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独裁者の誕生


 ダルフーン軍が大砲というまだ数が少ない兵器によって破壊されたバリケードは、この町全体に響くほどの振動と木が倒れるような重たい音が粉塵混じりに広がった。彼らが歓声を上げながらその跡を悠々と通過したのを見計らって、敵に見つからないように潜んでいた兵がまだ息がある市民や兵の救出を開始した。

 空から一人の妖精がバリケードだった瓦礫の下敷きになっている若い男をその非力な体で引っ張り出そうとしていた。近くにいた兵が、ハンナと面識がありその妖精が彼女であること、そして今彼女が引っ張り出そうとしている腕がハンナと懇意の関係である人物――ヒンターであるとわかった。

 兵は大急ぎで他の兵と共に瓦礫を退かし、通りの脇のところまで運び出してヒンターを救出したが、体がピクリとも反応がなく最悪の事態を想定した。

「ヒンターさん起きてくれよ」

「ヒンター、ねえ。お願い目を開けて。さっき約束したじゃない。一緒に妖精の里へ行くって、死んだら約束守れないじゃない!」

 必死にあふれ出そうになる涙を抑えながら、ハンナは彼女の手が腫れ上がるほどヒンターの頬を何度も叩き、反対の手でたたき起こそうと手を振り下ろそうとしたとき、ヒンターの瞼がひくひくと動き目を開けた。

「……ハンナ?どうして戻って……来た?」

「私、あなたが脱出するまで町の門のところで待っててたの。けど町のほうで何かが大きく崩れる音が聞こえて、あなたが巻きこまれたんじゃと思って戻ってきたらあなたが下敷きになってて。兵士さんが引っ張り出してくれたの」

 ヒンターはよろよろと立ち上がり、おぼろげな視界を頭を振って元に戻す。

 彼の前には、ハンナと護衛の兵三人と先ほどバリケードの前にいた男数人がいた。ハンナと兵は負傷してなかったものの、市民たちの方は肩を切られ手で出血をやっと塞いでいた状態だったり、矢が体に刺さっていた。ここにいない他の人々は矢に討たれたり、瓦礫の下敷きになっていた。

 ヒンターは、敵に気づかれないように建物の角を影にして広場のほうを覗き見る。広場のほうでは、ダルフーン軍が略奪や破壊を始めていた。他人の所有物であることなどお構いなしにドアを蹴破り、木窓を開けるのが邪魔くさかったのかそのまま戦利品を窓に投げて壊し、広場の前に投げ込まれた戦利品を獣のように漁った。その広場には、町に残って建物に隠れていた人々が引きずり出され食料はないかと脅し、一人の老人に何人もの兵士が蹴り上げ踏み潰されていく。

 その惨状を見て力なくうな垂れた。自分の言葉によって無力な人々が無謀に戦いに出て討たれ、作り上げたバリケードも逆に人々の被害を拡大させてしまった。故郷を守るため戦いの後にある自由や権利のために団結して戦った勇気ある市民を無碍に死なせた責任に押しつぶされそうになった。

 だが、ヒンターはふとあることがよぎった。本当に人々に自由や権利が与えられるのだろうかと。カール候は民衆をだます甘い言葉といっていた。ヒンターは思い出した。この国は、この世界は自分のためにしか行動しない奴らであること。そんな奴らが不利になる自由や権利を与えるだろうか。いや反故にするだろう。そうだとすれば、自分は、その人たちをも騙したなんと無力な吠えるだけで羊一匹も守れない哀れな犬なんだろうかと天を仰ぎ見る。

「閣下、もうこの町は落ちます。今でしたら逃げ切れます」

「ヒンターさん、命大事だ。他の人を助ける暇はねぇよ」

「ヒンター。あなたは良くがんばったわ。だから逃げましょう。ここであなたが死んだら、私はどこへ行けばよいのかわからない」

 ヒンターは静かにうなずいた。その反応を見てみんなヒンターが自暴自棄とならずに良かったと安堵した。ヒンターが一人の兵を呼び寄せて振り向いた。

 だがハンナは気づいた。ヒンターの目つきが変わっていることに、その目はあの恐ろしく恐怖を煽る狂気の男になっていた。

「伝令だ。酒や油を建物にかけろ!そして火をつけろ!害獣どもを業火の炎で焼き尽くせ!!」

「……!了解!!」

 伝令兵が焦土戦の発令の命令を受けて、司令部へと向かう。だが、そこにはハンナが両腕を開いて伝令兵の前を遮らんとしてた。ヒンターは、伝令兵を押しのけ必死の形相でハンナに怒声を浴びせた。

