探偵はアルジェのカスバで高笑う
早森琴音は、風村からのメールを受け取り、いつものコーヒーショップではなく、風村の事務所にいた。
「どうしました?風村?」
メールで送れる内容ではないので直接会って話したいという内容だったのだ。
「ああ、琴音。実はなメールでは不味いんだ。これは俺しか知らん。事務所の誰にも伝えていない。メールは漏れるリスクが高すぎる」
風村は深刻な顔をして言った。
「国際テロ組織からの依頼だ」
「わお。なかなか物騒な」
「琴音を巻き込みたくはないのだが、宝探しの依頼なんだ。琴音以外に適任者はいない」
「なんの宝ですか?」
「流石に知らんと思うが、バルバロッサ兄弟という海賊を知っているか?」
「……バルバロッサ兄弟…?赤髭兄弟ってことですか?」
「バルバロッサって、赤髭って意味なのか?」
「そうですね」
「赤髭と呼ばれていたらしいからそうなんだろうな。俺も調べたが、Wikipediaに色々書いてあったぐらいでよく分からん」
「それで、そのバルバロッサ兄弟のお宝を探せと?」
「バルバロッサ兄弟というのは、海賊だったんだ。今のアルジェリアのあたりを占拠して、オスマントルコに領土として進呈した。当時はよくある話だ。そして海賊としてその周辺を荒らしまくり、スペインと戦った」
「その財宝があると」
「そんな噂、Wikipedia先生には書いてなかったがなー」
「海外のページなら意外と載ってるかもですよ。美香がそう言ってました」
「なるほどなー。調べる価値はあるが。で、依頼だ。その財宝を見つけだしてほしいと」
「オスマントルコとか、スペインとか、アルジェリアのワード考えると17~18世紀ぐらいの話では?」
「惜しい、16世紀の話だ」
呆れたように琴音は言う。
「なんでそんなものを日本人に頼むのですか?向こうにもトレジャーハンターなんていくらでもいる」
正直なところ、海外の財宝探しに興味はあるが、調べ物に膨大な時間がかかるのは目に見えていた。時間拘束が長く、国際テロ組織な以上、多分目の前で立ち会わない。命のリスクも高い。あまり気乗りがしないでいた。
「アルジェリアのテロ組織なんだ。財宝の位置を示す地図を手に入れたと」
「???じゃあ探せばいいじゃないですか」
「いくら探しても出てこない」
「騙されたんでしょう」
「ところが、どうもそのテロ組織には確信があるようだ」
「風村。私はあるものは確実に探しだします。ですが、無い物は無理ですよ」
「ああ、そこはよく話してはいるんだがな……。そうだ。そもそもの話だな。なんでテロ組織から話が来ているかと言うとだ」
「はい」
「琴音が以前、宝を探した山倉さんって憶えているか?」
「ああ。絵画を探したクライアントですね。ええ」
「あの人がテロ組織に人質にとられてるんだ」
「……日本政府が解決してくださいよー」
「人質と言っても対応は悪くない。身の代金の請求もない。要求は宝探しだ」
「なんでそんな事になったんですか?その元クライアントは?」
「酒場で自慢話したそうだよ。日本には確実に宝を探し当てる探偵がいると」
「で、それを呼んでこいと」
「一応報酬も払う気はあるようだ。もう前金も来ている」
「……調べ物に時間かかりますよ?日本では無理でしょう。海外に飛ばなくては。そこから現地で」
「とりあえず現地に来てくれと」
「かぜむらー」
琴音が不満そうに口を膨らます。
「私は事前調査で宝を見つけ出すんです!いきなり現地に飛ばされても手探りですよ!そんなの面白くないでしょ!?」
「すまん!今回は非常事態なんだ!マジで頼む!」
ため息をつく琴音。
「無論、俺もいく。美香にお願いしてネットから探すべき書物も調べてもらい、海外の友人に、その書籍のスキャンニングもお願いする!だから!な!」
「……一応聞きますよ?宝の場所は?」
「アルジェリアの首都アルジェ。そこの旧市街地だ」
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琴音と風村は飛行機を乗り継ぎ、目的地であるアルジェに着いていた。
そこのホテルで打ち合わせ。
「これが全ての資料だ」
タブレットで琴音に見せる。
「凄い量ですね。読み込むのに3日はください」
「ああ、その間に交渉してくるよ」
「はいです。基本的に私は外でませんから、食事とか買ってきてください」
アルジェリア国土には、渡航禁止エリアもあり、かなり危険だが、首都アルジェはそこまで治安は悪くない。
それでも窃盗や強盗、レイプ被害はある。
琴音が一人歩きできる環境ではない。
