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第一話

しょっぱなが独男と友人(男)しか出てこないのは失敗だったかと少し思いました。

次から宇宙人女子が出ますが、見た目は地球人です、すみません。

 最後に月に人間が降り立ってから半世紀が過ぎ、映画で見た月面開発はさっぱり始まらないというのに、映画のような災害が次々と日本を襲い、消費税が今世紀五度目の増税を果たし、泊原子力発電所の廃炉が北海道の新聞とインターネットを騒がせていた頃、秋森隆一郎はススキノでフラフラしていた。


「これは、負けだ」

 諸沢大介がコートの襟に顎をうずめ、こみ上げるスープカレーを喉の奥に押し込めてうめいた。隣を歩く秋森も、さっきから同じことを繰り返している。

「誰のせいだ」

 秋森は、凍りついた歩道をにらみながら、冷やかにうめき返した。

 まずはラーメン屋でネギラーメン大盛りを食し、間をおかず二軒目でとんこつラーメン大盛りを腹に収め、ふらりと立ち寄った洋菓子店で焼き菓子をかじり、ネットで調べておいた三軒目のスープカレーを飲みほした果ての敗北である。秋森の胸には、不穏にうごめく香辛料の塊を別としてだが、すがすがしいものがあった。男は自分の限界に挑まねばならない。諸沢大介の持論であり、秋森にも頷けるところはある。だからこそ、秋森には、諸沢の罠が許せなかった。

「諸沢よ、お前、スープカレーの店まで三キロあるって言わなかったか」

「思ったより店が近かったんだから、よくねぇか」

「よくねぇよ。ペース配分が狂って消化が追い付かねぇ。予定通りなら今頃は中華を食ってた」

「それは、俺が言うことを信じたお前が悪い」

 きっぱりと言い切った。高校生の頃からまったくブレていない。これが、諸沢という男である。事前にこの男が言うところでは、スープカレーの店まで四十五分はかかることになっていた。つまりその間に消化器系が仕事をする時間があるはずだったのだが、実際には件の洋菓子店からスープカレーまで徒歩五分で着いてしまったのだ。秋森の胃は、麺やら怒りやらいろんなものをため込み、隙あらば諸沢へ内容物をぶちまけんとして酸っぱいものを喉元に押し上げてくる。秋森自身としても、二十年来の腐れ縁でなければ、こんなふざけた男など、適当な電柱の下、歩道わきに除雪車が作っている、黒ずんだ雪のボタ山に埋めて捨てているところだ。

「おう、次、行くか? あれが予定通りだったと言うなら、諸沢さんには、坦々麺と麻婆豆腐くらいは平らげてもらおうか」

 秋森は挑戦的に諸沢のこめかみのあたりをにらんだ。

「行けよ、一人で。ワシは負けを認めた」

 諸沢は、半メートル前方の路面状況を見つつ、のしのしと足を運んでいる。

「ほう、それで諸沢先生は具体的にはどうするおつもりで?」

「寝る。お前は中華でも食ってろ」

 諸沢がニタリと笑った。高校生かよと秋森は思うが、こういうときの諸沢のあしらい程度は、秋森も心得ている。

「諸沢よ、今日のお前に、俺に命令する資格はない。お前が中華を食え。俺は寝る」

 限界を超えると、人間の体は何よりも睡眠を求めるものだと言うが、限界を超えた食事もまた眠気を誘うのだと、秋森は今日初めて知ったのだった。諸沢も異論はないらしい。

 間が悪く信号が赤に変わり、秋森と諸沢は並んで突っ立ち、雪混じりの風に顔を洗われていたが、そんなものでは、どんよりとのしかかる眠気は飛んで行かなかった。諸沢は傲然と肩をそびやかし、しかしじっと立っていることはできずに、右に左によろめいている。濃い灰色の空に雪がちらつく下を、半ば凍った泥水を飛び散らしながら、ヘッドライトが忙しく横切っていく。十二月二十四日といえば世はクリスマスだが、そんなことは諸沢には関係がなかった。秋森にも関係はなかった。寂しい、という言葉の意味は忘れた。あるいは、元から知らなかったのだろう。

 ビルから張り出した看板に電気が通り、頼りなく光って灰色の空に浮き上がり始めたのを、秋森はなんとはなしに眺めながら言った。

「年末はどうするんだ」

「実家だ。まあ、別に俺がいなくてもいいんだが」

 諸沢の声には諦めの響きがあった。実家に顔を出す、という行為が、年々重たくなることは、秋森にもよくわかった。

「三十越えるといろいろあるもんだな。二日はどうだ?」

「肉会は行ける。今年は誰が来るんだ?」

「ハザマ、ツヨシ、チョーヘーと、あとはガッさんが来る」

 秋森はメールの返信を思い返しながら言った。肉会というのは、毎年、一月二日に腐れ縁仲間で札幌に集まって焼肉を食うことで、かれこれ八年ほど続いている。いつの間にか、幹事は秋森がやることになっていた。

