目覚めの会議
城に戻ったヒンターは、カールのいる広間に入ると通常の会議より倍近い人数の人がいることに目がついた。その何人かは、ヒンターも何度か顔を合わせたことがある領主も在席していた。ヒンターは、会議の異常性に気づいた。カール候の領土は、軍の規模が大きく、近隣諸国の斥候や軍程度なら追い返せる。そして、斥候の姿を実際に見たヒンターはその形が盗賊や近隣の国の斥候風情にしてはあまりにもしっかりしすぎていることも。
ヒンターは、入り口近くの席に座りカールが会議に来るのを待つ間、隣にいる同僚の官僚にどういう状況で集まっているのか尋ねた。
「うちの国に斥候が入ってきたんだ。街にまで入り込まれていないけど、農村に略奪の被害が出ているのは間違いない」
その時、広間の扉が開かれカール候が広間に入ると静寂に包まれた、神妙な面持ちで一番奥の席に着き水を一杯飲むとカール候は発語する。
「諸君。悪い知らせだ。先ほど侵入してきた斥候を捕らえたが、その所在が判明した。ダルフーン国だ」
その国の名前を耳にしたとき、広間は騒然となった。ダルフーン国は、オイシュ国の南側にある国で海をはさんだ向こう側の大陸にある大国である。その兵は屈強にして残虐でその兵を養うために拡張政策を採る。他国にして見れば害悪にして恐れられる国である。ダルフーン国に従わなかった国は、街を焼かれその大地に塩をまき、老若男女問わずその国の半数を殺してもう半数は痛めつけられ末代までダルフーン国に反逆することは恐ろしいことを伝える役目を与えられた。
オイシュの国王や領主達は、対岸の火事だと悠然に構えていた。奴らが、海を超えてまで侵略するほど利益はないと。だが、ダルフーン国はここも侵略しにきたのだ。
「王は、戦うのか?それとも降伏するのか?」
一人の領主が質問した。あの領主は、カール候の隣の領主である。もし侵略されるとなるならば、かの領主の土地も大きな被害を受けることになる。ならばあの領主は、非抗戦派なのか?と考えた。
「王は、迷っておられる。摂政とすでに王に近づいている領主の三人が抗戦に反対している。そこで私は会議を開き近隣領主を集めて意見を出したい。ダルフーン国に抗戦するかを」
カール候のその言葉が発せられた途端、広間は再び喧騒に包まれる。始めのうちは、戦うべきだという声がちらほら上がっていった。しかし、ダルフーン国が逆らった者は一族郎党拷問の後皆殺しにするという話が上がると戦うと言った者の何人かは抗戦反対に回った。
さらに兵数の話になるとこれまた悪化した。ダルフーン国は、オイシュ国と比べて三倍近くの兵数を保有していると。実際派遣される兵数はその全軍ではないと考えられるが、仮に三分の一だとしてもこの国の兵の総数と同等と相手することになる。しかも、オイシュ国は十二の領主がそれぞれ独自の兵を保有しているため兵が集まる前に各個撃破されるのではないかという意見が出た。侵攻路は、海に近く斥候が現れたカール候領であるから予めそこに兵を駐屯すればよいのではという意見も出たが、もしその予想が外れたら?そもそも非抗戦派の領主の兵がダルフーン国を恐れて兵が集まらず倒されてしまったら?という意見があり、しだいに会議は非抗戦派が主流になりつつあった。
その一方で、カール候は沈黙を保ったままだ。抗戦とも降伏とも発言せず、表情も疲れた顔をしているだけで口をつぐんだままだ。ヒンターは、再び同僚にもしも降伏したとなるならその後どうなるか質問した。
「そうだな。降伏した国は、まず領土の一部をダルフーン国の直轄地にされるな。特産品が取れるところとか活気のある街や農作物や家畜が多い農地が狙われるな」
特産品が取れる土地という言葉で身震いした。カール候領の特産品は妖精の蜜なのだから妖精の森一帯は真っ先にそれが割譲される。同僚は、話を続ける。
「後、ダルフーン国は兵の指揮官が他国の切り取った領土を統治するから、そいつに気に入らなかった奴は……まあ想像に任せるよ」
ヒンターは生唾を飲み込んだ。ダルフーン国が、想像でしかない恐怖政治国家という事実とそれがまもなく攻めてくるという未来に戦慄した。
「街の人は、村の人の生活は前の統治者よりよい生活が送れるのか?」
「それは、わからないが、あいつら取れるもんとったら他の土地へ侵攻するから良くはないと思うぜ。けど、下々のやつらの生活より俺らの生活がどうなるかが重要だろ。麦は納められるのか税金を増やせれるとかさ」
