見守る存在
傍にいた小姓に、屋敷に油をまき、火を付けるよう指示を出す。
「此処より先、誰も通すべからず。」
そう言い残すと、部屋に入り衾を占める。
「まさかあ奴が謀反をするとは。」
「面白きかな。わが生涯。」
衾の隙間から薄っすらと煙が入ってきた。
「火付けは叶ったようだの。」
そう言うと、床の間に飾ってあった茶器を手に取った。
「死出の供、申し付ける。」
辞世の句を嗜もうとするが、この火の手では残らないだろうと考え、床の間の脇差を手に取る。
「死出の装束ではないが、腹を召すとしようか。」
部屋の中央に正座し、脇差を正面に置いた茶器の上に置く。
右手を襟口から出し、上半身の着物を脱ぐ。
作法に従い、口に懐紙を含み脇差を抜き、鞘を背後に置く。
その手に何かを感じた。
咄嗟に、抜いた脇差を構え、振り返る。
そこには、見た事のない服装をした、若い男が立っていた。
面妖なことに、その男の眼の部分は、何か黒い物で隠されていた。
「何者か?」脇差を構えたままその男に問う。
「貴方の魂に呼ばれた者。」
「うむ?」
「信じては貰えないだろうが、貴方は自分の死後の世を見られない事が未練で、後の世に魂だけで存在してしまうんだ。」
「僕はその魂に呼ばれ、その魂に依頼されてここに来た。」
「なんと。」
「いや、その通りだ。」
「我が覇道、天下統一がそこに見えておる。」
「しかし、腹心に謀反され、その野望も潰えようとしておる。」
「叶う事なら、その行く末、この目で見たいものじゃ。」
「そうか。」
「しかし君は、本当ならここで死ぬ運命だったんだ。」
「その願いを叶えるなら、君は転生して他の時代に行かなければならない。」
「君の魂は、それを承知で運命を変える事を選んだ。」
「でも、まだ君には選択することができる。今ここで一生を終えるか、転生を望むのかを。どちらでも、君の望む方を言って欲しい。」
「わははは、なんと愉快。なんと痛快。そのような選択、迷う事も無い。転生を望むぞ。」
「たとえ人以外の者に生まれ変わっても、この世の行く末を見られるのなら。」
「・・・」
「判った。」
「君は転生する。」
「だが、その望みでは何時の時代に転生するか、何に転生するかは分からない。」
「僕の時代で、君を待とう。」
「おぉ、我が身体に暖かい光が流れ込んでくる。」
「我が身体が崩れていくのう。」
「おぉ、暖かいのぉ。」
そして、そのまま意識が遠のいた。
何者かの声で、意識が戻った。
「大殿がお好きだった木を、この城の守木としようかのぉ。」
ふと見ると、家臣の中で3番目に控えた者が立っている。
周りを見ると、その者の後ろに立派な城が建っていた。
「ほぉ、我が建立した城には劣るが、立派な城だのう。」
そう口にするが、その者に聞こえた様子が無い。
(ふむ、まあ良い。)
「此処は、我の城よりずいぶんと東方にあるようだの。」
「周りの空気が、違いよるわ。」
「しかし、我に謀反した者はどうなったのじゃ?」
「それに2番目に据えていたものは?」
「我が眠っているうちに、すべてが終わったようじゃの。」
城下に広がる、町並みを眺めていたが、暫くすると、又意識が遠のいた。
次に気が付くと、我の前を多数の女どもが歩いておった。
「な、なんじゃこの女どもは。」
見ると、皆、城から出て行っているようだ。
「何故、あ奴の城にこのような多数の女が。」
しかし、この城の主を見て驚く。
「誰じゃ?おぬし?」
この城の主には、我が家臣の面影は皆無であった。
「嫡男が出来ずに、養子をとったか?」
「まぁ、戦国の世ならそれもあり得るのう。」
