そして妖精は去る
ダルフーン軍の先鋒隊は、侵攻した街と森が敗退するオイシュ軍の起こした火災で大混乱に陥り、その隙を突いたオイシュ統合軍が攻勢を仕掛け後退する。そこに統合軍と合流して体勢を立て直したリヒト将軍らの部隊が迂回してダルフーン軍の補給部隊や施設を破壊した。
現地調達の最初の目標であったヴォンの町が火災で焼け落ち不可能になり、備蓄していた物資も破壊されたという状態にダルフーン軍の兵士は恐慌状態に陥った。元々遠征に出された敵兵の大半が傭兵やダルフーン国に征服されたばかりの土地の兵であり士気が低くかったこともあり逃亡兵が発生し、オイシュ軍の攻勢に徐々に抵抗できなくなり、戦争開始から一月半でダルフーン軍は撤退した。
オイシュ国の被害は、ダルフーン軍が侵攻したカール候領以外にもいくつかの村や町が落ちて略奪などの被害が生じたが、強大なダルフーン軍を相手にしたとすればその被害は微々たる物だった。
だが、やはりダルフーン軍は精強であった。統合軍として参加していた騎士や貴族は指揮統制が取れてなく多くが討ち取られてしまい、後継者争いや領主の不在という混乱が発生していた。
さらに直接的に戦場となったカール候領は悲惨であった。村が襲われただけでなく中心の町であるヴォンや妖精の蜜の生産源である妖精の森が焦土戦によって焼けたことは決して小さいものではなく、住む場所を失ったヴォンの町から避難していた人々の半数が戻ってこなかった。特に妖精たちは、森全体が焼けてなくなってしまったという前代未聞の事態に陥ってしまい、新たな住処を求めて大半がよその領地や国へ散り散りとなった。
火災が沈静化してから、カール候領では復興作業が始まっていた。人々は、軍と共に瓦礫の撤去作業を行っていた。焼け焦げた広場跡ではカール候とリヒト将軍とヒンターが激励のため訪れた。民衆はヒンターに注目していた。だが、だれもヒンターや軍を責める者がいなかった。なぜなら、火を起こした原因を戦が始まって放置してあった油がダルフーン軍の火矢によって燃え移ったとダルフーン軍の所為にした。それを知っている者は口封じされていた。
ヒンターは、口を開いた。その目は、あの扇動する狂人の姿だった。
「諸君!!我々は、勝った!勝利した!だが、気を抜いてはならない。害獣はまだ死んでいないのだから。また我々の国を奪い取るに違いない!そのためにも勤勉で誠実なわれら人民は、今まで以上の発展を!生産を!開拓をしなければならない!戦いも闘争も終わりはないのだ!!」
民衆や兵士は、盛大に勝どきを上げた。大半の民衆は、酔いしれて慄いていた。敵はまだいる。戦わなければという心理が指導者の言葉によって根付いてしまったのだ。そしてその様子を空から見ていた一人の妖精が、指導者が大衆を扇動する姿を見据えていた。
「今のあなたがどんなに綺麗ごとを言っても信じられない。だってヒトは、こんなにも変わってしまうもの。その言葉もきっと変わってしまう。私があなたが変わるのをあの時止められたら、ううん逃げずに一緒にいてたら…………」
指導者を見つめていた妖精は、涙をこぼし飛び去ってしまった。焼けてしまった妖精の里でもオイシュ国の領地でもないどこか遠くへ。