表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/45

探偵はアパートで高笑う

また探偵していない回。過去話。

早森琴音は探偵の依頼で荒稼ぎをしている。


金にそこまで執着はしていないが、依頼人が必死に頼み込んでくれないと面白くないと思う琴音は、依頼料を高めに設定していた。


その上で受けた依頼は必ず達成している。

依頼人が逮捕や死亡で振り込まれないケースもあったが、それでも莫大な金額。


発見した宝の一割のような契約をしたら、100億相当を見つけ出し、5億にまけた時もあった。


金には困らない。


問題は、本来は、早森琴音はまだ未成年であり、親に許可を得ず、自由にできる金などそんなにない点だ。



琴音と実の親の仲は劣悪である。

既に小学生の時に母親は家を飛び出し、父は愛人の家に行き帰ってこない。


当時小学生の琴音は餓死する寸前になった程だ。


そんな琴音を救ったのが、父の弟。

琴音の叔父にあたる早森康平だった。



「叔父貴、入りますよー」

ボサボサの髪、だらしのない格好の琴音が、ボロアパートのドアを開け、堂々と入ってくる。


「こ、ことね!ま、まて!」

「あ、またエロ動画見てるんですか。好きですね」


全く気にしないように、琴音は部屋の金庫を勝手に開ける。

このアパートに相応しくない、がっちりとした、強固な金庫。

床が沈まないように、わざわざ鉄板が引いてあり、溶接までされていた。


「叔父貴、別に金の使い道にガタガタ言いませんけど、エロ動画のクリック詐欺に騙されたとかカッコ悪いんで、それだけは気をつけてくださいね」

饒舌な琴音。


傲慢な探偵の時とも、人との関わりあいを避ける学園の時とも違う姿。



早森琴音は、康平にだけ見せる姿がある。

彼女は間違い無く目の前の早森康平に救われたから。



早森康平は、周辺から愚鈍だと言われ育った。

特に長男である、琴音の兄、洋平との比較は悲惨だった。


成績優秀、スポーツ万能の洋平。

成績は落第、運動神経皆無の康平。


悲しいほどに康平には才能というものがなかった。


容姿も兄弟と思えないほど違った。

元々肉が付きやすい家系のなか、康平は鍛える事で、体つきを維持していた。


洋平は怠惰だった。

だから肉がついた。気がつけば、かなりの体重。



有名な令嬢と結婚し、自らの会社を興した洋平。

独身で、職が安定しない康平。


康平はたびたび親に泣きついて金を貰っていた。


そのうち、親は亡くなった。

遺産が入った。

配分は遺書によりかなり少なかったが、それでも生活する分には困らない。


これがいけなかった。


康平は職を辞めて、遺産を食い潰して生きていたのだ。

当然そんな生活が上手く行くはずもない。


10年で遺産は尽きた。

無職独身では、借金もままならない。


仲が悪く、頭を下げても貸してくれるとは思えないが、それでも、他にすがる人はいない。

意を決して、洋平の家に訪れた。



留守だった。

がっかりしたが、康平には暗い考えがあった。


「どうせ、留守ならなにか盗めないか」

どうせ仲の悪い兄だ。

それで捕まるならそれでも良い。


そんな気持ちで庭に行くと

「お!おい!!!」

ガリガリの少女が倒れていた。

「大丈夫か!?生きているのか!?」


微かな呼吸音

「おい!大丈夫か!」

「………た」

「な、なに?」

「お……な……か、すいた」


食べるものが無く空腹で倒れ込んでいたのだ

その家は地獄だった。

初めは家にある小銭で生活していた琴音だが、それも尽きる。

親は帰ってこない。


学校は夏休みで、琴音は友達がいなかった。

誰にも頼る人がいない。

盗みは何度も考えた。

だが、親の教育によりもたらされたモラルがそれを許さなかった。


高級住宅街なのも仇になった。

もう少し下町なら、お節介で噂好きの人もいたろう。


琴音は、静かに死を迎えようとしていた。



それを発見したのが康平だった。


康平も金はない。

なので、牛丼のチェーン店の一番安い丼を2人で分けた。


琴音は、心から美味しそうにそれを食べた。



家に戻り、康平は琴音に、自分は洋平の弟だが、兄とは比べ物にならないやつで、遺産で食べていた。

それも尽きて、恥を覚悟で借金を申し込みに来た。

と伝えたのだ。


