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ヴォンの町の戦い

「諸君、敵がやってきた!我々が築き上げたものを貪り喰らう害獣どもがだ!だが、我々はひとつだ!害獣に降伏しようとした領主も摂政もそして先の王もいない!新たな王とカール摂政と領主達は一致団結し人民と共に戦う意志を示している!我らの意志が、何者にも勝ることを害獣どもに見せてやろうではないか!!」

「オオッー!!」

 ヒンターがヴォンの町の広場で防衛部隊を鼓舞していた。

 ダルフーン軍の上陸から一週間経ち、ダルフーン軍はカール候領に侵入していた。改革によって貴族や騎士たちが保有していた軍は王の下に――という建前で実質はカール摂政が兵権を保有するのだが、他の領主の軍が統合軍として再編成された。しかし、一週間という短い期間では再編成するだけで時間がかかった。先にダルフーン軍に攻撃を仕掛けるためカール候領総力の半数で編成された軍の将に任命されたリヒト伯が先鋒として先程出陣した。

「諸君、君たち人民は私が指導する。私の指導に従えばよいのだ!男や手伝える女は敵をふさぐ柵やバリケードを作れ!他の女・子供・老人は先に避難と食料を運ぶことを優先せよ。荷物は手に持てる物だけにしておけ!奴らは餌を欲している。パン一欠けらも残すな!ただし、酒は広場に残しとけ。油もな」

 街から逃げ出す人々は、荷台で荷物を運び出す者もいたが、大半が手に持てるほどの荷物で避難を開始し、酒や油が入った甕や陶器が広場の前に置かれていく。建物の間の道に家具などを建材にしてバリケードを作る民衆も恐ろしいほど従順にヒンターの指示に従った。屈強な者から細身の男、その中に混じって働く女性も男に負けず劣らず動いていた。

 ヒンターは護衛のために与えられた兵と共に避難誘導をしていたとき、一人の兵がヒンターに報告したいと現れた。

「ヒンター殿、先ほどリヒト将軍の軍がダルフーン軍に撃退され一時撤退しました。まもなくこの町にやってきます。また、敵は二手に分かれ、一方が妖精の森へと向かっています」

 報告を聞いて眉間にしわを寄せた。侵攻路は軍が予想したとおりで、森にいた妖精たちはすでに避難をしていた。しかし、ヒンターが懸念していたのは、敵の強さと進軍速度である。リヒト将軍に与えられたのは、カール候領にいた兵の半数、それもその大半が重騎兵と兵力的にも戦力的にも十分なものであるにもかかわらずである。

「ねえヒンター、大丈夫?」

「ダルフーン軍の進行速度がどれくらいなのかはまだわからない。もう森に侵入しているという情報もある。もうすぐここは戦場になる。だからハンナ、他の妖精たちと一緒に避難して」

「そうじゃないの。あなたのことよ。さっきも、人が変わったみたいにみんなを煽り立てる話し方をしてたじゃない」

 ハンナはふわふわと羽を動かし、ヒンターの前に出て心配そうに彼を見つめていた。

「今のあなたは、まだ私が知っているヒンターだけど、さっきもそして一週間前にみんなに話したときもなにか恐ろしい別の人になっていた。私はみんなに大声で演説するよりも、みんなの生活を良くするために話を聞いて必死に考えて、ありもしないような空想話を私にするあなたが好き。だから今のあなたのままでいて」

 ハンナが、求められる自分の姿を打ち明けられヒンターのひび割れていた心が修復されていくのを感じた。拾ってくれた上司に裏切られた傷と本当の自分という不安定さを彼女という存在が癒してくれた。ヒンターは、再び救われた気持ちでハンナの小さな手をぎゅっと握った。

「ありがとう。大丈夫だよハンナ、戦争だからずっとぴりぴりしてて、ちょっとどうかしていた。けど、僕はみんなを鼓舞しないといけない時だから今はがんばらないとだめなんだ。戦争が終わったらゆっくりと妖精の里へ行って、できたての蜜を食べに行こう」

 ハンナは、かつてのヒンターが見せていた優しく穏やかな表情を見てどこか安心した顔で「約束よ」とヒンターの手の甲にキスをした。オイシュ国の約束を交わすときの風習である。

 ハンナが避難民の波の上を飛び去っていくと、ヴォンの町の守備隊の兵が参上した。

「ヒンター閣下、広場にある酒と油を運びだします。それと閣下、もし酒や油を使うと判断すればすぐに伝令を飛ばすようにと守備隊長から指示があります」

 酒と油の供出は他の町でも行われていた。ダルフーン軍が市街地に進攻して陥落しそうならば、ダルフーン軍の略奪できないようにするために焦土戦も已む無しと軍全体で決められ、燃やすための燃料として酒や油の供出をしている。しかし軍だけの判断で行えば、貴族や騎士の反感を買うことが想定されるため、その決定権はその領地の主や任命されたものに委ねられていた。そしてヒンターは、カール候の直轄地であるヴォンの町の最終判断の決定権が付与された。

