探偵は廃ビルで高笑う
早森琴音はクラスの女子に囲まれていた。
「義理の弟が出来たので、身嗜みに気を使うようになっただけです。男から話しかけられるのは良い迷惑です」
琴音は淡々と話す。
ここ最近、琴音は身嗜みを整えて学校に通うようになった。
前髪を覆う程のボサボサの髪、着崩した制服のせいで、不潔で不気味と敬遠されていた琴音だが、あまりの変貌ぶりに、男子は食い付いた。
既に告白も考える男子も出てきたのだが、そうなると、困るのが女子。
彼氏候補や、下手すると、彼氏ですら乗り換えようとしていたのだ。
そして、琴音に変貌の真意を聞きに来たのだが
「逆にさ、誰か一人と付き合ってもらえれば、落ち着くと思うんだ。彼氏がいたらそれで話は終わるから」
クラスメイトの一人が言うと
「ああ、ならちょうど良いのがいます。そいつを彼氏にしますので、言いふらしてもらって良いですか?」
「?誰かあてがあるの?」
「はい。こいつです」
琴音はスマートフォンを取り出し見せると、周囲の女子は凍りついた。
「……なに、このイケメン」
「こいつなら文句を言いません。ああ、一応連絡します」
琴音はメールで
『便宜上、お前彼氏にするから』
と送信。
「これで落ち着くと良いのですが」
その日の放課後、図書館に行く約束をしているため、瑞輝と待ち合わせ場所に行こうとした琴音だが、校門の前でにこにこしている准一に会った。
「なんの用?」
「やだなー。彼氏だよ。迎えに来るぐらい普通じゃん」
その言葉に周りの生徒は凍り付く。
「それはわざわざどうも」
「どこに行くの?」
「瑞輝と待ち合わせしてるの」
「ああ、調べ物だね。そこまではつき合うよ」
「ありがとう」
二人は並んで帰るが、他の生徒達は呆然と見送っていた。
「あれ?脇役だー」
「やあ、瑞輝君」
「瑞輝、今日はこれから電車で地図センターに行きます。古地図はそこが一番揃いますから」
「うん!」
「楽しそうだなー。一緒に行っていい?」
「邪魔しないなら別に構いません」
「本当に?ラッキー」
3人は地図センターに向かうが、道中の視線が凄かった。
「僕も琴音も瑞輝君も、容姿がおかしいからなぁ」
苦笑いする准一。
ビジネス街で、この3人は目立つ。
「相手にしないのが一番です。さあ、ここです。瑞輝、調べますよ」
「うん!」
地図センターでは古地図を検索し、それを印刷して確認していた。
「時代の変遷により、どう変わっているのか。それを調べられるのがここの利点です」
「うん」
「探し物は、ありとあらゆる可能性を見なければなりません。例えば、40年前に隠した物があったとして、では現在ではどう周辺が違うのかなど。私への依頼は最後の手段のケースが多い。ですから、そう言った地形の変化はとても大事になるのです」
琴音はニコリと微笑み
「きっと、瑞輝なら素晴らしい成果を出せます。焦らずがんばってください」
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土曜日、琴音は風村のところにいた。
「風村、依頼とのことで」
「ああ、実はヤバいヤマでな。ヤクザ絡みだ。幹部が組織に内緒で溜め込んだ金があるから探して欲しいと」
「ああ、もしかして浅村組のことですか?」
「そうだ。琴音の情報には引っかかっていたのか」
「ええ。かなり露骨に動いていますね。なりふり構っていられないのでしょう」
琴音の情報網は多岐にわたる。
そういったイリーガルな団体の情報も金で買っていた。
「で、どうする?」
「私は国際テロ組織でも取引する女ですよ?構いません。ただ、瑞希は誰かに預けますが」
「ああ、そうした方が良いな」
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「おう!あんまうろつくな!ガキ!!!」
風体の悪い男たちが、琴音に絡む。
「これは失礼しました。早森琴音と申します。若頭の津山さんはいらっしゃいますか?本日呼ばれまして」
「カシラに呼ばれたんか?おう!ヨウゴ!カシラに、ハヤムラって言う女が会いに来たと伝えてくれ!」
「ようきた、ようきた」
若頭の津山は、満面の笑みで迎え入れた。
「お待たせしました。クライアント。ご依頼の件、果たすべく参上しました」
「ええ。どうしても必要な金でしてな。連絡したとおり、出てきたものに応じて謝礼を払いましょう」
