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第七話

話の転換点になると思います。

ここは、ある部分でだいぶ悩んだ覚えがあります。

 テレビ局は臨時ニュースを流していた。病院に搬送された重軽症者が三名だった。朝方に突如爆発音が上がり、現在も消防が消火活動に努めていると、アナウンサーは読み上げていた。

「怖いね」

 宮沢佳奈が言って、テレビのリモコンを取ろうとした。秋森は頭の中が空白になるのを感じながら、宮沢佳奈の手首をつかんでいた。

「これは俺と関係があることじゃないか?」

 宮沢佳奈の手首が、電気が走ったように震えた。秋森は、宮沢佳奈の声に違和感を感じたのだった。怖いと言いながら、彼女の声には感情がこもっていなかった。尾崎みすずと相原 薫は無表情に見えた。

「説明してくれ。これは帝国軍の残党がしたことじゃないか?」

 尾崎みすずが斜め上に首を向けながら、重そうに口を開いた。

「こんなことになるかもしれないとは思いましたが、それこそ心配していたら何もできませんでした。このニュースではなく、宮沢さんのことです。秋森隆一郎、あなたが言った通り、これは帝国軍の残党の仕業です。地球人には届いていませんが、犯行声明も受信しています」

 宮沢佳奈がリモコンから手を放し、秋森も宮沢佳奈の手首を放した。宮沢佳奈は自分の膝に目を落としている。

「その犯行声明が、どういう内容か教えてくれないか」

 秋森は尾崎みすずに聞いた。

「セイン宛てです。地球人の生命財産が惜しければ、指定の場所に来るようにとのことです」

「場所を教えてくれ」

 宮沢佳奈がはっと顔を上げた。尾崎みすずが秋森の目を見返した。

「場所を聞いてどうするつもりですか」

「出て行って、帝国軍の残党とやらと話をつける」

「意味がありません。彼らはあなたを拉致して監禁するか、洗脳するかするだけです。今のあなたでは、相手がたった二人の宇宙人だとしても、何もできません」

「何もしないよりもましだ。帝国軍の残党が地球人に手加減する理由がないし、脅迫目的なら一度でやめるとは思えない。今回、死人がでなかったのは、ただの運だろう。これ以上、言わせないでくれ」

 秋森は怒りを覚えていた。怒るべき相手は宮沢佳奈でも尾崎みすずでも相原 薫でもないことはわかっていたが、このまま喋っていると彼女たちに怒りをぶつけてしまいそうな気がした。アメリカ人ならオーマイゴットと言うだろうし、秋森の祖父母なら念仏を唱えただろうが、秋森にはただ三人の被害者がいるだけだった。本当のところは、秋森自身もどうしたらいいのかわかっていなかったが、このまま家に隠れていることだけは、もうできなかった。

 相原 薫がリモコンを取ってテレビを切り、微笑みも浮かべずに言った。

「秋森隆一郎、君は彼らに責任を感じているんだと思う。でも、この件で罪があるのは帝国軍の残党だけだ。自分を責めて行動するのはやめてほしい」

「責任とか罪とか、そんなんじゃない。俺がやるべきこと、俺にしかできないことがあるんだ。本当は、みんな、わかっているんだろう。わかっているから、俺に帝国軍の残党が起こした事件を知らせなかったし、隠そうとした」

