探偵は窓の外から高笑う
早森琴音は途方にくれていた。
「……わたしはみなさん全員の、愕然とした顔を見に来たのですが」
そこには、死体が転がっていた。
4人。
琴音を呼んだ依頼人達。
「これじゃあ宝の場所見つけてもあんまり意味無いじゃないですか」
全員血塗れだった。
明らかな他殺。
「ふむ。まあ仕方ありません」
大袈裟に手を振り、呟きながら奥に進んだ。
ここは洞窟。
琴音への依頼は、祖父が洞窟に隠した宝石を探して欲しいというありきたりな依頼。
琴音の中では既に探し当てる場所の目処は着いていた。
「この地層だから…うん。この岩石はおかしいですね。ここかな?」
独り言を言いながら、洞窟の分かれ道で立ち止まり、壁を触っていた。
「でも凄いですよね。昔の人。洞窟に人工建造物を作るとか、今の技術でも大変そうなのに」
そう言うと、琴音は壁の出っ張りを思いっきり引っ張る。
すると
ガツンッ!と音がし、琴音が触っていた壁に空洞が出来ていた。
「よく、こんな仕掛けが100年持ちますよね。理屈は分かっても感心しますよ。これ」
壁にあった出っ張りを引くと、壁に見えた岩が移動する仕掛けになっていた。
琴音は興味深そうに床を見て
「スライド出来るように切り込みが入ってる。凄いなぁ。いつの時代も有能な方はいらっしゃるんですね」
そして琴音は奥に行き、宝石を見つける。
「こちらがお宝になります」
振り向きお辞儀をした。
誰もいない筈が
「…気付いていたのか」
「あんな大声で独り言とか怖いと思いません?」
琴音は微笑む。
そこに立っていたのは、死んだと思われた4人のうち1人、クライアントの浦川英二だった。
「別に死んだふりをされる必要などなかったのでは?」
「あるのだ。君は理解する必要はない。それで、依頼通り、宝は譲ってくれるんだろうね」
「譲る?この宝はクライアントのもの。わたしはクライアントから依頼料を頂く立場ですわ」
「ああ、いや、必要な問いかけなのだ」
「優秀な方ですわ。クライアントもこうだと有り難かったのですが」
琴音は微笑みながらその広間から出ようとする。
「ああ、依頼料はあとから契約通りに……」
そこで浦川がなにかに気付いて振り向く。
「まて、今なんと言った」
「クライアントが優秀だと助かるという話ですわ」
「…そうか。まあいい。俺はここにもう少しいるから」
「では失礼致します」
琴音は元来た道を戻ると、そこには准一と警官がいた。
「ちゃお。准一」
「終わったか?」
「宝石弄ってるよ」
「マヌケが。では予定通り囲みますよ。皆さん」
准一は警官に指示する。
「マヌケはマヌケだけど、ちゃんと言質にこだわるところはまあまあかな?」
死体に被されたシートを少しめくった確認をする。死体は4体あった。
そう、4体。あの浦川英二の死体もそこにあった。
「准一に鉢合わせたのが不幸ですわね。私としては、偽装殺人なんか、なんの興味もなかったんですが」
=====================
「だから言ったんだ、俺に任せろと」
風村が呆れたように言う。
「計画段階で准一に感づかれるとか特大のバカです」
美味しそうに珈琲を飲む琴音。
「しかし、警察も被害者が殺されるのを待たなくても良いだろ」
「准一がそう予測したから拘束しました。とかがまかり通るなら、風村、あなたはずっと拘束されっぱなしです」
「確かにな」苦笑いする風村。
風村が動けば、必ず人が死んでいる。
そしてその死は、死因が偽装される。
分かっていても止められない。
証拠がないからだ。
「それでも止めようとはしたと思いますよ。警官配置していましたし。殺すのが早すぎなんですよ。私だってびっくりしました」
琴音も准一も、殺人は宝石を手に入れてからだと睨んでいたのだ。
「だって、あれで私が帰ったらどうするつもりだったんですか。警察呼んだりとか」
「琴音の性格を読んでいたのかね?」
「あれも、私が准一に気付いて、手で制して無かったら、警察が突入していた訳なんですが」
琴音は少し天井を見ながら
「今回は不完全燃焼です。ギャラリーが少ない上に、宝の発見よりも気がかりなことがある人相手では盛り上がりません」
ふと、携帯の震えに気付く。
准一だった。しかし琴音は電話に出る習慣はない。無視をすると
『風村の仕事?』とSMSが届いた。
溜め息をつき
『アホ』と返信すると
『取り調べ中、容疑者が死んだ。真犯人が他にいいるのか?』
「ほう」少し目を見開く琴音。
「どうした?」
「准一から、容疑者が取り調べ中死んだと」
「なに?」
「裏の世界では有名な風村への依頼はせず、私にだけ依頼という段階でアレでしたが、なかなか面白いですね」
「4人は死んでいたのだな?」
「生きているような取り扱いの仕方はしていませんでしたね。呼吸確認ぐらいはするでしょう。シート被せて放置でしたし」
そして
「ああ、あんなもの用意してるのに、なんで先に殺したのかと思ったら。なるほど」
琴音が納得したように頷いた。
「どういうことだ?」
「風村がわからないのは当然。これは事前に調べた私でないと気付かないでしょうね」
「流石の准一も、ヒント無しじゃ辛そうです。准一のバカ面見に行って来ます」
=====================
「なんでこんなものを作る必要があったのかな」
亡くなった容疑者の前場智和が着けていたフェイスマスクを見ながらつぶやく准一。
殺したのは前場智和。
逮捕時は浦川英二の顔をしており、琴音と宝石を発見したのは前場だった。
准一が手にしている、精密なフェイスマスクをつけていたのだ。
しかし、色々腑に落ちない事が多すぎる。
「琴音を騙す為だけに、こんな精密なフェイスマスクが必要かね?」
宝石のあと殺人するならばなんとなく分かるのだが、それでも殺す相手のフェイスマスク?
