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探偵は山中で高笑う(後編)

前回の依頼後、琴音はひたすらあの山、集落周辺の情報を調べなおしていた。


「ある意味失敗した依頼みたいなものですよね、あれ。組織的に攻められてたら、私死んでましたし」


落胆も後悔もなく、琴音は淡々としていた。


「これから先もこういう事は起こり得る。今まで以上に多角的に想像しなければいけませんね」


琴音は与えられた情報を整理し、足りない情報を想像で埋めたあと、また情報を見直すという作業を繰り返す。


今回はそれが足りなかったという話だ。


「まあ、想像もつきませんね。新聞や口コミでは一切漏れることなく十人単位で人が死んでる。そしてその山には、山の民と呼ばれる、ロシア系の住民がいる、と」


そして「なんで仮面付けてんの?」

盛大な疑問。


ロシア語を使う民族で、そんな風習のある民族があったか?と色々調べていたのだ。


「まあ、招かれてるし、聞いてみますかね」

琴音は再び本に目を通していた。



「どうも、また呼ばれまして」

「本当に申し訳ない。なにしろ、こんな事は初めてなものでな」

「山の民がコンタクトを取ってきたと」


「なにぶん、言葉は分からんのだが、ベージマ!ベージマ!と叫ぶのでな。山の民がマスコミに感づかれるのは困る。あなたは山の民とコンタクトとれたのだろう?筋違いな話なのは承知しているが、他に頼る人もおらんのだ」


「クライアント、構いませんよ。私も知りたい事があるのです。早速行ってきますわ」

「しかし、前も思ったが、その格好で山道は辛くないか?」

琴音はいつもの正装。とくに今回は派手なドレスだった。

「魔法使いっぽくないですか?この格好?」

琴音は微笑み山に向かった。



「Добро пожаловать(ようこそ)、ведьма(魔女)」

前回会った、仮面を付けた女性が琴音と喋る

「ロシア語での会話は辛いもので、片言でいいので日本語でお願いできませんか?」


「イイ、ダロウ」

二人は並んで歩く。

「それで、なんのご用ですか?」

「Атаман(アタマン)、…スマン、ニホンゴ、ナントイウカ、ワカラヌ。アタマン、ノ、Проклятие(プラックレイシー)ヲ、ナオシテ、ホシイ」


「アタマン……待ってください」琴音はスマートフォンを弄ると

「ああ、長老とか、代表者とか、なるほど」

「コッチ、ダ」


後ろを着いていく琴音。

「しかし、あれですね。私はまだまだ未熟だと思い知らされました。想像で埋められないものは確かにある。こんな山に、人が住んでいて、そしてそれが一切外の世界に伝わっていない」


「……」琴音の独り言に沈黙する女性。


「あの獣の死体の山とかもですね。あんなの見たら、恐怖を感じたとしても、普通言いふらしますよ。インスタ映えしそうですね、あれ」

コロコロ笑う琴音。


「ツイタ」

木のウロ。そこには、老婆が横たわっていた。

「ふむ。たしかに弱っています」

「ナオセルカ」

「まあ、試してみれば良いんです」

琴音は鞄からなにか粉を取り出す

「ソレハ?」

「魔法に使う触媒です。離れていてください」

そう言うと


「ニウヨ、スマレム、ネニカラ、スヤガ、ンサア、バオ」

粉を撒きながら高らかに詠唱。

その老婆の呼吸は静かになり、安らかな眠りに変わった。


「ナオシタ、ノカ」

「はい。これで依頼は完了です」


そして振り向き言った。


「これで安本梅さんはしばらく様態が安定します。これで満足ですか?Лариса(ラリサ)さん?」


琴音は微笑み、お辞儀をした。



「そもそもあり得ませんよ。現代日本で、戸籍の無い隠れ民族がまだいる?そんなバカな。けれども、連続していないと考えればあり得る」


琴音は滔々(とうとう)と語る。


「調べられる限りで調べました。この山には確かに、山の民と呼ばれる言い伝えはあった。しかし、それは室町時代までの話。江戸時代にはこの山は普通に使われており、そんな話は消え失せた。周辺の住民もそんな話は忘れていた。あの住民だけが、そのことを語り継いだ。それに乗じたのが安本梅さんと、ラリサさん」


「ワタシ、ワタシハ」


「サーカス団だったそうですね。ラリサさん。ナイフの凄い使い手だったと。サーカス団内部のトラブルが理由で日本で失踪されたそうで」


「安本梅さんはサーカスなどの興行の大ファンだった。元々は家で匿った。でもあなたの美貌は目立ち過ぎる。すぐ通報された。それで、流れ流れて、この山に来た」


「この山には先住民がいた。まあ、言い方は悪いですが、ホームレスみたいな方々。本来ならば山狩りとかするんですが、管理している人達が、山の民とか語り継いでいる人達ですからあまり干渉しなかったのでしょう。そんな男やもめなホームレス集団に突然現れた異国の美少女。まあどうなるかなんてすぐ分かりますよね」


