探偵はキッチンで高笑う
本当に不定期更新なので、1日何話もあがったり、何日も放置したりかもです。
早森琴音の学校内の評判は極めて悪かった。
ひとつは見たままだ。
だらしのない格好。
ただ伸ばすに任せた髪の毛。
顔全体を覆いかねない程の前髪。
風呂にも入っていないんじゃないか、と嘲笑されるような噂。
クラスでは無口で、放課後は図書室か図書館の二択。
進学校が故に、勉強が忙しく、あまりいじめをすることも少ない学校だったが、その分陰口や悪口は横行していた。
もう一つが、援助交際の噂。
渋谷で彷徨いているのを見た。
おじさんと親しげに話していた、などなど。
だが、彼女はそんな噂を気にすることもなく、今日も図書館にいた。
「……」
彼女は一心不乱に積み上げた本を読んでいる。
その横には、にこにこしているイケメンが座っていた。
「琴音、読み終わった?」
「……だまれ」
琴音は殺気を出して黙らせる。
先程から五分おきに声をかけてくるのだ。
「いいか、この状態の、わたしに、声を、かけるな」
言葉を区切って脅す。
しかしイケメンは
「いや、だって琴音、アドレナリン出たら人の話きかないじゃん、落ち着いた時に話しようよ」
にこにこしている。
この二人は顔見知り。
どちらも高校生探偵だった。
琴音は宝探しを専門とする探偵だ。
一方で、この少年は殺人事件を解決する探偵。
ドラマとは違う。
探偵は殺人事件の解決などしない。
しかし、この少年は、報じられた事件から、真犯人を特定してしまうのだ。
最初はブログだった。
報じられた事件をもとに真犯人を当てるブログ。
名誉毀損だ、人権侵害だ、騒がれたが、取り上げた五件全てが正解だった。
まだ15歳の彼は警察に呼ばれ、未解決事件の概要を聞かされると、手口と犯人を答えた。
全てが正解だった。
完璧な解説に犯人が諦め自供したのだ。
このあたりで、この少年の扱いは特別なものとなった。
警察は彼の親に頼み込み、高校生という立場でありながら、特別な待遇で警察内部に入れるようになった。
そんな彼、吉野原准一は顔が良くモテた。
しかし、その性格は破滅的で
「バカに人権はない」
がモットーだった。
彼の顔や、頭の良さ、またその名声に惹かれた少女達と付き合うが、飽きたらすぐ捨てる。
彼の価値観に合わない少女などなんの価値もない。
身体を散々に弄んで終わり。
そんな彼が唯一執着する少女が、琴音だった。
「ヤリチン、暇なら外でセッ○スしてろ」
「あれもやり過ぎると飽きるんだよ」
にこにこ笑う。
琴音は溜め息をつき本を閉じる。
「で、なんだって?」
「ああ、やっと顔を見てくれた。どう?外でパフェでも食べながら話さない?」
准一と琴音は近くのファミレスに入った。
「琴音はよく食べるね」
驚いたように言う。
3000円するジャンボパフェを頼んだのだ。
「糖分は脳にいい」
「そうかな、才能が全てだよ」
噛み合わない会話。
だがこの二人では成立している。
爽やかでかなり顔が整っている准一と、髪もボサボサ、制服も適当に着ている琴音ではあまりにもアンバランスで目立っているが、二人は気にしない。
「風村と縁をきれ」
准一は注文したステーキを食べながら世間話のように言う。
「イヤだ」琴音は簡潔に言う。
「あいつはヤバい。殺人コーディネーター?立派な犯罪行為だ。事件を依頼人の都合の言いようにねじ曲げるなんて」
准一はぞっとしたように言う。
「僕の担当した二件が奴の仕事だった。どれも騙されたよ。だが、なんとか気付けた。真犯人の逮捕には至れなかったがね」
憂鬱そうに言う
「私には関係ない」
「関係なくはない。あいつは君を切り捨てる事に躊躇わないぞ」
「関係ない。私は、他人が必死に捜す宝を、横から見つけ出した時の快楽さえあればどうでもいい」
溜め息をつく准一。
「琴音、君はあいつに騙されてる。気が変われば声をかけてくれ。警察が君を守る」
そして
「信じて欲しい。俺は君の味方だ」
琴音の頬にキスをして立ち去った。
しかし、琴音は無感動にキスされた頬をナフキンで拭いてジャンボパフェを食べ続ける。
すると
「早森!早森でしょ!なに!あのイケメン!!!」
ファミレス内に、同じクラスの少女がいたのだ。
最初はイケメンに見とれていたのだが、横に座っているのが、クラスメイトの変人だと気付いたのは暫く後。
「…だれ?」
「川藤よ!クラスメイトでしょ!」
「記憶にない」
「そんなボサボサの髪で前見てないからでしょ!」
大騒ぎするが
「静かにして。パフェが不味くなる」
「あ、ごめん…じゃない、なに、あれ?なんであんなイケメンにキスされてんの!?」
「キス?頬にばっちい唾つけられただけ」
「それをキスって呼ぶのよ!」
「静かにして」
「ご、ごめん」
「あいつはヤバい奴だよ。関わらない方がいい」
「や、ヤバいって?」
「私が知ってる限りで、あいつに振られて5人が自殺している」
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「ハレルヤ!今日も良き日だな!琴音!」
風村が、いつものコーヒーショップにいる。
「風村、依頼について」