と疑問が多い。
「本当はバラバラにして殺すつもり…にしてもな」
死んだら証言も出来ないだろう。
そう思いながら、呼び出された署長室にいく。
「署長、入りますよ」
「うん。どうぞ」
「なんかありました?」
「事件性があるから変死体扱いで検視したわけだが」
「ええ」
「少し気になる結果がでてな」
「…気になる結果?毒とかですか?」
「違う。容疑者の前場も、被害者の浦川も大きな整形跡が残っていたんだ」
「…は?」
端正な顔立ちの前場はともかく、浦川はとても整形でなにかを直した顔とは思えない。不細工とは言えないが、可もなく不可もなくという顔付きなのだ。
ここで突然、窓から唄うような少女の声が響く
『むかしむかし、あるところに、仲のよい2人の男の子がいました』
「こ!琴音!?」驚いたように叫ぶ准一
『その2人には好きな人が出来ました。仲が良すぎて、いつも2人で過ごしていたからかもしれません。2人が愛した人は、ひとりの女性でした』
「な、なんだ?昔話?」
「署長黙れ!琴音がなにもなく来たりはしない!これは事件のヒントだ!」
准一には確信があった。琴音は宝探し以外で労力を使わない。
わざわざここに来て、唄っている意味は一つ。
真相という宝を探している准一に先駆けて宝を見つけ、そのバカ面を見に来たのだ。
『その2人は悩み、苦しみ、その選択を相手の女性に委ねました。その時2人は誓い合ったのです。例えとちらが選ばれても、その娘とその子を守ろうと』
『そして、親しき友と、愛した娘は結ばれ、子供が出来ました。しかし、2人は悩みに悩みました。どちらかの苦しみは、お互いの苦しみ。選ばれなかった友の苦悩を理解したのです。なぜ自分は愛する女も、愛する子も得られないのかと。この2人は』
「琴音が、俺に聞こえるようにしている話は、浦川と前場の話か?…あ、ああああああ!!!!」
バンっと窓を開ける。そして
「フェイスマスクで入れ替わっていたのか!?」
「御名答。さすが殺人事件解決のプロ。あのヒントでここまで分かるのね」
琴音は満足そうな顔をする。
それは正答した准一を称えた顔ではない。
准一のバカ面を見れたと喜んだ顔だ。
「め!滅茶苦茶すぎる!そんなの!マスクなのはよく見れば分かるし!身体で分かるだろ!別人なのは!」
「公認の不倫で奥さんもオッケーオッケーだったのでは?前場は容姿も良く、逞しい身体してましたからね」
「し、しかし、だとすると、署長の言っていた整形後というのは」
「准一の言うとおり、フェイスマスクじゃ満足できなくなって顔自体弄り出したんでしょうね。しかもお互いが」
「く、狂ってる」
「ど、どういうことだ?准一?」
署長も2人の会話でなんとなく言いたいことが見えてきたが、結論が結び付かない。
「殺されたのは前場智和、殺したあと死んだ容疑者は浦川英二。お互いが整形しあい、入れ替わっていた」
「なるほど、そこまでは分かる。だが」
「分かってる。琴音、大体事件が見えてきた。『お互いの子を守る』約束を果たしたのか」
「そうです。こんな『狂った』行為に奥さんの正気が保てる筈がない」
そして愉快そうにケラケラ笑いながら
「前場の噂はかなり悪かった。プレイボーイで、女を抱いてはすぐ飽きて捨てる。気紛れで言うことがバラバラ。まあ入れ替わっていたからそうなったんでしょうね。どちらかの苦しみは同じ苦しみ。どちらかの喜びは同じ喜び。それはもう前場の顔でやりまくっていたのでは」
「あの殺しの動機は」
「そこは准一の領域。私としては、愛した人の子だけは守りたい。その子に金を譲りたい。そのためにも、その夫婦は被害者としなければならないぐらいが読み取れれば、後はどうでも良いです」
