探偵は駅前で高笑う
二階堂沙紀は悩んでいた。
「いや…光栄だけど…」
女子野球部キャプテン。
前回琴音に無理矢理お願いして、野球部の助っ人に連れ出した。
初戦敗退ではあったが、2-3と強豪相手に大接戦だった。
高校最後の大会を気持ち良く終わることが出来た。
と満足していたのだが
東西対抗戦選出の通知
女子野球部はまだマイナーだ。
ソフトボールはともかく、女子野球は人数が少ない。
だから、あの手、この手で盛り上げようと様々な施策をうっていた。
それがこの東西対抗戦。
初戦敗退とは言え、強豪で、全国準優勝校相手に三点で抑えきったエースである二階堂と
「早森来るわけないじゃん…」
その試合ニホーマーの早森琴音。
この2人が代表に呼ばれていた。
彼女は勧誘を心から嫌がっている。
前回は二階堂が無理矢理やらせたようなものだ。
「まあ、通知だからね。話をするだけなら」
気が乗らないまま、二階堂は琴音のところに向かった。
早森琴音は昼は食べない。
ずっと図書室にいた。
その習性を以前勧誘時に知っていた二階堂は、昼休みになると、琴音のところに直行した。
「早森、ごめん。こういう通知が来て。見るだけ、見てくれる?」
「……」ざっと目を通す琴音。
「見ました」
「返事をしないといけないの。断る?」
聞くまでもないが一応言うと
「…ちょうどいいです。構いませんよ」
「…え?」
「別にいいです。1試合だけですよね。断って先輩に迷惑かけるのもあれです。私は構いません」
「ほ、本当に!ありがとう!早森!」
嬉しくて跳ねる二階堂。
早森が変人なのは前回の試合で知っている。
だが、ちゃんとこういう事には気を使ってくれるのは嬉しかった。
「今度練習する?」
「はい。明日と土曜日行きます」
「うん!よろしくね!」
そういうところ真面目だよね。と思いながら二階堂は上機嫌で戻った。
そして、琴音はメールで「次のデートの日を決めた。再来週の日曜日だ。場所は楽しみにしてろ」と送り、本を読む作業に戻った。
土曜日。野球部の練習に行き、バットを振るが
「え?」
バットの根っこにボールが当たったのか、バットを落とし呆然とする琴音。
「あれ?手に当たった?早森」
「いえ。でも手が痺れます」
「ああ。根っこだとそうなるわ」
「…うーん…」琴音が難しい顔をする。
「キャプテン、私側に曲がる球投げてもらえませんか?」
「…?インコースに変化球投げればいいのね?シュートで良いかしら?」
「はい」
なにかを掴もうとしているのだろうか?と言われたとおり投げるが
ガツンッ!
思いっきり根っこに当たる。顔をしかめる琴音。
そして手を見る。
「これは…なるほど」
そう言うと
「キャプテン、わたし、この場所を攻められると打てないです」
「ああ、インコース攻めが苦手ってことね。それは仕方ないわよ。カットするか、見逃すしかないわね…」
むしろ、この短期間で苦手なコースを見つけ出すのが凄い。
それからしばらくバッティングの練習をしたが
「守備の練習します」
「そうね。しましょう」
琴音の練習は淡々と続いた。
試合の前日にチームの顔合わせがあるため球場に行くと
「よく来たわね。早森さん」
にこにこしながら園部が来る。
「お久しぶりです。園部さん」
「お礼が言いたかったのよ。おかげで決勝戦まで行けたの。癖読みなんて気にしなかったけど、凄い威力ね」
「分かりにくかったですよ」
「ええ。今はもっと分かりにくいわよ」
しばらく談笑したあと
「またホームラン打ちまくるの?」
「多分無理です。わたし今回は対戦相手知りませんし、事前の決め打ちは出来ません。あと苦手なコースありますから、バレたら終わりです」
「苦手?どこだったの?」
キャッチャーの水上が驚いて聞く。
「インコース」
「ま、まじかぁ…」頭を抱える水上。
「頭にはよぎっていたんだけどね…そうか」
「普通にセオリー通りで抑えられたのか…」
琴音がキョトンとして
「インコース攻めってセオリー通りなんですか」
「うん」
「じゃあ、ちょっと今回は難しいかもですね。守備で頑張ります」
「また、あっさりと。でもあなたの守備すごいからね。期待してるわ」
翌日の日曜日。朝からそわそわして、駅で待つ准一。
「いや、しかし。桜木町待ち合わせとか、琴音もこういう普通のデートコース好きなんだ」
かなり意外だったが、琴音も女の子である。
そういうものなのだろう。と駅で待っていると。
「お待たせ」
「いや、今来たところだよ」
お決まりのセリフを言う。
時間は待ち合わせ3分前。
琴音はきちんと余所行きの服を着ていた。
ドレスでも、いつもの適当に着流した制服でもない。
「琴音の私服は久しぶりだ。とても似合うね」
「そう、ありがとう」
なんか普通のデートっぽいな。前回の図書館から動かないのはなんだったんだ。
