危機到来
ヒンターが、召抱えられた後も、ハンナとの交流は続いていた。ヒンターは、牢獄でのお礼にとハンナが欲しいものを買い与えた。あまりにも、買い与えすぎてハンナが遠慮したこともあったが、ヒンターは屈託なく答えた。
「お金なら心配ないよハンナ。それにハンナは命の恩人さ。あのまま僕一人だったら耐え切れなかった。僕は、君のためなら何でもするよ。喧嘩沙汰以外ならね」
そして、ヒンターが召抱えられてから一年が経った頃。ヒンターは、ハンナに連れられハンナの故郷へ行った。ハンナの故郷は、領地の中で最も栄えたヴォンの町から外れた森にある妖精の里だ。妖精の里には、妖精たちが花の蜜から精製する特産品の妖精の蜜があり、その蜜はそのまま食してもよく、混ぜ合わせれば切り傷・矢傷・軽い病を治す薬、冷やして固めれば高級蜜蝋として重宝し、取引されている。余談だが、ヒンターが入れられていた牢にあったろうそくは、看守が間違えて妖精の蜜から作られたろうそくを置いてしまい、ハンナは蜜蝋からでる匂いに誘われて入ってしまったという。
妖精の蜜はこの国の大半の妖精が住むカール候領内だけでしか作られず高級品である。その利便性もさることながら、蜜を大量に買い入れさせて品不足に陥らせないのとヒトと比べ数が少なく外的から身を守る手段がほとんどない妖精を保護するために、カール候や妖精族の長が認めた者しか里に入れない掟になっているからである。
ヒンターが目にした妖精の里は、幻想的であった。木の枝を加工し、木の穴を改造して住処としているが決して粗末なつくりではなく、その家を工芸品として出しても良いようなできであった。里の様子も妖精自身が発光する光が合わさって、昼夜でも見られる星のような光景であった。
「なんて素晴らしいんだ!CGじゃない本物だ!あなた達は本当に美しいものを自然に作られている」
里の妖精たちは、はじめヒンターを警戒していたが、カール候の官吏であり誠実な態度と妖精を純粋に賛美することもあって受け入れられていった。
ハンナに案内されて、妖精の蜜が作られるところへ向かうとき、一組の男女の妖精が上へ下へと無軌道に飛んでいた。ヒンターが彼らに近づこうとした時、彼らに網が被された。ヒンターは、ハンナと共に草陰に身を隠した。
彼らに網を被らせたのは、簡素だが急所を守る防具を身につけて剣も鞘に収められている身形のしっかりした二人の兵士だった。だが、その兵士の格好はカールの兵士でも近隣の領主の兵でもなかった。他国の兵であった。二人の兵士は、捕まえた妖精たちをしげしげと見つめていた。その目は、ヒンターが一年前にハンナを見つめていたのと異なり卑しげであった。
兵士の一人が網の中に腕を突っ込み、男の妖精を手にすると妖精は抵抗して大きく羽を羽ばたかせるが、その掴まれた手は微動だにしなかった。兵士は、妖精の片方の羽を引きちぎった。羽を引きちぎられた男の妖精の悲痛な叫びが鋭く森の中に響き、男の妖精はガラスの箱に入れられた。
そしてもう一人の兵士が網に手を入れ、女の妖精を掴み取る。兵士は、持っていた短刀を女の妖精の服に当てると、服はまるで熱したナイフでバターを切るようにあっという間に二つに裂かれた。
それ以上の光景を見たくなく、ヒンターはハンナを抱えて一目散に逃げた。同じくその様子を見ていたハンナもヒンターの腕の中で、動揺を隠せなかった。
「ヒンター!今同族が、ね、ねぇ」
「見るんじゃない!?今は、逃げるんだ!僕じゃ戦えない」
陵辱されていく女の妖精の悲鳴は助けを求めているのに、わが身かわいさで扉を閉じてしまい逃げてしまった。そこから逃げ行く時に兵士の声が聞こえ、彼の心が大きく揺さぶられた。
「へっへ。森からの斥候だなんて外れを引いたと思ったら、こんないい虫がいたなんて。ラッキーだぜ」
里に戻った二人は、先ほどの出来事をみんなに話した。だが、彼らはどこに隠れるかという相談ばかりで助けようという話がなかった。
ヒンターは、なぜ助けないと妖精たちに問いかける前に、カール候の伝令係がヒンターに城に集まるように命令されて仕方なくカールの元へ向かいハンナと別れた。