「では、なぜ本来の前場が殺さなかったのだ?わざわざ入れ替わった浦川が殺す意味が…」
「前場の評判は『付き合いはじめは、とても気付かいができて良い人』『別れる際には後腐れが無いようにキチンと別れられる人』なので、前場の方が人格的には優れていたんでしょうね。この優れた人格が、殺人という決断まで至れなかった理由かと」
「そ、そもそも殺す意味が…」署長が言うが
「そこは准一と警察の仕事でしょう。予想は出来てますよ。多分奥さんが不倫したんじゃないですか?あの殺された2人と」
「…なるほどな」納得した准一。
「あそこに集めた理由は、口止め料金というか、穏便に別れてくれ、金払うから的な話。不倫した理由?そら日常的に前場と不倫してれば道徳観なんて壊れますがな。それがあの2人には許せなかったんでしょうね」
「自業自得と言うか…」
「准一、この予想で納得します?」
にこにこしながら言う琴音。
「いや、なんというか、もう一捻りありそうな…」
准一の勘が働いていた。
なにか違和感がある。
「あははははははは!さすが准一。ここまでのヒントで正解したら、ご褒美にキスしてあげますよ♪」
「マジで!?ついでにセッ○スしよ、って痛い!」
署長が准一をはたく
「署長室で卑猥な言葉を叫ぶな」
「んなこと言ったって、この事件のほうが卑猥じゃん。2人とセッ○スしすぎて道徳観崩壊した人妻の話だよ」
「やかましい」
「いいですよ、別に」琴音
「マジで!?」
准一はすぐに頭を切り替える。
琴音がここまで言うなら分かりにくい話の筈だ。
しかし琴音は、フェアだ。誤情報を混ぜない。
つまり、ここまでの話は信じていい。
「じゅう、きゅう、はち、なな」
「時間制限付き!?」琴音がカウントダウンしていた。
逆を言えばよく考えれば、准一であればたどり着く結論
(つまり、そこまで突飛でもないかもしれない。ではなんだ、なにが)
「ろく、ごー、よん、さん」
(くそ!琴音とセッ○スだぞ!ここで真相が分からなくてどうする!頑張れ!俺!)
「にー、いち」
(あー、琴音となにやろうかな。普通にやるだけじゃなくて、他にも色々したいな。まずはちゃんとしたデートから)
「ゼロ」
………
「え?もう終わり?」
「はい。准一、ずーっと私との交尾の事しか考えてませんでしたね。予想通りですが」
「くううう!卑怯な!」
「キスで止めておけば真相分かったかも知れないのに」
「いや、もう分かった。あれか、この事件の筋書き書いたのは息子か」
「正解。だって奥さんが他の男と不倫した原因は2人じゃないですか。それで逆恨みして殺すとか、いくらなんでもアレ過ぎですよ」
「不倫相手に慰謝料とられるのが嫌だった…?」
「どうなんですかね?女から男誘ったからって、慰謝料もらえるんですか?私としては、現在進行形で、奥さんが不倫相手に貢ぎまくって、お子さんが悲鳴あげたとかでは?」
「父親みたいな2人が死んだのは、その責任でしょうね。本来は前場が3人殺して、浦川英二は死ななくて良かったわけですから」
琴音は、微笑みながら
「私としては、残された2人、いや、3人の子供な兄妹が可哀想なので、ほおっておかれれば良いとおもいますが、警察の領域ですからね。准一、やはりあなたは優秀だ。事前に情報がなにもなくとも、真相には辿り着く」
そして、窓から顔を乗り出していた准一の頬にキスをする琴音
「!!!!!!」真っ赤になる准一
そして
「あははははははは!それでも!私は!あなたより少ない情報段階で真相に至りました!!!!あなたのバカ面を見るのはなによりも至福!!!!!!!」
高笑う琴音
苦笑いする准一
「キスはご褒美かい?」
「わたしにとっては」ニコニコしながら
「他人がバカ面晒すのを見る事以外は、全て些事です」