この時、ヒンターの中で何かが弾けた。ヒンターは、会議で他の人が何を話しているのか耳を澄まし始める。少なくなった抗戦派も主流の非抗戦派も異なる意見やその後どうするかが話されていたが共通するのは、自分の土地や権益がどうやって荒らされないかだった。そこに、本当に敵と戦う意志が存在しなかった。
ヒンターは、こぶしを作りわなわなと震えた。そうだ、この国の人は本当に誰かのために何のために戦う意志がないんだ。妖精もそうだ。他人がやられてもトカゲの尻尾切りのように自分達は逃げ出して生き延びる。ここにいる奴らも同じだ。上の人間の生活を支える税を払っている人民を侵略者にやすやすと渡して、残った人民を搾り取ろうとする。当然か、そういう発想しかできない、人民を物としか見れない封建的なやつなんだから。だが、こいつらの意志のままにしてはいけないとヒンターは立ち上がった。その脳裏には、彼を絶望の暗闇の中から救ってくれた一人の妖精の姿があった。
「諸君!!なぜ君達は、闘争の放棄をしているのか!それでは、ヒトではなく動物としての逃げではないか!」
突然の暴言に一同は、いっせいに声の主のほうを振り向いた。その中には、その発言の主があのまじめでおとなしいヒンターがということで驚愕する者もいた。全員が、ヒンターの顔を見ているのを確認し、ヒンターは今度は落ち着いた口調で話し始めた。
「あなた達の先祖は、何もない土地を農民や町人と共に領地を国を開発した。開発が完了したら、その発展のために組織を作り上げた。それを先祖代々維持し発達させ、今日まで続けてきた。そう天災や盗賊が侵入してきてもあなた達は土地を人民を守り続けた」
ヒンターは、ひとつ深呼吸して呼吸を整え、今度は打って変わって怒声を浴びせた。
「だが!!強大な敵が現れたというのに、それまで先祖達が築き上げたものを今日まで守ってきた人民を自分かわいさで見捨てようとしている!恥ずかしくないないのか!!支配者として、統治者として、長年歩み続けた人民の指導者として!!」
後半になるにつれて動作が大きくなり、身振り手振りも加えられ、ヒンター自身も驚くほど動悸が早くなり高揚してきた。
「しかも、その敵は!私たちが築き上げたものを食いつぶしては新たな餌を求める畜生のような奴らだぞ!!なぜそんな奴らに戦いもせず屈しなければならないのか!すでに奴らの術中に嵌っているではないか、恐怖を他者に伝播させ戦わず餌を貪る術中に!もう敵は、諸君らの心に入り込んで保身に走らせているではないか!!騙されるな!戦うのだ人民と共に、畜生どもに我々ヒトの意志を見せる意気はないのか!?侵略者からこの国を人民を守る気概はないのか!!」
最後の怒りをぶちまけた後も、動悸は治まらず、呼吸は荒いまま滝のような汗をかきながら立ち尽くしていた。広間はヒンターの演説が終わった後、静寂に包まれていたが、一人の領主の側近がヒンターに向かって叫んだ。
「流れ者風情がいっちょまえに指図するな!なぜお前なんぞに誇りを語るなんぞ――」
側近が言い終わる前に、あるものが手を伸ばして側近が話を続けさせることを静止させた。静止させたのは、カール候だ。沈黙していたカール候は、イスから立ち上がりヒンターに向けて拍手を送った。それを見て一人、また一人と拍手を送る者が増え最終的に広間は拍手に包まれた。そして、こんな声が上がった。
「そのとおりだ!害獣をわが土地から、この国から追い出せ!!ダルフーン国にわれらの力を思い知らせてやれ!!」
割れんばかりの拍手を見ても、ヒンターの動悸・呼吸は治まらなかった。自分がこの会議の流れを意志を言葉一つで変わったことに心が悦楽していることもあってだ。ふとカール候がいる席を見るとカール候はヒンターを見てどこか満足そうな顔でうなずいた。
ヒンターは察知した。そうだカール候は待っていのだ。誰かが理論でも突発的な発想でもない、強い意志によって守りたい意志を持ったものが発言するのを待っていた。それが自分――それも自国の官吏が発言したのだから誇りに思ったとヒンターは理解し、ほころんだ。
「だ、だがここにいる領主は六人だ。後の半数の領主や摂政と王を説得しなければ戦うのは不利だ。それにたとえ全戦力を集めても戦力が不足する」
そう発言したのは、先ほどヒンターを流れ者と罵った男だ。そしてヒンターは、挙手をして発言した。落ち着いた口調ではあるが、自身に満ちた声で。
「私は、さっきも言いました。人民と共に戦うと。そして王はまだ迷っておられると」