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第十二話

宮沢佳奈の服装は、書くときにいつも困ります。

 秋森は目を開いた。触手の塊になった夢を見た。触手は、布団の中をぬめぬめと這いまわって、秋森の寝床を粘液まみれにしていた。秋森は布団を撫でまわし、寝汗で湿っているだけであることを発見して、諦めて布団から出た。ようやく頭が回るようになったようだったが、頭痛とめまいは昨夜からあまり弱まっていなかった。

 和室から出ると、宇宙人たちが勢ぞろいしていた。もっとも、昨日と比べると、誰もが精彩を欠いていた。新菜はタンクトップにジーパンをはき、ソファの背もたれによりかかっている。新菜の隣には、佳奈が座っていて、新菜に何かを言いかけていたようだった。今日の佳奈は、黒いブラウスの上に白いカーディガンを羽織り、下は黒っぽいロングスカートをはいている。みすずがいつも変わらないメイド服で立っている。薫の格好もダークブルーのワイシャツにスラックスというもので、大きな変化はなかったが、ソファに座っている姿は、いくらか猫背に見えた。

「おはよう、秋森。もう昼だけどね」

 薫が言った。なんとなくという感じで、宇宙人たちの視線が秋森に集まった。

「おはよう」

 言って、秋森は下腹に力を込めた。寝起きだからといって、弱気にはなれなかった。

「あまり期待していませんが、セインの記憶が戻っていたりしますか」

 みすずが聞いてきた。

「いや、残念ながら、特に変わりないよ。触手の塊になった夢は見た」

「そうですか」

 期待していないと言いながら、みすずは落胆していた。秋森の冗談は不発だった。

「だから、私が行ってくるって言ってるでしょ」

 新菜が物憂げに言った。

「だめだよ、帝国軍の宇宙船がどこにあるかもわからないのに、いくら新菜でも、一人でそんな危ないことはさせられない」

 佳奈が言った。雰囲気から察するに、先程からこんな話を繰り返しているらしい。新菜がため息をつきながら言った。

「全員でぞろぞろ行く方がかえって危ない。罠に飛び込むなら、他人に気を使いたくないんだ」

「一人で行ったら、新菜に何かあっても、誰も助けられないじゃない」

「帝国のやつらに捕まったなら、助けてもらうより見捨ててもらう方が気が楽だよ」

「どうして、そんなにやけになってるの?」

「自信があるから言ってるんだけどね」

 そうは言ったが、新菜はソファの背もたれと肩を組むように、だらしなく両腕を広げていて、秋森の目にも、やけになっている方に見えた。佳奈と新菜は、帝国軍の残党が待っている野幌原始林の瑞穂の池に、新菜が一人で乗りこむか、全員で乗りこむかについて、言い合いをしていたようだった。

「ちょっといいかな」

 秋森は会話に割り込んで、佳奈の隣に腰を下ろした。

「悪いけど、秋森、今回は君は留守番だよ。危なすぎて連れていけない」

 新菜が頭だけを秋森の方に回して言った。秋森は、目が右往左往したがるのを押さえた。新菜に、あまりだらしない体勢を取られると、それだけで秋森の脳が勝手に色気を感じてしまう。秋森はあえて、十五(フィフティーン)(オブ)断崖(クリフス)の触手を思い起こした。新菜の本来の姿も、あのようなものだと考えてみたが、新菜の盛り上がったタンクトップの胸やら、白い喉やらが見えているせいか、鎮静効果は思ったよりも薄かった。視覚情報というものは、やはり強力だった。

「その話なんだけど、ひとつ、決めたことがあるんだ」

 秋森は飛び降りるような気分で言った。薫が秋森に微笑んで言った。

「どんなこと?」

「帝国軍の残党に、セインが地球にいることを教えて、今日、俺が野幌原始林の瑞穂の池に出向くと伝えてある。交換条件として、地球の生命財産に危害を加えないことと、宇宙船のエネルギーを分けることを要求してある。向こうへの通信は、望に頼んだから、ここの場所はばれていないと思う」

 佳奈が、悲鳴のようにええーっと叫んだ。薫があっけに取られて目を見開いている。新菜がぎょっとして体を起こした。

「秋森の言ったことは本当ですか、望」

 みすずが言った。秋森からは独り言に見えるが、宇宙人たちは、いつでも望と話ができる。

「望、どうして勝手にそういうことをしたの?」

 佳奈が言った。秋森は、はわわ~という、うろたえた声だけは聞きとれる気がした。

「佳奈、望を責めないでくれ。俺が無理に頼んだんだ。やってくれなかったら、俺が自分で帝国軍の残党にメッセージを送るとまで言った」

「だめだよ! 捕まったら、何をされるかわからないんだよ。せっかくまた会えたのに、やっと戦争が終わったのに、セインが危ない目にあうなんて絶対にだめ!」

 言いつのる佳奈を正面から見すえて、秋森は言った。

「ごめん、もう決めたことなんだ。俺が出ていかなかったら、帝国軍の残党が何をするかわからない。新菜一人で帝国軍の残党が待っているところに行かせたくないし、みんなが同期シンクに失敗して死ぬのを、黙って見てもいられない。状況が八方ふさがりなんだ。試せることは試していいと思う。帝国軍の残党と話をするだけなら、俺にもできるよ。このまま何もしないでいたら、俺は自分が許せなくなる。俺を、卑怯者にしないでくれ」

 佳奈が、自分の膝に視線を落とした。

「私はただ、セインにも秋森にも、傷ついたり怖い目にあったりしてほしくないだけなんだよ」

「わかってる。藻岩山でのことも、感謝している。セインだったらもっと別なことができただろうけど、今の俺は秋森なんだ」

 宇宙人たちは、それぞれに秋森の発言に聞き入っていた。新菜は険しい顔を秋森に向け、薫は首を傾げて、考え深げに秋森を眺めていた。みすずは顔色も変えずに、本物のメイドのように音もなく立っている。佳奈は、言いたいことを飲みこんだように黙っていた。少しの間、誰も口を開こうとしなかった。

「それで、一人で行くつもりだったんですか、秋森」

 みすずが言った。

「戦いに行くわけじゃない」

 秋森はみすずの顔を見て言った。

「私たちは元々、秋森の兵隊でもボディーガードでもありませんよ。一人で行くのは心細いでしょう。ついていってあげます」

 秋森が言葉を返すよりも早く、新菜が手を挙げて、賛成と言った。

「決まりだね」

 薫が言った。秋森はきょろきょろと宇宙人たちを見渡した。新菜が挙げていた手を下ろし、秋森に指を向けた。

「はい、秋森、ついてくるな、なんて言わないでよ。これは私たちの勝手なんだ。私たちを卑怯者にはしないでほしいな」

「わかった。ただ、今回は交渉に行くんだ。先制攻撃をかけるのはなしにしてくれ」

「了解、リーダー。どのみち手詰まりだったんだ、今度は君に賭けるよ、秋森」

 新菜が、おどけたように敬礼してみせた。秋森には、同行を断る理由がなくなっていた。いまさらになって秋森は恐怖を感じたが、もう耐えるしかなかった。

「佳奈はどうする? ここで待ってる?」

 新菜が聞いた。

「私も行く」

 佳奈は不機嫌そうに言った。やはり、秋森には断る理由がなかった。

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