「しかし、城の周りには見た事も無い服を着て、種子島に良く似た物を持った男達が多数いるが、又戦が始まるのかのぉ?」
「うむ。我の力もだいぶ衰えたようじゃ。」
眠気に抗えぬ。
そこでまた、意識が遠のいた。
激しい揺れでたたき起こされた。
地面が恐ろしいほど震えている。
「うむ、大鯰が暴れておるか。」
「しかも、庶民共は朝げの支度中であるな。」
「いかん、いかんぞ。」
「このままでは大火が。」そう思った時、町のあちこちで火が上がる。
「う~む、皆荷車に荷物を載せて移動しておる。」
「それでは、その荷車が火元に、あぁ、言っている傍から。」
強風にあおられ、火は瞬く間に燃え広がっていく。
東の方で、物凄く大きな火の渦が広がる感覚を感じる。
「おぉ、皆慌てておるわ。」
「しかし、此処までは火は来ぬようだ。」
「庶民共も、無事であればよいのぉ。」
しかし、又意識が遠のく。
「うむ、もっと見守っていたいのだがのぉ。」
次に気が付くと、又塀の外が焼野原になっていた、
「何が起こったのじゃ。」
我がいる場所は周りに火の気はないが、少し先の塀の向こうにはかなり大きな火が見える。
ふと空を見ると、巨大な鳥が、腹から何かを落としている。
この火災の元を降らしていると考えた。
「何者かの攻撃なのかのう?」
「天からの奇襲では成す術がないのう。」
「しかし、また戦なのか。我の望んだ先の世は、このようなものだったのかのう?」
町なかに広がる火を見て思う。
「敵の力を把握しておらなんだようじゃの。」
「敵を知り、己を知り、と言った古事を理解しておらぬようじゃ。」
「今この地を支配しておる者は無能な者と言う事かのぉ。」
そこでまた意識が遠のいた。
何かが、自身の周りを走る足音で、意識が戻る。
見ると、堀の周りを露出の多い着物を着た者が、何人も走り回っておる。
その中には女の姿も見えるが、同じような格好をしておる。
「ふむ、鍛錬じゃな。」
そして気が付く。
「城の周りに巨大な箱が、あんなにも大量に。」
「あれは何じゃ?」
その周りを走り回る箱から、先ほどの者達とは違う服を着た者達が出てくると、巨大な箱に列を作って入っていきおる。
「あれが今の城なのか?」
「それにしても、町並みがずいぶん変わったのう。」
「周りはあの巨大な城だらけじゃ。」
「ふむ。これが我の見たかった、先の世界なのかのう。」
(そのようだね。)
頭の中に声が響く。
「誰じゃ?」
そう言って、周りを見回すと、見知った男がすぐ傍にいた。
「おぬし、あの時と変わらない格好だの。」
「やっと貴方を見付けられた。」
「何を言っておるのじゃ?」と言って気が付く。
「お、おぉ。この姿は。」
我は自身が松の大木になっていることを知る。
その根元には、白い犬と、あの場所で最後に合った者の姿が。
「ふむ、三番目の家臣が、自身の城の庭に植えた、松に転生したという事か。」
「ふむ、それも良きかな。」
「樹木であれば、今後も幾年月、世の移り変わりを楽しめそうじゃ。」
「そう、貴方は、その寿命尽きるまで、今後も続くであろうこの世を見続ける定めに組み込まれた、」
「ただ、見ている存在に。」
「それは楽しそうじゃのぉ。」
しかし、少年は思う。
(今後は僕も接触はしない。)
(自分の存在に、誰も干渉してもらえない地獄。)
(貴方の精神が壊れないことを祈るよ。)
「ふふふ、皆、我を楽しませてくれ。」
その松は、今も城があった場所の片隅に、その姿を残している。
しかし、今では誰もその存在を気にしていない。
只、そこに古くからあるという認識しか。
誰もその松に興味を示さない。