探偵は死体の前で高笑う
琴音は依頼でも無い日に珍しく身嗜みを整えていた。
いつもの燃えるような赤いドレスではない。
ゴシックロリータに近いファッション。
長い髪にウェーブをかけているのも合わせて似合っていた。
「中峰初音と申します。本日はよろしくお願い致します」
普段の、うつむき、ぼそぼそ喋る態度でも、探偵時の、自信満々で傲慢な態度でもない。
お淑やかで、だが勝ち気なイメージ。
「ははは!阪上君!随分良い子を揃えたね!」
「はい!会長!会長のお気に召すよう、頑張りました!」
ここは、二部上場企業の会長別宅。
阪上は林原の会社の取引先営業。
林原に気に入られており、成果の殆どは林原の会社経由の仕事だった。
その為、阪上は業務の殆どが林原の接待となっている。
この会長は、過去には援助交際と呼ばれた行為にハマっていた。
今ではバレれば各地方条例違反で逮捕案件であるが、林原のやっていることは純然たる売春である。
口の軽い相手では困る。
しかも別宅とは言え、身バレの可能性の高い場所だ。
そんな場所に来るのは、ありとあらゆる点で信頼できる人物。
阪上は色んな伝手を使って集めていた。
そこに、琴音は名前を変え潜り込んでいた。
その場所に女子高生は3人いた。
会長の林原は、複数プレイを好んでいたのだ。
「会長、みいちゃんと、ほのかちゃんはご存知かと思います、ですが、なんとですね、はつねちゃんは、処女、だと」
「な!なんだと!」
「このあとすぐ分かるのに、嘘をつく意味もないでしょう。どうかお確かめください」
「いやいや、阪上君、その時には本当に楽しみにしてくれよ!奮発するよ!」
大笑いする林原。
この3人の少女のうち、2人はすでに参加したことがある。
琴音だけが初めてだった。
林原には独特の癖があった。
性行為前にたっぷり時間をかける。
下着を嗅いだり等の変態行為にふけたりするのだ。
だからまだ、時間はかかる。
「あ、あの、本当に良いの?林原さんは、本当にセッ○スするよ?」
ほのかちゃんと呼ばれた少女が心配そうに琴音に言う。
「ええ。問題ありません。そういう契約ですから」
「で、でも!処女なんでしょ?」
「私はそういうのに価値を見いだしていません」
琴音はそう言うと
「とは言え緊張はしますね。手洗いに行ってきます。下着は置いていきますので好きにさせてください」
「うおおおお!!!確かに!確かに!処女の臭いがする!!!」
意味が分からないことを叫びながら、床を転がり回る林原。
恍惚な表情を浮かべ、琴音の下着を顔に押し付けていた。
その隣の部屋に、琴音はおり、なにかを見つけ出していた。
「まあ、これを見つけるのに苦労するとは思っていませんでしたが」
手元のメモ帳を見ながら
「問題はこの後ですね」
部屋には、みいちゃんと、ほのかちゃんと呼ばれた2人がいる。
「あの娘、なんなの?」みいちゃんが聞く
「分かんないけど、知り合い経由で声かけられて、ここ紹介してほしいって」
「処女でここってマジ?」呆れたように聞くみいちゃん
「わたしも分からないけど、嘘ついても仕方ないでしょ」
「ふーん」
すると
『ぎゃああああああああああ!!!!!!』
「な!なに!?」
「どうしたの!?あの声、林原さん!?」
2人は急いで ドアをでると、林原のいた部屋の隣室から出てきた琴音と鉢合わせた。
「初音さん!?」
「そこの部屋でしょう?入りますよ」
合流し入ると
「…う、うそ…?」
目を見開いて、倒れ込んでいる林原がいた。
琴音は覗き込むと
「ふむ。瞳孔が完全に開いていますね」
「し、死んでるの!?」
みーちゃんが聞く。
「わたしは殺人事件に関しては門外漢です。警察に連絡します」
「そ、そっか。警察か。で、でもいいの?呼んで?」
「事件直後に警察を呼んで身の潔白を証明しなければ、犯人扱いされても文句言えませんよ。幸い私は警察に知り合いがいます。そいつに来てもらいます」
すると部屋に阪上が来る。
「こ、これは!?」
「叫び声が聞こえて駆けつけたらこうなっていました。今警察に連絡します」
「け、けいさつ…?い、いや……しかし、だめか。殺人事件に隠すもなにもない…」
うなだれたように座る阪上。
「では来てもらいます」
警察官が屋敷に入る。
琴音は
「あの部屋にはカメラが配置されていました。お二人の潔白は明らかです。このままの状態では、援助交際などの罪で補導されます。私の知り合いにお願いしましたから、お二人はいなかった事としてお帰りください。ただし、この事を他で喋れば、警察は動かざるを得ませんから」
2人は感謝して屋敷を離れた。
その際、林原が用意していた現金も
「下着を売った金として受け取ればいい」
とそのまま渡した。
「どうせ警察が没収する金ですから」と
阪上は参考人として事情聴取されることになり連行された。
そして琴音は屋敷の外でにこやかに
「この別宅の周辺は静かですね」と談笑していた。
この事件は表向きは、林原氏の事故死となった。
薬を飲み過ぎたという事になったのだ。現に彼はバイアグラを初めとした複数の薬剤を服用していた。
その組み合わせが悪かったのだろうと。