「分かった。クスクスとか、ブリックとか、旨い料理は結構あるからな。アルジェリア。楽しみに待ってるといい」
そう言って風村は出かけた。
タブレットをひたすら読み込んでいた琴音。
すると突然立ち上がって
「旧市街地!アルジェのカスバ!なるほど繋がる!」
そして、街で事前に買ってきた地図を取り出し、そして、タブレットでも古地図を表示させ、ひたすら眺めていると
「戻ったぞ、琴音。クスクスだ」
「風村、場所は検討がつきました。あとはその地図を見れば答え合わせができるかと」
「マジか!?早いな!そんなに簡単に分かるのか!?」
「簡単ではないですよ?丸1日かかりました」
「早いよ。しかし、あれだ。他のトレジャーハンターはなにしてたんだ?」
「行けば分かるかと」
「???まあ、琴音が言うならばな」
2人はテロ組織に捕まっている山倉と待ち合わせをして、旧市街地に来ていた。
世界遺産である、アルジェのカスバ。奇景として有名な場所。
建物が折り重なり、積み上げ、支え合うように密集しているのだ。
すると、男に付き添われ、山倉が来た。
「山倉さん、無事でしたか」
「まさか、本当に来てくださるとは。感謝の言いようもありません。しかも早森さんまで巻き込んでしまって……」
「クライアント、大丈夫です。私は存在する宝は確実に見つけ出します。それよりも、見つけ出した後の無事は大丈夫ですか?」
「ええ。風村さんにもお伝えしました。テロ組織で、拘束もされましたが、扱いは丁重です。客人としてもてなされている。彼らは財宝が欲しいのです」
「山倉さん、琴音も私もアラビア語 (アルジェリアの公用語)は喋れません。通訳をお願いして良いですか?」
「もちろんですとも。ではこちらへ」
案内され、旧市街地の一つの家に入る。
そこには武装した男たちが構えていた。
山倉はアラビア語でテロ組織のメンバーに語りかけ
「宝の地図を見せて欲しいと伝えて下さい」
「ええ。これだそうです。ああ、触れないようにとの、こと」
「分かりました」
琴音はその地図をじっと見る。
そして、手元にある旅行地図、そしてタブレットに写した地図を並べ、しばらく沈黙していた。
「……クライアント、私の想像は合っていました。宝は事前予測の場所です。立ち会い人を一人付けるように頼んでください。宝の場所に行きます」
「な、なんと!?もう分かったのですか!?」
叫ぶ山倉に、怪訝そうな顔をする武装した男たち。
「はい。行きましょう。答え合わせは現地でやります」
武装した男たちは3人来た。
琴音と風村、山倉、合計6人は、琴音を先頭に進む。
「山倉さん。あいつらバカですね。テロ組織ってバカで務まるんですか?」
「な!なにを急に?」
「日本語分かりませんよね?」
「ま、まあそうなんですが」
「旧市街地である、アルジェのカスバ。この奇景は時代と共に建物を増築する事で、完成した。世界遺産だそうで。納得の奇景ですわ」
「そうですね。この国の誇りです」
「ですが、倒壊の恐れは大きい。なにしろ土台ははるか昔の建物だったりするのですから。一つが崩れれば、ドミノのように連鎖して崩れる。その果てがこの奇景。んで、この地図。今のカスバと照らし合わせて考えるからダメなんですよ。いつの地図ですか?これ。16世紀でしょ?16世紀の古地図と現在のカスバを照らし合わせる必要がある」
「な、なるほど!で、でもですね、彼等も古地図は入手して、調べていたそうなんですが」
立ち止まり
「ここが彼等の探した場所でしょう?」
建物と建物の隙間に空洞が見える。
「そ、そうです!」
「だからバカなんですよ。あのですね。500年ですよ?500年前のですね、ほったて小屋の境なんて残ってるわけないでしょ?カスバは海に面しているんですよ。かつてあった城塞も今はない。端と端を合わせたら合うわけがない。この地図の端を探すのは不可能です。恐らく水没している」
「な、なんですって!?」
「だから、たまたま地図の位置合わせしたら、うまい具合に空洞があったから、ここかな?なんて思って、こんな無意味な場所を掘る。良いですか、財宝の場所は隠されていたんですよ。隠されて、誰も知らないから残っていた。なんでそんな隠された場所に、建物を建てることを遠慮するんですか?」
「……?え、ま、まさか」
「そうです。この建物の奥にあります」
倒壊しそうな建物に挟まれた、比較的新しい、補強された家を指差し、琴音は言った。
山倉はひたすら武装した男たちと話す。
要は
「本当にここにあるのか?」なのだが