と准一が思うと。
「コース決めてるから。行きましょう」
「うん。いいよ。着いていくよ」
「楽しみにしていてね」コロコロと笑う。
どこだろうか?宝探しでもないのに、積極的な琴音が嬉しくてにこにこしていると、目的地はすぐ着いた。
「着いた」
「球場?」
准一はあまり野球に興味がない。
なので詳しくはないが
「なにかイベントがやってるの?」
物販等のイベントでもやっているのか?と思っていると、琴音が垂れ幕を指差す。
「女子高校野球東西対抗戦……?」
読み上げるがしっくりこない。
「これ観戦するの?」
「准一はね」
「え?琴音は?」
琴音だけどこかいくのか?それデートか?と思っていると
「私は選手で出るから」
「なるほどー。はめられたー」
准一は席でぐでーとなる。
琴音が野球というのがさっぱり分からないが、それなりの付き合いがある准一には分かる。
琴音は、運動神経は悪くない。
そしてあの頭脳と決断力。
いきなり野球をやっても、それなりについていけたりはするのだろう。
「でも琴音がねぇ。なんでこんなのに付き合うのか」
言いながら
「ああ、デートとか面倒だから、この観客席に座らせてデートってことにしようって事か」
まあ、と思い直し
「応援しますか」
「なにあの内野席のイケメン」
「見ない方がいいです。私としては今日の目標はあいつの顔面にボールをぶつける事です」
真顔でバットを振る琴音。
すると「元彼?」水上が当たり前のように聞くが
「付き合った認識はありませんが、そのような関係と思って頂けると話がしやすいです」
「なるほどね」
「あまり触れてくれるな」
ということだ。周りの人間は理解してくれた。
琴音は7番ライトだった。
守備は相変わらず
「なんでそこにいるの!」
ボールの行き先を先読みしており、的確に守っていた。
一方でバッティングは、前回と違い、決め打ちをせず、四球、三振、三振
と三打席ノーヒットで終わっていた。
「琴音、全然バット振ってないじゃん」
准一の両隣には女の子が座っている。
准一は特になにもしなくとも、女性が寄ってくる。
今回もそうだ。
適当に対応しているうちに、あっという間に懐かれていた。
「あの人の応援?」
「そう」
「彼女?」
「うーん」顔をしかめる准一。
「元カノ、の関係が近いかな」
「そうなんだ」ニコリとする少女。
それっきり触れなかった。
琴音も准一も互いの関係を説明するのが面倒くさい。
友達ではないし、知り合いと呼ぶには縁がありすぎる。
もちろん恋人ではない。
説明が面倒なので
「元恋人みたいなもん」
というとあまり追及されないので、そうしていた。
第4打席。
一打逆転のチャンスで琴音が出てくるが
「…?ん?」
チームメイトになにかを囁かれた琴音は、バッターボックスの端で構えていた。
「あんなに離れていたら、打てなくない?」
野球は詳しくはないが、なんとなく思う。
すると
「たぶん、あの人、インコース攻めが苦手なんだと思う。あれは極端すぎるけど、インコース攻められないように、ああいう位置取りはあるよ」
「へー」感心する准一。
「インコースってバッター側?」
「うん」
「ああ、あれだ。分かった」
「?なにが」
「琴音、手が痺れるの大嫌いだからだ」
その声が聞こえた訳でもないだろうが、琴音はボールをフルスイングし
「あ、あぶない!!!」
真っ直ぐ准一の方にボールが来た。
「わお、愛を感じる」
咄嗟に鞄を前に出し
「ぶっ!!!!」
「だ!大丈夫!」
想定以上にボールは勢いがすごかった。
鞄程度では防げない。
それでも怪我は無かった。
「いや、大丈夫だ」
琴音を見ると
「やり損なったか」
という目でこちらを見ていた。
第2球、今度は痛烈なクリーンヒット。
ランナーが2人帰って逆転となった。
最終回、琴音が守備につくと
「いやいや、相変わらずだね。准一君」
「風村!」
後ろの席に風村が座る。
「どうしてここに?」
「ん?君も中継見たんじゃないのか?たまたま事務所で流してるスカパー!で中継していてね。琴音が映ってコーヒー咽せたよ。急いで来たんだ」
「僕はデートの約束がこれですよ」
「ああ、借りね。しかし、相変わらずモテる。羨ましいなぁ」
風村がにこにこする。
この2人は敵同士だ。
だが
「そうだ。一度風村さんに聞きたかったんですが」
「なんだい?」
「なんで琴音はあそこまで風村さんを頼っているんですか?貸し借り無しだ。いつでも見捨てられる、という態度を見せているが、僕から言えば依存状態だ」
「細かく言えば長い話になるが、端的に言えばすぐ終わる」
「端的に」
「彼女の肉親はグズしかいないからだ」
……
「すみません。もうちょっと詳しく」
