探偵は敦煌で高笑う
「中国行かない?琴音」
「また、唐突ですね」風村に呼び出された琴音。
いつものコーヒーショップで話をする2人。
「今回はイリーガルな話じゃないんだ。昔の隠し財宝を探している人がいて、日本で高名な琴音の噂を聞きつけたそうだ」
「へー。中国にまで名前が通ったんですか、私」
「日本語でメール来たから、日本に滞在したことがあるとかの人じゃないかな」
「まあ、構いませんよ。瑞希の海外旅行というのも良いでしょう。因みに場所と情報は?」
「中国の歴史で、五胡十六国の時代って知っているか?」
「まあ、知ってはいます。その時代ですか?凄い前ですよ?」
「1700年ぐらい前だな。今の甘粛省あたりなんだが、そのときにあった西涼という国。そこの財宝なんだが」
「1700年前の宝なんて、墓みたいな頑丈な人工構造物以外は探しようがないですよ……」
「まあ、普通はそうだ。だが、莫高窟とそこから出た敦煌文書について聞いたことはないか?」
「ああ、唐の時代に隠した文書が、1900年に発見されたというあれですね」
「そうだ。あれは隠そうとして保存というよりも、単に当時としては無価値な書籍を保管したまま、忘れ去られたというのが定説だ。その無価値な本が、800年を経て、凄まじい価値を持つことになった」
「なるほど」
「今回行くのは、その敦煌。保管をする気のない本ですら何百年も保管できた環境だ。他にもあると考える。依頼人は様々探す中で、有力な手掛かりを見つけたそうだ。それが西涼の宝。本らしい」
「あのあたりの涼州は短い時代に国が入れ替わってますよね」
「ああ。前涼、西涼、北涼、後涼、南涼。今回は西涼だ。その宝の由来は前涼に遡る」
「???後で歴史書を読み直しますが、前涼と西涼は直接の繋がりは無かったのでは?」
「なんだ、詳しいな。そうだ。その上の話だ。三国志の時代を経て、晋の国が中国を統一した。ところが、晋は内乱により大きく乱れた」
「ええ。その内乱の前から涼州に軍隊を率いて安定に勤めた張軌が前涼の礎を作った」
「晋は異民族の軍に攻められ滅んだが、その都の流民は涼に殺到した」
「その流民がもたらした宝があると」
「ああ。前涼と西涼の共通点は、漢民族が主という点だ。漢民族が守るべき本を大量にあのあたりに隠したらしいと。前涼が滅び、西涼が出来上がるまで30年近く間がある。前涼時代に散らばっていた本を西涼時代にまとめた奴がいたらしい」
「まあ、大体分かりました。早速とりかかります。中国の文献を現地で探してくれる人と翻訳家が必要です。時間はかかりますよ」
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琴音はメールでやりとりしながら溜め息をついた。
「まあ、こんなものでしょうね」
琴音は大体の場所を突き止めていたが、ここから先は流石に現地に行かなければ分からない。
隣で座ってる瑞希に
「みずき、あなたのパスポートも出来ました。一緒に中国に行きますよ。海外での経験はきっとあなたの為になります」
「うん!お姉ちゃんと一緒に行くね!」
一緒に暮らし始めて少し経つが、この2人の仲は良いままだった。
琴音は瑞希の世話を続け、瑞希は琴音の指示に必ず従っていた。
「世界は広い。きっと私達が満足する宝探しがあるはずですよ」
琴音と瑞希、そして風村は敦煌にいた。
「クライアント、ご依頼受けてから来るまでに時間がかかったことをお詫び致します」
「いえ。わざわざ来てくださったのです。ようこそいらっしゃいました」
「日本語がご堪能で助かりました。私は中国語の会話はあまり出来ませんので」
「私は三年日本で働いていたのです。良い国でした。みなさん、親切で」
「それで、陳さん、ご依頼の件ですが」風村が話す
「はいはい。これです。この書物をご覧ください」
陳は紐で縛ってある竹の塊を取り出す。
「竹簡ですか?」
