ヴォンの町の演説
カール候領内で最も栄えている町ヴォン。その広場にてヒンターと、木箱の上に立ちカール候の兵士が護衛についていた。その横には立て札があり、『あなたたちの税金に関わることを話します』と書かれていた。それを見た町の人は、他の人に教え伝えた。だが、広場の三分の一になってもヒンターは口を開かなかった。通常ならこのくらい集まれば口頭で内容を話すのだが、口を開かなかったのを民衆は不思議に思った。それでも、催促の言葉が出ても石を投げつけなかったのは誠実でまじめなヒンターであることが大きかった。ヒンターは、人々に信用されていた。
やがて税金の話という言葉が一人歩きし、いつの間にか税金を上げる話となって農村にまで伝わり、ついには広場に足の踏み場がないほど人が集まった。
そう、これら一切の行動はヒンターの計画のうちであった。立て札の内容を『重要な話』では民衆は抽象的過ぎて理解できないから、税金という生活に密接する事柄ならすべての民衆の興味と伝播性がある。そして集まるまでの一連の行動、これはかつてヒンターの生まれた国の独裁者がした演説方法を真似たものだ。そして、これからすることもその独裁者がした方法と同じことをする。
ヒンターは、これが良いことだとは思わなかった。その独裁者が結局国を巻き込んで地獄に叩き落したことも知っている。だがこの方法をこの知識を使わなければみんな滅んでしまう。
ヒンターは、頃合と判断し手を上げた。すると、ハンナがヒンターのほうに向かって飛んできた。他の妖精もいる。他の妖精がハンナに知らせて連れてきたのだ。
「ヒンター!なんでこんなときに税金の話をするの!?里の妖精を襲った兵がまだいるかもしれないのに」
「ハンナ、そしてお友達よ。どうか話は、これから私が言うことをみんなに聞いてから話してくれないか」
ハンナは、ヒンターから下がった。今のヒンターはハンナがいままで知っているヒンターではないことに直感で気づいた。ヒンターは、のどを鳴らして声を整え、民衆がヒンターに注目し、静かになるまで待った。そして民衆がヒンターの方を向き静かになったタイミングを見計らい、口を開いた。
「人民の皆さん。私は、カール候の官吏ヒンターでございます。今日は、皆さんにお伝えしなければならないことがございます。敵が近づいているのです。先ほども斥候が現れ農村に妖精の森にも被害が出ました。その斥候は、ダルフーン国の斥候でありました」
「戦争になるから税金を値上げするっつー話だろ。それともなにか?兵が足りないから俺達を兵士にするのか!?」
民衆の一人が声を上げた。ダルフーン国に勝つには、民衆の力が必要だ。だが、彼らは領土や国を守る意識はない。国民の意識を芽生えさせなければならないときだ。
「皆さんに協力してほしいのは、共に戦う意志を見せてほしい。ダルフーン国との戦いは貴族や領主だけの戦いだけではない。あなた達人民の決して屈しない意志によって勝利するのです」
だが、民衆は非難の声を上げるだけであった。彼らにとっては、支配者が代わるだけで生活は変わらないと錯覚しているのだから。だから彼らは、被害が拡大する前に逃げればいい戦火に巻き込まれたくないのだ。
「皆さんは、きっとダルフーン国に支配されても今までと同じもしくは、税金が上がるぐらいの生活だろうと思ってはいないだろうか?逃げて、戦争が終わったら元に戻るそう思ってはいないか。――否!!今までの生活とは比べ物にならないほどの悲惨な生活が送られるのは明らかだ!!」
最後の咆哮に、民衆はいっせいに静まり返った。そばにいた兵士も、先ほどまで静かに演説していたのがガラッと変わったことに驚き、そしてその言葉に身震いを起こした。
「ダルフーン国は、自分の兵を養うために他国を侵略し、食料を奪い何も残すこともなくすべてを奪い取る。冬も近い我々に飢えろときた!しかもやつらは、自分達だけ良い思いをするために征服された民に農作物を作ってはすべて奪う!商売で得た利益も!それが永遠続くのだ!!隣の村も街も国も戦う前に降伏してもそんな運命が待っている。さらに妖精はもっと悲惨だ!私は見た!奴らが妖精を嬲り犯しあまつさえ、虫と発言した!!ダルフーン国は我々を食い物にする害獣だ!害獣にヒトが支配されるな!!」
だが、ヒンターの演説は誇張が入っている。ダルフーン国がすべて奪い続けることなどうわさで聞いただけで事実ではない。ヒンターは、敵の脅威をわかりやすく伝えるためにあえてそれを伝えた。それは効果てき面だった。ヒンターの言葉に誰もが釘付けになった。
「我々領主六人とその臣下は、人民をひとつの意志の下に統一するために改革を起こす!!」
護衛の兵士から羊皮紙を受け取り、その内容を読み上げた。農民は税金以上に採れた作物は自由に販売できる。国内の活性化のため税関は順次廃止されることそしてすべての人民に自由の権利を与える。王の下に行政と兵権を一元化を行うと政治改革に関する趣旨が述べられた。
「ここに述べた民は、ヒトだけでなく妖精も含まれる。当然だ!共に過ごしてきた彼らは、虫ではない!!同じ人民だ!!勇敢で勤勉な人民よ!敵が迫ってくるのも時間の問題だ!共に王に我々の訴えを、家族を隣人を土地を領地を国を守り戦う意志を示し、害獣を叩き潰せ!!侵略者を祖国から守れ!!降伏を選ぶ奴らは、自分のことしか考えない家畜を望むやつだ!!勝利か死かだ!!」
ヒンターが高揚すると、広場にいた民衆も一斉に声を上げた。
「「勝利か死か!!害獣に支配されるな!!われらはひとつだ!!」」
ヒンターが手で合図を出すと、護衛についていた数人の兵士が六つの領主の旗を掲げ広場から出て行く。その方向は王のいる城へ向かう大通りだ。それに気づいた民衆や演説を聴いていた妖精も誰も彼もが次々と兵士の後についていく。
ヒンターは、興奮のあまり呼吸が荒く汗が止め度目なく流れていった。そばにいた兵士が水が入った杯をヒンターに渡しそれを飲む。ヒンターは、ぜーぜーといいながらもハンナに声をかけた。
「やあ、ハンナ。どうだい僕の演説は。はぁ。みんながひとつになって戦う意志を」
「ねえ、あなたは誰なの?」
興奮の渦に包まれている広場にいた二人の間にだけ静寂が訪れた。