「ハンナ下がれ!!これより焦土戦が行われる!早く避難しろ!でないと」

「ヒンター!お願い。さっきまでのあなたに戻って!こんなのあなたじゃない。あなたは、本当は……」

 ハンナが言い終える前に、ヒンターはハンナを払いのけ、彼女に向けて指を刺した。そこにもう、優しく彼の姿はない。ハンナの目の前にいるのは、民衆の指導者として命令を下す男がいた。

「ハンナ!君は、私が指示したことをせよ!命令は、戦火から逃れるところへ避難することだ!!」

 雨粒よりも小さく涙が零れ落としたハンナは、ぼそりと「もう戻れないのね」と言い残して飛び去り、一切ヒンターに振り向かなかった。

 だが、ヒンターが思いも寄らないところにも焦土戦の命令が下されてしまっていた。ヒンターがヴォンの町焦土戦開始の伝令を受けた司令部は、妖精の森のほうにも焦土戦を行うよう伝令を発したのだ。ヴォンの町の東に位置する妖精の森もすでに進攻されて劣勢の状態であると報告を受けていた。妖精の森までもが陥落すると二方向から攻撃される恐れがあったため焦土戦による森の炎上で敵の進軍を阻止する必要性が浮上した。それに加え妖精の森の焦土戦を判断する者が戦死と混戦により引き継ぐものが不在の状態に陥ったため妖精の森に近く、焦土戦が発令されたヴォンの町の焦土戦判断者が兼任されることになった。そしてヒンターの伝令に指定された場所がはっきり言われていなかったため両方を焦土すると解釈を行った。

 そして、司令部の命令を伝えた伝令が、森にいる兵に命令を伝え、広場から運び出された酒や油を森の木々にかけて火をつけた。酒や油で燃えやすくなった木は、火がつくとあっという間に他の木にも燃え移った。それが、伝播し巨大な大火となり妖精の里を含む森ごと燃やし尽くす。

 火は町のほうにも着けられ、森や町を飲み込んだ。ダルフーン軍は、その身を焼かれつつ逃げ惑い、焼け死ぬ兵や崩れ落ちる建物やバリケードの下敷きになった兵が続出した。森から進軍してきた軍も火の回りが速く同じ運命をたどった。幸いなことに、街の人や妖精は火災による被害に巻き込まれることはなかった。

 ヒンターは、司令部に命令と異なると訴えたもののカール候の息子や臣下の同意があったからの判断と取り合ってもらえなかった。むしろ司令部は、命令を出したのはヒンターであるから責任はヒンターにあると言って退けた。ヒンターは、臣下たちや軍人らによって焦土戦実行の責任者として都合の良い人柱にされてしまっていたのだ。

 ヒンターの目に映る燃え盛るヴォンの町や森がまるで悲鳴を上げるかのように焼け落ちていく。彼が美しいと賛美してハンナと約束していた妖精の里も彼が演説した広場も消えてなくなってしまう。それは、自分が命令したこと。そして街や森を飲み込む炎がまるで自分の姿を表しているかのようだった。まさにそれは、悪魔の力を使った自身の姿を象徴するかのように。

「これが、お前のやり方かよ!団結だとか言って町も森も!みんな燃やして!!あんたは、一体何様なんだよ!!」

 ヒンターの背後から男が叫びヒンターを糾弾した。その男は、ダルフーン軍に切られかけた町の民兵だった。ヒンターは、口を噤んだ。だが、彼は冷静に声がうわずらないように言葉を淡々と発し、最後に涙を一粒だけこぼした。

「お前達人民は、私についてくるだけでよいのだ。私は指導者――フューラーだ」

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