「そうです。竹簡です。紙が発明された後もしばらく使われていました。竹に文字を刻むものです。物が大きく、晋の時代ではどんどん切り替わっていたのですが」
「ええ、そのようですね。探し物がこの竹簡なのは予想していましたが、手掛かりもそうなのですね」
「このあたりの時代は戦乱です。いつ燃えてもおかしくない。こんな大きなものを保管するよりも、内容を紙に写し、竹簡は処分ということが相次いだそうです」
「そのことが、これに書かれていると」
「はい。これは西涼の命令書なのです。書き写すべき書物の名前と、書き写した竹簡は、この場所に保管せよと」
翻訳した内容を琴音に伝える。
すると、最後のあたりに他の文字とは違う記号が書いてあった。
「…?クライアント、ごめんなさい。これ漢字なのですか?」
「いいえ。これは暗号のようなのです。解読が出来ません。場所の説明だと思うのですが」
「なるほど。で、困っていると」
「そうです」
「まあ、ここまでの情報で大体分かりました。行きましょうか」
「え?暗号が分かったのですか!?」
「暗号が分からなくとも、他の要素で分かりました。ただし、クライアント。現物の保証はしません。誰かが価値を知らずに勝手に処分したかもしれませんし、水没してるかもしれません」
「水没?川の近くですか?」
「いいえ」
琴音は指を下に向ける
「井戸です」
「なるほど!確かに空井戸から竹簡が出てきたという話は過去にありました!」
「はい。日本人には考えにくいのですが、かつての中国では、写本作れば、元の本の価値はなくなるそうですね。だから保管場所も適当だったと」
「それで、どちらの井戸に」
「西涼の王宮があった付近です。その近くの井戸を探しましょう」
依頼人は現地の人に話しかけ、空井戸がないか聞き込む。すると
「あの山林に井戸があると」
「王宮があった場所からあまり離れていませんね。行きましょう。瑞希、平気ですか?」
しばらく歩き続けた為に、瑞希はへばっていた。
「おねーちゃん、ごめん。つかれちゃった」
「仕方ありませんね。おんぶしましょう」
「うん♪」
「琴音、俺がやろうか?」風村が言うが
「いいえ、弟を独占するのは姉の責務です」
「それはそれは」苦笑いする風村。
そして井戸を見つけるが
「……クライアント、多分位置的にはこれです。ただ、水の匂いはしますね。時代が変わり、水が復活したのでしょう」
「琴音さん、とりあえず降りてみます」
「はい。私も気になります」
陳はロープを下ろして井戸に降りるが
「お、おお!水はあまりない……あ!あった!真了不起(素晴らしい)!!!!」
「クライアント!先行し過ぎないでください!酸素濃度の値がマズいです!ここは酸素が少ない!」
ポータブルの酸素濃度計を持っていた琴音が叫ぶ。
「し、しかし!宝の山ですぞ!これは凄い!魏の王朝の資料も……う、うううう!…」
うずくまる陳
「風村!陳さんが不味いです!鞄にある酸素スプレーをください!」
「分かった!」
ふたりでなんとか陳を助けだし、陳は感謝した。
そして
「とにかく、御礼させてください。量がすごいので、取り出すのは少しずつにします」
「そうされてください。宝が見つかってなによりですわ」
琴音は気持ちよさそうに笑った。
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「陳さんが行方不明だそうな」
風村は憂鬱そうに言った。
「まあ、古井戸で酸欠か落下で死んだんですかね」
「気をつけろと、あれだけ言ったのに」
「単独で作業していたんですか?」
「独り占めにする気だったんだろうな。元々は依頼金の振り込みが来なくて苦情の連絡をしていたのだが」
「まあ、おケチ」
「その結果が死なんだから、なんというか」
「風村、あの井戸には骨が沢山ありました。多分陳さんみたいな人がいっぱいいたんでしょうね」
「おお、怖い」
「まあ、海外の宝探しは楽しいですね。今回はあっさり見つかりましたが、もっと手応えのある謎とか解きたいですね」
琴音は微笑んでいた。




