探偵は病院で高笑う
球場に続いての外伝回です。探偵やってません。
早森琴音は生徒の間では「変人」として学校内で通っていた。
見た目も凄いが、時折喋る内容も酷い。
誰ともつるまず淡々と学校生活を送る琴音。
自己主張も殆どせず、問題らしい問題も起こさないので、学校側は好きにさせていたのだが、唯一国語の試験のみ、教師を困らせていた。
「また早森ですか」
「ええ」
国語教師である、逸見は呆れたようにその紙を見る。
琴音は成績優秀なのだが、国語に関してはかなりムラがある。
読解の問題だと、かなり頓珍漢な事を書いてくるのだ。
それをバツか三角にすると、このような長文の抗議書が来る。
「漢字の読み書きなどの、暗記ものではほぼ満点ですからね。悔しいのでしょうが」
「まあ、彼女の意見も毎回おかしいわけでは無いですよ。私もそんな考えもあるのだな、と感心しています」
同僚と雑談する逸見。
「とは言え、センター試験や大学受験で落とされる解答に丸を与えると、今後の彼女が困りますから」
逸見はその手紙に毎回律儀に解答していた。
「私もね、張り合いになりますよ。適当に採点出来ませんからね。毎回必ずセンター試験や大学受験の解答欄を横に置いて、参考にしながら問題文を作るようになりました。当たり前の話かも知れませんが、この習性も彼女のおかげです」
呆れはするが、琴音の行動は自分の為になる。
そう思って逸見は好きにさせていた。
そんな逸見が、交通事故に巻き込まれた。
被害者であるが、その怪我は大きく、学校へはしばらく来れなくなってしまった。
「逸見先生の代わりとなると…」
「…間宮先生ですが…」
校長と学年主任の話し合い。
国語教師で現状手が空いているのは間宮だ。
しかし、かなり問題があった。
あまりにも恣意的な採点基準に、生徒や親からかなりの文句を受けた過去がある。
逸見は、琴音の抗議にもブレずに採点基準を固持しながらも、琴音とのコミュニケーションを取り続けた。
このような事は間宮には無理だ。
琴音の抗議は、間宮の採点基準に大きな影響を与えかねない。
「本来はこんなお願いをするべきではありませんが…」
校長は苦渋の表情を浮かべて決断した。
「早森君と話し合いましょう」
校長室に呼び出された琴音。
相変わらず、髪はボサボサ。
制服は適当に着込んでいる。
「早森さん、逸見先生の事は聞いていますね」
「はい」
凛とした声。
この恰好にも関わらず、彼女は男たちから無視されているわけではない。
理由はその声。
「早森さんが逸見先生に毎回送っている手紙の件は知っています。正直本当に嬉しい。あのような、しっかり物事を考え、意見を言えることは賞賛されるべきです」
実際校長は琴音を評価していた。
そして、それに対して怯むことなく、ブレることなく対応する逸見に関しては、かなり信頼していたのだ。
「ありがとうございます」
「しかしです。逸見先生はしばらく来れません。変わりは間宮先生です」
「……」
琴音はかなり呆れた表情を浮かべた。
前髪で顔は隠れているが、雰囲気がそれを示している。
「知ってはいるでしょう。間宮先生に逸見先生の代わりは出来ません」
「正当に評価されているようでなによりですわ」
「思うところはあると思います。しかし、間宮先生しか現状では出来ないのです。他校から人をもらうことも、この時期は無理ですし、新規採用も間に合わない」
「苦境は理解しました。間宮先生には意見書を送るな、と」
「理解が早くて助かります。間宮先生ではあなたの意見書で採点基準が変わりかねないのです。逸見先生の採点基準に異論はあったでしょう。しかし、私から見れば、逸見先生は受験に通用する採点という一点でブレはなかった」
「私もそう思いますわ」
琴音は頷く。
