で署長は溜め息をついていた。
准一は
「そのうち風村を越えたいなー」
そう願いながら歩いていた。