 しかし、ヒンター自身はたとえ町が陥落することになっても焦土戦発令は行わない考えであった。焦土戦を行えば、敵の補給や略奪は不可能になるが、奪還した場合復興に多大な労力や金が必要になる。そして今まで多くの人々が過ごしてきた町や人々を軍事的な判断で消してしまうことに戸惑いがあった。それは、共に戦うということを放棄することであり、やさしいヒンターを愛する彼女を裏切る行為だからだ。

 油を運んでいた部隊が見えなくなり、避難民の数が少なくなった時、町の南の側が騒がしくバリケードを作っていた市民の何人かが作業を止めていた。すると、バリケードの向こう側から助けを求める声が流れ込んできた。ヒンターを含めたそこにいる人々は、もう敵が町に攻め込んできたことを察知した。

 その声を聞きつけた市民の男達が向こう側にいる人を救出しようと、彼らの身長の倍以上に積みあがったバリケードの上へとよじ登っていった。だが彼らが向こう側にいる彼らを助けることはできなかった。助けに行った男達が向こう側へ降りた瞬間「ぎゃ!」という小さな断末魔を残して彼らの声が返ってくることがなかった。

 バリケードの後ろにいる民衆と兵たちは、お互いの顔を見合わせ汗がじんわりと出てくるのを見て何がくるのかお互い理解した。彼らの予想は当たった。バリケードの向こう側からダルフーン軍の地響きやときの声がバリケードのほうに向かってきていた。

 そこにいた兵の一人が大慌てでヒンターのもとへ向かい敵軍がまもなくヒンターがいる場所に迫っていることを報告した。

「閣下お逃げください!」

 ヒンターは歯をガチガチと震わせたが、手を握り爪を立てて食いしばり一番近くに民衆がいるバリケードの方へと駆け出した。

「ま、まずは民衆からだ!民衆を戦わせるわけには行かない!」

 ヒンターは彼らを避難する様に訴えたが、民衆はその手に持ったバリケードの一部で即席に作った槍を下ろさなかった。その中には中年の女性の姿もあり、その人も槍を持っていて戦う様子であった。

「おばさん、だめです!避難してください。殺されてしまいます!」

「ヒンターさん、あたしらはこの町がただで敵にやられるなんて嫌さね。一人か二人ぐらいこの槍を突き刺して、思い知らせてやりたいさ」

「そうですよ。それに閣下がおっしゃったじゃないですか。一致団結して戦えって言ったじゃないですか。俺らもその意志を見せているんですよ」

 民衆のありがたく勇気付けられるこの言葉は、現実の戦場においてあまりにも無謀であった。軍事訓練を受けた貴族や騎士や兵士でも状況・技量そして時の運によって打ち勝てる。だが初めて武器を手にした民衆が、訓練されたそれも精強なダルフーン兵に槍が届くかといえば不可能だ。ヒンター自身、それは理解していて戦力にならない民衆は被害を抑えるために敵が着たら避難させる考えだった。しかし、ヒンターの団結という言葉が思惑と異なり自らの首を絞めることになっていた。

 ヒンターが説得を続けていたとき、後方から一人の男が大声でヒンターの努力を無碍にする言葉を発した。

「来たぞ!!害獣!ダルフーン軍だ!迎え撃て!」

 背後の男の声につられて、民衆は全員喊声を上げてダルフーン軍を発見した男と共に迎え出て、通りの角を曲がった。ヒンターは急いで彼らを止めようと駆け出し、角を曲がらんとする男を引き戻そうと手を伸ばす。

 空気を裂く一つの音が聞こえると、ヒンターの前にいた男は急に力なく持っていた槍を手を離し、仰向けに倒れた。男は、自身の身に何が起きたか理解できない表情で白目をむき出しにして彼の胸に突き刺さった矢を見ることなく事切れていた。 

 ヒンターが、男のあっという間に死に行く様を目の当たりにして死の境界線がすぐそこにあるという恐怖に怖れ一気に動悸が早くなった。そして、その曲がり角では戦いに向かった人々が矢が引かれる音と共に小さな断末魔をあげて倒れていった。その倒れた人々の中には先ほどまで話していた中年の女性も脳天や脚・腹を矢で打ち抜かれていた。

 さらにバリケードのほうから、ドゴンドゴンと大きな物音が聞こえ始めた。ダルフーン軍が広場へ繋がる最短距離であるこの通りのバリケードを破壊せんと破城槌で壊していた。

「引け引けー!!」

 このバリケードが破壊されてしまえば、向こう側で待機している敵軍がなだれ込み、ヒンターを含め残った人々はあっという間に討ち取られると判断し、ヒンターが声を張り上げて民衆に退却を命令したその時、大地が揺れる振動と物音がした後バリケードが大きくヒンターら民衆がいる方向に倒れ始めた。

「バリケードが崩れる!逃げろ!!」

 そう誰かが叫ぶが狭い通りに作られたバリケードは、軋みあげながら通りに沿って一直線にヒンターたちに覆いかぶさっていく。

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