過去からの依頼
「はぁ、はぁ。」息も絶え絶えに着物姿の少女が山道を裸足で走る。
その足には草や石でいくつもの傷を負っており、痛々しい。
「はぅ。」少女が木の根に躓き、地面を転がる。
少女の足の親指は、爪がはがれている。
その痛みを堪えて立ち上がるが、後を追ってきた者達に囲まれる。
「ふひひひ、やっと追いついたぜ。」
「駄目だよぅ、可愛がってやるって言ってるのに逃げちゃぁ。」
「まったく、手間をかけさせるなよなぁ。」
「大人しく言う事を聞けば悪いようにはしないぜぇ。」
薄汚れた鎧姿の男たちが口々に言う。
男たちは正式な武士と言うわけではなく、合戦の折に死んだ者からその装備を剥ぎ取った所謂野党崩れと呼ばれる者達のようだ。
「おっ父や、おっ母を殺した奴らなんか信用できない!」傍にある石を掴むと目の前の男に投げつける。
「うご!」その石は見事に男の顔面を捉えた。
その隙に男たちの脇をすり抜けようとするが、石を投げつけられた男が激昂して刀を振るう。
「このアマ!」
「ぎゃ!」
男の刀が少女を襲う。
少女は地面に倒れながら、自分の腹から流れ出る臓物を手で押さえ、思う。
「いやだ、死にたくない。」
男たちは口々に不満を言う。
「ちっ、上物だったのによう。」
「なに、また攫ってくればいい。」
「味見する前に切るとか勘弁だぜ。」
「な~に、あの村にはまだ獲物がいるぜ。」
「げへへへ、そうだなぁ。」
「じゃあ、次の調達に行くか。」
男たちは少女を置き去りにして去っていく。
(いやだ、死にたくない。)
(死にたくない。)
(死に・・・)少女が事切れる。
数日後、通りがかった旅人が少女の亡骸を街道沿いの道端に埋葬し、そこに石の重しを乗せる。
「これも何かの縁、成仏なされよ。」
そして年月が流れ、数百年が過ぎた。
ざっ、ざっ、ざっ。草を踏む音が聞こえる。
黒い皮のジャンバーに洗いざらしのGパン、足には登山ブーツを履いた少年が山道を進む。
その顔は黒いサングラスに覆われ、表情は解らない。
そして、ある石の前で歩みを止める。
「僕を呼んだのは君なのか?」少年が言う。
そこはあの少女が埋葬された場所。
旅人が少女を埋葬して石を置いた場所だった。
「はい。」あの日、男達に切り殺された少女が石の上に現れた。
「君の運命は夢伝言で見せてもらった。」
「・・・」
「僕を呼んだという事は、死の運命を変えて欲しいという事なのか?」
「はい。」、
「それがどういう事か、解っているんだろうね。」
「はい。」
「お願いします。」
「良いだろう、請負った」
「では次元を超え、君の生きる時代に言って来よう。」
そう言うと、少年の身体が消える。
「ありがとう。」少女はそう言うと薄っすらと消えて行った。
そこには、一つの石と、その周りに吹く風だけが残っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこには、躓いた少女と、それを取り囲む野党崩れがいた。
「ふひひひ、やっと追いついたぜ。」
「駄目だよぅ、可愛がってやるって言ってるのに逃げちゃぁ。」
「へぇ、可愛がってくれるのかい?」その侍の肩に手をかけた少年が言う。
「何だ貴様!」
「邪魔するのか?」
野党崩れが刀を抜き少年を切りつける。
「無駄だよ、僕を切る事は不可能だ。」
その刀は少年をすり抜ける。
「馬鹿な、完全に切れた間合いだった。」少年に切りつけた男が驚愕する。
「獲った!」別の男が少年の背後から刀を突き立てた。
その刀は少年の心臓を貫いている。
しかし、「無理だって。」と言いながら少年が横に移動すると刀はするりと少年から抜け出る。
「げ!」少年を刺した男は叫びながら遠ざかる。
「化け物だぁぁぁ。」
(失敬な。)と思いながら周りの男達を見ると、抜いた刀を放り出してそれぞれが叫びながら逃げ出していた。
「ぎゃぁぁ、助けてくれ~。」
「て、天狗だぁ。」
「ま、待て、腰が抜けて、う、うわあぁぁぁ。」
そこにいた野党崩れは、全員いなくなった。
「ふっ。」少年は息を吐くと、木の陰に隠れていた少女を見る。
少女は震えながら、少年の前に歩み出た。
「あの、助けて頂きありがとうございます。」
しかし、少年はその言葉を遮り言う。
「礼を言われるのはまだ早い。」
「まだ終わっていない。」
「君は、本当ならここで死ぬ運命だったんだ。」
「だから、君はもうこの時代にいる事は出来ないんだ。」
「君は転生して他の時代に行かなければならない。」
「運が良ければ、その姿のまま転生が出来るかもしれない。」
「だが、その可能性は少ないんだ。」
「君の魂は、それを承知で運命を変える事を選んだ。」
「でも、まだ君には選択することができる。今ここで一生を終えるか、転生を望むのかを。どちらでも、君の望む方を言って欲しい。」
「いえ、その必要はありません。転生を望みます。」
「たとえ人以外の者に生まれ変わっても、生きている方が良いと思うから。」
「時には、生きる事の方が苦しい事もある。本当にいいのかい。」
「はい。」
「・・・」
「判った。」
「君は転生する。」
「僕と同じ時代に。」
少女の視界が暗転する。
「あぁ、暖かい光が流れ込んでくる。」
「あたしの身体が崩れていく。」
「あぁ、暖かいなぁ。」少女の意識がゆっくりと薄れていった。
空間が歪み、少年が姿を現す。
そして、少年は何かを探すようにあたりを見回した。
少年は、すぐ傍にいた白い毛並みの犬に気が付く。
その犬は、少年を見ると足元にじゃれつき一声吠える。
少年はすぐに察する。
「そうか、君か。」
少年はその犬の首元を摩りながら言う。
「僕と一緒に来るかい?」
「オン!」犬が吠える。
「判った。行こう。」
少年の旅は今から始まるのだ。
思いを残した者達の未来を変えるために。