「そうだね、セインならそう言うと思っていた。でも、君はセインじゃない」

「俺は地球人の秋森隆一郎だよ。俺が誰かなんて、関係のないことだ」

 沈黙が降りた。宮沢佳奈はうつむき、尾崎みすずと相原 薫は秋森に端正な顔を向けている。

「帝国軍の残党が呼び出しているという場所を教えてくれ」

「嫌だと言ったら、あなたはどうしますか」

 尾崎みすずが言った。

「俺は宇宙人を軽蔑する。この瞬間から、宇宙人は人殺しの嘘つきだと思うことにする。頼む、隠し事はもうなしにしてくれ」

「わかった」

 宮沢佳奈が顔を上げた。頬には赤みがさし、瞳が大きく開いている。一大決心をしたように見えたが、どこか晴れやかな表情に見えた。

「場所は野幌原始林の瑞穂みずほの池だよ。でも、私も一緒に行く。嫌だって言っても、ついていく」

 秋森が茫然としているうちに、彼女は立ち上がり、二階に上がっていった。野幌原始林なら知っている。秋森が面食らったのは、野幌原始林の瑞穂の池ではなかった。

「みっしー、僕たちの負けだよ」

 相原 薫が微笑んで言った。

「何に負けたのかわかりませんが、もういいです。いろいろと悩んでいたのが全部パーになりました。だいたいは宮沢さんのせいです」

「結局は佳奈が正しかったんだよ。地球に来ると決めたのもあの子だ。セインだったら、呼ばれたところに堂々と出ていって、帝国軍の残党が何を企んでいても、正面から打ち破って地球人を守る。少なくとも、自分だけで隠れているようなことは絶対にしない」

「最後の手段を最初に取るのが利巧だとは思えませんが、薫さんまで秋森隆一郎側ですか」

「セインのやり方をするだけだよ。もちろん、僕には、セインと同じことはできないから、帝国軍の残党のところに素直に出ていっても事態は収拾できない。でも、ここには三十五サーティファイブオブ海嘯タイダルボアズさんもいるよね」

「別に、こうなったら私の考えなんて薫さんと変わりないですよ。それより、いつから私まで秋森隆一郎側になったんですか?」

「みっしーが来たくないなら、僕と佳奈だけで行くよ」

「私が一人で留守番してても意味がないでしょう」

「いつものことだけど、素直じゃないね」

「そろそろ私の性格もわかってください。そういう言い方は好きじゃありません」

 相原 薫が、彼にしても高めの声で笑った。秋森は置いてきぼりにされていた。

「二人も一緒に来るのか?」

 秋森が聞くと、尾崎みすずと相原 薫が頷いて立ち上がった。相原 薫は携帯を取りだして電話を始めた。尾崎みすずが秋森に言った。

「私たちも行きますよ。ただし、行先は野幌原始林ではありません。藻岩山です」

「なぜ藻岩山なんだ?」

「相手が待ちかまえているところに出ていくのでは、ただでさえ薄い勝ち目がさらに薄くなります。藻岩山には私たちの宇宙船を着地させていますが、そこに帝国軍の残党らしき人物が捜索に来ている気配がありました。すでに新菜さんは警戒に出向いています。予定を変更して、私たちは全員で帝国軍の残党に逆襲をかけ、敵方の宇宙船の制圧を目指します」

「そんなことができるのか?」

「あなたと宮沢さんが帝国軍の残党と交渉することに比べたら、無茶なことなんてひとつもありません」

 尾崎みすずは冷たく言い放った。皮肉と取るべきではないだろう。彼女たちは、自分の思惑を捨て、秋森に歩み寄ろうとしたのだった。

「すまない、巻きこむつもりはなかったんだ」

「なら、ここに隠れていてくれますか?」

「それはできない。そうだな、ありがとう」

 秋森もソファから立ち上がった。軽くめまいが襲ってきたが、秋森は顔には出さなかった。熱があったとしても、家で寝ているわけにはいかなかった。コートを着込んだ宮沢佳奈が二階から降りてきて、驚いた顔をした。

 尾崎みすずが宮沢佳奈に事情を説明した。

「そういうわけですので、新菜さんから状況を聞いてから、私たちも藻岩山に出かけます」

 尾崎みすずが相原 薫に目を向けた。相原 薫が秋森に携帯をさしだした。

「新菜が秋森を話したいと言ってる。だいたいの事情は話してあるよ」

 秋森は携帯を受け取って耳に当てた。いつになく低い新菜の声が聞こえてきた。

「秋森隆一郎、ひとつだけ君に確認しておきたいんだ」

「なんでもいいよ、言ってくれ」

「覚悟はあるんだよね?」

「ある」

 携帯の向こう側で、高梨新菜がため息をついたようだった。後から、秋森は、高梨新菜が言った、覚悟の意味を思い知ることになった。

「それが嘘じゃないことを願うよ。合流するのは日が落ちてからにしたい」

「できるだけ早く片をつけたいんだ。今からじゃだめなのか」

「君が気にしている火事があった後、藻岩山で二人見つけている。帝国の残党の戦力は無限じゃない。あいつらが事件の実行犯なら、私が見ているかぎり、新しい事件は起きないはずだ。これは気休めだけど、安心できるなら安心していて」

