探偵はヘリコプターから高笑う
こちらの更新は不定期です。
連載ものですが、一話完結で進みます。
高校の図書室
「あいつ、まだいるのかよ」
図書委員の少年は呆れたように呟く。
もう6時。強制下校の時間。
そこにはボサボサの髪で、制服も適当に着込んでいる少女がいた。
いつも下校時間まで一人で本を読んでいる。
図書室は、五時を過ぎれば全員帰っていいのだ。
それが、この少女のせいでいつも遅い。
そして、その少女は立ち上がり本を持ってくる。
「貸し出しで」
小さい声だが透き通るような声。
単に長く伸ばしただけのボサボサの髪。
口の悪いクラスメイトは、「陰毛」と呼んで馬鹿にしていた。
しかし、その声だけは人気がある。
めったに喋らないが。
「ああ」
貸し出し記録で埋め尽くされた図書室ノートを広げてサインする。
「ようやく理解した」
少し声が弾んでいる。
よく見るとそれは英語の本。
(こいつ、英語読めるのか)
専門書に見える。少し羨ましい。
この図書室に英語の専門書があることから知らなかった。
そして彼女はつぶやいた
「これで、宝の場所は確定だ」
================================
「ええ。そりゃあ、この業界の人間ですもの。彼女の事は知っていますよ」
コーヒーショップで、その男は電話に軽快に受け答えしていた。
「依頼したものを探せるかって?彼女は依頼をうけた全てを解決している。実績で言うなら満点ですわな」
合間にコーヒーを飲みながらメモを展開する。
「まあ、紹介はかまいませんよ。俺はそういうジャンルじゃないんでね。人が死んだら呼んでください」
物騒な言葉に後ろの客が振り向く。
「とは言え、あの山の宝を狙うのは一人じゃない。これは警告ですよ。頼むなら早く決断したほうがいい。あの女が依頼受けたら、即座に見つけますからね。先に取られたら終わりだ」
楽しそうにペンを回す。
「ははは。脅しじゃありません。事実です。お宝巡って殺人事件でも起こってくれるなら私の出番が回ってきますがね」
愉快そうに笑う。
周りの客は少し気味が悪そうにしているが、ゲームの話だろうと納得し、また談笑に戻った。
「まあ、取りあえず連絡先は教えますよ。あいつは電話は取らないのでメールだけですのでね」
================================
ボサボサの髪をした少女は渋谷を歩く。
周りからはかなり浮いているが、本人はなにも気にしていない。
そして、ビルの美容室に入る。
看板には数万円の値段が飛び交う高級な店。
すると
「まあ!コトネちゃん!いらっしゃい!」
「はいです」
常連のようで、美容室からは歓声が飛んだ。
「仕事が出来ました。いつものように、仕上げて、ください」
ボソボソと喋る少女。
全く手入れしていない前髪が目を覆い鼻まで来ている。
とてもオシャレとは無縁のセンスだが
「任せて!いつものように、可愛らしいお人形さんにしてあげるね!」
美容師はにこにこしながら張り切っていた。
================================
その日、松山俊三は苛立っていた。
「その探偵は、本当に来るのか」
「あの有名な風村探偵事務所の紹介ですし、実際実績も残しています。返事もきましたから、もうすぐ来るかと…」
秘書である三枝が答える。
「遅い!他の連中に取られたらどうするのだ!?」
ため息をつく三枝。
そもそも、他者の手を借りず、自力での捜索に拘ったのは松山だった。
だが、「山に隠された財宝」は簡単に見つからなかった。
山狩りもした。土も掘った。それでも出て来ない。
三枝は早い段階から「こういうのはプロに任せた方がいい」
と言っていた。タイムリミット直前で、ようやく松山が決断したのだ。
「それにしても、その探偵は本当に見つけられるんだろうな!探偵などテレビドラマぐらいでしか見たことがないぞ!」
「何事にもプロフェッショナルがいます。プロに任せたほうがうまく行くことは多いかと。今回はたまたまそれが、探偵事務所だっただけの話です」
実際、三枝も胡散臭いと思っていた。
それでも、有名な風村探偵事務所が紹介するなら。と推薦したのだ。
そして
「うん?」
バラバラバラバラ
ヘリコプターの音
「珍しいですね、あまりヘリコプターはこのあたりを飛ばない…」
そこまで言って三枝は気付いた。
ヘリが降りてくる。
まさか、と三枝が思った直後