「意見書を送るな。というのもどうかと思います。意見書は校長である私に直接出してください。その上で様々判断します」
「分かりました。そのように致します」
琴音は頭を下げる。
「ありがとうございます。それではそういうことで」
月末に行われる定期試験。
問題は既に逸見が作っており、模範解答も逸見は作成していた。
そんな状況でも、いや、だからこそかも知れない。
採点基準は大揉めになった。
「なんでこれがバツ!?」
「おかしいだろ!」
男たちの憤慨。
そして
「今回は国語点高いな~♪」女子
そう、間宮の採点基準は、男女により変わり、しかも容姿によって変わっていた。
だがら過去に問題になったのだ。
試験の結果を受け取った琴音は、バツだらけのテストの結果をつまらなさそうに見ながら、校長宛ての抗議書を書いていた。
「早森が正論ですよ」
校長室で自然と議論になった。
教頭と学年主任が、琴音の抗議書と、生徒からの苦情をまとめた紙を見ながら話す。
「早森はクラスの解答もまとめています。ほぼ同じ解答なのに、マル、バツが分かれている」
校長も頭を抱えていた。
あからさま過ぎる。
「いや、百歩譲って、読解問題はいいですよ。字が汚いってバツは無いでしょう」
そういう事例も相次いだ。そんな採点をもらったのは全て男だ。
「逸見先生が優秀過ぎたのも騒ぎになる理由ですが、いくらなんでも…」
「毎回こちらでもチェックするのはどうですか?」
「そんな労力かけるならば、テスト問題から全てこちらで作るべきです。しかしそんな時間があるのか…」
学年主任も校長も忙しい。
しかし
「期末試験は私の責任で作ります。採点も私がやります。いくらなんでも、これは無理だ」
月末定例試験はともかく、期末試験は成績に直結する。
今回のような混乱どころではなくなる。
ならば事前に手を打ったほうが労力は少ない。
校長はそう決断した。
琴音は見舞いに病院に来ていた。
「逸見先生のお見舞いで来ました」
受付で話をする琴音。
看護士は病室を案内するが
「…あの娘の花とフルーツ…」
「どうしたの?」
看護士が少し戸惑った顔をしている。
「あれ、凄い高級なのよ。お金持ちのお嬢さんかしら?」
「逸見先生失礼します」
「どうぞ」
逸見は個室の病室にいた。
団体部屋が空いていなかったのだ。
そのため、団体部屋料金で個室にいさせてもらっている。
不幸中の幸いというべきか。と苦笑いしていた逸見なのだが、入ってきた少女を見て怪訝な顔をする。
「…ええっと、失礼。誰だっけかな」
先生と呼ばれるからには生徒の筈だ。
だが、見覚えがなかった。
「あれだけ手紙を送っても憶えていらっしゃらないのですか?」
「そ!その声!早森か!?」
琴音はドレスではないが、服装をちゃんとし、髪型も探偵の時のように美容室で整えて来ていた。
「お見舞いですから、ちゃんとした恰好が相応しいかと」
「いや、失礼。驚いてしまったな」
逸見はかなりドキドキしていた。
琴音がこんな美人だとは思っていなかったのだ。
逸見は野球の観戦もしていなかっただけに、驚きは大きかった。
「早く治されてください。先生が優秀なのはよく分かりましたから」
「…間宮先生の採点か…」
苦しい顔をする逸見
「あんな分かりやすい依怙贔屓を、誰もがわかる形でやるバカが実在しているのが驚きです」
「…早森、これは許されてはいけないことだと勿論思う。だが、社会にはありふれた話でもあるのだ」
逸見も間宮に言いたいことは多くある。
しかし、このような大人は多いのだ。
教師として有り得ないとは逸見は思うが。
「校長がテスト作るそうです」
「…そうか」
顔が曇る。
「間宮先生がやればそれは問題は起こる。けれども、校長が作ったらもっと大きな問題になる。そう思われませんか?」
逸見の顔をじっとみる琴音。