「とりあえず、あるのか、ないのかは掘るしかない。予想ではそんなに凝った仕掛けはないです。もちろん家の壁はぶち壊さないといけませんが」
周りを見渡し
「ちょっとした衝撃で全部ぶっこわれそうですね」
この家だけではなく、周囲の家も巻き込む。
男たちは困惑した顔で話していた。
「ここは、彼等にとっても誇りの場所。破壊にためらっているようです。そして、破壊してしまうと、今度は建物保全の為に専門家達が駆けつける。そうなると掘り出すどころの話ではなくなると」
「それは素晴らしい。止めれば良いじゃないですか」
しかし、男たちのうち2人が戻り
「……いま、ここで金を払って出て行かせるそうです」
「わお。随分信頼されていますね。腕がなりますわ」
「彼らは純真なのです。だからこそ、テロ組織などに入ってしまったのかも知れません……純真とは騙されやすいということ」
「そうですね」
琴音は静かに待つ。すると戻ってきた男たちは三人で家に入り交渉。
すると
「纏まったそうです。荷物は後で持ち運ぶ。取りあえず移動してもらえるそうで」
「そうですか。では始めましょう」
琴音は家に入り、コンパスを見ながら壁を触る
「この奥です。振動は命とり。こんな適当な壁、刃物で切り落とせそうです。慎重にやりましょう」
風村と琴音、そして山倉は、持ち込んだノコギリで慎重に壁を取り除く。すると、土が出てきた。
「さて、ここは丘になっています。本来はこんなに急斜面では無かったはず。それを埋めている。そして、その先は空洞。であれば、この装置が役にたちます」
電磁波を出す地下レーダ探査機。
空洞や不発弾を見つける装置だが
「せいぜい2m。最大出力で4mはてさて」
1m四方の巨大な装置を担ぎ上げ、土の壁に当て、動かしていると
「わたし天才。もしくは、この宝の地図凄い」
琴音は思いっきりビックを壁に刺し
「この奥です」
土を慎重に掘り出すと、そこには木で補強された空洞があった。
「500年崩落しないってすごいなぁ。わたしいつもこういうの見て感動するんですよ。昔の優秀な人って凄いんだなぁって」
琴音は感心したように語る。
「わたしは埋まっているのも予想してたんですが、財宝の隠し場所ですからね。補強はされてるんだろーなと。それにしても凄い、あ。あった」
狭い道。
男たちは進むのに難儀しており、小柄の琴音だけが先行して進んでいた。
「あははははは!!!私にかかればこんなものですわ!!!」
そこには色とりどりの宝石、そしてドクロの山が積み上がっていた。
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あの後、男たちは、琴音に深く感謝し、山倉の解放と、謝礼を手渡した。
とは言え、そんな宝石を日本に持ち込むわけにもいかず、風村は換金等をしてから日本に戻った。
琴音は学校をサボってアルジェリアに来ていたため、即日帰国。
そして、山倉が帰国して、琴音を呼び出した。
「あそこには、本当は頑丈な建物があったはずなんです。その建物の奥を掘って宝を隠した」
「なるほど」
「それが崩壊して、新しい建物が積み重なって、探しようが無くなったわけですね」
「しかし、琴音さんはよくわかりましたね」
「古地図と、現在の地図の形を並べて、あとは想像力による補完ですね。もうイマジネーション以外には届かない領域です」
「しかし、本当に助かりました。わたしにも御礼をもらって」
「そうですね、めでたし、めでたし。私の中ではね、山倉さん」
にこにこしながら、スマートフォンを見せる琴音。
「?どうしました?」
「私はネット嫌いなんですが、海外新聞取り寄せは時間かかりますから、妥協します。帰国直後ですし、日本ではまともに報じないでしょうしね」
そこには
「アルジェリアのテロ組織、爆破テロでフランス人を15人殺害だそうです。怖いですね。犯行声明の団体は、あの人達。あの宝石のお金で活発になったのでしょう」
震える山倉。
「人の良さに麻痺しました?個人では約束を守る良い人でも、彼らはテロ組織の一員。金が入れば、そら人殺しますわね」
琴音は微笑み
「私は巻き込まれたのが実の親父でも高笑いしますわ。あなたは如何です?山倉さん」
「そ、そんな……」
頭を抱える山倉。
「良い体験をさせて頂きましたわ。クライアント、それでは、ご機嫌よう」
震える山倉を残し、お辞儀をして琴音は去った。
「クスクス美味しかったなぁ。今度アルジェリア料理のお店に行こうっと」
琴音は罪悪感皆無で、心の底から楽しそうに帰っていった。