琴音は近くのキノコを拾いながら

「この山は食糧が沢山ある。川も近いから身体も洗える。住むのには困らないパラダイス。でも満たされないものがある。それが性欲。そこに貴女のような美少女がくれば、まあ襲いかかります。そして、殺される。ナイフの使い手の貴女にね」


「安本梅さんは頭が回った。元々旅好きで、世間話が得意な梅さん。あの言葉の重い人々から、山の民の話を聞き出し、山の民の伝承に乗っかる事にした。そして、貴女にもそう教育した。山の民と疑われても困らないように」


「あの獣の死体の山も、梅さんが聞き出した伝承なのでしょうね。山で死んだ死体は身元不明のホームレス。だから話題にもニュースにもならない」


「伝承を乗っ取り、ここで生活のすべを得たお二人。でも分からないことがある。いくら食糧が豊富とは言え、山での生活は辛い筈です。下山は考えられなかったのですか?貴女が失踪してから五年は経っている。五年近くも山で潜伏だなんて…」


「アナタニハ、ワカラナイ」

仮面を外したライサ。

そこには

「キズ、ヒトツデ、スベテヲ、ウシナウ、ノダ」


顔の真ん中に真一文字の傷が付けられていた。


「ナイフの傷ですか」

「イチド、タダ、イチドダ。ダガ、コノキズヲ、ミレバ、ナイフノ、ケガダト、ワカル、ソウナレバ、メインステージ、ニハタテナイ」


美貌とナイフの腕で人気のあったライサ。

だがナイフの芸の失敗で、顔に大きな傷が出来た。それ以降「この娘はナイフで大怪我した」と宣伝しているようなものだ。人気は急落し、サーカス団でも揉めた。


「ウメ、サンハ、コンナ、ワタシヲ、タスケテクレタ。オンガエシ、シタイ」


琴音はしばらくライサを見ると

「私以外にも、あのお宝を探しにきた人達はいたはずです。どうなりましたか?」

あれだけ地面が緩かったのだ。なんども掘り返そうとしていた筈だ。


「Проклятие(呪い)デ、タオレタ。ソノママ、○○○」

「あらあら、まあまあ」

琴音は身体を揺らす。


「ワイルドですわ。想像を超えてました。やっぱりこの山は変です」


「ワタシタチヲ、ドウスル?」

「梅さんは地元に運んで治療させたほうがいいとは思いますが」

ライサを見て


「少なくとも私は、貴女になにかをする義理はなにもありません。ご自由にされてください。山の民に会って呪いを解いてやったと自慢しますよ」


鞄から粉を渡す

「梅さんなら、このメモが分かるはずです。これだけあればしばらくは持つでしょう。あとは話し合ってください」


「……Спасибо(スパシーバ)」

「スパシーバ、ありがとうですか、どういたしまして」

お辞儀をする琴音。


「ではお元気で。ラリサさん。失礼いたしますわ」

=====================



「いや、洗脳って怖いですねー」

「なんだ、急に」風村が驚いたように言う。


「前言った依頼の件、山の民に会いに行ったんですよ。そうしたら、ロシア人の美少女と会いまして」

「ロシア人の美少女が山の民?」

「そう名乗れと、連れられた安本梅さんに吹き込まれたわけなんですが。変な仮面被って過ごしていたみたいで。なんかそういうの好きだったんでしょうね、梅さん」


「洗脳って、梅さんがその美少女にしていたのか?」

「はい。人○○するぐらいには過酷な生活な訳ですよ。それでも外に逃げないように、その傷で外に出たらきっと迫害されると言い続けたんでしょうね」


新聞を出し

「失踪時12歳、現在17歳、私と同い年ですね。洗脳されそうな年代です。傷跡なんて殆ど分かりませんでしたよ。彼女の中ではまだ大きな傷なんですかね?鏡もなく、水写しじゃよく分からないでしょうし」


「なんで、梅さんの方はそんなことを?」

「美少女が大好きで、一緒に暮らせればなんでも良かったのでは?」


「それなりな年代の女性だろ?」


「恋をするのに、年齢も性別も関係ないのでは?私としてはグロテスクな愛にうつりますが、他人の恋愛に口出しする気もありませんし」

そして


「わたし、そんなに親切じゃないですし」


琴音は微笑んでいた。

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