「ああ、コーヒーが冷める前に話そう。クライアントは大宮飛鳥。中規模レストランのチェーン店を展開している女社長だ。先代が残したレシピを捜していると」
「以前頼んだやつね。依頼がようやく来たと」
「先代が亡くなって一年。随分放置していたものだ」
風村が冷笑する。
「ここも爆弾を抱えた案件でな。俺の仕事も乗りそうだ」
「ええ。とりあえずクライアントには会える?」
「ああ。もうレシピの隠し場所は分かっているんだろ?」
「もちろん。クライアントの待ち合わせ場所はそこにしましょう。」
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大宮飛鳥が経営するレストランの初号店でクライアントと会う琴音。
30代半ばの女性である大宮は、その琴音の姿を見て驚きの声をあげた。
「まあ!こんな可愛らしい探偵さんだとは思いもよりませんでしたわ!」
「幼いとはよく言われます。ですが、ご安心ください、クライアント。私は間違いなく、あなたの宝を見つけ出します。」
「頼もしいですわ。実は、宝とはレシピですの。昨年亡くなった先代が作った筈のレシピ。口伝では頼りなく、どうしても先代が残したメモが必要になりまして…」
琴音は、大宮飛鳥の父親である浩三が亡くなったあたりから目を付けていた。
有名な大宮のレシピ。
浩三は偏屈な男と評判だった。
そのレストラン継承も、経営実績のある長男を選ばず、長女の飛鳥を選んでいた。
そう言った偏屈さから、まともな手段でレシピの継承などしないだろうと睨んだ。
実際、レシピの継承はなかった。
それでも浩三が育てたシェフがいる。
飛鳥はそれに任せていれば問題は無かった。
先月までは。
浩三と飛鳥では経営方針が違う。
また、シェフというのは独立志向が強いものも多い。
立て続けに中心のシェフが抜けた。
もちろん、基本となるレシピはある。
だが一部の料理の再現が難しい。
飛鳥はなんとしても、浩三のレシピを探す必要が出て来た。
そして今日
「クライアント、既にレシピの場所の検討はついています」
「まあ!どちらですの!?」
「ここです」
初号店の店を指す。
「ここですか?もちろん、父の思い出のお店。私も普段はここに勤めています。真っ先に調べたのですが」
「はい。この思い出の店にレシピはあります」
そう言って琴音は入る。
「浩三さんは飛鳥さんを愛しておられました」
琴音は淡々と喋る。
「まあ、そう言ってもらえるとうれしいわ。私もそう思っていたのだけれども」
「実際にそうだったと思います。でなければ、実績を残されたご長男を差し置いて飛鳥さんを後継指名するわけがない。だから、こんなに分かりやすくレシピが無くならないように残されようとした」
キッチンに入り天井を見上げる琴音。
「…え?」キョトンとする飛鳥。
「浩三さんは偏屈と評判がありました。実際にそうだったのでしょう。直接レシピの場所を伝えていないことからも明らかです。だから実の娘にレシピを残さなかったと納得された。けれども、浩三さんの娘への愛は本物です。燃えてしまう紙だけとか、シェフに頼った口伝だけなんて有り得ない」
そして
「ほら、100年消えないように、全部刻んである」
「…?え?えええええ!!!!!!!!!」
キッチンの天井。
そのタイルの模様。
しかし、それはよく見ると模様ではない。
そのタイルに文字が刻まれていた。
それはレシピ。
「ハハハハハハハハ!!!どうですか?一年捜した待望のレシピは!あなたの頭上に常に存在していたのです!」
「そ!そんな!」
「遺言にあったでしょう!聞いていますよ!『お前を天から見守っている』と!お父様の愛は!常にあなたの天井にあったんですよ!」
「と、とうさん…」
飛鳥は呆然と座り込む。
「ご、ごめんね。とうさん。でも気付いて良かった。これから頑張るよ、わたし」
「はい。頑張ってください」
にこにこする琴音。
しかし、その目には残酷な輝きがあった。
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「飛鳥が死んだ」
「ええ」
風村から呼び出されて、いつものコーヒーショップで話し合う琴音。
「本来のクライアントである、大宮洋司氏からのコーディネートの依頼が舞い込んだ。また世話になったな」
「これでプラスマイナスゼロです」
大宮洋司。飛鳥の兄。
本来であれば長男の洋司が継ぐレストランだったが、浩三の強い意志で飛鳥が跡を継いだ。
洋司は、それを疎ましく思い、中心シェフの追い出しなどを行い、飛鳥体制の弱体化を狙ったが、今回のレシピ獲得で、飛鳥体制は盤石となった。
その結果、洋司は飛鳥を殺した。
そして風村に、洋司が犯人とされないようなコーディネートを依頼したのだ。
ここまで、全て琴音の予想通り。
琴音は顔が広く、依頼を取りやすい風村に頼っていた。
その為、風村の仕事に繋がる、殺人事件への繋がりが予想されていても、わざわざクライアントに警告しない。
琴音は
「わたしは、飛鳥さんの、あの愕然とした、自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれた顔を見れて満足です」
残酷だった。
基本的にこの作品に出てくる自称「探偵」は、頭おかしい奴しかいません。