「アハハハハハハハ!!!!!クライアント!!!!!お待たせしました!!!!!御依頼された通り!!!早森琴音が只今参上しました!!!!!」
ヘリコプターの吊り梯子に捕まりながら高笑いする少女。
ヘリコプターの上からは
「危ないから!降りるな!!!」とパイロットが絶叫していた。
ヘリコプターはなんとか着陸。
琴音は松山と三枝の前に行き
「松山様、三枝様、御依頼された通り、参りました」
「あ、あなたが、その、探偵か」
「はい」
とても幼い顔つき。
成人しているようには思えない。
その恰好は派手すぎるドレスで、ヘリの爆風にさらされたにも関わらず、何故か髪は乱れていなかった。
意志の強そうな大きな瞳が爛々と輝いている。
「ず、随分、幼いな」
「よく言われますわ」微笑む琴音。
「それで、御依頼の件は…」
ヘリコプターでの登場とか、言いたいことは沢山あったが、三枝はとりあえず依頼の事を聞いた。
「ああ、大丈夫ですよ」
あっさり答える
「大丈夫とかではない。いいか、これはビジネスだ。君のような幼い人間に託せるほど…」
そこまで言った松山の言葉を遮り
「宝の場所はもう分かっています」
松山家の宝。
松山俊三の父は資産家だった。
時代が時代なのか、脱税対策に多くの宝石や金塊を隠していたらしい。
その場所が山なのはわかっている。
そこまでは父が伝えたからだ。
雲狐山に宝を残したと。
しかし、俊三の父はそこまで喋ると、血反吐を吐いて亡くなった。
最後まで聞けなかったのだ。
亡くなったあとも色々探したが見つからなかった。
親父のホラ話かもしれない。
と諦めかけていた。
それが変わったのが3ヶ月前。
資産運用していた商材が大暴落したのだ。
その結果多額の借金を抱えることになった。
会社の整理や、土地を売り、家を売る中で、突然思いだしたのだ。
この山には親父の隠し財産があると。
そして探し始めたがやはり見つからない。
借金の返済期限も近い。
そこで、会社で秘書をやっている三枝の強い提案で、宝探しで有名な探偵を雇う事にしたのだが
「な、なんだと!?俺はまだなにも伝えていないぞ!?」
そう、この探偵には「宝を探して欲しい」としか伝えていない。
しかし
「松山様が山狩りをされた時点から気付いておりました。これは通常の捜し物ではない。と。私のような宝探しで食べている人間には、その探し方で分かってしまうのですわ」
「そ、そうか」
松山は少し、この目の前の少女を頼もしく思いはじめた。
「では参りましょう」琴音はスタスタと歩き始める
「ど、どこにだ?」
「もちろん、『宝が埋まっている場所』にです」
まるで何回も歩いた道であるかのように少女は歩く。
「しかし、なんだ。親父は『雲狐山に宝を埋めた』としか言っていないのだ。よく、それで分かるな」
「その言葉は始めて聞きましたが、そう予想していました。そうでなければ、あそこまで漠然と一つの山の山狩りをしないでしょうし」
「そうか、専門家ともなると、それも分かるのか」
松山は少し目の前を歩く少女を評価するようになっていた。
受け答えが軽やかで、言葉に無駄がない。
そして
「雲狐山ですか、面白い名前で呼ばれていますのね。地図上では確認できませんでした」
「そうだな。親父はそう呼んでいた」
そんな、話をしていると
「さて、ここです」
『は?』
松山と三枝は二人そろって間抜けな声を出してしまった。
ここは
「お、おい。ここは山ではないぞ、畑ではないか」
そう、ここは畑だった。
「山畑ですね」
「確かに、そうとも言えるが…」
困惑した顔を見せる松山。
「ここで問題です」
突然、琴音が言う。
「ダイアモンドや黄金は何故尊ばれるのでしょうか?」
「…?それは、希少価値が…」松山が言うが
「そうですね。ありふれた金属には価値がつきにくい。でもそれだけではありませんよね?何故、黄金やダイアモンドは時代を超えて尊ばれるのか」
三枝が
「…不変性?」
「その『ふへん』が、変わらないという意味の不変なら正解です。そう。黄金やダイアモンドは特定の状態でも変質しにくい。」
「それは分かった。だがなぜ突然」
「正解はーーー」
畑の端に行く琴音。
それを見て
「お、おい!待て!そこは危ない!肥溜めの保管場所…」
松山が慌てて言うが
「そう!!!肥溜めの保管場所!!!!!そここそが!!!!!」
なんの躊躇いもなく、琴音は肥溜めに手を突っ込む。
そして、手にしていたトングを下に突き刺し