「その結果がこれだけどな」

苦笑いする康平。


この家には金などない。

全部洋平が持ち出していた。


残されたのは、家と琴音。



なぜこんな事になったのか。

そもそもは、洋平が家に殆ど帰らなかったこと。

全ての資産関係を愛人宅に持って行ったこと。

理由は妻が勝手に散財してしまうからだ。


そうすると妻は借金を重ねたため、それすら出来ないように手続きをした。


このあたりで妻は、渡された生活費を全て持ち出し家を出て行き、琴音が残された。

基本的に家にいない洋平はそれに気付かない。



康平は、洋平に電話し、烈火の如く怒った。

お前の娘が死にそうになっていたと。


流石に青ざめた洋平は急いで家に戻りそれが事実と知った。


謝罪と感謝を述べた洋平に

「俺は元々、借金を申し込みにきたグズだ」

と言い、そして誇らしげに言った。


「俺がグズじゃなかったら!琴音ちゃんは死んでいたんだぞ!俺がグズであったことに!意味はあったんだ!」と


心の底から、康平にとってはそれが誇りだった。

これから仕事に復帰しよう。

グズはグズなりに生きている意味はあるのだ。

そんなことを思って。



それでも康平の人生はままならない。

せっかく再雇用に成功し、うまく出来ていた仕事も、会社の業績悪化に伴いクビ。

しかたなくバイト生活。


それでも、何とか生きようと足掻いている時に、また再会した。


早森琴音に。



中学生になった琴音の印象は大きく変わっていた。

ガリガリで小さかった身体は、成長期に伴い女性らしさを纏い、顔付きも美人と呼べる容姿になっていた。


突然自宅を訪れた姪にドキドキしていると

「康平叔父貴」

「叔父貴?」

なんだその言い方は?と思いクビを傾げると


「良いアルバイトしませんか?」



琴音の用件は

「私は中学生です。口座は家族口座のみ。自由に引き出しもままなりません」

「そ、そうだな。また兄貴が金を渡していないのか?」

「あのクソからの金などごめん被ります。わたしは、わたしの稼いだ金で生きたいのです」 


「自分で稼いだお金?」バイトだろうか?

「その通りです!そのためにも、叔父貴の口座に金を振り込むようにしますので、そこからわたしにください」


「な、なんで、そんな面倒なことを」

「叔父貴、わたしはあなたの手紙を嬉しく思っています。あなたはわたしを裏切らない」

康平は、心配で何度か手紙を書いていた。

大丈夫か?無事か?と

そのたびに毎回返事が来ていた。


琴音が、住所を知っていたのも、その手紙のおかげ。


「その代わり、わたしの口座のお金を摘まんでも文句は言いませんよ」

「そんな、学生のバイト代をとれないよ」

そう言って笑った。



その口座を記帳したときに間違いではないか?と愕然とした。


探偵事務所からの振り込み。

数百万の振り込みが複数回に渡っていた。


琴音が出してきた書類に訳も分からずサインをしたが、それは雇用契約書だった。


琴音の代わりに康平が風村探偵事務所所属となっており、給料は康平に支払われていた。



そして、その金を定期的に引き出し金庫に保管しておく。

それを琴音が持ち出す。


そんな生活になっていた。



最初はプライドもあった。

姪の金を使い込むなんてあり得ないと。


だが、平然と数億稼いだ姪の通帳を見て、あっさりとギブアップした。


やはり早森康平はグズなのだ。


姪の稼いだお金で、ヒモのような形で暮らしていた。



引っ越しも考えたが、そもそも姪の金である。

もう働いてすらいない。


こんなボロアパートに多額の金があるという想像も難しい。


結局引っ越さないまま、ここにずっといた。

日がな一日パソコンでエロ動画を見る毎日。


風俗も行ったが、合わなかった。

グズグズと溶けるような毎日を、エロ動画を見ながらダラダラと過ごしている。

だが、


「叔父貴、食事はどうします?」

「ああ、琴音の好きにすればいい」

「では、デリバリーにしましょうか」


姪との会話。

これが彼の最高の楽しみ。

劣情が無いわけではない。

しかしそれ以上に


(…おれは、このむすめを、救えたんだ)

笑いながら楽しそうに話す琴音を見ながら、早森康平は幸せな気持ちに浸っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