「…校長先生を悪く言うつもりはない」
「人格はともかく国語試験との相性は最悪でしょう」
うなだれる逸見。
「わたしの意見書も、これを後押ししたかもしれません。私は、病室でも逸見先生は試験ぐらいは作れるだろう。と進言したのですが、そっちは採用されなかったようで」
琴音の意見書の総括は
「逸見先生の授業の総括の期末テストなのだから、試験作成も解答も、逸見先生にやらせるべきだ」
だった。
「宗教色が入る問題とは限らない…」
ここまで言ってから逸見は頭を抱えた。違う、今回は
「確実に入りますよ」
島原の乱を取り上げたエッセイが試験内容に入っている。
校長はかなり熱烈なカトリックだった。
つまり
「少しでも反乱に懐疑的な解答は全部バツ」
「有り得る…」
ある意味間宮より酷い。
その上で
「逸見先生の状況見るに、試験問題を作るのは確かに無理そうです」
「…申し訳ないが、そうだ」
手を骨折しているのだ。パソコンも触れない。
「なので提案です。採点だけやりませんか?」
琴音は言う。
「間宮先生は採点基準はおかしい。しかし、過去を見ても試験問題はそこまでおかしくありません」
「…確かに」頷く逸見。
「言いようはいくらでもあります。校長には、責任をやり遂げたいと。間宮先生には、授業を継続して教えていない先生には負担が大きすぎるから、こちらでやると」
「そうか、それならば」
「もちろん、わたしもお手伝いしますわ」
ふんわりと笑う琴音。
「いや、生徒に手伝ってもらうわけには」
「試験問題など事前に見る必要もありませんし、採点そのものには口を挟みません。そもそも逸見先生は今までだって曲げなかったでしょう?その上で、読み上げなどの手伝いは必要ですよ」
下心とまではいかない。
だが、この少女が付きっきりで、読み上げると言われると、逸見の心は高鳴った。
「ま、まあ、校長先生達が納得されればな」
結局逸見の提案はすぐ通った。
特に学年主任は
「逸見先生の責任感を認めてあげてください!」と校長に泣きついた。
学年主任も校長の試験と採点はかなり不安だったのだ。
とは言え、それを口には出せなかった。
逸見の提案は渡りに船だったのだ。
間宮も頷いた。
採点の苦情は知っていたからだ。
そして試験は予定通り行われ、結果が配られても混乱はなかった。
採点基準は納得できる範囲であったのだ。
「いや、混乱なく良かったですね」
「次の中間試験には逸見先生は戻れそうで」
校長と学年主任は安堵していた。
そしてますます逸見の評価は上がった。
試験結果を配っても学校では問題は起こらなかったと逸見に報告し、逸見は喜んでいた。
その見舞いを終わらせ、病院を出ようとする琴音。
「逸見先生、間宮先生を笑えませんね」
試験結果は百点満点。
琴音はいつも通りにセンター試験等では正答とされない解答を書いていたのだ。
「まあ、男ってそんなのばっかりです。間宮先生の方が本能に忠実なだけマトモかも知れませんよ」
採点を手伝った温情もあるだろうが、逸見の視線がそうでないものが混じっていたのも理解していた。
手紙を通して琴音とは交流があり、それが抜群の美少女。見舞いに何度も来て気を使ってくれる。舞い上がらない方がおかしい。
これからは、逸見は琴音の解答に文句は言わない。
琴音に嫌われない為に。
「ふふふ。どのタイミングでお前は間宮と同類だと暴こうかな?」
琴音には確信があった。もう逸見は琴音の解答にバツをつけない。
その欺瞞さをどこかで暴けば、逸見が自らのバカさ加減に愕然とすることを。
見下していた同僚と同じことを自分がしてしまっていることを。
「アハハハハハハハ!早く見たいですわ!バカ面を!!!!!」
琴音は高笑いしながら病院を出た。
これから確実に起こるであろう喜劇を予想し、琴音は上機嫌だった。




