第十話
このあたりから、思っていたよりも短くなっていった感じでした。
十五の断崖は、最期の瞬間に己の運命を悟り、秋森たちを道連れに死のうとしたらしい。あるいは、ただ単に錯乱していたのかもしれない。十五の断崖や佳奈たちの本来の体は、地球上では大気と化学反応を起こして毒ガスを生み出す。そんなことで秋森たちに一矢報いることができるとは、宇宙人でも普通は考えない。屋外でいくばくかの毒ガスを垂れ流したところで地球への嫌がらせにしかならず、帝国軍の残党にとっても、十五の断崖の最期の行動は無意味だった。
十五の断崖を焼きつくした青白い炎は、佳奈たちの宇宙船が、推進装置を限定噴射させたものだった。宇宙船は燃料供給系統に問題を抱えており、通常の航行ならば問題がなかったが、地上で、周囲の被害を押さえながら限定噴射するという曲芸をやらかすと、多大なエネルギーを消費するとのことだった。結果として、エネルギーが不足して、佳奈たちは次回の同期が行えなくなった。地球を飛び立っても、自分たちの星にたどりつくことができない。こういった話を、秋森は、登山道を下りながらみすずから聞いた。
みすずが秋森に答える他は、宇宙人たちは押し黙っていた。とにかく一度家に戻ろうと言ったのは秋森で、宇宙人たちは特に意見もなく秋森に従っていた。重苦しい沈黙に包まれながら秋森たちはバスに乗った。白煙や青白い炎について、バスの運転手に尋ねられたときは、秋森は、怪奇現象を見たと言って驚いてみせるつもりだったが、運転手は秋森たちに特別の興味は示さず、がらんとしたバスを時間通りに動かしていた。バスから降りて、秋森たちはぎりぎりで間に合った地下鉄の終電に乗り、秋森の自宅近くの駅で降りた。
地下鉄の出口に上がっても、宇宙人たちの雰囲気はお通夜のようだった。同期が行えない場合、宇宙人は死ぬと、秋森は聞いている。そうでなくても、宇宙人たちは自分の星に帰ることができなくなったのだった。
真冬のこの時間に外を出歩いている人影はなく、歩きながらなら、秋森は安心して話ができた。いつものことだが、都合のいい時間にはバスがなかった。
「次の同期はいつの予定だったんだ?」
秋森は明るい声をつくって聞いた。
「六日以内の予定だったよ」
新菜が言った。
「そうか、まだ余裕はあるんだな」
「余裕なんてありませんよ。この星に私たちの同期を行えるデバイスはありません。それとも、記憶が戻りましたか、秋森。セインが使ったデバイスがあれば、私たちも同期が行えるかもしれません」
みすずが心なしか投げやりな口調で言った。
「いや、まだ戻ってないようだ。でも、六日もあればそのうちに戻るかもしれない。セインは、みんなと仲が良かったんだろ? 見捨てるような設定はしないと思う」
「私たちが探しに来ると思っていたなら、初めから記憶を消したりしないと思います。それに、これまで記憶が戻らなかったのに、この状況で急に記憶が戻るというのは都合が良すぎます。そんな空しい希望にすがりたくありません」
みすずは正真正銘に落ち込んでいるようだった。秋森としても、彼女たちの不安をまともに解消するのは無理だと思わざるを得なかった。
「今日は早く帰って寝た方がいいな。俺も疲れたよ」
「そうだね、明日になったらいい考えも浮かぶかもしれないよ」
佳奈が無理に笑顔をつくって言った。新菜が不気味に明るい笑い声を上げた。
「今から帝国軍のやつらのところに行って、あっちの宇宙船を分捕ってこようか。いくら帝国のやつらが貧乏でも、同期ができるくらいのエネルギーは持ってるよ」
「それは明日でいいよ」
秋森は言った。
「こっちは死んで元々だ。失敗しても損はないよ? 帝国と戦っていたときは、同期が切られる可能性はいつもあった。私は、その前に帝国を潰す気満々だったけどね」
「一人で行かせたくないし、今日はみんなに休んでほしいんだ、新菜」
「強引だね。まあ、明日でもいいよ」
新菜が、どこにあるかもわからない宇宙船を奪いに行くのは諦めてくれたようで、秋森はほっとした。
「僕たちは君に謝らなくちゃいけない、秋森」
薫が、秋森の背後から言った。
「気にしなくていいよ。難しい話は、ゆっくり寝てからにしよう」
「優しいね、でも大事なことだから、聞いて」
薫が秋森の隣に並んだ。こうなると、秋森も聞き流すわけにはいかない。
「十五の断崖が言っていたことだけど、帝国軍の残党は、秋森を狙っていたわけじゃなかった」
十五の断崖は、単独航行船を追いかけてきただけだと言っていた。その宇宙船は、薫たちの宇宙船だったのだろう。
「俺は、薫たちが、やれるだけのことをやってくれたと思ってる。それも、俺の意見まで入れて、最善の方法を取ってくれたと思う。俺には充分だよ」
「ありがとう。でも、ごめん。僕たちが、秋森と地球を巻きこんでしまった。地球人の被害についても、僕たちが原因だと、秋森は言っていいと思う。地球人には、その権利があるよ」
「当事者はどう思うか知らないけど、俺は、その権利を使う気はないよ」
「セインみたいだね、秋森。この話はやめるよ。でも、秋森、僕も今、幸せなのかもしれない」
「なぜ?」
薫は泣きそうな目をして微笑んでいた。こんな状況でなければ、秋森は、ホモっぽいぞと言って笑ったかもしれない。
「最後までセインの傍にいられる。僕の願いは、叶いそうなんだ」
薫は、最期まで、と言ったのかもしれなかった。
「セインの記憶が戻るまで待っていた方が、もっといいと思うな」
秋森はつまらないセリフを言った。
「そうだよ、セインならきっと、どうにかしてくれるよね?」
佳奈が勢い込んで秋森に言った。
「そうだな、セインなら、たぶん、諦めないと思うよ。宇宙帝国相手にケンカを売って、勝った男だものな」
セインだったらどうしたのだろうと、秋森はこのとき、初めて本気で考えてしまった。