「クライアント。実はもう目処はついています。もしクライアントがよろしければご一緒されませんか?」
「お、おい!まじか!?まだなにも探してないだろう!?」
「どのようなジャンルにもプロフェッショナルはおります。プロから見れば自明な場所というのは存在するのです」
琴音は津山を連れて、タクシーに乗り込んだ。
「車で行くなら子分達に……」
「これは私の予測ですが、クライアント一人で立ち会うべきものであると思っております」
「おれ一人……?」
津山はクビを捻るが
「そもそも、向かっているところは先代の事務所があったビルだろう?あそこはこれから壊すんだ。そこになにか無いか散々探した後んだが…」
琴音がタクシーに行き先を伝えて津山は驚いていた。
「通常、隠し財産の場所というのはですね、バレるのは勿論ダメですが、取りに行く人間が頻繁に来れる場所でないとダメなんですよ。人間はすぐ怯えますからね。自分の監視下にないと安心しない。そのために金庫とかがあるわけですが」
琴音が津山を見ながら話す。
「表に出せないお金なんて、ヤクザならあって当たり前です。そんなお金、あの事務所の金庫に堂々と存在している筈です。しかし、先代さんは金庫にもいれず、隠していた。組から内緒のお金だそうですが、仁義に篤いと評判だった組長さんが?」
「そこは俺も信じがたいんだ。先代も金が必要なんだろうが、組に内緒でそんなに溜め込む性格とは到底思えんのだ」
話しているうちに止まる。
「仁義に篤い。とは様々な評価が出来ます」
「どういうことだ?」
クビを傾げる津山。
「つまりです。自分の恩人の仇を何十年かかろうとも、成そうとする人は、仁義に篤いと言いませんか?」
「?まあ、それは……」
津山の顔が突然顔が青ざめた。
「お、おい。まさか」
「今の極道は実質一強。先代も闘争の末今の組の杯を得たとの事ですね。その間には恩人の死もあったでしょう。先代はきっとそれの仇の事が忘れられなかった。そう、なんとしてでも、仇をうつ」
琴音は、その廃ビルに入りエレベーターホールに進んだ。
「ビルの持ち主ならば、エレベーターに裏コマンドを仕込むことは容易。それも、ランダムでは絶対にたどり着けない意図的な数字。流石にそれを知ることは出来ませんが、ビルの構造から、どこに隠したかはすぐ分かります」
「ど、どこだ!?」
「地下ですよ。このエレベーターは地下に空間がある。そういう構造はおかしくはないですが、地下に制御室も無い割には広すぎる。つまり」
琴音は用意していた道具で、エレベーターのドアをこじ開け、ロープで、降りた。
「まさか、まさか。オヤジは」
「はい。一強である海原組を滅ぼすために、溜め込んだ。お金ではない。武器を。拳銃などではありません。もっと、もっと、幹部会に乗り込んで、皆殺しが可能なぐらいの武装を」
エレベーターの地下、降りた先には、ロケットランチャーを始めとした、ありとあらゆる兵器が貯蔵されていた。
「お金では無いだろうと予想しました。理由はお金ならば、きっと見つかる場所にあるはずだからです。こんな場所に置く以上、お金でないなにか、しかもスペースが必要なものです。これぐらいを考察するのは、我々にとっては基本ですわ、クライアント」
琴音は高笑うと
「それでは、これで依頼は完了です。ご機嫌よう、クライアント」
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「みずきー。帰りましたよー」
「おねーちゃんおかえりー」
「いい子で待てましたか?」
「うん!僕勉強してた!」
「ありがとうございました。またよろしくお願いいたします」
「いえいえ。全然手間もかからず。楽しかったですよ」
瑞輝の世話には、預かり保育をやっているプロを招いていた。
「みずき、汗をかきました。お風呂に入ります」
「あ!僕もはいるー」
「じゃあ、一緒に入りましょうか。流石にヤクザと兵器の組み合わせでは平静とはいかないものですね。達観しているつもりでも、あまちゃんです。」
琴音は兵器の山の前で呆然とする津山を見ながら、終始警戒していたのだ。
目の前の人物はヤクザ。目の前には人殺しの道具。
最悪に備え、すぐ応援貰える手配はしていたが、それでも緊張していたらしい。
「私も命が惜しいのでしょうね。まあ、宝探しが出来なくなるのは確かに怖いかもしれません」
琴音は笑いながら
「それでも、宝探し以外は些事です」
琴音は今日も高笑っていた。




