探偵は中庭で高笑う
「うーん……」
琴音は図面を見ながら唸っていた。
「おっかしいなぁ…これどこにも隠す場所見あたらないし……」
今日の琴音は事前調査。
まだ依頼も来ていないが、宝を探している人間がいることを掴み、事前に調べ始めていたのだ。
「うーむ。ここには存在しない。別の場所にあると仮定しますか。そうすると…」
図書室で資料を広げて色々眺めていると
「早森、ちょっといい?」
「よくないです」
図書室に少女が来ていた。
放送部の副部長。
「じゃあ、そのまま聞いて。あんた放送部来る気ないんでしょう?」
「完全にないです」
「じゃあ部長に断って」
「既に10回以上断っています」
「あいつが言うには、断っていないって」
「副部長の青木先輩からも言ってもらえませんか。勧誘は迷惑だ。部活に入る気は完全にないと」
「……うん、聞いてた話と違うね。ちょっと言ってくる」
放送部の部長はしつこい。
断っても断ってもすがってくるのだ。
野球部のキャプテンのような、引くところは引くような対応だと、琴音も妥協したりはするが、毎回ああだとかなり困っていた。
「まあ、いいです。それよりも、ここになければ……」
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「いやいや、どうも!どうも!風村です。いや、お久しぶりですな!」
いつものコーヒーショップで、携帯で朗らかに笑う風村。
「どうかなされました?まさか、あの話になにか…?あ、そうですか。いや、それはなによりだ」
また笑う。
電話の相手は、風村が以前手がけた仕事の依頼人。
風村の仕掛けた、偽装殺人の仕掛けがばれたのかと思ったのだ。
しかし、そうではないと言う。
「ほう。いや、それは紹介できますよ。いや、うちの人間では無いんですよ。独立はしています。もちろん紹介は必ず出来ます。彼女は宝探しに関しては失敗はあり得ません」
琴音の話が出たのか、風村は上機嫌に話す。
「ええ。では連絡先を送ります。メールでしか依頼を受けない奴でしてね。はい。それでは」
風村はコーヒーの飲むと、スマートフォンでSMSを送る
『伊東太一が釣れた』
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「お待たせしました。クライアント」
「いえ、全然。時間通りです。早森さん。メールさせて頂いた通りの依頼ではあるのですが」
依頼人の伊東太一が汗を吹きながら話す。
50代のでっぷりとした男だ。
「このアパートは取り壊し予定なのですが、ここに住んでいた住人が亡くなりまして。その遺族がまだこの部屋に大切な物を残してるハズだ、と言いまして。もちろん何回も入って探してもらいました。ですが、出てこない。なので、取り壊そうと思っているのですが」
「あまりにも苦情が大きいと」
「そうなんです。物騒なことも言われましてね。まあ警察に相談もしましたよ。勿論。その上で、以前、風村さんから、早森さんの話を聞いていて。探し物のプロがいるから、その人に頼むというのはどうだ?と聞いたら、それでいいとなりまして」
「信頼していただいて有り難いですわ」
「実は、依頼人は私なんですが、お金はその遺族が払う約束でして。ああ、ご安心ください。相手に関わらず、早森さんにはちゃんとお支払いを」
「ご安心ください。そんな心配していませんわ」
早森が言うと
「結論から言うと、あの部屋にはなにもありません」
「な、なんと。そんなものはなかったという事ですかな?」
「宝はあります。あの部屋にはなにも無いのです」
琴音は、もう誰も住んでいないアパートを歩く。
「クライアントは、探す品は通帳と実印と聞いているのですね」
「ええ。それがないと引き出せないと」
「そんな訳ありませんわ。今時そんな対応する銀行なんてない。もちろん手続きは面倒ですよ。その二つがないと。でも、こんな恐喝めいたことをして、こんな高額な人を雇ってやる意味なんてありません」
琴音は、振り向き