「小学生の時に、親の離縁のトラブルで餓死しそうになった。そこまでは知っているかな?琴音は手の痺れを嫌がるだろう。あれは餓死寸前の時の痺れを思い出すからだ。それを救ったのが、たまたま家を訪れた父親の弟、叔父にあたる人だった」
「餓死ですか、今時」
「今では信じられないかも知れないが、俺が会った時はまだ名残があった。彼女はモラルの塊だったんだ。正義感とモラルで武装したガチガチの信念の持ち主。人の物を盗るとか、恵んでもらうとか、そんな事をするなら死ぬみたいなね。そういう教育をされていた」
「しかし、餓死寸前で救われた事によって彼女の価値観は変遷した。そう、助けた人物が問題だったんだ」
「……?なにか琴音に酷いことを?」
「いや、全く。今でも琴音と叔父は仲が良く遊びに押し掛けている。問題はその叔父は、父親とは別ベクトルのグズだったんだ」
風村は切なそうに琴音を見ると
「働きもせず、亡くなった親の金を食いつぶし、それが無くなったら疎遠の兄に金を借りに行く。想像しうる限りで、凄い勢いのグズだ」
「…もしかして、たまたま救われたというのは」
「そう、借金の申し込み。しかも留守と分かると盗みをしようと、庭に出たら琴音を発見した」
「びっくりするような家系ですね」
「しかし、その叔父はな。そんな自分が姪を助けられたと一念発起して、また働きだしたんだ」
「美談ですね」
「すぐリストラされるがな」
「……ま、まあ。助けた叔父がアレなのは分かりました。それで、琴音がなんであなたに頼って…」
「そのクビにした会社に琴音は乗り込んできた。そこに、依頼の為に、たまたま居合わせたのが俺だ」
「…そこで、繋がるんですか」
「まだ小学生だか、中学生だか。それぐらいなのに、あまりの弁舌に驚いた。社長も驚いていたよ。こんな少女の叔父なのだから、もしかしたら優秀なのかもしれないと勘違いするぐらいには」
「そして、俺はこの少女は使えると思ったんだ。頭の出来が良すぎる。こいつを育てれば、俺の仕事はもっと上にいける。当時はコーディネートの仕事なんて殆どなかったからな」
コーディネートと言う単語に准一の顔が引きつる。
「なので、琴音を説得したんだ。この社長の裁定は間違いはなかった。彼にはこの仕事が合わない。自分で探すしかないんだ。と。そして、君が叔父の手伝いをしたらどうだ?と聞いたんだ」
「それ、完全に児童を援助交際に誘うおっさんの手口ですよね」
「否定はせんよ。俺は実際そんな気持ちで誘ってた。使えそうだと、道具みたいな気持ちで誘った。ところがだ」
「想像以上に優秀だった」
「あいつは今は宝探し専門だ。だがおかしいと思わないか?あいつの快楽の源は、バカを見下す事だ。別に宝探しでなくていいだろう?そうなった原因はな。俺の仕事の手伝いだ」
試合はツーアウト。もうじき終わる。
「俺の仕事が彼女の仕事を決定ずけた。だが、あの『バカを見下す』というのは叔父の影響だ」
「……?話を聞くと、叔父は見下される側なのでは?」
「違うんだよ、准一。そのうち叔父に会うだろうから、忠告してやる。あの2人は、完全に共依存関係だ。叔父の屈辱は自分の屈辱。あの快楽の源はな」
「世間からグズと言われ続けた早森康平の復讐なんだ。そんなグズに命を救われた、グズ以下の早森琴音。それが彼女の原点だ。それ以下だお前らは、バカ共が。というのが、彼女の快楽なんだ」
呆然とする准一。
「そして、准一は否定はしていたがな。琴音は、心の底から俺を道具としか思っていない。便利な道具だ。不便になれば、玩具のように壊すだろうな。使えるうちは使えるだけ使う。それが依存に見えるだけだ」
ライトライナーで試合終了。
最後は琴音のグローブにボールは吸い込まれた。
「気をつけるんだな、准一君。彼女はモンスターだ。恋をしてはいかんよ。君のように女に困らない人なら上手くいくかな?と期待しているんだが」
風村は、席を立つ。
「言うことはないと思うが、叔父の話はしない方がいいと思うぞ。あれが彼女のコアだ。あれに触れられると思うと半狂乱になる」
「…叔父は、彼女には、なにもしてないのですか?」
「しないよ。彼女を傷つけることは絶対にしない。グズにはグズの誇りがある。会えば分かる。俺も会ったが」
「本当の親子だと言われても納得するよ。あの愛情はね。娘に養われるあたりは本当にグズだと思うが」
試合後
「琴音、デートの続き」
准一が駅前で待っていた。
出口では捕まえられなかったのだ。
「疲れたので寝たいです」
「仕方ないな。帰り中華街でご飯食べて帰ろうか」
「ならいいです」
「しかし、ここまでしてデートを避けたい?」
すると琴音はにこにこして
「いいえ。私の愛が感じられませんでした?離れていたほうが伝わる事もあるんですよ、あのファールとかね」
笑う琴音。
「あれね。あれは愛を感じたな」
准一も苦笑いして、出来るだけゆっくり出来る店を探そうと、中華街に向かった。