その新聞発表から二週間後、みいちゃんと、ほのかちゃんと呼ばれた2人は、ファーストフード店で会っていた。
「おひさー。どーしたの?ほのか?」
ふたりは知り合いではあったが、親しくはない。
林原の相手として何度か顔を合わせた程度だ。
連絡先は交換していたので、連絡が取れたのだが。
「…あ、あのさ、例のじけん…」
「例の…?ああ」顔をしかめる、みい。
「喋らないほうが良いんじゃないの?」
警察のお世話なんてゴメンだし
そんな感じで対応するみい。
しかし
「さかがみ、さんが、しんだ」
深刻な顔で話すほのか。
「はあ!?マジで!?」
「電話したら、家族が出て、亡くなりました、って」
「そ、そっか。なんでだろ…」
「それが…一月前に死んだって…」
「は?」
一月前
「え!?最後に会ったの三週間前じゃん!?」
「あそこで、会ってる…よね?あ、あとさ、中峰初音ちゃんって、いたでしょ?」
「ああ、うん。ほのかが連れてきた」
「あの子は、ある人の紹介で知ったんだけど…」
「うん」
「そんな、やつ、紹介した記憶ないって」
「は!?はあああ!?」
青ざめる、みい。
「初音さんの、電話番号、おじさんが出た。この番号は会社の携帯で、3年近く運用されてるって」
「そ、そんな」
「わたしたちが経験したのは、なんだったの…?」
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「無茶をする」
苦笑いをする風村。
「今回は準備が大変でした」
あの警察に見えたのは単なる警備員。
本物の警察は後から来た。
電話は風村探偵事務所の事務員の携帯を借りた。
阪上の事情聴取など実際は行われていない。
間で紹介したもらった人間には、そんな事実はなかったと、言わせる契約をしていた。
琴音が連絡したのは、准一ではなく風村だった。
理由は、今回のケースで准一、つまり警察を呼ぶと、流石に事情聴取は免れないから。
事情聴取で拘束される時間も膨大なものになる。
それを予測し、準備をしていたのだ。
「下手すると、琴音は処女奪われていたんだぞ」
「そっちですか。わたしはそういうのに全く興味がありません」
琴音は、倒れている林原を見下ろす。
「宝を見つけられた衝撃で、心臓発作起こして倒れて死ぬ馬鹿を見物する快楽より、良いとは思えませんから」
死体を前に琴音は高笑いをした。
死因は心臓発作。
琴音は、下着を口につけ床で暴れまわり興奮状態だった林原に、探し当てた宝を見せ付けた。
それにさらなる興奮が上乗せになり、心臓発作で亡くなった。
慌てていた2人は誤認していたのだが、琴音は、その部屋内の奥のドアから出てきたのだ。
隣室ではない。
しかし、慌てている2人にはそんなことには気付かない。
林原から琴音に依頼は来たのだが、林原は別宅の存在をひた隠しにしていた。
琴音は「別宅に宝はあると言っても信じないし、案内もしない」と判断。
依頼を保留とし、「今度お会いしましょう」としていた。
そして
「依頼はちゃんと受けてないんだから、放っておけば良かったのに」
「あらあら、風村」
愉快そうに笑う琴音。
「私はバカの愕然とした顔見るためならなんでもしますよ」
その「なんでも」に阪上の顔を浮かべて風村は苦笑いをした。
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「風村の仕事」
心から面倒くさそうに話す准一。
ここは署長室。
「またか。それで真犯人は?」
「林原は心臓発作で死亡だし、阪上が自殺なのも変わらないですよ」
「…?では風村はなにをしたんだ?」
「阪上はあの日林原のところにいた」
「ほう。事件と関わりが?」
「多分ですが、売春の斡旋でしょうね。林原に継続的にしていた形跡がある」
「それで?林原の死は事故死なんだろう?」
「想像ですが、そこにいた誰かが、阪上に、お前のせいで事故死した。そちらの会社にも責任がいく。と責めたんじゃないでしょうか?」
「死亡推定時刻は、事件前だぞ」
「風村にかかればそんなもの弄り放題です」
「で、結局、准一が考えるこの事件の概要は?」
「売春をしようとした林原が、心臓発作で死んだ。そこにいた、売春相手…まあ未成年でしょうね、その相手が、立ち会っていた阪上を脅し、追い込んだ」
准一は少し考えると
「そして風村にコーディネートを頼み、自殺した阪上の死亡推定時刻を大幅に狂わせた。阪上は3日ほど家に帰っていませんでしたからね。いつも林原の相手や付き添いで、家に帰らないことが多かった」
「分からんな、何故風村に頼んでまでそんな工作を?」署長が問いかける
「売春がバレたら補導ですよ。補導で済めばいいですが、事故死した遠因ともなれば、それなりな処遇にならざるを得ない」
准一は呟くと
「しかし、風村を動かすほどと言うのは…」
そこまで言ってから准一は青ざめた。
「ま!まさか!」
「おい!准一!」
准一は慌てて署長室を出た。
琴音に電話する准一。
しかし琴音は電話に出る習性がない。
すると、SMSが届く。
二文字だけ
「処女」
「あはははははは」
安堵感と、勝てないな感で変な笑いが出る。
「次のデートで確かめさせて」
と返信し、その反応を想像して笑っていた。