「帝国軍の残党は、最大で二十人だと聞いたよ」

「秋森隆一郎、こっちもぎりぎりの線で動いてる。派手にやりすぎると、地球の警察をごまかしきれなくなる。私まで捕まると、船が守れない。秋森隆一郎が地球に未練がないなら、帝国の残党も、地球の軍隊も、一緒に相手してもいいけど、そういうつもりはないよね?」

 高梨新菜は突き放した言い方をしたが、秋森も、宇宙人たちを宇宙の漂流者にするつもりはなかった。それに、ただの一般人である秋森が、警察や自衛隊に宇宙海賊退治を頼んだところで、新たな犠牲者が出るのを防げるとも思えなかった。

「わかった、プランがあるならそれに沿って俺も動くよ」

「詳しいことは薫から聞いて」

 秋森は携帯を相原 薫に返した。尾崎みすずが空いたコーヒーカップを台所で洗いはじめた。相原 薫はソファに腰を下ろし、高梨新菜と電話を続けている。秋森は時計を見た。藻岩山までは移動するのはそれなりに時間がかかるが、今から家を出ると、日没までには早すぎた。登山道の入り口に手ごろな待ち合わせ場所がないと、寒いことになる。

「宮沢さんには悪いんだけど、出かけるのはもう少し後にした方がいいみたいだ」

 秋森はコートに手袋まで装着している宮沢佳奈に言った。宮沢佳奈は秋森の顔をまじまじと見つめた。

「俺の顔に何か?」

 秋森は指で自分の顔を撫でまわした。

「お願いがあるんだけど、いいかな」

 宮沢佳奈が緊張して言った。

「はい? 俺にできることならいいけど」

「宮沢さんじゃなくて、佳奈って呼んでほしい。こぼれおちる小惑星帯でも、スピリングオーバーオブアステロイドベルトでも、スピルでもいいんだけど、それだとかえって変だよね」

 宮沢佳奈は耳まで赤くなっていた。

「ええと、佳奈さん? これでいいのかな。でも、どうして?」

「宮沢さんだと、セインに他人扱いされてるみたいで、ちょっと嫌だった。でも、佳奈さんは、どうしてもじゃないけど、うん、佳奈さんでいいです」

 宮沢佳奈は、さん付けも本当は気に入らないらしかった。秋森は納得がいった。宇宙人たちから見れば、秋森はセインに見えているし、記憶がないだけの同一人物ということになっている。宇宙人たちの違和感は大きかっただろう。呼び方を変えたくらいでセインの記憶が戻るとも思えないが、それくらいの気づかいはしてもいいと秋森は思った。

「ちょっと抵抗あるけど、努力します。俺からもひとつ頼みたい、佳奈」

「はい」

 宮沢佳奈は嬉しそうに両手を拳に握った。

「俺は名前をフルネームで呼ばれてる。たまにセインと呼ばれたりもするけど、そういうのが少し落ち着かない。できたら、セインとか秋森隆一郎じゃなくて、秋森と呼んでほしい」

 宮沢佳奈が、初めて会ったときのように秋森の目を見つめた。秋森の胸を焦りが走り回った。地雷を踏んだのかもしれない。宮沢佳奈の目から涙がこぼれた。

「ちょっと、びっくりした。あのね、秋森、私の家はセインの近所だったんだけど、最初に会ったときに、跳ねあがる超空洞、バウンシングオブザボイドじゃなくてセインと呼んでって言われたんだ。それで、私、セインが本名だと思ってた。でも、家でそう言ったら、お父さんに凄く怒られて。そのことはセインにも話したんだけど、そしたらセインが私に謝って、セインと呼んでも誰も怒らないようにするって言うんだ。ほんの子供だったのに、凄いよね。なんだか、さっきから、秋森の言うことが、本当にセインにそっくりだった」

 宮沢佳奈は泣きながら笑っていた。

「これがあの、セインと呼んでくれ事件の再現ですか。なるほど」

 尾崎みすずが無感動に言った。

「幼馴染じゃないけど、僕も言われた。セインみたいだったよ、秋森」

 相原 薫が携帯を顔から離して、感慨深げに言った。二人の視線が生暖かい。秋森は居心地が悪かった。

「あと、私はみっしーでかまいませんよ」

「僕は薫と呼んでほしい」

 秋森は再び、努力しますと言った。

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