「でも、間違いなくこのアパートには宝がある。だからあんな真似をしたはず」
目を細め
「…なんだと思われます?」
「…いや、私にはなんとも」
「遺族の探し方がおかしかった。通帳の探し方じゃない。壁を削って、床を剥がして。なにを探していたのか、そして、そんな大事な宝物を見つける時には立ち会わない。そんな脅迫めいた事までして、金まで払うのでしょう?立ち会う権利は主張できますよ。なのにしない。理由は」
琴音は、立ち止まり
「見つからないと確信しているからです」
「無いのですか?」
「貴方には『見つかれば金を払う』と仰った筈です」
「ええ。そうです」
「見つからないなら払わなくていい」
「もう見つけて持ち出した?」
「いいえ。『通帳と実印』などなかった。探してなどいなかった。遺族がやろうとしているのは」アパートを指差し
「解体工事の引き延ばしです」
「……?え?なんでそんなことを?」
「このアパートが、宝物です。これこそが宝」
「亡くなった吉本さんの思い出を守りたくて?」
「いえ、だったら部屋ぶっ壊さないでしょう」
苦笑いする琴音。
「空き家問題って深刻ですよね。このアパートも空き室が多かったと聞きます」
突然話を変える琴音。
「?まあ、そうですね。なにしろ、古くて」
「最後の吉本さんが亡くなる前の二年、他には誰も住んでいなかった。不便とはいえ、よく我慢されましたね」
「追い出すのもどうかと思いまして」
「素晴らしい温情ですわ。その優しさが、今回の事態を招きました」
琴音は庭に出る。
そして
「人が住まない家はすぐ崩壊する。なのにこのアパートは全室比較的綺麗です」
「そうですかね。管理はそこまでちゃんとしてはいないのですが」
「そう。管理などしてないのに崩壊してない。人が住んでいた。いや、使っていた。毎日じゃない。特定の目的の為に」
「え?勝手に住んでいたってことですか?」
「このアパート、周りから隔絶されています。機密性抜群。そんな廃アパートは」
言葉を区切り
「売春宿にうってつけ」
「ば、売春!?」
「あの遺族は売春宿の元締めやっていたわけです。いやボロ儲けだと思いますよ。大体窓ガラス綺麗すぎますよ。なんでこんなアパートに防音ガラス?あり得ません」
「まだ驚かないでくださいよ。売春宿だけなら、なにもあなたをあそこまで恐喝する必要はない。もっとイリーガルなことに手を染めていた。つまり」
「ま、まさか」
「この庭に生えているものなーんだ?」
「た、大麻?」
「正解です」にこにこする琴音。
「他にも庭を掘ればイリーガルな媚薬とか出て来ますよ。警察に踏み込まれたら、管理責任問われますから」
にこにこして
「警察に駆け込むべきです。大丈夫です。あなたは被害者。ちゃんと私が警察の知り合いに、うまくやってくれと頼み込みますから」
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「宝探し終了っと」
クライアントは、警察に通報し出頭した。
管理責任は問われるが、あくまでも管理不届き程度で済むと、琴音は送り出したのだが
「そんな訳ないでしょ、バーカ」
伊東太一は、ここに何度も来ていた。
売春宿と化していたアパート、堂々と栽培されていた大麻に気付いていない訳がない。
遺族に脅されたのは事実。
通帳と実印が見つかるまで出ていかないとごねたのも事実。
だが、元々は取り分の話で揉めたのだ。
管理責任を問われかねない、土地所有者の伊東なのに、その配分はあまりにも少なかった。
だったら出ていけと揉めていたのだ。
そして、琴音を呼んで、その言い掛かりの通帳と実印を探し当てて追い出そうとしたのだが
「みなさん仲良く刑務所で過ごされると良いのですよ」
琴音はアパートを見る。
「いいアパートだなぁ。叔父貴のアパートみたいです」
そして
「あはははははははははは!!!!!バカ共が!!!この素敵なアパートを汚した虫けらなど、牢獄がお似合いですよ!!!!!あはははははははははは!!!!!!!!!!」




