探偵はカタコンベで高笑う
「まあ、お宝と言えばお宝ですので問題ありません」
「ありがとうございます!どうか!なにとぞ!」
依頼人である梨田登が、琴音に土下座する勢いでしゃがむ。
「しかし不思議です。自分で言うのもなんですが、私は高いですよ?なんでわざわざ」
「はい。実は…探す場所が問題でして。これを見てください」
梨田は地図を見せる。
「…ん?」琴音はクビをひねる
「…もう、お気づきになりましたか?」
「…あの、これ、まさか…」
琴音はメモ書きに走り書きをして依頼人に見せる。
「はい。そうです」
「なるほど」納得した琴音。
「それで、いつ来て頂けますか?」
「今週末伺いますわ」
「よろしくお願い致します」
今回の依頼は、事前情報なしで直接琴音に連絡が来たケースだった。
その場合は、現地に行く日までに目処をつける。
依頼人からの地図を眺めながら
「うーん、ここと、ここと…」
ノートにチェックをつけている琴音。
「うん、こんなものかな」
満足した琴音は本を閉じた。
「まあ、こんなもんでしょうね。あとは道具の手配だけです」
約束した当日
「お待たせしました。クライアント」
「いえいえ、時間通りです。しかし…」
琴音が載ってきた大型バンを見てクビを傾げる。
「ああ、今回は物が多くてですね。運転してきてくださった皆さんはここで待機してもらいますので、お気遣いなく」
「そうですか。ではこちらへ」
「はい」
琴音は、台車に大きな箱を載せてそのまま押して歩いた。
「おそらくこの奥なんでしょうが、そこから先のどこにあるかは分かりません…」
「ええ。ではクライアント、こちらをどうぞ」
琴音は、箱に入っていたライト付きのヘルメットを渡す。
「おお、懐中電灯より便利ですな」
「手がふさがりますので、懐中電灯では困るのです」
「…手がふさがる?」
不思議そうに首を傾げる梨田。
琴音は、どんどん奥に行き
「この前、洞窟に隠された宝石を見つけだしまして」
「本当にお宝探しという感じですね」
「100年前の仕掛けでしょうに、正確に動作して驚きました。その前にも400年前の砦跡にも関わらず、落石の罠がまだ作動していた」
「凄いですね。そんな昔の仕掛けが」
「はい。いつの時代も有能な人はいる。そして、バカも」
琴音は、突然振り向いた。
その手には
「……は?」
拳銃。
玩具には見えない拳銃が、琴音の手に握られていた。
「クライアント、いいですか。よく聞いてください」
「な、なにを」
「わたしの予測に間違いがなければ、いえ、わたしの予測が間違えるわけがない。この先にお宝があります。しかし、それを得るためには、これが必要なのです。そして」
琴音は無線機を取り出し通信する。
「予定通りお願いします」
『ラジャー』
そう返信がくると
ドムッ!という音が鍾乳洞に響く。
「な!なにが!」
「爆破してもらいました」
「な、なにを?」
「これから行く先の天井を。本当はそこからロープで降りるのも手だったんですが、ロープ降りてる最中に襲われたら終わりですから」
「お、襲う?一体なにを仰っているのですか?」
「クライアント、ここまで言えば気付いた筈です。カタコンベにあるお宝。クライアントのご両親の骨。ご両親を殺害した者は、ここにいます」
カタコンベ
地下にある墓所。
日本にはそのような風習は本来ない。
しかし
「骨を地下洞窟に埋めるなという法律はありませんからね。洞窟墓は日本にもありましたし」
「両親を殺した者が奥にいる!?でも両親が死んだのは20年前ですよ!?」
「そうですね。でもあなたは生きている」
琴音は、スタスタと奥に行く。
「ま、待ってください。一体何故そんなことが」
「事前に依頼内容までは分からなくとも、依頼をされた段階で、その人なりは徹底的に調べます」
「…え?」
突然語り出す琴音。
「私への依頼は基本的に特殊です。依頼料は高額ですから。基本的には自分で探すか、他の人に頼む。どちらもうまく行かない人達が頼む」
「は、はあ」
「なので、その人がどう動いたか、なにをなしたか。そしてなにが足りないかを調べることが、お宝を見つけるファーストフェイズ。ところが」
琴音は、微笑んだ。
「私に依頼する前は五年も昔だ。その間はあなたはなにもしていない」
汗をかく依頼人。
「依頼を聞くと洞窟に隠されたご両親の骨を見つける。確かに大変だ。広い洞窟のどこかに存在する骨」
「あなたのご両親は洞窟探検が趣味だった。ある日この洞窟で消息をたった。警察も立ち入ったが、洞窟内を流れる川に流されてしまったのではないか?と捜査は打ち切りになった。そしてあなたはここを地下墓所としてこの洞窟自体を墓にすることにした」
「それから、五年おきに、あなたはこの洞窟の捜索をしていた。わたしのような、探し物を探す業者に依頼をして。なんのために?」
琴音は、手にした拳銃を構える。
「クライアント、天井を見てください」
そこには、マシンガンを構えた複数の男たち。
「ここはカタコンベ。地下墓所。あなたのご両親が死んだ場所。貴方に殺された場所。そして、五年おきに探し物の名目で来た人間を殺害した場所」
洞窟内に響く複数の足音。
「洞窟探検、殺人者がクライアント、准一が来るまで前回と一緒ですね。最近流行ってるんですかね?洞窟での殺人事件」
「ま!待て!誰が来るんだ!」
「警察ですよ。クライアント。依頼を果たします。ご両親の遺体の残骸はここにあります。洞窟内の川の流れは、ここに一度集まります。その貯まった石の中になにかは埋もれているはずです。あなたが殺して、川に流した遺体はね」
「ば、ばかな!ここは探した……」
警察が広間に入ってくる。
「ではクライアントご機嫌よう。既に通った道で、あなたの殺人の痕跡を見つけていますから」
琴音は、愉快そうに笑いながら立ち去った。
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「人を殺したくなる発作ねえ」呆れたように新聞を読む風村。
「五年に一度って、オリンピックみたいですね、あれは4年ですが」琴音といつものコーヒーショップで雑談していた。
この事件は新聞で大々的に報道された。
琴音の名前は出ていない。
「何人殺したんだ、そいつは」
「わたしが知りうる限りで6人」
「琴音で7人目だったのか」
「レイプでもする気だったんでしょうね。途中で襲わなかったということは」
琴音の運んだ箱の中には、ありとあらゆる武器、護身道具が入っていた。
途中で襲われればそれを使う手筈だったのだ。
「んで、琴音の行った場所に両親の骨は本当にあったのか?」
「あったそうです。まあ全身ではなく、パーツですね。凄い急流らしいので、バラバラになったのでしょう。ちゃんと探せば一人でも見つかったと思いますよ。クライアント的にはどうでも良かったんですよ」
「琴音的には満足か?」
「はい。あのクライアントが本当に探していた宝を見つけだしましたから。満足です」
「本当の宝?」
不思議そうに風村が聞くと
「はい。殺人を犯す自分を止めてくれる宝。殺人衝動が五年に一回だったのは、抗って、抗って、耐え抜いた結果が五年だったんでしょうね。五年に一回殺したくなるんじゃないんですよ。常に殺したいけれども、耐え抜けなくて殺してしまうのが五年に一回なんです」
「つまりだ」苦笑いする風村
「はい。今回の依頼のお宝は私です」
ニコッと琴音は微笑んだ。