「宝の場所です」
高笑いしながら
トングには、ダイアモンドが挟まれていた。
「『雲狐山』とは『ウンコの山』!?馬鹿か親父は!!!???」
畑の上でのた打ち回る松山
「まあ、そのゴロ合わせは、この山を松山様達がなんと呼んでいたのか、私は知らなかった訳なんですが、肥溜めに存在するのは分かっていました」
「何故だ?」
「なんでこんな不便なところに山畑を作るのか。そして、何故未だに肥溜めで農作業をしているのか」
「それは…」
そうだ。まだ他にも畑に出来そうな場所は多いし、最近は肥溜めを使う農作業も少ない。ここの老夫婦は昔ながらの農法を止めていないからだが。
「そ、そうか!まさか!この畑を残してやれと親父が言ったのはこのせいか!」
この畑は、町で貧乏していた夫婦に格安で親父が貸し出していた。
死後もあの畑を貸したまま残してやれと、わざわざ遺言でも書いていたのだ。
そんか遺言より、宝を教えろ。と思っていたのだが、答えはそこにあった。
「あの山狩りで見つからないとなれば、人の盲点をついた場所に存在する。そして、隠してあるものはなにか?それが分かればいい」
琴音は顔を紅潮させて語る。
「ダイアモンドや黄金は、とある状態に強い。それは耐薬品性です。糞尿にダイアモンドを隠すのはそこまで突飛な発想ではない」
そして
「探している人の属性、山の地図、そして捜し物の中身。それらを全て考えれば答えは容易です」
呆然と琴音を見る松山。
その少女は可憐なドレスを肥溜めで汚している。しかし、そんなものを気にもせずに微笑んだ。
「お探しのお宝はこちらです」
結局、その肥溜めの下には20億を超える価値の宝石があった。
引き上げるのも大変だったが、松山は大喜びで作業を行った。
琴音にも謝礼として莫大な金額が渡された。
しかし
「お金なんてどうでもいいですわ。わたしは、他人が見つけたくて、見つけたくて、のたうち回る程の宝を、即座に見つけ出すことに最高の快楽を感じるのですから」
================================
「やあ、どうもどうも!三枝さん!なんか上手くいったらしいですな!いやいや、私は紹介しただけで」
風村は、いつものコーヒーショップで携帯で話ながら笑う。
「わざわざ御礼の連絡など…え?殺された?老夫婦が…?はあはあ。なるほど。なるほど。その老夫婦は琴音から聞いていますよ。なるほど、それは私の番だ。大丈夫、巧くやります。この『殺人コーディネーター』にお任せ下さい」
「やっぱり、殺されたの、あの老夫婦」
「ああ、ドンピシャだ、琴音」
琴音と呼ばれた、ボサボサな髪に戻した少女。
単に、あの美容室以外では一切髪の手入れをしないだけなのだが、印象は大きく変わる。
琴音は事件が終わったあと、松山に琴音を紹介した風村と会っていたのだ。
琴音は、松山が依頼をする前から
「松山が宝探しが出来る探偵を探したら紹介してくれ」
と頼んでいたのだ。
「まんまと松山は釣れて、俺の仕事も回ると」
風村は探偵だ。
『殺人コーディネーター』と呼ばれる、殺人事件を、クライアントの望むようなストーリーに誘導してしまう探偵。
警察は彼のコーディネートに騙されてしまう。
「これで貸し借りなし。これからもよろしくね、風村」
彼女は、松山があの土地をあの老夫婦に格安で売っていたことを知っていた。
遺言では「貸したままにしてやれ」だったが、賃貸契約も面倒だし、あんな土地に価値はないし、親父がわざわざ遺言で書くぐらい目をかけていたのだ。
売ってやろうという親切心。
それが徒となった。
あの財産は老夫婦の土地にあるのだ。
当然揉める。
あの老夫婦自体はともかく、彼らにも家族がいる。家族が騒ぐかもしれない。
「この土地に宝はあったんだ」と
元々は税対策の隠し財産だ。公に出来ない。
ではどうしよう?
そして、老夫婦は殺された。
その老夫婦の死と松山の宝が結びつかれては困る。
そこを工作してコーディネートするのが風村の仕事。
琴音はこの結末まで予想して、風村に頼んだのだ。
「次はあなたの仕事になるから」と。
「琴音、脳内麻薬って知っているか?」
「物質名を全部あげればいいの?」
「知っていればいい。俺もお前もジャンキーってことだ」
脳内麻薬に支配されて、目の前の快楽のためなら、他人の死もどうでもいい。
そんな壊れた生き方をしている目の前の少女を見ながら、風村は笑っていた。