「おい、秋森、キヨシはどうした」

「あいつは去年結婚しただろ」

「しゃーねーな。だいたいいつもの面子か」

「結婚して来れないなら、俺はかまわんと思ってるぜ」

「安心しろ、俺は結婚しても肉会は出る」

「諸沢よ、お前はどうして、どうでもいいところだけ男らしい? つべこべ言わずに結婚して肉会を卒業しろ」

 諸沢が結婚したら、秋森は、札幌の雪が一夜にして溶けるよりも驚く。

 信号が青に変わり、秋森と諸沢は眠気にふらつきながら歩き出した。鳥の鳴き声に似せた甲高い電子音が鳴り響く中、諸沢が雪に隠れた氷を踏んで仰向けにひっくりかえった。秋森はゲラゲラと笑った。笑いながら雪に隠れた氷を踏み、秋森は諸沢とそっくり同じ形でひっくりかえった。諸沢がゲラゲラと笑った。どちらの転び方がより上級者だったのか議論を交わしながら、秋森は諸沢と地下街の入り口まで歩いた。

 明日また来る、と言って諸沢は片手を上げ、階段に吸い込まれていった。

 さすがに、今日の明日に第三十四次諸沢会が開催されることはないだろう。諸沢が、今どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、秋森は知らない。諸沢は、いつもふらっと現れ、突発性食い倒れツアー、別名諸沢会に秋森を引きずり込む。無駄な移動力と行動力の塊と言える。遠距離恋愛でもして、できちゃった婚をやらかせばいいと、秋森は常々思っている。

 寒く、眠かったが、地下街で人に揉まれる気分でもなく、電車に乗り換えるために地下鉄に乗るのもおっくうで、秋森は家に帰るべく札幌駅に向かって歩いた。黙々と雪を踏んでいると、もぞもぞとうごめく胃腸をあまり意識しないでいられる、気がした。

 肉会の店の予約も取り終えて、今年はすでに終わったようなものだった。仕事は十二月二十日に契約期間が終わり、一人で年を越す程度の金は確保して、秋森はまったくの自由だった。前の職場では、人事の担当者から正規社員にならないかと誘われたが、げんなりとした気分にしかならなかった。誰があんなところで働きたいと思うのか。上司が、遅刻はする、ダラダラと職場に居残る、口でも態度でも契約社員を見下す、部下の成果は自分の手柄として上に報告するというクズだった。おまけに、女子社員を見れば、それが義務かのように律儀にセクハラトークを繰り出していた。そいつは、社長とは血縁かコネか、何か知らないが何かがあるらしく、そこでは誰も文句を言わないのだった。秋森は、給料と客先のために、契約期間満了まで耐えた自分が情けなかった。こんな気分でクリスマスの夕べを歩くくらいなら、言いたいことを叩きつけて三日目にでもやめるべきだった。もっといい職場なら、いや、まともな人間がいる職場であるなら、クリスマスでも正月でも出勤していいと、秋森は思っている。

 気分を切り替えようと、秋森は年末年始の時間のつぶし方を頭に思い浮かべた。いくつか積んであるゲームがある。暇な友人と遊びに出掛けても良い。これからしばらくは、時間はぜいたくに使えるのだ。そう考えてみるが、どうせいつもの週末と同じように、昼過ぎに起きて、夕方にビールを飲み、夜はインターネットを巡回し、時間泥棒のオンラインゲームをちまちまと進めているうちに年末年始が終わると、秋森にはわかっていた。ただ、大晦日や正月、冬休みというあたりに、まだほんのりと感じる温かみのおかげで、前の職場への怒りが少しだけ薄らいだ気がした。締めきった部屋に立ちこめるタバコの煙のような、つかみどころのないむなしさだけは、胸から追いだしようがなかったが、そんなものを気にしていたら、三十四の独身男は生きていられない。悩んでも禿げるだけだ。

 ふと眼の奥に白い物が閃いた。空を仰いだ秋森は、十円玉ほどの大きさの白い光を見た。星にしては大きすぎる。月にしてはまぶしすぎる。太陽にしては白すぎる。それ以上のことを思いつく間もなく、白い光は大きくなり、秋森が目をかばって手をかざすと、親子連れが立ち止まった秋森を追い越していった。子供が手を引かれながら、秋森を不思議そうな顔で見ていた。この光に気づいているのは秋森だけらしかった。誰かが秋森の背中にぶつかった。秋森は動けなかった。秋森が恐怖を感じるよりも早く、光は目に痛いほど強く大きくなり、かざした手のひらが透けてぼんやりと赤く輝き、その赤さも真っ白に塗りつぶされた。

 自分は今、気絶した、と秋森は思った。


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